コレクションホールにはお宝がイッパイ

ホンダCB400フォアら歴代の名車も勢揃いしています。

▲ホンダCB400フォアら歴代の名車も勢揃いしています。

 ツインリンクもてぎ(栃木県芳賀郡茂木町)内にある「Honda Collection Hall(ホンダコレクションホール)」。館内には、ホンダが創業して以来、「人に役立つものを創ろう」というコンセプトのもとに生産されてきたオートバイやクルマ、汎用製品のほか、世界の頂点を目指し挑戦を続けてきた歴代のレーシングマシンなども含め、およそ350台もの展示車を目の当たりにすることができます。

 さらに動態保存されている車両もたくさんあり、歴代のカブシリーズもまた熟練工たちの手によってコンディションが整えられています。売るだけではない、ホンダの“ものづくり”に対する姿勢をこういった取り組みからも感じずにはいられません。

 そしてここでは、僭越ながらボクが試乗させていただいた珠玉のカブたちを1台ずつ紹介していこうと思います。

F型の次期モデルが待たれた!

 前回、ホンダが1952年(昭和27年)から1958年(昭和33年)まで生産した自転車用補助エンジン『F型カブ』を紹介いたしました。原動機付き自転車のルーツといえるもので、ボクが見て触って乗らせていただいたのは、1955年(昭和30年)製でした。


 ボクたちオートバイファンからすればミュージアム級どころか、国宝級といっても過言ではありません。当時、ラーメン25円の時代に2万5000円と決して安価ではありませんでしたが、「白いタンクに赤いエンヂン」を宣伝キャッチコピーに『F型カブ』は大ヒット。しかし、競合他社が類似製品を発売し始めると、次第に売れ行きを下げていきます。

出前にも重宝された自動遠心クラッチ

 そこで本田宗一郎氏は欧州へ視察に出向き、4ストローク50ccエンジンを搭載した小型バイクを作り出すことを決意。「小型エンジンながら高い走行性能と低燃費」「簡単に運転できる操作性」「乗り降りのしやすさ」「日本の道路事情への対応」「特徴的な外観」をキーワードに生み出されたのが、今回紹介する初代『スーパーカブC100』(1958年/昭和33年)です。

ホンダスーパーカブC100、1958年(昭和33年)

▲ホンダスーパーカブC100、1958年(昭和33年)。

 OHV(オーバー・ヘッド・バルブ)方式を採用し、最高出力4.5馬力/9500rpmを発揮。排気量49ccながら最高速度は時速70kmにも達しました。

 画期的なのは「常時噛合式三段リターン自動遠心クラッチ」で、ギアチェンジペダルを踏み込んでギアを入れると同時にクラッチが切れる新発想。クラッチレバー操作が要らなくなり、お蕎麦屋さんら飲食店の出前にも重宝されます。

跨がないから女性にも乗りやすい

 乗り降りのしやすさも重要視しました。低床式バックボーンフレームを採用し、燃料タンクをシートの下に配置。ステップスルーの新レイアウトが発明されたのでした。

ホンダスーパーカブC100、1958年(昭和33年)

▲低床式バックボーンフレームに、OHV(オーバー・ヘッド・バルブ)49ccエンジンを搭載するスーパーカブC100。

 さらにシート高を低く設定。タイヤサイズも検討を重ね、日本では全く生産されていなかった17インチタイヤを選択しました。

 舗装率がまだ低くかった日本の道路事情に合わせ、小型軽量なボトムリンク式のフロントサスペンションを装備。低コストで悪路走行へ対応します。

 本田宗一郎氏は自らテスト走行に参加し、ぬかるんだ道を走っては泥跳ねの具合までもをチェックしたと言われています。これがホンダの“ものづくり”へ取り組む真摯な姿勢なのでしょう。こうしたこだわりや徹底追求によって、スーパーカブは日本を代表する工業製品になっていくのですね。ひとり書きながら頷き、ナットク!

長嶋茂雄が巨人入団の年にデビュー

 フロントカバーやフェンダーなど、スーパーカブの外観上で大きな特徴のひとつとなる外装には、オートバイ用の部品としては前例のないポリエチレン樹脂を採用。完成車の乾燥重量は55kgと、圧倒的な軽さを誇りました。

 
 モデル名は『スーパーカブC100』、価格は5万5000円に設定。1958年(昭和33年)8月に発売されると、その年に約2万4000台、翌59年には約16万7000台を生産・販売。驚異的な大ヒットで、1960年の販売台数は約56万4000台にも達します。

 この成功で、日本のオートバイ市場の勢力図は一定の落ち着きを見せ、30社程度あったメーカーが10社ほどにまで減ったと言われています。


 ちなみに『スーパーカブC100』が発売された1958年(昭和33年)は、長嶋茂雄が読売巨人軍に入団した年で、物価は封書10円、はがき5円、バス15円、銭湯16円、理髪150円、大卒の初任給1万3467円という時代。テレビは高嶺の花で普及率は10.4%、街頭テレビで力道山の活躍に熱狂していた頃です。

2スト優勢の時代に4ストを選択も納得!

 実際に走行してみると、乗り心地は現在のスーパーカブと大きく変わらず、自転車用補助エンジン『F型カブ』から、たった6年でこれほどにまで進化するとは驚きです。

 
 小排気量エンジン搭載車は、2ストロークの方がパワーが稼げて有利と言われた時代に、「煙が出ない」「オイルの匂いが付かない」という優位性に着目し、4ストエンジンを搭載。たしかに圧倒的にクリーンで、静粛性にも優れます。


 出前&宅配でウーバーイーツが活躍する現代ですが、当時の出前持ちは『スーパーカブ』の出現でさぞかし効率が上がったことでしょう。次世代のコミューターを本田宗一郎氏は生み出したのでした。

 その心地良いOHVサウンドは、動画でぜひお確かめください! 今回も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

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