「めざせ、ころばないバイク。」の実現を3輪で追求した

2014年、フロント2輪の意欲的なパッケージでデビューしたトリシティ125は「めざせ、ころばないバイク。」という強力なキャッチフレーズで大キャンペーンが実施された。AKB48を全盛期で卒業したばかりの大島優子さんをCMに起用し、新時代を切り拓こうというヤマハの意志が満ち溢れたモデルだ。

当時は現在のようなバイクブームではなく、どのメーカーも「どうしたら若者にバイクに乗ってもらえるか?」を真剣に考えていた。ヤマハはバイクが敬遠される理由として最も大きいと思われる転倒リスクを抑えつつ、2輪と同等の楽しみが得られるパッケージを考案。これをLMW(リーニングマルチホイール)と名付け、一気に攻めに出たのだ。

LMWは、その名の通り車体がリーン(傾く)する機構。クルマのようにフロントの2輪は舵を切るのだが、クルマと違って車輪も傾くことで車体がリーンする。これによって2輪のバイクと同じように車体をバンクさせるコーナリングを楽しむことができるのだ。

転びにくい「安定性」とリーンする「刺激」、この相反する要素を両立させることで、トリシティ125は新たなユーザーを獲得しようとした。2018年には大型スポーツのナイケン、2020年にトリシティ300を発売するなど、LMWのバリエーションを拡大。通勤通学からファンライドまで、バイクに一歩踏み出せずにいるユーザーに向けてアプローチしている。

ヤマハからLMW第一弾として発売されたトリシティ125。現行モデルは2018年にブルーコアエンジンを搭載するとともにLEDヘッドライトを採用した。

身長170cmのライディングポジション。2輪の125ccスクーターよりもゆったりしている。

体重65kgの足着き性は両足がほぼかかとまで接地する。後ろから見ると2輪のスクーターと見分けがつかない。

このように車体を傾けると2つの前輪も傾くようになっている。サスが伸び縮みしているのではなく、フロントフォーク自体が傾くので軽くバンクする。

フロントの接地感が段違い! 反面取り回しは重い

トリシティ125は跨がるとちょっと大きめの原二スクーターという印象。コックピットからの風景は至って普通なので身構えずにいられる。フロント2輪ではあるが、ハンドル幅が特に広すぎることもなく、操作に重さは感じられない。つまり、3輪だからといって特別なことはないのだ。

だが、走り出すとびっくりするだろう。フロントの接地感が段違いで、これがかつて体験したことのない安心感なのだ。バイクで転ぶというと、多くのライダーがバイクを傾けた時やブレーキをかけた時に前輪がスリップすることを想定すると思うが、その恐れを感覚的にも軽減させてくれている。

特別なライディングテクニック不要で、転倒リスクが軽減するので初心者はみなLMWでバイクデビューしたらいいのでは? と思うわけで、ヤマハもそれを狙ってトリシティ125を発売した経緯がある。しかし、実際にそうならなかった理由の一つは、取り回しの重さにあるのかも知れない。

トリシティ125の車重は159kg(ABSは164kg)あり、別の記事で紹介した同じ125のシグナスXより40kgも重いのだ。これは250ccクラスに近い車重なので、初心者ほどバイクを引き起こしたり駐車場から出したりという場面で立ちゴケする可能性が高い。LMWは傾くことをモットーとしているので、決して転ばない訳ではないのだ。

フロントフォークは左右各2本で車輪を片持ちする。左右それぞれにディスクブレーキを装備するので、グリップも制動力も通常の125ccスクーターの倍という計算になる。ABS仕様も用意されているので、鬼に金棒だ。

シルバーのパーツ「パラレログラムリンク」が上下平行に並んでいて、両端で左右のフロントフォークを懸架する。これがLMWのキモとなるパーツだ。

トリシティ300にはフロントのリンクをロックする機構があり、停車時に車体が傾かないようにできるが、125はこのように傾き続けるので扱いは2輪のモデルと変わらない。

転倒しづらいメリットと引き換えになったものは?

今回トリシティ125に乗る前に、ヤマハの2輪125ccスクーターであるNMAX125とシグナスXに試乗しいていたから分かったことがある。トリシティは、色々なものと引き換えに転びにくさを獲得したのだなと……。2輪と比較すると速さ、軽快さという大事な要素が少し足りないのだ。

もちろん決定的な差ではない。速さは速度にして10km/h程度、軽快さの不足は慣れてしまえば気にならない範囲と言えなくはない。ただ、経験のあるライダーほど転びにくいというメリットと引き換えに、速さと軽快さを犠牲にはしないだろう。逆にビギナーには重さがネックという難しいポジションにトリシティ125は立っている。

結局トリシティ125は、唯一無二のコンセプトや独自のメカニズム、奇抜なルックスを楽しんでしまえばいいのではないだろうか。ヤマハが10月の危機管理産業展2021に出展した悪路対応防災コミューター「ラフロードトリシティ」には、そんな割り切りが感じられる。転びにくいということは悪路に強い訳で、3輪はタフネスさも隠れた魅力と言えるのだ。

2014年の初年度は1万7000台の販売を記録したトリシティ125だったが、2021年は1000台(二輪車新聞推計)に留まっており、この希少さは熱いファンの支持とも考えられる。北国ではスタッドレスタイヤを履いて通勤用途に使用している例も実際にあり、LMWの魅力は3輪だからこそ実現できる過酷な用途で輝くのかも知れない。

写真はヤマハによるコンセプトモデル「ラフロードトリシティ」。車体の安定感が高いなどの利点を持つLMW採用のトリシティ125/155に、悪路対応の装備を施したもの。災害現場における様々な路面状態でも扱いやすく、日常から災害時まで幅広く活用できる防災コミューターだ。写真提供:ヤマハ発動機

2018年型から採用するのは、可変バルブタイミングのVVTを搭載したブルーコアエンジン。また4バルブ化により最高出力は11PS→12PSに向上した。

リアブレーキもディスクを採用するのでトリプルディスク! ちなみにリアサスは2本ショックなので計6本サスになる。

シートは幅が広めだが前方が絞り込まれているので足着き性も優秀。タンデム用のグリップも両サイドに用意されている。

シート下の容量は23.5Lあり、ジェットヘルメットがすっぽり収まる。LED照明もついているので夜間も便利だ。給油口はシート下にある。

ステップスルーでフックもついているので足元に荷物を置くこともできる。写真のバッグは容量のあるB4サイズだがそれでも余裕がある。スペースはかなり広めだ。

ハンドルバーはカバードタイプでスタイリッシュ。イグニッションキーにはシャッターもついている。全幅は750mmでNMAXよりわずか10mm広いだけだ。

メーターはフル液晶で燃料計や時計以外にも気温やオイル/ベルトトリップメーターも表示できるので便利だ。

ヘッドライトはLEDを採用。小ぶりながらスクリーンも効果を発揮している。

テールランプはLED。ウインカーは縦型でフロント2輪のスタイルを表している!?

2021年型トリシティ125/ABS主要諸元

・全長×全幅×全高:1980×750×1210mm
・ホイールベース:1350mm
・シート高:765mm
・車重:159kg/164kg(ABS)
・エンジン:水冷4ストローク単気筒SOHC4バルブ 124cc
・最高出力:12PS/7500rpm
・最大トルク:1.2kgf-m/7250rpm
・燃料タンク容量:7.2L
・変速機:Vベルト式無段変速/オートマチック
・ブレーキ:F=Wディスク、R=ディスク
・タイヤ:F=90/80-14、R=130/70-13
・価格:42万3500円/46万2000円(ABS)

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