キックを踏み下すと、最新SRのエンジンは簡単に目覚める。キックの始動性向上こそがSR最大の進化だと思う。「タッタッタッ」と単気筒らしいアイドリングを聞いていると、いろいろな感情が湧いてくる。ノーマルSRに乗る機会は、もうそんなに多くないのかもしれない……。
●文:ミリオーレ編集部(小川勤) ●写真:長谷川徹 ●外部リンク:ヤマハ発動機
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SRがデビューした1978年は、映画スターウォーズが初めて公開され、王貞治が800号ホームランを打った年
1978年に登場したヤマハSR(当時は400と500をラインナップ)が、ついに生産終了となる。このニュースは昨年話題となり、新車は争奪戦に。僕もファイナルエディションの限定車を買おうと思い、リリースから1週間後くらいに何店かの販売店に電話してみたが、あえなく撃沈した。
18歳から47歳の今まで、僕の側にはずっとSRがいる。免許を取得してすぐにSR400を購入し、今までにSR500を2台、SR400を3台、SRレーサーを1台購入してきた。書類付きフレームなどを入れると何台手元にあったかわからないほど多くのSRに出会い、そしてさまざまなカスタムをしてきた。現在は1978年式のSR500(車検なし)と、インジェクションの初期型である2010年型のSR400を所有している。
1000台限定のファイナルエディションリミテッドは即完売。定価は74万8000円だが、プレミア価格に……。サンバーストタンクの他、専用のメーターやリム、シート、エンブレムを採用する。
生産終了……いつかこんな日がやってくるとは思っていたが、実際にそんなニュースを聞くとやはり寂しい。これまでもSRは何度も生産終了の危機を迎えてきたが、なんとか乗り越え存続してきた。しかしながら、今回の規制は無理だったようだ。
年代別の購入者分布(ヤマハの登録データより)。SRは多くの世代に支持されたバイク。ヤマハ社員にもたくさんのオーナーがいて、たとえば規制対応のためマフラーが仕様変更されると、社員オーナーに声をかけ異なる仕様のマフラーを複数用意して、「オーナーにとってどの音色や鼓動がSRのものか」を判定したという。
そんなSRが名車になったのは、43年間変わらなかったからだ。もちろん細部を熟成したり規制に対応する改良は行ってきたが、大きな構成は変わっていない。SR400とSR500(1999年に生産終了)の累計販売台数は12万台以上。本当に多くのライダーを育んできた。
1978年といえば、サザンオールスターズが勝手にシンドバットでデビューし、ピンクレディが活躍し、キャンディーズが普通の女の子に戻った年。僕は当時4歳。もちろんリアルタイムでSRの登場は知らないが、かなり昔ってことには違いはなく、SRはそこから43年間も変わらずにここまできた、奇跡の1台なのである。
当たり前だけれど、いつ乗ってもヤマハSRはヤマハSR。400や500、フロント18インチや19インチ、キャブレターやインジェクションなど色々と変化はしてきたが、大きくは変わっていない。
僕が乗り続けて30年間、新しくもならないし、旧くもならない。変わらないから、常に新しい感覚で乗れるのだ。しかし、SRは本質を変えずに、着実に進化と深化を繰り返している。これが僕がSRに乗り続ける理由であり、心底惚れ込む理由だ。
1978年式のSR400。最新型と比較してもエンジンやフレーム、そのスタイリングに大きな変更はない。この当時はナロータンクと呼ばれる細身のタンクで、フロントホイールは19インチ。
ちなみに1978年当時、ヤマハでもっともパワーがあった市販車は並列3気筒エンジンを搭載したGX750(写真は79年式)で67ps。輸出モデルだとXS1100の95psだと思う。今はYZF-R1Mで200ps。ヤマハは4ストビッグバイクの開発が遅かったが、時代の流れとバイクの進化を感じさせる。そんな中、SRはほとんど変わらずに生き続けた。
昔、キックで悩んだ人も今のインジェクション仕様なら安心!
