栃木県那須塩原市郊外の緑豊かな別荘地に、「ピラミッド元氣温泉」という名の不思議な宿があると聞いて行ってきました。教えてくれたのは「ForR」の中の人、S氏。筆者にその宿のことを教える際、「ムフフ」と訳ありげに笑うものですから「なんかあるな…」とは感じていたのですが、いやはや、ここまでとは。
なぜピラミッド!?
到着して、いきなり衝撃。宿の建物がピラミッドなのです。しかも入り口にはスフィンクスが鎮座し、玄関へ向かうにはそのスフィンクスの胸元をくぐるのが正規ルートのよう。
スフィンクスの手前には黄金色のラクダの像もあり、いかにもエジプトな雰囲気。なのですが、腕のいい植木職人が刈り込んだ庭木や立派な石灯篭も視界に入り、「和」のテイストも。
まずはその一般常識からかけ離れた宿のたたずまいを脳に理解させるため、しばし呆然と見渡すしかありません。
ひと呼吸おいてようやく入館する決心が。スフィンクスの胸元をくぐってピラミッド内部に潜入するのですから、エジプトの秘宝を狙う盗賊にでもなったような気分です。
館内はまさしく宝庫
下駄箱にブーツをあずけて館内に一歩足を踏み入れるや否や、目の前に秘宝が登場。〈あなたにオーラを! パワーストーン紅水晶〉〈パワー氣石 大薔薇水晶(ローズ・クリスタル)〉。無学な筆者には分かりかねますが、たいそうなものであることは想像がつきます。それを照らしている照明器具そのものも貴重そうな石でできていますから、その光で照らされている丸い石はかなり格上なのだな、とも理解できます。
ロビーにはショーケースがいくつも置かれていて、他にもお宝らしきものが無数に展示されていました。ひとつひとつ鑑賞するとしたら最低でも3日以上は宿泊する必要がありそう。
あれこれ鑑賞するのは後にして、まずはチェックインを。受付にいた女将は中華圏ご出身の方なのか、独特のイントネーションで「お風呂はアチラ、お部屋はコチラですネ」と案内してくれました。
ピラミッド元氣温泉には、広い庭と駐車場が隣接されているコテージ風の別館「クレオ館」や、ピラミッド眼下の「ナイル館」などあるそうですが、僕が予約したのは本館の和室7畳(トイレ・洗面台付き)で税込4千円台後半。素泊まりですけど、安いでしょう? もっと安く済ませたいなら、トイレと洗面所の付いてない4畳半~6畳部屋もあります。
で、案内された部屋がこちら。
思いっきり和風。
そりゃ和室を予約したのですから和風なのは当たり前。でも宿の外観を考えると、ギャップがすごい。
畳がかなり日焼けしていて、いい味です。壁も日焼けしているのかな? と思ったら、張り紙が目に留まりました。
〈金色部屋のわけ 本館ピラミッド塔から発する『氣のエネルギー』を多量に受け取るために金色にしてあります〉
部屋の壁は、わざと金色に塗ってあるのですね。
氣のエネルギーかあ。気になりますねえ。それって、いわゆるピラミッド・パワーってやつ? 発している大元、早く見たいですよね。
氣のエネルギーを発しているのはピラミッドの最上部で、「黄金大マンダラ」と呼ばれる瞑想室になっているそうです。鑑賞および利用するには料金おひとり様880円が必要。
行きましょう、せっかく来たのですから。
女将に料金を支払い、瞑想室へ案内してもらいます。美術品や宝石・奇石などの秘宝が陳列されている通路「ミラーロード」を抜け、やたらと天井の高いホールへ。
ホールの壁に描かれているのは、古代エジプト王朝の壁画。そしてエル・アマハナ王宮遺跡のレリーフ。なんだかよく分かりませんが、ボルテージが上がります。
ホールの奥は大浴場で、瞑想室はその大浴場の真上。さあ、いざ!
