1990年代のSR400ブームにスズキは2台の刺客を送り込んでいた!?

テンプターは1997年にスズキが発売した単気筒400ccモデルで、ヤマハのSR400に対抗したコンセプトの一台。1980年代末にレプリカブームが終焉すると、日本の中型モデルはゼファーをきっかけとしたネイキッドと、スティードをきっかけにしたクルーザーブームに沸いた。この間もSR400のカスタムは密かな人気を集めており、1990年代中盤にかけてピークを迎えていたのだ。

ヤマハの販売データによるとSR400が最も売れたのは1994~1996年。テンプターはこの牙城を崩すべく真正面から戦いを挑んだモデルで、サベージLS400の空冷単気筒エンジンを流用。サベージの特徴だった直立したシリンダーをスタイルに取り込み、トラディショナルビッグシングルとしての完成度はSR400よりも上と言える仕上がりだった。

なぜテンプターは徹底的にクラシック路線を突き進んだのか? それは1991年にグース350というシングルスポーツモデルをリリースし、不発に終わったからだと考えられる。グースは、低く構えたセパレートハンドルにフロント倒立フォークを採用し、「直線は退屈だ」というキャッチコピーでコンセプトをアピール。車名はマン島の「グースネックコーナー」から引用したほどのコーナリングマシンだった。

当時のSR400カスタムに往年のマン島TTレーサーを模したものが多かったからか、スズキはこれを現代的なスタイルでメーカーカスタムした。しかし、SR400ブームの根底にはクラシック路線に対するニーズがあり、グース350のような斬新さは求められていなかった。テンプターは、この反動からクラシックスタイルを追求したのだろう。

テンプターのこだわりは、何と言ってもフロントのドラムブレーキにあり、ダブルツーリーディング式を採用している。SR400が当初のディスクブレーキからドラムブレーキに退行したことで逆に人気を得ていたが、これを超える「ダブルドラム」にしたことがポイント。ハブの左右にドラムブレーキがセットされており、往年のマン島TTレーサーと同じ装備を採り入れることでSR400を超えようとしたのだ。

スズキが1997年に発売したテンプター。同じエンジンを使うクルーザーのサベージには650cc版もあったが、テンプターは400ccのみとなる。専用設計の鋼管セミダブルクレードルフレームにフロントは18インチホイールを採用する。

テンプターのエンジンのベースとなったサベージLS400は1987年発売。最高出力はテンプターの27PSに対して24PSと低めに設定されている分トルク型となっている。テンプターと入れ替わるように1997年に生産終了になった。

テンプターの前、1991年にスズキが発売したグース350。SR400と同じようにオフロードモデルのエンジンを流用したシングルスポーツだが、コンセプトは対照的に超モダンで足まわりもフロント倒立フォークにリアはモノサスとハイスペックだった。

1978年に発売されたSR400は、この1985年モデルでフロントドラムブレーキを採用した。ヤマハとしてはSR400を軽量&コンパクトなシングルスポーツとしてリリースしたが、ユーザーはクラシックスタイルにカスタムすることを好んだのだ。

メーターボディはアルミバフ掛けの本格派、それでいてセルの装備が嬉しい

撮影車は2000年型で本来のカラーリングにはピンストライプがある。ブラックにペイントされたタンクにパッドを装着、ハンドルが変更されるなど小カスタムが施されている。それだけにも関わらず、本格的なカスタム車両に見えるのは、テンプター自体がかなりこだわってディテールを仕上げているからだ。

まず、エンジンはSR400よりもビッグシングルらしさが際立つ造形のサベージをベースにヘッドカバーキャップを新作。これにはバフ掛けが施されており質感を高めている。他にも2連メーターのケースもバフ掛けで磨かれておりメッキとは異なる渋みを演出した。ウインカーはヨーロピアンタイプが標準装備で最初からカスタムされたようなスタイルを誇る。

足まわりはクラシックタイプの定番となるスポークホイールを採用するだけでなく、より本格派でカスタムイメージの強いH断面リムとしているのがテンプターならではのこだわり。これに先述のダブルツーリーディングドラムブレーキをフロントに採用。SR400をカスタムしていたライダーがうらやむような装備が惜しげもなく投入されている。

個人的に極めつけだと思うはテンプター(TEMPTER)のタンクエンブレムで、筆者は発売当時に「トライアンフ?」と読み違えてしまった。また、ロゴのデザインはノートンに似ていなくもない。それだけ徹底的にSR400カスタムが目指した古き良き英国車のスタイルや装備を現代のバイクに落とし込んでいるのだ。