SRといえば、キック始動だ。ついに最後までセルはつかなかった。今まで何千回キックしたことだろう……。キックしてエンジンがかかった瞬間にSRとの距離がグッと近くなるこの感覚は、セルでは決して味わえない。
カムカバーにはキックインジケーターを装備。デコンプレバーを引きながら、キックを踏むとピストンが圧縮上死点(エンジンがかかりやすい位置)にきたタイミングでインジケーターの窓が白くなる。で、そこからキックを踏み下ろすとエンジンがかかりやすいというわけ。慣れれば使わなくなるけど、ヤマハの良心である。
昔のVMキャブレター時代は、それなりにキックも大変だった。夏場にエンジンが熱くなったり、プラグが被ったらデコンプを引いて、何度も空キック。本当にかからず真冬でも汗だくになったことが何度もあった。キャブレターのセッティングがなかなか出なくて、スペアのプラグやプラグレンチを持ち歩いていたこともある。
でも今のインジェクションなら、すぐにキックに慣れることができると思う。暑くても寒くても同じようにエンジンを始動できるし、プラグが被ることもまずない。僕はキック始動が簡単になったことが長いSRの歴史の中で一番の進化だと思っている。
昔は修行や儀式と呼ばれたキックだが、インジェクションのSRなら楽しんで行えるはず。誰も見ていないのはわかっていても、キック1発でエンジンがかかった時の満足感はなかなかのもの。今でもそれが味わえるのもSRの特権だと思う。
車体右側にキックを装備。90年代の一時期はバックステップが標準装備で、ステップバーを折り畳まないとエンジンがかけられない年式もあった。オイル交換やエアクリーナーの清掃や交換も簡単だった。タペットやカムチェーンテンショナーの調整も自分ででき、バイクのメンテナンスの基本を僕はSRで学んだ。
鼓動感溢れるビッグシングルの雰囲気を堪能する
SR400はビッグシングルというには、少し鼓動感が足りないかもしれない。しかし、バランサーを持たないシンプルな構造のSOHC2バルブの単気筒エンジンは、本当に気持ちがいい。スロットルを開けた時のビートはまさにバイクと対話している感覚が強く、そこにはスペックで語ることのできない魅力がある。
クラシカルな印象が強いSRだが、ワインディングも本当に楽しいバイク。バンク角はないが、ハンドリングのヤマハをまさに体現している。
市街地のダッシュはそこそこ俊敏だし、何よりスロットルを開けるたびに身体に伝わる鼓動の質がとても良いのだ。このリズムはまさにビッグシングル。素早いシフトアップでトルクが湧き上がる2000〜4000rpmをキープしながら、スロットルを大きめに開けて走らせる。
パワーは24ps。でもSRのエンジンはそんな数値など気にならない楽しさに溢れている。ここには僕が30年間乗り続けていてもまったく飽きない鼓動がある。
高速道路は、頑張れば120km/h巡航も可能だが、僕はいつも80〜90km/hで巡航する。回転数は3500〜4000rpmくらい。それ以上の回転で巡航すると振動が気になって気持ちよくない。高速道路の左車線を80〜90km/hで巡航しながら、日常で起きたいろいろなことを考えながらのんびり走るのが楽しい。
SRには何種類のタンクがあったのだろうか。SRのティアドロップタンクは、本当に美しい! だからこそ世代やキャリアによって憧れのSRの色は様々なのだと思う。僕はこれまでに純正を3つほど、アルミタンクやFRPタンクもたくさん購入した。
難しさを感じさせないハンドリングが多くのライダーを育んできた
最新のバイクと比較すると頼りなくも見える細いタイヤを履くSRだが、どんなカーブも穏やかに曲がっていく。どこにも難しさを感じさせない。元々はオフ車のXT500がベースだからフレームのヘッドアングルが高めで、後輪が傾いた際にワンテンポ遅れるような感じで前輪が追従していく。
今どきの前後17インチのラジアルタイヤは、バイクが勝手に曲がっていくような感覚が強く、その素早い動きを止めるように思わず身体に力が入ってしまうようなシーンによく遭遇するが、SRにそんな動きはない。
立ち上がりでスロットルを開けると同時に、身体の重心を移動して後輪への荷重を増やす。すると後輪が路面をグッと掴み、トラクションを強める。このタイミングがうまくシンクロすると、SRのエンジンは24psとは思えない力強い立ち上がりを披露してくれるのだ。
ちなみ最新のSRは、ブリヂストンのBT45が純正タイヤだが、昔の純正タイヤであるメッツラーのME77にするとグリップは少し落ちるがタイヤハイトがあるため、よりスポーティなハンドリングを楽しめる。
