一般的な並列2気筒エンジンを採用するも隠しきれない拘り

1923年からバイクを生産するBMWは、ボクサーツインに始まり並列4気筒など様々なエンジン型式のモデルを世に送り出しており、2006年にはパラツイン=並列2気筒エンジンのF800ST/F800Sをリリースしている。BMW単気筒モデルにも使われていた記号「F」に、並列2気筒のイメージが定着したのはこの2台の登場がきっかけとなる。

BMWは、ヤマハ・MT-07系やホンダ・アフリカツイン系、カワサキ・Z650系など、今でこそ日本メーカーも戦略的に利用しているミドルクラスの並列2気筒エンジンに早くから着目。2008年のF650GSや2009年のF800Rなどオン・オフ含めて多様な車種で展開するようになったが、その最初のモデルがF800ST/F800Sなのだ。

F800ST/F800Sのエンジンはロータックス社との共同開発となる。内容はかなり凝ったもので、ドライサンプ式オイル潤滑や振動を打ち消すバランサーにロッド式を採用して、エンジンのコンパクト化を実現。DOHCヘッドには、2009年にS1000RRが採用して話題となったフィンガーフォロワーロッカーアームを導入している。

一方、クランクシャフトは昔ながらの360度位相タイプで、これはボクサーツインと同じ等間隔爆発を実現するレイアウトとなる。カワサキZ650などの180度位相タイプやMT-07などの90度位相タイプに比べるとスポーティさでは一歩譲るが、実用性が高く味わい深いフィーリングで、BMWらしい設計となっている。

シャーシは、アルミツインチューブという日本車のようなフレームを採用。フロントサスも一般的なテレスコピック式正立フォークを採用するが、駆動にチェーンではなくメンテナンス性に優れるベルトドライブを採用してしまうところは、隠しきれないBMWの拘りと言えるだろう。

2006年にF800STと同時にデビューしたスポーツタイプのF800S。ボクサーツインモデルにあったR1100SやR1200Sのミドルクラス版と言える存在で、スタイルもそのイメージを引き継いでいる。STと異なりセパレートタイプのローハンドルを採用する。

F800STは、2013年にこのF800GTにネーミングが変更された。内容も85PS→90PSに出力向上するとともにスタイルもアップデート。オプションでトラクションコントロールや電子調整式サスペンションも選択できるようになった。F800Sは一代限りで終了した。

ボクサーツインの「R」シリーズと並列3〜4気筒エンジンの「K」シリーズしかなかったBMWに新たに「F」シリーズが誕生したのは、1993年のF650ファンデューロから。単気筒652ccエンジンはロータックス社によるものだった。

F800STに搭載される並列2気筒798ccのエンジンは85PSを発揮。5000rpmで最大トルク8.7kgf-mの90%に達する扱いやすい特性だ。何よりシリンダーが横に飛び出していないコンパクト設計がメリットとなる。

F800STは、「RS」の血統を受け継ぐBMWの正統派モデル

F800STは、2005年に登場したR1200STのミドルクラス版で、その名の通りコンセプトはスポーツツアラーである。R1200STは従来のR1150RSの後継にあたり、その先祖はR100RSというBMWのフラッグシップ。1976年に世界で初めて大型のカウルを装着して発売され、アウトバーンを200km/hで駆け抜ける高性能が話題を呼んだ名高いモデルだ。

由緒正しい「RS」の血統を受け継ぐ「ST」は、BMWモデルのど真ん中と言えるコンセプトを受け継いだモデルとなる。その方向性は「速くて楽」というもので、F800STは、F800Sと異なりアップハンドルと大型のスクリーンやほぼフルカウルのフェアリングを採用している。

シャーシにもBMWらしさが見られ、R1200STなどの上位グレードと同様の片持ち式スイングアームはこだわりのアピールポイントだ。また、上位グレードのシャフトドライブと同様のメンテナンスフリーを実現する、ベルトドライブを採用しているのも特徴だ。

フロントには、一般的なテレスコピック式正立フォークを採用しているが、国産モデルに慣れたライダーにとってはこちらの方がありがたいはず。また、単気筒「F」シリーズからの伝統として、燃料タンクをシート下に配置する点を受け継いでおり、低重心化を実現している。

