バイクブームを牽引した“バリ伝”と“ララバイ”

いま70、80年代の国産絶版車人気が大変なことになっている。モデルによっては以前の数倍!? という価格になっている場合もあるが、それでも程度のいい個体はドンドン売れているという。そしてこの絶版車人気を牽引している1台といえば、間違いなく“ゼッツー”ことカワサキの「Z2」だろう。

遡れば1980年代、今に続くゼッツー人気を決定づけた作品がある。かつて『少年マガジン』に連載されたマンガ『あいつとララバイ』だ。ちょうど同時期に連載されていた『バリバリ伝説』(『バリバリ伝説』は生き続ける!その後の巨摩グンは……? 参照)とともに、80年代バイクブームを大いに盛り上げた作品である。

あいつとララバイ

1982年から89年まで、7年間にわたり『少年マガジン』誌上で連載された『あいつとララバイ』。コミックは全39巻におよぶ。

 

『あいつとララバイ』の連載開始は1982年。バリ伝連載開始の約1年前に始まり、89年まで7年間にわたり続いた。同じ少年マガジン誌上で83年から91年まで8年間連載されたバリ伝とは、不思議なほど符号する点が多い。レースをテーマとしたバリ伝に対して、ストリートを舞台にしたララバイ。同じバイクを扱う作品ながらまったく異なる世界観が、それぞれが超人気作品として並び立った理由なのかもしれない。

研二が“ゼッツー”に乗った理由

僕は雑誌『MOTO NAVI』編集長をつとめていたとき、『あいつとララバイ』の特集企画を組んだことがある。僕自身がこのマンガのファンで、大きな影響を受けたことがきっかけだが、もうひとつ、このララバイを通じて、すでに盛り上がりを見せていた「Z」の魅力を解き明かしたい、という狙いもあった。

Z750RS

1973年に登場した「Z2」ことカワサキ750RS。

 

『あいつとララバイ』の主人公、菱木研二はヨコハマで暮らす高校生。とびきりナンパで、ちょっと不良で、女の子にはモテまくり、そしてバイクに乗らせたら誰もかなう者がいないぐらいの腕前。その研二の愛車がカワサキのゼッツーなのだ。作品の中では、そのゼッツーに彼女を乗せて走り回り、暴走族たちと渡りあい、カタナ、ニンジャ、マッハ、ドゥカティ……などを駆るライバルたちとバトルを繰り広げる。その姿を見て、ゼッツーに憧れた若者は当時、少なくなかった。

僕は雑誌の取材で『あいつとララバイ』の作者である楠みちはるさんに何度かインタビューさせていただいたが、そのときの話が印象的だった。

「ボクは四国の高知出身で、田舎だから中学生のときからバイクに跨ってたんですよ。僕が中1のとき(1969年)にホンダのCB750FOURが出た。これはスゴイと思って、高校生になってすぐ中古で買った。でも事故って壊しちゃって、なんだかんだで高校中退。それで働いてたんだけど、結局ダブって復学した。だから高校へはトータル4年行ってる。そのころにゼッツーを買ったんだよね」

あいつとララバイ

「じつはZ2って、当時はそんなにイケてなかったんですよ。そもそも“ゼッツー”なんて呼び方はなかった。“Z1”はあったけど、それは手の届かない輸出モデル。国内仕様は“750RS”って言われてて、W3(ダブサン)と呼ばれた650RSの兄弟モデルという位置づけ。どっちかというとツーリングバイクだよね。でも意外にも、750RSに集合管を付けて真っ黒に塗るとえらいカッコよくなるんだよ」

つまりゼッツーは学生時代の楠さんの愛車だったのである。それと同時に、楠さんがまさに“菱木研二”を地で行くような学生時代を送っていたことが分かる。『あいつとララバイ』で研二がゼッツーに乗るのは必然だったのだろう。

あいつとララバイ

ゼッツーは乗ってる人をカッコよくみせるバイク

「ボクはね、バイクを描くとき写真や資料は見ないんです。ゼッツーのカタチなんてぜんぶ覚えてるからね。だから描きながらどんどん改造しちゃうし、面倒くさくなってリアサスペンションを描かなくなったこともある。“タイヤが大きすぎる”って指摘する人もいたけど、このほうがカッコいいからいいじゃん、描きやすいし(笑)。マンガなんだからリアルであるよりズレてたほうが面白いし、それが個性じゃない?って思ってる」

作品の中で描かれる研二のゼッツーは丸目ライトにへの字のセパハン、バックステップ、集合マフラー。それはそのまま当時のカスタムトレンドとなっていった。中には愛車を赤いフレームに火の玉タンクの“研二仕様”に仕立てるファンもいた。

あいつとララバイ

「ゼッツーを描いて、自分でも乗ってきてわかったけど、カワサキのZは乗ってる人をすごくカッコよく見せてくれるバイクなんです。レーサーレプリカって、どうしたってバイクが前面でしょう。ある意味、今のオートバイはみんなそうかな。同じような存在としてホンダのCBもあるけど、あっちはある意味最初から完成されてるからノーマルがいちばん。集合管が似合わない。でもゼッツーは集合管もカスタムも、フルフェイスもジェットも似合うんです。研二はノーヘルだけどね(笑)。誰が乗ってもカッコよく見える、こんなオートバイないよね。思うにZ2のカッコよさとは、70年代の岩城滉一と80年代の楠みちはるが作り上げたんじゃないでしょうか(笑)」

楠みちはる氏

『あいつとララバイ』の作者、楠みちはる氏。

 

『あいつとララバイ』の連載が終わった1989年、カワサキから空冷ネイキッドの「ゼファー」が登場した。それまで続いた80年代の“レーサーレプリカ・ブーム”から“ネイキッドバイク”への転換点である。それは現在の国産絶版車ブームへとつながっている。そこには『あいつとララバイ」で描かれた、ゼッツーをはじめとするバイクたちのカッコよさが大きく影響を与えているのだ。

あいつとララバイ

 

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