2035年に「乗用車の100%電動化&純ガソリン車の販売禁止」を掲げる日本政府に対し「それではカーボンニュートラル(脱炭素化)は達成できない。選択肢が必要だ」と訴え続けてきた日本自動車工業会。その声が徐々に届きつつあるようだ。岸田首相は“自動車のカーボンニュートラルの選択肢”について何度か言及しているが、今回は経済産業省の太田房江副大臣が「(日本のモビリティの脱炭素化には)水素や合成燃料も大変重要。大胆な支援を行い、あらゆる選択肢を追求する」と発言。バッテリーEV一本槍と思えた、日本のカーボンニュートラル政策に変化の兆しが見えてきた?
●文:ヤングマシン編集部(マツ) ●外部リンク:一般社団法人 日本自動車工業会
政府内の共通認識が「バッテリーEV一択では難しい」になりつつある?
太田副大臣による“水素や合成燃料への支援”という発言は、1月5日に日本自動車工業会(自工会)など5団体で共催された「令和5年 自動車5団体 新春賀詞交歓会」にて、自工会の豊田章男会長のメッセージを受ける形で登壇した際に述べられたもの。具体的には以下のような発言だった。
「GX(グリーントランスフォーメーション)に向けては、2035年までに乗用車の新車販売で電動車100%と申し上げていたが、これは多様性をしっかりと骨格にしていくという意味。車両の購入や充電、水素インフラの整備、蓄電池の製造、重要サプライヤーの業態転換など、補正予算を含み、昨年の2倍以上の予算を計上して歩みを進めていく。水素や合成燃料などの開発も大変重要。これと併せて大胆な支援を進めていき、あらゆる技術の選択肢を追求していく(太田房江・経産省副大臣)」
GXとは温室効果ガスを発生しないクリーンエネルギー中心の社会への変革で、カーボンニュートラルとベクトルは同じと言っていいだろう。日本政府は2021年の菅内閣時代に“2035年に乗用車の100%電動化、純ガソリン車の新車販売禁止”を掲げているが、実はその後を継いだ岸田首相は数回に渡って「自動車のカーボンニュートラル実現には選択肢が重要」と言及しており、グリーンイノベーション基金を活用した次世代電池やモーター、そして水素や合成燃料の開発推進も表明している。
今回の太田副大臣の発言は、そんな岸田首相の過去の発言を踏襲したものと言え「カーボンニュートラルには選択肢が必要。バッテリーEVの一択では厳しそうだ…」という考えが内閣の共通認識となりつつあることを示唆している。ともあれ、政府関係者が水素や合成燃料に言及し、それらの新エネルギーを支援すると述べ、さらには脱炭素のあらゆる選択肢を追求する…などと発言する機会が増えていることに注目したい。
ご存知の方も多いと思うが、豊田会長は「カーボンニュートラルに選択肢を」と、バッテリーEVを前提とした電動化政策や世論に異を唱え続けてきた。風力や水力など自然エネルギーで電力をまかなえる国はともかく、火力発電が現状で7割を占める日本において、バッテリーEV一択はカーボンニュートラルの解決策にはなり得ない。内燃機関やハイブリッド、水素や合成燃料、そしてもちろんバッテリーEVも含め、あらゆる選択肢を揃えて適材適所で活用することが最適解であり、それが550万人が従事する日本の自動車産業を守ることにも繋がる…と再三にわたって訴えている。
しかも海外勢はこの“バッテリーEV前提の電動化”という大転換に乗じて、日本からモビリティの覇権を奪おうと画策しているフシすらある。自動車産業は日本の基幹産業だから、それを許してしまえば日本という国の没落に繋がる…と、自工会は強い危機感を持っているのだが、モビリティに疎い政治家やメディアは“バッテリーEVこそカーボンニュートラルの最適手段”という、海外主導の考え方を真に受ける風潮が強かった。豊田会長はその危険性を何度も訴えてきたわけだが、それがようやく、やっとのことで政府に届きつつあるというわけだ。
「今年がダメなら日本に未来はない」豊田会長の檄文
その豊田会長自身は新型コロナの陽性反応により、今回の賀詞交歓会は欠席だったものの、副会長の永塚誠一氏がそのメッセージを代読した。こちらにも強い思いが込められていると筆者は感じたため、その全文を転載する。(以下、豊田会長のメッセージ)
皆さま、あけましておめでとうございます。自動車5団体としては、初めてとなる賀詞交歓会をこうして集まって、開催できますことを本当に嬉しく思います。
