2050年カーボンニュートラル(以降、CN)の実現を推進するにあたり、パーソナルモビリティの選択肢として電動バイクもあるわけですが、特に電動コミューター(スクーター)が普及することで多くの社会課題を改善できるのではないかということをコチラ前編・理論編で書きました。

電動コミューターが改善しうる社会課題

1. 電車やバスなど公共交通の衰退
2. 2024年問題による人手不足と交通・物流の減退
3. 学校の統廃合と通学距離の延伸(労力・時間・家計の負担増)
4. ガソリンスタンドの廃業(SS過疎地)
5. 若年層のモビリティ利用の足かせになっている三ない運動
6. 国、自治体、企業など国民全体で取り組むべきCNの推進

これらの中でも、中山間地の高校生の移動課題については電動コミューターが寄与できることが多いのではないでしょうか。航続距離が短い、充電に時間がかかる、坂を上らないといったネガティブだけで電動コミューターの価値を早々に否定するのは少し近視眼的だと思うのです。

高校生にCNと電動バイクを知ってもらう取り組み

2024年3月5日(火)、中山間地の移動課題に取り組んできた地域である埼玉県秩父市の県立秩父農工科学高等学校(以降、秩父農工)で、課題の当事者である高校生に、電動バイクについて知ってもらう、触れてもらう機会となるイベント「高校生と考えるカーボンニュートラルと電動モビリティ」が開催されました。

埼玉県は教育委員会が検討委員会を設置して数年間をかけて議論したうえで、2019年に三ない運動を撤廃し早期交通安全教育(下写真は講習会の様子)に転換しましたが、県西部の中山間地である秩父地域だけは'80年代の三ない運動開始期も含め、原付一種によるバイク通学がずっと認められてきた歴史があります。秩父農工では現在も3学年合計でおよそ70名ほどの学生が秩父市とその周辺自治体から原付一種でバイク通学をしているんです。
そして、秩父市と周辺自治体(小鹿野町、横瀬町、皆野町など)はもちろんのこと、埼玉県もCNの実現に向けて様々に取り組んでいます。次代を担う地域人材である高校生にCNへの様々な取り組み、モビリティの変革を知ってもらうことには大きな意義があると言えるでしょう。

電動バイクの開発者が高校生に授業を行った

こうした経緯から、イベントではCNと電動バイクに関する講義、電動原付スクーターの試乗・安全運転講習会が行われ、講義ではホンダの電動原付一種スクーター「EM1 e:(イーエムワン イー)」開発責任者である後藤香織(ごとう かおり)さんと開発責任者代行の内山 一(うちやま はじめ)さんが講師として教壇に立ちました。

講義は工業部(電気システム科、機械システム科)の授業として2時限にわたって行われ、2年生の男女76人が参加しました。前半では後藤さんが講師を務め、講師のプロフィールや開発現場で働く同僚のインタビューなども紹介しつつ、商品開発の流れ、新機種開発時のプロジェクト体制とチーム編成といった説明が行われました。工業部には自動車関係の学校や企業に進学、就職する生徒もいるということで、開発現場の空気というものがひしひしと感じられたのではないでしょうか。
後藤さんの講義ではCNとモビリティの関わりがメインとなりました。地球温暖化や気候変動に対しての持続可能な取り組み、環境意識の高まりを踏まえてのCNと世界の潮流、自分たちが住む埼玉県や秩父市といった自治体も2050年のCN実現を宣言していることなど、生徒自身にとっても身近な問題であることが解説されました。また、それにより移動手段である様々なモビリティが脱炭素化を目指して開発されていること、二輪車でも電動化に取り組んでいることなどが紹介されました。

とりわけバイクの電動化について大きな動きとなった国内二輪4メーカーによる交換式バッテリー規格の標準化合意(2021年3月)については、その取り組みの背景となった電動化の課題(充電時間、航続距離、バッテリー回収、コスト)や、東京・大阪などの大都市圏から普及が進んでいるバッテリーシェアリングサービス「Gachaco(ガチャコ)」の現状についても説明がありました。

もともと原付一種スクーターの使われ方の大半は自宅から半径3~5km圏内というデータがあります。電動スクーターの実用航続距離が30km程度だとしても実はほぼほぼ問題はなく、秩父市などの中山間地でも周辺自治体も加えた域内の駅、公共施設、コンビニ、郵便局などにバッテリー交換ステーション(小規模な充電器設置でも可)を配置できれば日常生活でも十分使える性能を持っているんです。