安心感のあるスタイリングはどんな風景にも馴染む。
現在のフロントタイヤは18インチで、ブレーキはシングルディスク。ちなみに僕はフロント19インチが好きで、インジェクションのSRを19インチ化している。ドライサンプのSRはフレームがオイルタンクになっているため、タンクの前方にオイルレベルゲージを装備。オイル交換の際は、エンジンだけでなくフレームからもオイルを抜かなければならない。
多くの人にバイクの魅力を伝えたSR
そんなSRは、僕に色々なことを教えてくれた。僕はSRでバイクが好きになり、バイク雑誌編集部の門を叩いた。そこでこの仕事の面白さを知り、さまざまな人と出会い、現在がある。
SRが好きで、当時は雑誌クラブマンを愛読(創刊号は古本で入手)。クラブマン編集長だった、今は亡き小野かつじさんや山崎和彦さんと一緒に仕事ができた時は本当に嬉しかった。これまで僕はSR関連のムックは17冊製作してきた(多分)。その製作過程で様々なカスタムSRに乗せていただき、そしてカスタムの泥沼にはまっていった。
SRに出会っていなければ今の僕はいないし、もしかしたらバイクの本質的な楽しさ知る前に降りてしまっていたかもしれない。長くバイクに乗ってきてわかるのは、良いバイクはライダーを育ててくれるということだ。
ポストSRを狙ったバイクはこれまでにもたくさんあったが、どれも短命に終わった。スペックでは語れない、人の感性に響く魅力は、つくり込まれたものなのか、偶然生まれたものなのかはわからないけれど、時代は変わってもSRらしさはずっと継承されてきた。これはとても大変なことだし、そんなSRを作り続けてくれたヤマハには本当に感謝しかない。
中古車なども考慮すると、SRは本当に多くの人の人生に大きな影響を与えてきた。SRの生産終了で一番の不安は、バイクの本質的な楽しさを教えてくれるバイクが1台消えてしまうことだ。ライダーがきちんと操作した時に、きちんと応えてくれるバイク。それがSRだった。
ノーマルの素性の良さはもちろんだけど、キャブレターやインジェクションのセッティング、フロントフォークの油面やオイルの番手の変更、またカスタムした時の反応もとても素直で、僕は今でもそんなSRとのカスタムライフを楽しんでいる。
最後に残念なのは、いまSRはとんでもない価格(SRに限った話でもないが……)になってしまっていることだ。ファイナルエディションが発表された際に人気が集まっていることは、なんだか最後にSRに脚光が当たっているようで嬉しかったのだが、この価格の上がり方は異常だ。程度のあまり良くなさそうなカスタム車まで価格が上がっている始末だ。早く健全な価格帯になって、まだまだ多くの方にSRの魅力を知ってほしいと思う。
前後フェンダー、チェーンケースは質感の高いスチールメッキで、最近のバイクが失ってしまった高級感を持っている。こういったパーツに映り込んだ景色の一つひとつが思い出になる。
インジェクションになって膨らみが増したサイドカバー。中には燃料ポンプがある。インジェクション化してもスタイルを変えたくない、というヤマハの心意気を感じさせるディテール。
登場以来、ずっとアナログ2眼メーターを採用するSR。メーターパネルも凝ったデザインで視認性も抜群。メッキのケースも美しい。ステップに分厚いラバーを貼って振動対策。時代によってステップ位置も試行錯誤してきた。クランクケースカバーは、絶妙な光沢を放つアルミの質感を生かした仕上げ。
今、僕のインジェクションSRはイエローのストロボだが、ファイナルエディションリミテッドのタンクを購入して着せ替えを楽しもうと思っている。そんな感覚でカスタムを楽しめるのもSRの魅力。
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【’21 YAMAHA SR400 FINAL EDITION LIMITED [B9F5]】■全長2085 全幅750 全高1100 軸距1410 シート高790(各mm) 車重175kg(装備) ■空冷4スト単気筒SOHC2バルブ 399cc 24ps/6500rpm 2.9kgf・m/3000rpm 変速機5段 燃料タンク容量12L ■タイヤサイズF=90/100-18 R=110/90-18 ●色:ヤマハブラック ●価格:74万8000円
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