女性一人でロングツーリング、それも海外でとなると、どれだけハードで冒険感が強い旅になるのかは予想すらできない。
道路や交通事情の違い・言語の壁・食事やホテルの探し方・そもそもバイクの手配方法など、わからないことばかりで、なにから情報収集すべきかも検討がつかないほどだ。
これらのたくさんのハードルを乗り越え、インド・ラダックに1ヵ月間滞在して見事にツーリングを達成した女性がいる。
それが、里中はるか(はるか180cm)さん。会社員として働きながら、SNS上になにげない日常の奮闘や、愛車であるBMW『F800GS』との生活を描いているマンガ家だ。
本記事では書籍『女ひとり、インドのヒマラヤでバイクに乗る。』の出版を記念し、ラダックツーリングの裏話や本に載っていないとっておきの絶景、そしてはるかさんご自身の旅歴・バイク歴などについてお話をうかがってみました。
同人誌『ワンマン夏休み』からのスタート
【プロフィール】
里中はるか(はるか180cm)
旅とバイクとお絵描きが好きな会社員。ラダックの他に、ドイツ・ニュージーランド・トルコでの海外ツーリング経験を持つ。初めての相棒は大学の通学で使っていたHONDA『TODAY』。就職後、鬱で2年間の休職中に大型二輪免許を取得し、4年後BMW『F800S』を購入。現在の愛車はBMW『F800GS』。
──まずは『女ひとり、インドのヒマラヤでバイクに乗る。』のご出版、おめでとうございます。
里中はるかさん(以降、里中):ありがとうございます。初めての商業出版でナーバスになることもありましたが、読者の皆さまからたくさんの感想やメッセージをいただき、幸せに感じています。
──実は里中はるかさんと、この記事の筆者(高木)は以前より交流がありまして。里中さんが書籍の前身として書かれていた同人誌、『ワンマン夏休み』から読ませていただいていました。
里中:ありがとうございます。ラダックでのツーリングは私にとってとても濃い経験だったので、それを伝えたい勢いで『ワンマン夏休み』を描き始めたんです。いつか書籍にもできれば…と思っていたところ、KADOKAWAの編集 篠原さんに持ち込みさせていただける機会があり、実現しました。
出版が叶った理由のひとつが、同人で出した3部のワンマン夏休みの売れ行きでした。つまり、同人誌を購入してくださった方々のおかげでこの本ができたので、皆さんには感謝しかありません。
ライダーの聖地 ラダックとは
──書籍の舞台であるインド・ラダックですが、一般的な日本人にとってはそれほど馴染みのない地域かもしれません。1ヵ月間会社を休んでのツーリング、それも国内ではなくラダックというのはなにかきっかけがあったのでしょうか?
里中:ラダックで旅をした2022年は、私にとっては「己の無価値感」に苛まれた時期でした。元々躁と鬱を繰り返す私の性質にコロナ渦のリモートワークが影響し、「有用でなければ生きていけない」と自分を追い詰めてしまったんです。
大好きだった旅やバイクへのモチベーションも下がって落ち込んでいた中で心に浮かんだのが、以前YouTubeで走行動画を見ていたラダックでした。
里中:ラダックはインドの最北部、ヒマラヤ山脈にある秘境の地です。インドでありながらチベット仏教文化圏で、ヒマラヤの雄大な自然と神秘的な文化、厳しい自然とともに生きる人々の暮らしが織り交ざる、唯一の場所だと思っています。
立地・気候・軍事的な事情から長年閉ざされた地だったのですが、現在は海外からも多くの観光客が訪れ、特にライダーにとっては聖地として人気を集めています。
──ライダーの聖地と聞くと、どんな場所か気になります。
里中:まず、景色が圧倒的に美しいんです。ラダックの中心部、レーという街から少し出るだけで、視界に入り切らないぐらいに雄大な山や、高原、ヒマラヤならではの迫力ある地形に囲まれるので、その中をバイクで走るということ自体が新鮮で楽しいんです。
里中:また意外に感じられるかもしれませんが、海外ツーリングとしては比較的チャレンジしやすい点も魅力です。北海道や九州をソロツーリングしているライダーであれば、問題なく楽しめる方が多いと思います。
というのも、バイクの手配が簡単なんです。ラダックはライダー人口が非常に多いので、レーの街には所狭しとバイク屋さんが並んでいます。レンタルバイク屋さんも多く、インドのメーカー『ロイヤルエンフィールド』のバイクを現地で直接、動作をチェックした上で借りることができます。
ツーリングルートに関しても、有名なルートや目的地がいくつかあるので情報収集のハードルはそれほど高くありません。今回私はそのうちの2ヵ所、ヌブラ・バレーという渓谷と、ツォ・モリリという湖へのルートを走行しました。
里中:ただし…舗装路や軽めのオフロードが多いですが、郊外へ行くとハードな道も増えます。プロテクターの準備や事前のオフロード走行の練習は必要だと思います。
──どれも日本では見られないような壮大な景色ですね!