そして、自動車産業で働く550万人の皆様「ありがとうございます」。私たちが、この言葉から新年をスタートするようになったのは、コロナ危機に直面した2021年からになります。自由に「移動」できることは、決して「当たり前」のことではない。世界中の人々が、それに気づいた年でもありました。
コロナ禍でも、黙々と働き、日本の移動を支え続けている550万人の仲間。せめて、自動車5団体の私たちからだけでも「ありがとう」を届けたい。その想いをカタチにしたものが、この映像でした。
昨年、米国、欧州、アジアを訪問する機会がありました。行く先々で感じたことは「感謝」と「期待」です。どこの国でも、自動車は基幹産業です。ただ、海外では、日本の自動車産業が現地に根付き、その国や地域の成長に貢献することを「当たり前のことではない」と感じていただいているように思いました。
だからこそ、私たちの存在に感謝し、期待をしてくださる。そして、それこそが「誰かの役に立ちたい」「より良い未来を作りたい」という私たちの原動力になっていると思いました。これが今の日本にはなくなってきたと感じております。
毎年恒例ですが、年が明けると、春闘の話題が盛り上がってまいります。賃上げの議論では、「単年」の「ベア」ばかりが注目されてまいりますが、本来注目されるべきは、地道に続けている分配の実績だと思っております。この10年以上、私たちは全産業平均を上回る2.2%の賃上げを続けております。
雇用を維持するだけではなく、コロナ禍の2年間、22万人の雇用を増やしております。平均年収を500万円と仮定すると、1兆1000億円のお金を家計に回した計算になります。ただ、ここ日本では、そんな私たちに対して「ありがとう」という言葉が聞こえてくることは、ほとんどありません。
「当たり前」のことに感謝しあい、頑張っている人をたたえ、応援する。「今日よりも明日を良くする」ために、みんなで必死に働く。その結果、成長し、分配して「中間層」を増やすことで、私たちは豊かになってまいりました。日本は、この強みを忘れてしまったのでしょうか?
忘れたなら、思い出せばいい。私はそう思います。カーボンニュートラルをはじめ、今の私たちが直面する課題は、産業をあげて、国をあげて、みんなで一緒に取り組まなければなりません。
今まで以上に「共感」が大事になってまいります。「共感」という言葉は「共に」「感謝」すると書きます。「ありがとう」と言い合える関係から生まれてくる「未来への活力」。それが「共感」だと思っております。
今年、私たちには、日本から「共感」を生み出していくチャンスがあります。5月のG7広島サミットは、日本らしいカーボンニュートラルの在り方を各国の首脳にご理解いただく貴重な場になります。そして、10月の「ジャパンモビリティショー」は「モビリティの未来」を世界に発信する絶好の機会になってまいります。
G7も、モビリティショーも「オールジャパン」の力が必要です。そのためには、産業界も官民も、心ひとつに動かなければなりません。今年のチャンスを生かせなければ、日本の未来はない。
この危機感をもって、自動車産業は必死に働いてまいりたいと思います。「共に」「感謝」しながら、みんなで動く1年にしてまいりましょう! 皆様、本年もどうぞよろしくお願いいたします。(以上、メッセージ終了)
感じ方は人それぞれだろうが、日本を文字通り支えている自動車業界に対し、不甲斐ない対応に終始する政府や、上辺だけの報道にとどまるメディアに強く苦言を呈している…と筆者には感じられた。G7のくだりなどは“ハッパをかける”という表現がぴったりだ。
ともあれ、世界に冠たる日本の基幹産業を失わないために、我々は自国の自動車産業が置かれた立場をしっかり理解し、正しい認識を持つことが必要といえる。トヨタを筆頭とする自動車メーカーが愛想を尽かし、海外に資本を移して日本を脱出していく…などという、最悪のシナリオを招かないためにも。
自工会が発表した、ここ20年の自動車のCO2削減実績を国別に示したグラフ。バッテリーEVメインの電動化を推進する諸外国が微増か微減といったレベルなのに対し、日本は23%という圧倒的な削減幅を達成している。ハイブリッドを軸に電動化を進め、脱炭素に取り組んできた日本の正当性を示しているデータだ。
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