異空間
うわっ。ピラミッド最上部の瞑想室には、金箔を施した巨木の根が置かれていました。表面には仏像と動物の無数の彫刻が刻まれており、その下には高さ1.5mはあろうかと思われる大きな水晶が。
ここは〈ピラミッド内のパワー・スペースでアルファー波効果のある音楽を聴きながら瞑想を行うと、座禅的効果があり、心身のリラックスがはかれます〉とのこと。
女将さんが音響装置のスイッチを入れると、壁に設置されているスピーカーからヒーリング効果のありそうなムーディな音楽が流れ始めました。
女将さんいわく、この部屋のどこかに気を強く感じる場所があるはずだから、そこを探して、そこで寝そべるなり座禅を組むなりして瞑想するといい、という話だったので……。
ここか! というポイントで瞑想にチャレンジ。
しかし煩悩だらけの凡人の筆者には、無理。ピラミッド・パワーを感じることはできませんでした。
ピラミッドの中なのに、なぜ仏像が置かれているのか。それも分かりません(今になって調べてみたら、古代エジプトと仏教はなんだか関係があるようですね。でも話が長くなりそうだから調べるの中止)。
肝心の風呂はどうなのか
さすがに浴室内は撮影できませんので、文章のみでお伝えします。
大浴場は瞑想室の真下。広い内風呂の中央に、ぶっとい円柱が立てられています。瞑想室の中央で集められた「氣」は、この円柱を伝わって内風呂の温泉へ送られてくる仕組み。
内風呂の浴槽は3つあり、ぬるめ、ふつう、熱めと湯温が分かれていて、温泉そのものは地下1,200mから湧き出るアルカリ単純泉ナトリウムイオン泉。肌に柔らかい、いいお湯でした。
露天風呂もありました。露天風呂は……、ああもう文章だけだと説明しにくいので、詳しく知りたい方は公式ホームページでどうぞ。
メシはどうしたのか
風呂を出て、各種お宝が展示されているミラーロードを歩きます。ピラミッドの中で、エジプトの壁画やエキゾチックなお宝に囲まれているというのに、自分は寸足らずの浴衣姿だというのが滑稽に思えます。
本館の長い廊下も、どう見たって純和風。
部屋に戻って、座布団にアグラをかき、あらかじめ買っておいたスーパーのお惣菜(見切り品)で缶ビール。お惣菜はポテサラ、豆腐と野菜の炒め物、シャケのおにぎりなど。
ニッポンの正しいオヤジの食卓です。ピラミッドなのに。
ちなみにヨークベニマル西富山店まで、ここから約5㎞、バイクで8分。
結局どうだったのか
ピラミッド元氣温泉は、各種メディアで面白おかしく紹介されることが多いですが、僕は「いいな」と感じました。
スリッパは用意されていないし、筆者が利用した部屋のブラインドは調子がおかしくて外からの視線を遮れないしと、いろんなところにツッコミどころがあるものの、まず第一にユニークで楽しいのがいいじゃないですか。
ありきたりの宿じゃ、旅の記憶にも残りません。仕事柄、日本中の宿を何百ヵ所も利用したけれど、まったく覚えていない宿がたくさんあります。
でも、ピラミッド元氣温泉は永遠に忘れないでしょう。
それに、この宿、おふざけでやっているのじゃなくて、本気なんです。
今年で92歳だというのに元気ハツラツな宿のご主人は、もともとは電子工学の専門家でいくつもの会社を経営。科学者、発明家であると同時に、SF小説も数冊お書きになった方。
還暦を迎えた後は後進に道を譲り、残りの人生は現代社会でストレスをかかえる人々を救おうと、そうしたお気持ちでピラミッド元氣温泉を始められたのだとか。
この地に温泉を引き当て、建物はエジプトのクフ王のピラミッドの10分の1サイズにして、温泉の治癒力とピラミッド・パワーの相乗効果で心と体を癒す、そんな場にしたいと……。
どれもこれも、真剣に取り組んでいる。還暦を過ぎて、なおも。これって、なかなかできることじゃありません。
凡人の筆者はピラミッド・パワーを感じられなかったけど、ピラミッド元氣温泉のご主人と少しばかりお話しただけでも、たくさんのパワーをもらいました。
強烈なインパクトで、記憶に残る旅の宿。
泊まりがけのツーリングに出かけるのなら、そういう宿がいいですよね。