撮影車は2000年型のカスタム車でミラーも本来は長方形のメッキタイプとなる。タンクにスズキのエンブレムはなく、TEMPTERの立体エンブレムが貼り付けられており、スズキ車ではないかのような錯覚を憶える(本来の2000年型はSマーク)。

シートに沿う形でクロームメッキのグラブバーが設置されておりリアビューを引き立てている。金属のリアフェンダーはロングタイプで質感も高い。

真っすぐにそそり立つSOHC4バルブ396ccエンジンは、最近の例だとGB350の印象と重なる。極太のエキパイがクラッチカバーにピッタリ沿うように曲げられているのはサベージ譲り。ここがテンプターでも見せ場となる。

アルミ製H断面のリムは往年のレーサーの装備で軽量化に適した形状。フロントホイールは18インチでSR400と同じだが10mm太いサイズのタイヤを履く。

両面にパネルがあるダブルツーリーディング式ドラムブレーキを採用。前後のカムを連動させて内部のブレーキシューを両端から同時に作動させることで、より早くブレーキ効力が立ち上がるようになる。

リアブレーキは一般的なシングルカムのドラム式を採用。

リアホイールはSR400よりも1インチ小径の17インチを採用。サイズはSRよりも20mmワイドとなり、全体のシルエットでもタイヤのボリューム感が強い印象だ。

細長い燃料タンクは容量12L。60km/h走行の低地燃費は43.5kmを公称するので、航続距離も十分確保しているだろう。

シートはライダーの着座部分が凹んでおりフィット感は上々。シート高はSR400よりも10mm低い780mmとなる。

ガラスレンズにハロゲン球というベーシックなヘッドライトに円筒型のヨーロピアンウインカーを標準装備。メーターケースはメッキ製とせずにバフ仕上げで風合いを醸し出す。

何の変哲もない長方形のテールランプがシンプルで好印象。ランプのケースはメッキ仕上げとなる。

ハンドルとミラーが変更されているコックピット。本来のハンドルはこぶし一個分ほど高くミラーは長方形となる。スイッチのデザインは現代的でハザードも装備。

シンプルな機械式スピード&回転計の2連アナログメーター。インジケーターも最小限しかない。

エンジンは意外にスムーズ、フロントブレーキには慣れが必要

テンプターはずっとカッコいいと思っていた一台。私はビッグシングルモデルに興味があり、同系エンジンのサベージLS650もかなり気になっていた時期があった。今回の試乗でようやく願いが叶った訳だが、そそり立つ外観のイメージとは異なり、スムーズなエンジンフィーリングだったのは意外だった。

同時代のキャブレター&ドラムブレーキのSR400は友人の車両を何度か乗ったことがあるが、エンジンのトルク感が強くて「扱いづらいなぁ」と感じたのとは対照的。最新のFI制御になったSR400のようだった。また、エンジン始動がセルスターター式なので、日常使いにもテンプターは馴染むだろう。

ただし、テンプター独自となるダブルツーリーディング式のドラムブレーキは思った以上に「カックン」と効くタイプだったので慣れが必要だろう。ツーリーディングはブレーキシューを動かすカムが2つあることを意味しており、それだけでも効きが強くなる上にダブルパネルなので、一般的なドラムブレーキの4倍!? の効力を発揮するのだ。

2001年にSR400がブレーキタッチに優れるディスクブレーキに戻されたのは理にかなった選択であり、両車がドラムブレーキの装備と外観にこだわったのはそれだけブームが加熱していた証だろう。さらに往年のレーサー並みのスペックとなるダブルツーリーディング式とするあたりにスズキらしさを感じてしまう。トラディショナルシングルでも攻めの姿勢を貫いたのだ。

ビッグシングルモデルだけにトコトコのんびり走りたいが、テンプターはエンジンがスムーズなので、ちょっとスポーティに走りたくなる。その分ブレーキの制動力も高い。

身長170cmのライディングポジションは少し前傾する印象。ノーマルハンドルであればもう少しラクなポジションになるだろう。ヒザの曲がりは標準的。

体重65kgで足着き性は両かかとまでべったり接地する。

2000年型テンプター主要諸元

・全長×全幅×全高:2110×730×1040mm
・ホイールベース:1430mm
・シート高:780mm
・車重:159kg(乾燥)
・エンジン:空冷4ストローク単気筒SOHC4バルブ 396cc
・最高出力:27PS/7000rpm
・最大トルク:3.0kgf-m/5000rpm
・燃料タンク容量:12L
・変速機:5段リターン
・ブレーキ:F=ドラム、R=ドラム
・タイヤ:F=100/90-18、R=130/80-17
・価格:46万9000円(税抜)

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