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少年マガジン黄金期の名作、旧車のことは『特攻の拓』に学ぶべし
1991年~1997年にかけて『週刊少年マガジン』(講談社)で連載された「疾風伝説 特攻の拓(かぜでんせつ ぶっこみのたく)」(原作/佐木飛朗斗、漫画/所十三)は、横浜を舞台に暴走族の抗争を描いた1990年代を代表するヤンキー漫画の一つ。主要なキャラクターに対して愛車が必ずセットになっており、さらに人気の旧車を網羅していたことからヤンチャ系バイクの教科書としても大きな役割を果たした。
「特攻の拓」に登場するバイクは全て実在しており、年式や車名、型式、俗称だけでなく改造パーツまで現実のものが描かれていた。リアルさは当時の少年マガジンの特徴で、「ドラゴンボール」を代表とする少年ジャンプのファンタジー路線では飽き足らない読者の支持を集め、1997年に少年ジャンプから首位を奪取した要因と言われている。その中で「特攻の拓」は少年マガジン黄金期を語る上で欠かせない人気作となっている。
ケンカは強くないが仲間からの信頼が篤い浅川拓という等身大のキャラクターや登場するバイクも当時の少年・青年にとってリアリティのある存在。すでに下火だったとはいえ暴走族の抗争も読者の身の回りで実際に起きており、「特攻の拓」はノンフィクションに近いフィクションだった。この物語やキャラクターにハマった読者がバイクに興味を持つのは自然な流れで、リアルな漫画だったからこそ現実の旧車ブームに繋がっていったのだ。
"スピードの向こう側"を超えてみたい…と駆け抜けたCB400F
「特攻の拓」で最も重要なモデルといえばホンダのCB400Fだろう。CB400Fは型式で製品名はCB400フォアが正式となるが、現在でもCB400Fと呼ばれることが多い。初代は1974年12月にデビューした。
初代の排気量は408ccで、タイミング悪く1975年の免許制度改正で大型車に区分されてしまう微妙なサイズだったため、翌1976年3月には中型免許でも乗れる398ccのCB400フォア-I/IIも発売された。熱烈なファンが多かったと言われるが大ヒットには至らず、1977年5月、後継機種となるホークIIの発売とともに製造設備が大幅に変更され生産終了となった。
劇中では準主役キャラがフォアを駆った。不良偏差値98を誇る"横浜中のハジかれたモンが集まるふきだまり"の私立聖蘭高等学校で、1年生ながら上級生と互角以上に張り合う鮎川真里は、同校1年D組の生徒が集まる「爆音小僧」七代目頭で、フォアは六代目時代の特攻・半村誠の遺品となる。誠がフォアで求めた「スピードの向こう側」を真里も追い続けた。
バケヨンになって登場したCB350フォア
CB400フォアを遡ること3年、1972年にリリースされたCB350フォアは、CB750フォア(1969年)、CB500フォア(1971年)に続いて並列4気筒エンジンを搭載したクラス最高級車。4気筒ならではのスムーズな出力特性を味わえるツーリングモデルで、4連キャブレターや4本出しマフラーなど豪華装備も特徴だった。CB400フォアはこれをベースに排気量を51cc拡大し、欧州で流行していたカフェレーサースタイルに仕立てたものとなる。
「特攻の拓」に登場したCB350フォアは、半村誠の妹で鮎川真里の幼馴染であり同級生の半村晶の愛車。劇中ではバケヨン化されており、CB350の面影はない。バケヨンとはCB400フォア風になるようにパーツを乗せ換えたCB350の事で、CB400フォア生産終了後に中古価格が上昇したことから流行していった。
CBX400Fは真嶋商会でREV仕様エンジンが組まれた
1970年代後半、ホンダの400ccクラスは並列2気筒のホークII/IIIへと切り替えられて行く。ライバル各社も2気筒モデルが主力だった。そんな流れを変えたのが1979年発売のZ400FXで、クラス初のDOHC4気筒エンジンを搭載し大ヒット。時代はバイクブームに向かって加熱しており、400ccにおいても高性能車が求められていたのだ。
だが、当時ホンダは「400は2気筒で十分」という開発方針で、次々と各社からリリースされる4気筒モデルに2気筒のスーパーホークIIIで対抗。もちろん旗色は悪く、1981年11月、ついにCBX400Fを発売したのだ。最後発だけあって性能は他社を圧倒。エンジンはDOHC4バルブを採用、シャーシにも世界初のインボードディスクブレーキやリンク式リアサスペンションを投入し、爆発的なレースブームを巻き起こすことになった一台でもある。