ちなみに、R1200STのネーミングは2015年に再びRSに戻され、F800STも2013年にF800GTと改名したことから「ST」の称号は一時的なものとなった。F800STも過渡期コンセプトを体現したモデルだったが、GTとして継続したことからも使い勝手に優れたモデルであることは間違いないだろう。

撮影車はF800STの2009年モデル。2000年代のBMWには、直線的なデザインが多かったがこれもその一台。ツアラーモデルは、この頃を境にアドベンチャータイプに移行していくことになる。

片持ち式のスイングアームがスタイリッシュ。オプションで独特なデザインのパニアケースが用意されていた。カウルはヒザ周りを雨や風圧から保護する形状となっている。

チェーンに必須の給油や初回点検以降の調整が不要のコッグドベルトドライブを採用。シャフトドライブ特有のトルクリアクションがないのもメリットで、さらにチェーンのようにたるむことがないので負荷変動も少ない。

燃料タンクはシート下にあり給油口は右テールカウル部分にセット。容量は約16Lとツアラーにしては少ないが、同車オーナーによると実燃費は一般的なツーリングで25km/L程度とのこと。乗り方によって異なるものの、実航続距離は400kmほどで、十分と言えるだろう。

ブレーキはブレンボ製4ポットキャリパー×2で必要十分。ホイールは前後17インチでハイグリップのラジアルタイヤも履くことができる。

Sに比べるとSTのスクリーンは大きめ。ヘッドライトはGSシリーズでお馴染みの、左右で大きさが異なる異形タイプを埋め込んでいる。

シートは後席との段差が少ない前後一体タイプを採用。大型のリアキャリアはトップケースホルダーを兼ねている。

ポジションはあまり前傾しないようパイプハンドルを採用。現代のモデルに比べるとスイッチ類もシンプルで、この時代のBMW特有の左右独立タイプのウインカースイッチを採用する。

メーターは、楕円が上下2段に並んだ独特なレイアウト。液晶画面は時計や燃料計などを表示する標準的な内容だ。

フィーリングはR800RSと言うべき仕上がり

私は、これまでBMWモデルを2台乗り継いでおり、現在の所有車もBMWである。BMW贔屓かというとそうでもなく、私の色々な部分にフィットしたのがBMWだったという感じだ。そして、このF800STも自分に合いそうな一台だと感じた。

まず、乗っていてラクなこと。F800STは、姿勢に無理な前傾がなくウインドプロテクションが効いているので、ロングランでも疲れにくそう。そして、エンジンが穏やかなこと。レッドゾーン近くまで回しきっても緊張感がなく、気疲れしないで淡々と飛ばし続けることができるのだ。

このあたりは、以前乗っていたR1100RSと同じ「RS」の血統を強く感じる。エンジンはボクサーツインと同じ爆発間隔で、フィーリングだけでなく排気音までボクサーに似ているのも好印象。BMWとしても、かつてのR80系をイメージしてこの並列2気筒シリーズをラインナップしたと思えるほどだ。そんな点からも、並列2気筒ながらR800RSとでも呼びたくなるような仕上がりだった。

余談になるが、2000年代初頭に「BMWがミドルクラスのツインを開発している」というスクープ情報に触れたことがある。この情報からボクサーツインのミドル版をイメージしたのだが、答えは並列2気筒でがっかりしたことを思い出す。しかし、現在の並列2気筒モデルの勃興を見るとその判断には先見の明があったと言えるだろう。

前後サスペンションや駆動方式が一般的な国産モデルに近く、BMWらしさを持ちつつ特有の“クセ”がないのがF800STのいいところでもあり惜しいところでもある。足着き性も比較的良好なことから女性ライダーの支持が高いとも言われていた。

2009年型F800ST主要諸元

・全長×全幅×全高:2195×860×1225mm
・ホイールベース:1470mm
・シート高:790mm
・車重:204kg
・エンジン:水冷4ストローク並列2気筒DOHC4バルブ 798cc
・最高出力:85PS/8000rpm
・最大トルク:8.7kgf-m/5800rpm
・燃料タンク容量:約16L
・変速機:6段リターン
・ブレーキ:F=Wディスク、R=ディスク
・タイヤ:F=120/70ZR17、R=180/55ZR17

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