ボルトナットを連続的に回せる工具を代表するのがソケットレンチですが、それとは別に多くのユーザーに愛用されているのがギアレンチです。メガネレンチのメガネ部分にラチェットメカニズムを内蔵したギアレンチは1990年代に登場した比較的新しい工具ですが、現在ではプロ、アマチュアを問わずさまざまな作業シーンで活躍しています。一度使うとソケットレンチから乗り換えるユーザーも少なくないギアレンチの魅力を紹介しましょう。

ラチェットハンドルに匹敵する早回し性能が大きな魅力

ギアレンチはラチェットハンドル同様、ラチェット機構の歯数が多いほど小さな振り角で回せるので有利ですが、メガネ部分のサイズが限られた中で必要な強度を確保するのが難しくなります。ギアの造りを頑丈にするのと引き替えにメガネ部分が大きくなってしまったら、狭い場所で使いたいという目的から外れてしまうからです。そんな中で、ギア数と強度のバランスを追求したシグネットが開発したのが120ギアの超多段タイプ。標準的なギアが送り角5度の72歯なのに対して、送り角3度を達成しています。

 

メガネ部分が180度自在に曲がるフレックスタイプは、ボルトナット近くの干渉物を避けながら使える利点があります。ヒンジ部分のフリクションの大小や首振り角度のロック機構の有無などに、工具メーカーごとの理念やこだわりが現れるので、工具を選ぶ際は実際に触れてみることをお勧めします。

 

シグネットの120ギアラチェットのメガネ部分のデザインは特徴的な12ポイントです。これは12個の突起部分がボルトナットの頂点から離れた場所で接する面接触構造で、ボルトナットの角部を傷つけづらい利点があります。

 

スパナやメガネレンチでボルトナットを回す作業では、レンチの角度をある程度まで振ったら工具自体を掛け替えることが必要です。ボルトナットの周囲によほど余裕があればレンチを外さずプロペラのようにグルグル回すこともできますが、それでは作業者の手が円運動になってしまうので、例えば90度回すごとにレンチをボルトから外して掛け直す作業を繰り返します。


「レンチを取り外して付け直す」面倒な作業からユーザーを解放したのがラチェットハンドルです。ソケット差し替え式工具の駆動ツールのひとつであるラチェットハンドルは、ソケット差し込み部のラチェット機構により一定の角度までハンドルを回して戻すことで連続的にソケットを回すことができます。多くの工具ユーザーが当たり前に用にラチェットハンドルに触れる現在では、そんなことは当たり前のように認識しているかも知れませんが、ラチェットハンドルが発明された当初は画期的でした。


それに匹敵するほどのインパクトがあったのがギアレンチです。ギアレンチは1990年代に普及し始めた、工具界では比較的新しい工具です。構造としては、レンチ本体を一定角度まで振ることでボルトナットを連続的に回すことができるよう、メガネレンチの6角(または12角)部分の外周部にラチェット機構が組み込まれているのが特長です。

丸いメガネ部分にラチェット機構を組み込むというと目新しい印象がありますが、ラチェットハンドルでは1970年代からヘッド部分が丸型の製品が市販されており、これ自体が世紀の大発明というわけではありません。丸型ラチェットハンドルでソケットを差し込む凸部分を6角の貫通穴にすれば、ギアラチェットの原型のような工具になります。


既存のラチェットハンドルではヘッド部分+ソケットがぜんたいの厚みになりますが、ラチェットハンドルから凸部分をなくしてボルトナットに対応する6角穴にすることで、ヘッド部分の厚みを大幅に削減できます。部品同士の隙間に余裕のあった時代のバイクやクルマであれば、工具が多少かさばっても使い勝手に大した影響はありません。しかし容積が小さな場所に複雑な機能を収める必要性が増してくるのと引き替えに、メンテナンススペースは削減され工具自体もコンパクト化が要求されるようになっていきます。


そうした中で注目度が高まったのがギアレンチです。ソケットを差し替えればハンドル1本でメガネレンチ何本分もの働きをするのがソケットレンチの最大の利点であることを考えると、そのラチェット部分を汎用性のある四角凸からメガネレンチと同じ1サイズの六角穴にしてしまうのは本末転倒のような気もします。しかし、ヘッド部分の厚みを削減しつつ早回し性能が得られるギアレンチには大きな魅力と可能性がありました。

本締め可能な強度を実現したことで一気にメインツールに昇格

スタッドボルトに取り付けられてたナットを回す際、ソケットレンチだとボルトがソケットに底突きする可能性があり、その場合はディープソケットに交換しなくてはなりません。ギアラチェットならボルトの突き出し量に関わらず、ナットを素早く回し続けることが可能です。

 

先に紹介したシグネット製ギアレンチは両端のサイズが同じで片側スパナのコンビネーションレンチタイプですが、こちらのKTC製ラチェットめがねレンチは両端がギアラチェットで10×12mm、14×17mmのように通常のめがねレンチと同様のサイズ構成になっています。この製品のラチェット機構は72歯で、送り角は5度となります。


日本の工具市場にギアレンチが登場したのは1990年のシグネット製が最初と言われていますが(諸説あります)、同社製を筆頭に当初のギアレンチはメガネレンチと同等の厚みのヘッド内に高強度のラチェット機構を組み込むノウハウがなかったため、「仮締め用」という制限がありました。きつく締まったボルトを緩める一発目はメガネを使い、その後はギアレンチで回す使い分けが必要だったのです。これを無視してギアレンチに大きなトルクを加えると、ラチェットがナメてしまうことも珍しくありませんでした。


そのため過酷な現場で作業するプロメカニックの中には「ギアレンチなんてオモチャみたいなもの」と厳しい意見もありました。途中は早回しできても、一発目の緩めや本締めでメガネに持ち替えなくてはならない煩雑さも低評価につながったようです。しかしラチェットハンドルと同様、ギアの歯数を増やすことでハンドル送り角を小さくできるギアレンチは狭い場所での作業性の良さが圧倒的で、そのニーズに気付いた各工具メーカーはラチェット機構の強度アップに取り組み、メガネレンチと同等のトルクレンジで使用できる本締め可能なギアレンチも多数存在します。


歴史的にはボルトナットから工具を外さず連続的に回せるアイテムとして開発されたのがラチェットハンドルで、ラチェットハンドルはソケットレンチの中の駆動工具の一種として複数のサイズのソケットをハンドル1本で回せるのが最大の利点です。これに対してギアレンチは1本1サイズのため、工具の数はむしろ増加する傾向にあります。しかし使用する際に毎回ラチェットハンドルとソケットを組み合わせなければならないソケットレンチに対して、ギアレンチはそれ自体で機能する利点があります。もちろん、ヘッド部分が薄くソケットレンチに比べて狭い場所でも容易に入り込めるのも大きな魅力です。


そのため現在では、ギアレンチとスパナを組み合わせたコンビネーションタイプ、両端がギアレンチのメガネタイプ、片側ギアレンチでもう一方がメガネタイプ、ギアレンチが首振りできるフレックスタイプなど、実に多彩なバリエーションがあります。
ギアレンチは他の歴史あるアイテムに比べて新参者ながら、既に工具界では立派な市民権を得ています。この利便性をまだ体験していないのであれば、是非とも一度使ってみることをお勧めします。

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