1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第87回は、日本人が21年ぶりに表彰台ワンツーを飾り、2クラスを制覇したオーストリアGPについて。

ヤングマシン編集部 TEXT:Go TAKAHASHI PHOTO:HONDA, YAMAHA, RED BULL

クリーンなバトルが気持ちいい!

MotoGP第13戦オーストリアGPは、日本人ライダーが大活躍してくれましたね! すっかりただのモータースポーツファンになって、かなり興奮しながらテレビ観戦していました。

Moto3は佐々木歩夢くんが優勝し、鈴木竜生くんが2位となりました! 2001年日本GP以来、21年ぶりの日本人1-2フィニッシュという快挙。ふたりには心から拍手を送りたいと思います。……が、21年ぶりっていうのも、ちょっと久しぶりすぎですよね……。

それはさておき、歩夢くんは本当に力強いレースでした。ロングラップペナルティ(LLP)を2回消化し、いったんは21番手まで落ちてからの優勝ですから、ちょっとあり得ないほどの展開ですよね。僕が注目していたのは、LLPのタイミングです。歩夢くんは、ほどよくレースが落ち着いて各車がばらけ、きれいな列になってからLLPをこなしましたよね。これだと、列の後方からでもスリップストリームを利かせて前に出られるんです。

▲左から2位の鈴木竜生、1位の佐々木歩夢、3位のダビド・ムニョス。ちなみに21年前にあたる2001年シーズンは、開幕戦日本GPの250ccクラスで故加藤大治郎(同年チャンピオン獲得)と原田哲也(同年ランキング2位)が、125ccクラスでは東雅雄(同年ランキング5位)と宇井陽一(同年ランキング2位)が、それぞれ1-2フィニッシュを飾った。加藤&原田はシーズン中に7度の1-2、合計11度の同時表彰台を記録している。その物語は関連記事にて。

マシンセットアップも決まっていて、自信もあったのでしょう。落ち着いてLLPのタイミングを計っていたのが歩夢くんの勝因だと僕は思います。竜生くんも頑張りましたが、オーストリアGPの歩夢くんはちょっと手を着けられない速さでしたよね。この悔しさをバネに、日本人同士で切磋琢磨しあってもらいたいものです。

そしてMoto2は、小椋藍くんが見事なポール・トゥ・ウインを決めました。レース終盤、トップを快走する藍くんの背後に迫ったのは、チームメイトのソムキアット・チャントラです。彼には「P2 OK(2位でいいよ)」というサインボードが出されていたそうですが、チャントラ、最終ラップで藍くんをパスするためにガッツリとトライしましたね。すごい!
▲#79小椋と#35チャントラ。チームメイト同士の争いに青山博一監督もヒヤヒヤ……?

しかも、お互いにそれぞれのラインをギリギリ残した正々堂々のバトル。相手にぶつけたり相手を弾き出したりしないクリーンな競り合いは、お手本のような素晴らしいものでした。バイクのレースは危険なもの。今回、藍くんとチャントラが見せてくれたように、ルールとマナーを守った中で気持ちいいバトルを展開してほしいものです。

チャントラのパッシングも見事でしたが、それを見切ってあわてることなくクロスラインで抜き返した藍くんもさすが。完全に読んでいたわけではないと思いますが、とっさに体が反応しているのは、普段からいろいろな展開を考えながら走っているからでしょう。

藍くんは、「Moto2でチャンピオンを獲れない限り、MotoGPにはステップアップしない」と言っていましたね。僕は正解だと思います。MotoGPに行けば、下位カテゴリーでチャンピオンを獲った猛者がゴロゴロしてますからね(笑)。そんな中でさらに勝ち上がろうという世界ですから、生易しくはありません。そしてやはり、下位カテゴリーでチャンピオンを獲っていないライダーは苦労しがちです。ファビオ・クアルタラロのような例外もいますが……。

不利なヤマハ車でもその時にできる最良を結果を得るクアルタラロ

チャンピオン経験者は、目の前の1レースを勝つことだけではなく、シーズンを通しての戦い方を知っています。これが強い。藍くんは、すでにそういう冷静さを身に付けていて、「ダメな時はダメ」と割り切りながら、その中でも最良の結果を求めています。だから非常に楽しみではありますが、彼が今季チャンピオンになれるかどうかは、まだ分かりません。

レースは水物。転んでケガをする可能性もありますし、セッティングの迷路に迷いこむことだってある。実際、シーズン前半の勢いをからすれば、セレスティーノ・ビエッティがもっと楽にランキングトップを守っていてもおかしくないのに、ここへきて失速気味です。今回のオーストリアGPは、アウグスト・フェルナンデスも不発でした。今は好調な藍くんですが、同じことが藍くんにも起こらないとは言い切れないんです。

