圧倒的な技術力を備えているホンダが、まさかの苦戦…。モトGP’21シーズンのホンダは、マルク・マルケスが3勝を挙げたものの、低調に終わった。絶対王者マルケスに負傷の影響が残り、本調子を取り戻せない中、開発チームには今までとは違う次元のチャレンジが求められている。ホンダ開発チームへのインタビューをもとに、元GPライダーの青木宣篤氏が分析する。

●文/まとめ:ヤングマシン編集部(高橋剛) ●取材協力:ホンダ

【解説:青木宣篤】2ストのGP500ccクラスと4ストのモトGPクラス両方を戦い、ブリヂストンやスズキの開発ライダーも務めた。モトGPを心から愛するライディングオタク。

 

【ホンダレーシング レース運営室長:桒田哲宏氏】4輪F1エンジンの開発やモトGPマシン制御技術開発などを経て、’16年からHRCレース室長に。HRCのレース活動全体を取りしきる。

【ホンダレーシング RC213V 21YM開発責任者:程毓梁(チェン・ユーリャン)氏】車体設計者としてVFR1200などに携わり、’10年からモータースポーツ部門へ。モトGPマシンの車体設計を経て、’21年型の開発責任者に。

惨敗のシーズンを糧に’22年のマシンへと活かす

まさかホンダが、こんなに苦しむとは…。ホンダとしては”惨敗”と言っていいシーズンだっただろう。

’21年は、マルク・マルケスが3勝を挙げたものの、前年の負傷の影響が尾を引き、ランキング7位に終わった。チームメイトのポル・エスパルガロはKTMから移籍したばかりで、ランキング12位。ホンダのファクトリーチームでは考えられないような順位だった。

その原因がどこにあるのか、シーズンを通して自分なりに考察してきたつもりだ。その答え合わせの意味合いもあって、ホンダが開催したオンラインのモトGP取材会に参加した。ホンダ・レーシングレース運営室長の桒田(くわた)哲宏氏は、「非常に厳しいシーズンでした」と振り返る。

「’20年も厳しかったんですが、それよりさらに…」と、率直に認めながらも苦い表情を浮かべた。

「’20年型はタイヤの使いこなしと動力性能ナンバーワンを目指しました。それを受け、’21年型は安定性や旋回性、スロットルの開けやすさ、そして空力性能なども見直し、『扱いやすさ』を重視。ホットな話題である車高デバイスにも取り組みました」と説明するのは、’21年型RC213V開発責任者の程毓梁(チェン・ユーリャン)氏だ。

「今になって振り返ると、’21年の前半戦は競合他社に対してタイヤの理解度が不足していましたね。そのことを真摯に受け止めてタイヤの理解を進め、ハードウエアもアップデートしていきましたが、序盤の遅れを取り戻すには至りませんでした」

桒田氏が補足する。

「ライダーは常にリアタイヤのグリップ不足を訴えていましたね。どうにか解決しようといろいろトライしました。タイヤに余計な外乱を与えず機能させるとは、いったいどういうことなのか、根本から考えました。その結果、解決のためには車体全体を大きく変えていく必要がありました。いろんな技術手段を投入しましたが、実は’22年型のエッセンスも入れ込んでいるんです」

“リアタイヤのグリップ不足”は、’21シーズン中に多くのライダーたちからたびたび聞かれたコメントだ。もう少し具体的に聞いてみると、「路面コンディションなどさまざまな要因によって、グリップの変化が大きかったんです。簡単に言えば、過敏だった」

チェン氏も、「決勝レースでの耐久性もそうですが、絶対的なグリップ力自体も、他メーカーに比べると劣っていたのが事実だと思います。予選で前の方につけられなかったのは、皆さんが見ての通りですね…」

「第12戦イギリスGPでポル(エスパルガロ)がポールポジションを獲りましたけどね」と桒田氏は苦笑い。「路面μによってはタイヤのパフォーマンスを引き出せない状況があったのは確かです」
▲’21年のホンダはチェッカーを受けるまでタイヤをしっかりと保たせ、ライダーに負担をかけないという「優しいマシン作り」を標榜。今までにないトライに戸惑いも大きかったが、得たものも多かった。

扱いやすさとパワー。相反する要素を追求

ワタシの見たところでは、’21年のホンダは実に多くのフレームを試している。現在のモトGPはエンジンの開発は凍結されているが、車体の開発は自由に行える。縦/横/ねじれ剛性のいいところを模索していたように見えたので、そのことをチェン氏に尋ねてみた。

「大きく分けると2種類のフレームを試しました。その中でもいろいろな仕様違いがありましたので、実際の数で言えばもっと多いです。

ただ、青木さんがおっしゃるように、縦/横/ねじれ剛性の最適値を狙って開発したわけではありません。’21年型RCVのコンセプトは『扱いやすさの追求』でしたので、それを具現化するためのフレーム開発を行った、ということです」