電動バイクの構造と仕組みについても学習

授業の後半では内山さんが講師を務め、電動バイクの構造と仕組みについて学びました。生徒たちは普段の授業の中で内燃機関やモーターについても学んでいますが、開発現場で活かされている、より実践的な内容となりました。

電動バイクにもスクータータイプやモーターサイクルタイプがあり、電動レーサーマシンも活躍しているということから始まり、電動バイクの基本システムである「バッテリー、PCU(パワーコントロールユニット)、モーター」という最も基本的な構造と、それをどのようなセンサーや装置で制御しているのかなど理解を深めていきました。
フレミングの法則とモーターが回転する仕組みをおさらいしつつEM1 e:に使われているインホイールモーターの構造を説明するなど普段の授業内容が電動バイクの中で実際にどう使われているのか、またガソリンエンジンと電動モーターの構造や出力特性の違いについても話されました。

ユーザーの利用に即した商品を開発するという重要な点においては、リチウムイオンバッテリーと液体燃料(ガソリンなど)とのエネルギー密度の比較などを通して航続距離など電動バイクが抱えている課題を示しつつも、調査データを基にターゲットユーザー像を定めて開発していく過程が語られました。
さらに、リチウムイオンバッテリーを高いところから落としたり、深い水たまり(小さなプール)の中を走ったりと、ユーザーの使用シーンを想定した耐久試験の様子も動画を交えて紹介されました。こうしたテストシーンは普段は公開されない貴重なものです。なお、講義が終わった後は講師のお二人が質問攻めにあっていました。さすがは工業部の生徒たちですね。電動コミューター普及のキモである交換式バッテリーの脱着も体験できました(上写真)。

学校の敷地内で電動原付スクーターに試乗!

お昼をはさんだ午後からは所属学科や学年を問わず、原付・二輪免許を所有する参加希望生徒に向けた電動原付一種スクーター「Honda EM1 e:」の試乗・安全運転講習会が行われました。トルクの強い出力特性を考慮したスロットル操作など、運転時の注意点やポイントについてレクチャーを受けてからの運転となりました。コースは広々とした学校敷地内の舗装路に設定され、折り返し地点では低速旋回(Uターン)の練習も行われました。スロットルとリヤブレーキの使い方、視線の送り方など安全運転に重要なポイントを教わりました。
また、所轄の埼玉県警・秩父警察署による白バイ隊員からの安全運転講話も行われ、地域の交通事故・バイク事故の傾向と注意点のほか、ヘルメットのあごひも締結やプロテクター着用の大切さなど安全運転への心がけや装備について話されました。普段、隊員が着用しているエアーバッグベストを生徒が着用し、実際にエアーバッグを膨らませるという実演も行われ、参加生徒からは驚きの声が上がっていました。

見るのも触るのも初めて! スムーズで静か!

「静かなのに最初から力強く加速する感じ」(電気システム科2年:齋藤さん)
学校にはお下がりのHondaジョルノで通っています。EM1 e:はとても静かなのに発進時から力強く加速していく感じがジョルノとは全く違うと思いました。CNについてはネットのニュースを見るくらいで詳しくなかったんですが、電気システム科にはEVカーのコースもあるので3年生になったら履修したいと思っています。

「これだったら乗り換えてもいいかも」(農業科1年:磯田さん)
普段はHondaディオで通学しています。家から学校までは片道12kmと遠くて、近くに電車やバスがないのでバイクがないと通学できません。EM1 e:は本当にスムーズで静かで乗り心地がよかったので、これだったら乗り換えの候補に入れてもいいかなって思いました。安全運転講習ではプロテクターを装着していない場合の危険性を聞いて意識が変わりました。

2050年CNを実現させるのは、いまの子どもたち

自動車業界や二輪業界でも、ここ数年はCNと電動化の話題で持ちきりでした。でも、読者の皆さんもどこか遠くの話のような感覚があったのではないでしょうか。2050年のCN実現に向けて具体的なモノやコトを作っていくのは、いま高校生や中学生の子どもたちです。このようなイベントは、CNという概念とそこにある課題、再生可能エネルギーと脱炭素モビリティ、さらにはそのリサイクルまでを学習、体感してもらえる良い機会になったのではないでしょうか。今後の展開にも期待したいですね。

SHARE IT!

この記事の執筆者

この記事に関連する記事