バイク乗り、特に80年代のバイクブームを知るおじさん世代なら知らない人はいないだろうパーツメーカー「ヨシムラ」。その創業者であるポップ吉村こと故吉村秀雄氏の生涯と偉大な功績を貴重な資料によって振り返ることができる企画展が開催されている。

開催場所は氏の郷里、福岡県の大野城市にある「大野城 心のふるさと館」。地域の立派な博物館で、1階から3階までを使った大規模な展示構成となっていた。

ロビーにはチャンピオンマシンや秀雄氏の足跡を展示

1階のロビーには2021年FIM世界耐久選手権で「ヨシムラSERTモチュール」チームがシーズンチャンピオンを獲得したスズキGSX-R1000Rが展示されており、誰でも間近に見ることができる。エンジンが壊れないというヨシムラ伝統の強みを肌で感じることができるだろう。
その他、ロビーには氏の生涯を振り返ったパネルが並べられているほか、関連映像も流されている。これら1階の展示は無料となっている。
秀雄氏の戦時中の貴重な写真も。航空機関士としての整備・修理技術が世界のヨシムラの礎となっていた。

戦後に米軍基地が置かれた白木原とヨシムラ

企画展の名称にもある白木原(しらきばる)とは、戦後に米軍基地「白木原ベース」が置かれた大野城市内の地域名だ。白木原ベースは広大で、敷地の一角にはモトクロスコースも作られており、米兵だけでなく日本人もレースに参加したり観戦することが許されていた。
2階の展示フロアでは、1940~1970年代の白木原ベースと周辺の街並みの雰囲気が感じられる構成とされており、テーラー(洋服の仕立て屋)など米兵のためのお店や実際に米兵が使っていた家財道具、さらには米兵とその家族らが住んでいた住居、通称“米軍ハウス”も再現されている。

若い米兵がチューニングの腕を絶賛して“ポップ”と呼んだ

秀雄氏は、戦時中に航空機関士だった修理の腕を活かして、1954年に雑餉隈(ざっしょのくま ※現在の南福岡駅のあたり)で吉村モータースを開業。レースに興じる米兵らが乗るバイクのチューニングをする傍ら、自らもレースに出場していた。そして、その腕の良さを認められ、若い米兵から“ポップ(おやじさん)”と慕われるようになった。これがポップ(POP)の由来だ。

8耐への挑戦と優勝、現在まで受け継がれる技術

その後、基地の返還などもあり、秀雄氏は米軍横田基地にほど近い東京都の福生(秋川)に工場を移転し、四輪を含む様々な車両のチューニングやレース活動を行った。

1971年にはアメリカのレースにも参戦し、AMAスーパーバイクのシリーズチャンピオンを獲得するなど大型バイクのチューニングや集合管マフラーの性能で認められ、マフラーはアメリカで市販されるやいなや大人気のブランドとなった。

下の写真は、2000年にAMA(アメリカン・モーターサイクリスト・アソシエーション)から送られた“2輪の殿堂メダル”。スーパーバイクの黎明期を築いた偉人として栄誉を称えて贈られたもので、日本人での受賞は秀雄氏と本田宗一郎氏の2人だけだ。
1978年には第1回鈴鹿8時間耐久レースで優勝し、その後は活動の場を日本に戻し、会社も現在の地、神奈川県の愛川町に移転。レース活動の陣頭指揮にあたり数々のタイトルを獲得した。

ポップの手技と精神性が感じられる作業小屋の再現

これらレース活動に関する展示が3階ホール内で行われており、レーサーマシンの実物など見所が多いのだが、実は肝いりの展示となっているのが、ホールに隣接する形で再現されている秀雄氏の作業小屋だ。小屋の復元には秀雄氏の娘婿である森脇 護氏(株式会社モリワキエンジニアリング代表取締役)が協力し、細部にもこだわった造りとなっている。
トタン一枚の壁と屋根はサビの具合まで忠実に再現された。作業机に並べられた工具類は秀雄氏の長女、森脇南海子氏(株式会社モリワキエンジニアリング専務取締役)から借りてきたという秀雄氏が実際に使っていた実物だ。また、窓枠にさりげなく置かれているタバコは氏が愛飲したというキャメルの当時のパッケージを再現するというこだわり。

作業台に置かれた工具を見ていると、秀雄氏は決して特別な工作機械を使っていたわけではなく、ありふれた電動工具を工夫して使いながら、その手技一本でカムシャフトなどのパーツを精緻に仕上げ、パワーアップや耐久性を生み出していたことに驚愕する。
シリンダーポートを磨くのに使っていたのはドリルの先端に紙やすりを巻いただけのもの(!?)であり、その状態も再現されている。
オイルストーンで磨いてダイヤルゲージで確認。天井にある1本の蛍光灯の光で仕上がり具合を見ていたという。
「POP Y」の刻印が入れられたカムシャフト。何とも言えないオーラが漂っていた。

とても貴重で素晴らしい展示! 全国で開催してほしい

とても伝えきれてはいないのだが、展示内容と秀雄氏の足跡を足早に紹介した。実物や再現されたもの、当時の写真などを見ていると、ヨシムラの活躍はもちろんのこと、戦後日本の歴史とものづくり、そこにアメリカがどのように関わっていたのかなどを広く知ることができる。

ヨシムラファン、バイクファン以外の方にもぜひ見てほしい展示であり、願わくば全国各地で開催してほしいと心底思った次第だ。

【開催情報】
特別展「白木原ベース サイドストーリー ~ 街のなかのアメリカ文化、そして POP吉村伝説の誕生 ~」
□開催場所:大野城 心のふるさと館
□所在地:福岡県大野城市曙町3丁目8-3
□電 話:092-558-5000
□開催期間:2023年4月25日(火)~6月18日(日)
□開場時間:9~17時(入場16時30分まで)
□休館日:月曜日(祝日の場合は翌平日)
□企画展入場料:一般300円 高校生以下無料
□駐車場:バイク用の臨時駐車場は博物館の向かい

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