言うまでもないことですが、楽しいですよね、バイクって。乗って楽しい、眺めて楽しい。いじって楽しい、磨いていても楽しい。バイクが楽しいものだから、バイク小説を読んでも、バイク映画を鑑賞しても、やっぱり楽しいのです。
私が推したいバイク小説
いっぱいあります。私が長年にわたって制作していたツーリング雑誌『アウトライダー』でも、多くの作家さんにバイク小説を発表していただきました。
古くは原田宗典さんの『時々、風と話す』『黄色いドゥカと彼女の手』。これは連載の掌編小説だったもので、のちに角川書店で文庫にラインナップしてもらいました。
同じく『アウトライダー』で連載されていた斎藤純さんの都会的でセンシティブな短編小説は、『暁のキックスタート』というタイトルで廣済堂出版から単行本と文庫本に。
山田深夜さんの旅情と情感たっぷりの連載短編小説『旅人達の十字路』は、『ひとたびバイクに ツーリングを愛する者たちへ』というタイトルで双葉社から単行本と文庫本になっています。
『虹色にランドスケープ』
ですが、今回ここでご紹介するバイク小説は、熊谷達也さんの連作短編集『虹色にランドスケープ』です。発行は文芸春秋。2005年に単行本、2008年に文庫本として出されています。
タイトルに〈虹色〉とあるように、中に収められている短編は、七色に描き分けられた七作品。それぞれ主人公が違いますが、すべてライダーです。登場するバイクも、Z2、RZ250、旧KATANA、CB750Fourなど名車ばかり。
第一話「旅の半ばで」の主人公・田端浩史は会社をクビになり、再就職もうまくいかず、どうやって妻子を守ろうかと悩んだ挙句、自分に掛かっている生命保険金を得るため自殺を図ります。
けれども、多額の保険金を得るには、自殺ではなく事故死を装ったほうがいい。なので主人公は北海道ツーリングに出かけ、その最中にバイクで事故を起こそうとします。
学生時代から乗り続けていたカワサキZ2で、コーナーに向かってフル加速。向こうからは大型トレーラーが迫ってくるなか、オーバースピードで突っ込んでいきます。コーナーを曲がり切れずに対向車線へはみ出せば、トレーラーと正面衝突は必至……。
読み手がライダーならば、その緊迫の度合いと恐怖がよりいっそう味わえることでしょう。その他にもライダーだからこそ知りえるシーン、あるいは心理が、作品の随所に描写されています。とにかく読んでいて、他人事じゃないのです。
七つの短編は、実はそれぞれ関係性があります。ストーリーは一話ごとに完結していますが、前の話に出てきた脇役が主人公として再登場したり、主人公だった人が重要な脇役になっていたりと、深くからみ合っていきます。第一話の主人公の奥さんは、エプロン姿のよく似合う、けなげな妻だったはずなのに、第六話、第七話では!? という感じ。
単行本は、摺本好作さんによるカバーイラストが素晴らしい。摺本さんにも『アウトライダー』ではイラスト紀行の連載をしていただきました。
文庫本では、私・菅生雅文が巻末の解説を務めています。ご依頼を受けて舞い上がり、鼻息も荒く筆を走らせたこと、今も忘れられません。
ライダー・熊谷達也さん
著者の熊谷達也さんは、筋金入りのライダー。バイク歴は17歳からで、若いころはTY50、DT125、TLR200、DT200R、TT250Rなどのオフロードバイクを乗り継ぎました。そのおかげで山岳志向、自然志向が強まったともおっしゃっています。
小説すばる新人賞を受賞したデビュー作『ウエンカムイの爪』は、北海道のヒグマが置かれている現状と、人間の存在を問いかける冒険小説でした。山本周五郎賞と直木賞をダブル受賞した『邂逅の森』は、東北の狩人・マタギが主人公でした。
直木賞を受賞した後も、ずっとバイクに乗り続け、『アウトライダー』にも何度もご登場いただいた熊谷さん。
走り続けてきたライダーだからこそ表現できる、感性。同じくライダーだからこそ理解できる、感覚。
言うまでもないことですが、楽しいですよね、バイク小説って。