桒田氏は、「トライ&エラーでいろいろやってみたんですよ。アイデアが正しいかどうかは、実際にやってみないと分からない。事実、試行錯誤の中で分かったこともたくさんあります」

チェン氏はたびたび「扱いやすさ」と言った。

意外と思われるかもしれないが、安全性はレーシングマシンの開発において非常に重視されている。パフォーマンスを高め、限界に挑戦することはレースの宿命だが、だからといってライダーを危険にさらすわけにはいかない。日本の各メーカーは、特に安全意識が高いのだ。

そして今のモトGPマシンは、非常にハイパワーなエンジンを搭載して高速かつ高荷重。それを支えるフレームも、安全を考えると高剛性化しやすい。これがまた扱いやすさとは相反する要素で、簡単に言えば”硬すぎて曲げにくいフレーム”になりがちなのだ。

チェン氏は「高剛性=安全というわけではないが、私たちが安全第一に考えているのは確かです」と言う。

これはワタシの推測だが、高剛性で硬いRCVのフレームをきちんと乗りこなせるのは、ズバ抜けた身体能力とハードブレーキングが身上であるマルク・マルケスなのだ。強烈なブレーキングからマシンをねじ伏せるようなアグレッシブなライディングだったからこそ、RCVを扱い切れた。だが残念ながら他のライダーには難しかった。

そして’21シーズンはマルケスが本調子ではなく、他のライダーと同レベルのパフォーマンスになってしまった。そのことが、RCVの”扱いにくさ”を露見させたのではないか…。

そんな推測を桒田氏にぶつけてみると、「おっしゃられていることは、あながち間違っていません…」と苦笑いした。

「ずっと言っているように、私たちはマルク・マルケスのためのマシンを作っているつもりはありません。ですが、結果的にそうなっていたことは否めない。私たちも無意識のうちに、『他のライダーもマルケスのような走りができるようになればいいんじゃないか』と思っていたのかもしれませんね」

本調子ではなかったマルケス。だからこそ明確になった課題

桒田氏は最後にこうも付け加えた。

「マルケスがケガをして本調子ではないことは、もちろんネガティブな要素です。でも、そのおかげで私たちは多くを学ぶことができました。’21シーズンで得た知見は、必ず’22年型に生かしていこうと思っています。

それに、マルケス自身も結構変わってきたんですよ。今まで以上に、まわりのライダーをよく観察するようになりました。フィジカルコンディションが思うようにならない中、彼自身の対応力も上がっているように思います」桒田氏は力強く締めくくる。

「扱いやすさを重視しながらも、エンジンの動力性能はあるに越したことはありません。ホンダの色として、負けたくないという思いはある。出力は、まだ足りていません。出し切る。じゃないとライバルに追いつけません」

扱いやすさと反比例しがちな、エンジンパワー。惨敗を経て、’22年型RCVをどうまとめ上げてくるのか、今から非常に楽しみだ。
▲「扱いやすく、ライダーを疲れさせないエンジン特性を狙った」と開発者たち。
▲フレームは大きく分けて2種。その中でさらに仕様違いを試したそうだが、工数を考えただけで圧倒される。
▲マフラーエンドに注目すると、上部マフラーはエンドを折り返して排気圧を高めている一方、下部マフラーはまったくのストレート。「上で扱いやすさを、下でパワーを」と、いいとこ取りを狙ったのだろう。扱いやすさに振り切れず、どうしてもパワーを追う姿勢が伺える。
▲まるで量産車のように細部まで気配りされ、高い完成度を見せるRC213V。’21年はチャンピオンこそ獲得できなかったものの、ホンダの技術力が存分に感じ取れる。

’21年ホンダの戦績

#93 マルク・マルケス

超人マルク・マルケスも、負傷からの完全復活にはかなり長い時間がかかっている。手負いの状態でも3勝を挙げているのはさすが。思うように走れない期間に、他のライダーのレースを観て学んだことが多かったのだろう。

#44 ポル・エスパルガロ

「予選の1発タイムが出せなかった」と反省の弁を述べていたホンダ開発者たちだが、ホンダ移籍初年度のポル・エスパルガロがポールポジションを獲得している。’20年までのKTMに比べて硬いフレームに順応途中だ。

#30 中上貴晶/#73 アレックス・マルケス

サテライトのふたりは’20年ほどのパフォーマンスを発揮できず。速さはあるのに、まだ不安と戦っている状態だ。ふたりのように中位にいるライダーほど強いプレッシャーにさらされているもの。平常心で戦えばイケる!
#30 中上貴晶
▲#73 アレックス・マルケス

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