里中:そうなんです。たどり着くまでのエピソードは書籍に書いているので、是非手に取って読んでもらいたいのですが…。
高山病によるめまいや、嘔吐・下痢を中心とした体調不良(1ヵ月で9kgも痩せてしまったのだそう)、悪天候との闘いはありましたが、最終的に憧れの地、標高4,500mで天空の湖ともいえるツォ・モリリにたどり着いた時のことは旅のひとつのハイライトとして心に残っています。
──すごい! こんな景色を見られるのなら、ラダックに挑戦してみたいと感じるライダーは多そうです。しかしその反面、「女性一人で行くには危ないのでは?」という不安も感じてしまいます。
里中:そうですね。私自身バックパッカーとして20ヵ国ほどを旅してきたので、女性一人旅の危険性はわかります。
その経験の中から言うと、今回運がよかったのもあるとは思いますが…中国・パキスタンとの領土問題があるにも関わらず、ラダックは比較的治安がよいと感じられました。(今後の情勢によっては大きく環境が変わる可能性もあります)
ただし、その中でも油断せず自衛をする必要はあります。実際に私自身も、郊外の宿のオーナーに言い寄られるなどの怖い思いをした日はありますし、夜に独り歩きをするような不用意な行為はオススメできません。女性一人で海外旅行をする際に気を付けるべき、一般的なポイントは押さえた方がいいと思います。
ラダックは「人」と「文化」が魅力的
里中:ラダックのもうひとつの魅力は、「人」と「文化」です。
ラダックでは、標高や気候の関係から非常に険しい環境が広がっています。上下水道が整備されていなかったり、電気も電波も不安定だったりと日本とは正反対の環境なのですが、その中で人々が日々の暮らしを大切にしながら生きているんです。
旅中に一度、一般のご家庭にステイさせていただく機会があったのですが、畑で野菜を育ててご飯を作りながらお子さんと暮らし、そのお子さんも毎日の学校をすごく楽しんでいて。その光景が人間的で、豊かで、羨ましく感じられたんです。
里中:日本で暮らしていると目の前のタスクをこなすのが精いっぱいになり、つい周囲と自分を比べてしまって、幸せって何かを見失うことも珍しくありません。ラダックでの暮らしを通して「一番大切にすべきものは足元にある日々の生活だったんじゃないか」と気付かされました。
──これまで「有用でなければ生きていけない」と自分を責めて暮らしていた、その心境に変化が起きたんですね。
里中:そうなんです。他にも、旅中にトラブルに遭った時に、見ず知らずの人に助けていただいた機会が何度もありました。海外で極限状態の中だからこそ、人の優しさを素直に受け止めることができて。「これだけの人に優しくしてもらったのだから、そんな自分を自分で蔑ろにしちゃダメだ」と気が付けました。
この体験はラダックに限った話ではなく、一度気が付けば日本に帰った後も、「実は周りの人たちはこんなに優しくしてくれていたんだ」と感じる余裕ができました。
ラダック独自の文化を感じられるのも旅の醍醐味です。チベット仏教の信仰が深いラダックでは、美しいゴンパ(僧院)の中を見学したり、人々の信仰を垣間見たりすることができます。
里中:ただ「走って楽しい!」だけで終わらないのがラダックです。今回私は1ヵ月間という長い期間を過ごして、これらの人・文化の温度感を全身で感じられたのが大きな糧となりました。
「強くなりたい」から旅に出る
──ここまでお話を聞いてきて、里中さんの強さ・たくましさに驚いています。
普通の女性であれば、上下水道がない土地で宿泊して、未舗装路をバイクで走る…と聞くだけで抵抗を感じるかもしれません。これらを克服できた、里中さんの強さの根源はあるのでしょうか?
