トム・クルーズみたいに、オレはなる!

好きな映画は? と聞かれたら、ちょっとためらいながら「と……トップガンかな」と答える。いや、あまりにもメジャー作品すぎて、もうちょっと“通”っぽいのを挙げたほうがいいかな……と思うけど、ホントなんだから仕方ない。

1986年、僕が19歳の夏。公開された『TOP GUN』に僕のハートはドキュン!と撃ち抜かれた。アメリカ海軍のエリートパイロット訓練学校、通称“トップガン”に集う若き飛行士たちの青春ストーリー。同じく海軍を舞台とした映画では『愛と青春の旅立ち』(1982年公開)もあるけど、『TOP GUN』はやっぱり、トム・クルーズ演じるマーベリックが“Ninja”で走るシーンが衝撃的にカッコよかった。僕自身バイクに夢中な頃だったし、世の中もバイクブーム全盛期。いろんなことがシンクロして、間違いなく僕の人生に大きな影響を与える映画となった。

TOP GUN

滑走路にバイクをとめて佇むマーベリック(トム・クルーズ)。映画の宣伝にも使われた印象的なシーン。

 

劇中でマーベリック(トム・クルーズ)は美人の女教官シャーロット(ケリー・マクギリス)に恋心を抱き、Ninjaで彼女の家へとぶっ飛ばす。で、あっさりとデキちゃって(羨)、バイクのシートの上でキスしちゃったりもする……(汗)。そしてなんと言っても、滑走路を走る戦闘機とNinjaが並走するシーンがめちゃめちゃカッコよかった! と、いま思い返しても気持ちが高ぶるぐらいだから、映画を観た直後の僕が全開で「おれはトム・クルーズみたくなる!」(アホっぽい)と思ったのも当然なのである。

ちなみに映画公開後、アメリカでは海軍への志願者が激増したらしい(やっぱり)。そして愛車として登場したNinjaことカワサキGPZ900Rの人気も爆上がりしたのである。

アメリカで人気となった“Ninja”

ここでGPZ900Rをプレイバックしてみよう。カワサキは70年代、DOHC4気筒エンジンを搭載した「Zシリーズ」が人気を博し、大排気量スポーツのカテゴリーでは確たるポジションを築いていた。Zはその後、Z-FX、GPzシリーズへと進化していくが、80年代バイクブームの訪れとともにライバル達はそれを上回る勢いでハイパフォーマンス化していった。それに対抗すべくカワサキが、84年に投入したのが新開発の水冷エンジンを積んだ「GPZ900R」だった。

カワサキGPz900R

1984年に登場したカワサキ初の水冷エンジン搭載モデル「GPZ900R」。アメリカでは“Ninja”のペットネームで人気を博した。大型バイクへのフロント16インチホイールの採用も斬新だった。

 

新開発エンジンの排気量は908cc。それまでのフラッグシップだったGPz1100はZからの流れを汲む空冷エンジンを搭載していたが、新エンジンのコンセプトは「軽量コンパクトでハイパワー」というもの。そのためには水冷化が不可欠だった。新エンジンは全幅を狭めるべくウェットライナー(シリンダースリーブを冷却水路が直接冷やす方式)やサイドカムチェーン方式を採用するなど徹底したコンパクト化を進め、最高出力115psを発揮する高性能ユニットとなった。

カワサキGPz900R

ウェットライナーやサイドカムチェーンなど独自の機構を備えた水冷908cc並列4気筒エンジン。115PSの最高出力と8.7kgmの最大トルクを発揮し、最高速度は250km/hと発表された。

 

エンジンをフレームの剛性メンバーとして使うダイヤモンドフレーム構造やフロント16インチホイールなど、見た目にも先進性を感じさせるGPZ900Rだったが、もうひとつのエポックは“Ninja(ニンジャ)”というサブネームの採用だった(今に続くNinjaという呼び名をいちばん最初に使用したのはこのGPZ900R)。ジャパネスクを想起させるこの名称は北米カワサキの意向と言われ(デビュー当時、車体に“Ninja”と記されていたのは北米仕様のみで欧州仕様には見られなかった)、事実ビッグバイクの最大市場である北米において好調なセールスを記録した。そして映画『トップガン』の大ヒットとともに“Ninja”の人気は不動のものとなったのだった。

カワサキGPz900R

アッパーカウルとアンダーカウルがセパレートされ、その間からエンジンが覗く。サイドカムチェーン方式を採油するため左右でエンジンの表情が大きく異なる。

マーベリックに、なれなかったよ。

いっぽう19歳の僕はといえば、上野のアメ横に行って革のフライトジャケット(AVIREXのG-1)を買い、中田商店(アメ横の有名なミリタリーショップ)で手に入れたドッグタグを身に着け、すっかり“気分はトム・クルーズ”。さらに一念発起し、限定解除で大型二輪免許を取得(まだ教習所では取れない時代だったから免許試験場に通って)。あとは“あの” Ninjaさえあれば「マーベリックになれる」はずだった……。

しかし、僕が手に入れたのは見た目は同じだが日本国内仕様の「GPZ750R」だった。逆輸入車だった900R(当時はメーカーの自主規制により日本国内では750cc超のモデルは販売していなかった)は『TOP GUN』人気も手伝って高嶺の花(たしか120万円前後だったと思う)。学生だった僕にはとても手が届かなかった(とはいえ購入しているバイク仲間もいたが)。いっぽうボア・ストロークダウンにより排気量を下げた国内モデルの750Rは兄貴に比べると人気がなく、グッと値段がこなれていた。確か中古で38万円ほどで購入した覚えがある。

カワサキGPz900R

2012年、僕が編集長をつとめていたバイク雑誌で主催したイベントにて。Ninjaで来場した方にお願いして跨がらせてもらう。すっかりトム・クルーズ気分(笑)

 

しかし僕はその“子ニンジャ(と揶揄されていた)”を2年ほどで手放してしまった。やはり750Rは僕にとっては憧れの“Ninja”の代替的存在であり、そのコンプレックスが拭いきれなかったのだと思う。そしてマーベリックが彼女を乗せ、滑走路をぶっ飛ばしたあのGPZ900Rは、今も僕にとって憧れのままなのだ。

気がつけばあの頃より、高くなってるし……(涙)。

カワサキGPz900R

 

 

SHARE IT!

この記事の執筆者

この記事に関連する記事