劇中では、「爆音小僧」旗持・滝沢ジュンジの愛車として登場。中学時代の親友である那智もチェリーピンクのCBX(ビーエックス)に乗っており、マフラーも那智と同じRPM管にこだわったところからもその影響が感じられる。ジュンジは当初免許を持っていなかったためCBXの描写はあまり多くはないが、旧車界では超人気モデル。1982年に一度生産終了したが、根強い人気に押されて1984年に復活し、1989年まで生産されたことも現在に至る人気を示唆するものだった。
CBR400Fはジュンジの教習車だった
圧倒的な性能で瞬く間にベストセラーに輝いたCBX400Fをベースに、さらなる高性能化を施したのが1983年末に発売されたCBR400F。初めてのCBRとしてレーサーレプリカブームの先鞭をつけたモデルとしても有名で、CBXから2割も向上した最高出力を発揮するREV(REvolution-modulated Valve control)を採用したエンジンが革新的なモデルだ。
REVとはバルブ休止機構のことで、低回転時には2バルブ、高回転時には4バルブに切り替えてそれぞれの回転域でのパワーを確保するメカニズム。高回転域のパワーを追い求めると、低回転域が犠牲になるところをREVで克服しており、400ccのエンジンながら10PSという大幅アップを達成した。この出力は空冷エンジンの限界とも言われ、後のモデルは水冷に移行していった。
劇中ではジュンジの教習車として一瞬登場。ジュンジは免許がなくてもテクニックはかなりあり、ジャックナイフが得意だった。免許取得後は前述のCBX400Fを手に入れることになる。
主人公・浅川拓の愛車の一台はゼファー
カワサキのゼファーは、CBX400F、CBR400Fと400ccクラスが驚くほどの勢いで高性能化して行き、レーサーレプリカが全盛となった後に一周回って振り出しに戻ったモデル。1980年代中盤以降のレプリカ全盛期にフルカウルモデルが当たり前になったことから「ネイキッド(裸)」というジャンルが生まれ、ネイキッドブームを巻き起こしたモデルである。
ベースは、400ccクラスで4気筒の先鞭をつけたZ400FXで、スタイルやシャーシは現代的なものに置き換えられている。カワサキZシリーズの流れを汲む端整なスタイルでありながら古さを感じさせない秀逸なデザインがウケて、1989年に発売されると大ヒットモデルに躍進。性能面はレプリカモデルと比べようもないが、先鋭化したモデルに食傷気味だったライダーの心を掴んだのだ。
劇中では浅川拓の2台目の愛車として登場、エディローソン号と名付けられた。「特攻の拓」連載期間中で唯一現役モデルだが、メーターが砲弾型になる前の初期型を描くところがマニアックだ。
特攻の拓は暴走族ではなく走り屋の物語
1990年代にバイクにハマっていた若者は、コアなライダーだと『キリン』を読んでいた。私も『キリン』の熱心な読者の一人だが、『特攻の拓』は同じグループのピラミッドの底辺にあった作品だというのが個人的な考え。拓はヤンキー漫画の体裁をとった走り屋の物語なのだ。
走り屋のなんたるかを最も分かりやすく、より多くの読者に伝えたという意味では私は『キリン』より『特攻の拓』を推したい。販売部数も段違いだと思うし、出てくるキャラクターの数、バイクの種類、カスタムのバリエーションなど広がりが圧倒的なのは間違いない。
そして、個人的に『特攻の拓』を推す理由は、前職『ヤングマシン』の誌面が作画に使われていた(らしい)ということ。私が入社する前のことだが、表現にリアリティを出すために実在のカスタム例などをバイク雑誌を参考にしながら漫画化していたのだ。これは素直に嬉しかった。
話は戻るが、ただのヤンキー漫画だったら私は『特攻の拓』を推さない。「スピードの向こう側」や「幻の6速」など、ライダーの琴線に強烈に訴えてくるエピソードが満載なのが大きい。私の中ではライダー=走り屋、『特攻の拓』は量と質において金字塔となる作品だ。
今回は人気絶版車に絞って登場車両を紹介したが、他にもたくさんの車種とキャラクターが描かれている。ぜひ1990年代を懐かしみながら読んでみて欲しい。