里中:確かに、なんででしょうね…?
もともと国内の一人旅行は好きだったのですが、学生時代は部活の練習が週5で入っていたので、そんなに出かける機会はなかったんです。でも20歳の時にやっぱり気持ちが行き詰まっちゃって、無理やり部活を休んでベトナムに2週間出かけました。
当然帰ってからは怒られたんですけど、その時に見たベトナムの景色に「同じ空の下でこんなに別の世界が広がっているんだ」と初めて体感して、視野が広がりました。数年後に今度は中南米の横断に挑戦して、ガッツリと旅にハマった感じです。
里中:「若いうちに行けるところへ行こう」と思ってハードな地域を旅することが多かったのですが、実際には別にハードな環境への耐性があるワケではなく。逆に「強くなりたい」「たくましくなりたい」から旅に出る、みたいな心境かもしれません。
──バイクに乗り始めた時も同じような心境だったのでしょうか?
里中:似ているかもしれません。新卒で入社した後に鬱で休職をした期間があり、その時に「精神の支えになるような趣味が欲しい」と思って大型二輪免許を取得しました。
実際にバイクを買ったのはその3、4年後で、実はレッドバロンで初めての愛車 BMW『F800S』を購入しているんです。友人に偶然連れて行ってもらったレッドバロン店舗で、曲線の美しさや赤くてカッコいい車両に一目惚れして「バイクに乗る時が来た!」と感じたことを覚えています。
里中:合計すると100台ぐらいのバイクを見て決めたんですけど、新車・中古車関係なくいろんなメーカーのバイクを検討できるレッドバロンだからこその出会いだったと思います。F800Sのことも実車を見るまでまったく知らなかったので、運命の出会いですね。
──その後、今の愛車 BMW『F800GS』に乗り換えられたんですね。
里中:はい。F800Sには4年乗って、もうちょっとオフロードを走ってみたくなったのでF800GSに乗り換えました。バイクの自由度や機動力、行動できる距離感が私にとって丁度よくて、バイクはただの乗り物ではなく「相棒」だと感じる日々です。
──ありがとうございます。それでは最後に、ForR読者の皆さんにメッセージをお願いします!
里中:本の中では、ラダックのツーリングレポートと同時に、消耗していた私がツーリングを通して自分を取り戻すまでのストーリーを描いています。
私と同じように日々の生活に息詰まってしまっている方も、この本を通して旅の気分を味わったり、旅について考えたりしてホッと一息ついてもらえたら嬉しいです。
バイクって、ただカッコよくて便利なだけじゃなくて、物理的にも気持ち的にも世界を広げてくれる存在だと思います。ForRの読者の皆さんと一緒に、そんなバイクライフを今後も楽しんでいけたら嬉しいです!
『女ひとり、インドのヒマラヤでバイクに乗る。』
雄大なヒマラヤ山脈の景色を味わえると同時に、ただ「走って楽しい!」だけでは終わらないインド・ラダックのツーリング。
1カ月間にわたる旅の全貌がコミカルに描かれた、書籍『女ひとり、インドのヒマラヤでバイクに乗る。』はKADOKAWAから好評発売中!
旅の面白さを追体験できるだけでなく、書籍中に掲載されたQRコードからは実際の走行動画を視聴することもできる、1冊で2度おいしい充実の内容。読むだけで世界が広がること間違いナシです!
また、本を読んでラダックに行ってみたくなった方にも安心。走ったルートや利用したお店の詳細はもちろん、旅の注意点や実際の持ち物、服装などの情報も掲載されています。
初めての海外ツーリングを控えている方の参考にもなるような、有意義な情報がたっぷりと詰まった1冊です。是非手に取って、読んでみてくださいね!
【書籍詳細】
『女ひとり、インドのヒマラヤでバイクに乗る。』
著:里中はるか(はるか180cm) X(Twitter)、Instagram
発行所:KADOKAWA
価格:1,760円(税込)