そしてチャンピオンになるために非常に大事なのが、ガマン。調子が悪い時に徹底的に自分を抑えてガマンして、悪いなりにも最良の結果を得ることがチャンピオンの条件です。藍くんがこのままの勢いで勝ち続けられればもちろん最高ですが、勝てない時、思うように走れない時にどれだけガマンできるかがキモになります。

そのことを改めて見せつけたのが、MotoGPのファビオ・クアルタラロでしたね。シーズンも中盤戦を迎え、ドゥカティ勢がどんどんパフォーマンスを高めてくる中、どう見てもクアルタラロのヤマハYZR-M1は不利。それでも鋭いブレーキングを武器にして、ギリギリ転ばない範囲でどうにか順位を上げています。
▲ライバル同士でレース後に讃え合う姿も現代のMotoGPならでは? 左は#20クアルタラロ、右は#63バニャイア。奥に隠れているのは#43ジャック・ミラーだ。
▲序盤はペースが上がらず中団に飲み込まれかけたクアルタラロだったが徐々に挽回し、ラスト数周は驚異的な追い上げでトップのバニャイアから0.492秒差まで迫った。

今回はフランチェスコ・バニャイアが盤石の態勢で優勝しましたが、クアルタラロはその背後にきっちりと肉薄し、楽には勝たせませんでした。バニャイアとしては、ひたすら勝ち続けるしかチャンピオン獲得の道はありません。でも、どのサーキットでも今回のようにトップを守りきれるわけではない。「勝たなければいけない」と追い込まれているライダーは、やはり焦ってしまいがち。自滅する可能性が高いのは仕方ないところです。

そう考えると、ライバルが調子を上げられなかったシーズン序盤のうちに果敢に攻め、ポイントを積み重ねて貯金していったクアルタラロの頑張りは本当に見事ですよね。クアルタラロはレースでも序盤に飛ばす展開を得意としています。マシンのセットアップが決まっていないシーズン序盤も、タイヤが温まっていないレース序盤も、かなりリスキー。そこでリスクを取ってでも頑張れるのが、クアルタラロ最大の強み。まさにチャンピオンにふさわしい強力な武器となっています。
▲ヤマハ向きでないとされるレッドブルリンクでの2位は価値ある表彰台。

クアルタラロは一昨年、目の前のレースに勝ちたくて自滅してチャンピオンを逃した苦い経験があります。それを踏まえて、今は2度目のタイトルに向けてどうシーズンを戦えばいいのかをよく理解している、ということでしょう。……とは言っても、レースはやっぱり水物。MotoGPのタイトル争いも、いつどこで風向きが変わるか分かりません。残り7戦もありますしね。

渡辺一樹くんには貴重な経験になるはず

そういえばオーストリアGPではスズキのジョアン・ミルがハイサイドで転倒し、足首を骨折してしまいました。そして次の第14戦サンマリノGPでは、渡辺一樹くんが代役として起用されることになりました。どんな走りを見せてくれるのか、非常に楽しみです。

ただ、現実的には相当苦戦するのではないか、と予想しています。さっきも書いたように、MotoGPは各国選手権やMoto3、Moto2でチャンピオンを獲った連中がゴロゴロしている恐ろしいカテゴリー。猛獣ばかりいる檻みたいなものです(笑)。その中にいきなり飛び込んだら……。一樹くんは僕の好きなライダーのひとりですが、猛獣どもと対等に戦うのはさすがに難しいでしょう。これは一樹くんに限った話ではありません。普段レースしているのと違うマシン、違うタイヤ、そして違うサーキットでぶっつけで戦うのは、ほぼ不可能に近いめちゃくちゃ難しいことなんです。しかも最高峰クラスですからね……。

ただ、一樹くんにはライディングを分析する高い能力があります。MotoGPライダーたちと一緒に走り、そのライディングを間近で見ることで、たくさんの気付きがあることでしょう。彼の今後にとっては、ものすごくポジティブな経験になるはずです。それにしても、相手は猛獣(笑)。もちろん頑張ってほしいけど、くれぐれも無理はせず、無事に日本に帰って本職の全日本ロードJSB1000でひと皮剥けた走りを見せてほしいと思います。
▲ジョアン・ミル選手の代替として走ることになった渡辺一樹。

そう、全日本ロードも第6戦がオートポリスが行われましたね。鈴鹿8耐で僕が監督を務めさせていただいたNCXX Racing with RIDERS CLUBのライダーだった南本宗一郎くんがST1000クラスに、井手翔太くんがST600クラスにエントリーしていました。宗一郎くんは予選7位で、決勝レース1は転倒して22位に。レース2は6位と健闘しました。翔太くんは予選2位で決勝は3位表彰台でした。やはり鈴鹿8耐で一緒に長い時間を過ごして素顔が分かると、応援したくなりますね。皆さんもぜひ、彼らの活躍に注目してみてくださいね。

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