今年1月に4輪のレース活動機能を合体させ、ホンダにおける2輪/4輪両方のレース活動を担うことになったHRC(ホンダ・レーシング)が、栃木県さくら市にある4輪の研究開発施設「HRC Sakura」をメディア向けに公開した。今年は創立40周年を迎え、さらなるレース活動のパワーアップが期待される。
●文:ヤングマシン編集部(マツ) ●写真:ホンダ/編集部
F1用の研究開発施設をそのまま移行
今回、ホンダがメディア向けに公開した「HRC Sakura」は、もともとはホンダが第4期のF1参戦(2015〜2021年)に際し、その研究開発拠点として2014年に設立した「HRD Sakura」が基。現在はオラクル・レッドブル・レーシングとスクーデリア・アルファタウリの2チームにF1参戦用のパワーユニットを供給(2025年まで支援を行うことが発表された)するほか、スーパーフォーミュラやスーパーGTの車両開発など主に4輪レース関連の業務を担っており、約400人が従事しているとのこと。
取材時は代表取締役を務める渡辺康治氏をはじめ、2/4輪レース部門それぞれの責任者が参席。レースを技術を磨く最高の場と捉えるHRCでは、勝利はもちろんのこと、今後はカーボンニュートラル燃料の実用性向上や、小型軽量かつ高出力なモーターやバッテリーの開発といった、量産車にも展開できる技術を最先端の現場で開発することでも存在感を示していく…という目標が語られた。
今回、見学できたのはF1パワーユニットの組み立て工程/部品のCT検査設備/レース現場から電送されるデータを基に指示を出すSMR(サクラ・ミッション・ルーム)/DIL(ドライバー・イン・ザ・ループ・シミュレーター)/風洞/RV(リアル・ビークル)ベンチの6施設。機密保持のため多くは撮影禁止だったが、総じて感じたのは「現在の4輪レース、特にF1には機械/人材ともに途方もないリソースが注ぎ込まれている」ということに尽きる。
特に、実車データを基にシミュレーションしたラップタイムが実走行とほぼ同タイムという精度を誇るDILや、各センサーからの情報により、パワーユニットの耐久性を的確に把握できるRVベンチなど、シミュレーション技術のハイレベルさには驚きしかなかった。それが2021年、F1参戦最終年のワールドチャンピオンにつながったのだろうが、この事実こそ、HRC Sakuraの研究開発力が世界の最先端にあることを雄弁に語っている。
各施設の詳細は追ってお伝えしたいが、やはり我々バイク乗りが気になるのは、馴染み深いHRCに4輪が合流したことによるメリットだ。これは合体からまだ間もないこともあり、今後の検討課題だが、2輪のシミュレーションデータを提供するなど部分的な交流はすでに行われており、今後も積極的に推し進めていくという。また、今回見学できたHRC Sakuraは4輪の拠点で、2輪の研究開発拠点は今後も従来どおり埼玉県朝霞市に置かれる。トップレベルの施設を有するSakuraの強みを活かして、ホンダの2輪レース活動もより進化していくことを期待したい。
パワーユニット(PU)組み立て工程
HRC SakuraのPU組み立て工程。F1の場合、シーズン通じて使えるPUは1車あたり3機で、レース後にSakuraに戻ってきたPUを分解確認し、交換可能部品を新品にしてレースに向けて発送する。レッドブル/アルファタウリへのPU供給では、設計や開発、生産計画や部品調達、現地支援などをHRCが担っている。
SMR(Sakura Mission Room)
F1レースの現場へ指示を出す司令部がSMR。ここから現地のピットや走行中のドライバーと交信が可能で、マシンから約0.3秒遅れで電送されてくる各種の走行データを元に、レースの作戦や走行モードの切り替えなどを指示していく。 現在も約20名ほどのスタッフが、レース毎にSMRにてオペレーションを行うという。
DIL(ドライバー・イン・ザ・ループ・シミュレーター)
マシンの性能開発を机上で行うDIL。コクピット部が前後左右&ロール方向に動き(このストローク量の多さがSakuraが使うDILの特徴とのこと)、さらにステアリングやシートに振動を与えるなどで、まるで実車を運転しているかのようなシミュレーションが可能。パーツ交換によるラップタイムの向上幅などが忠実に予測できるため、実走行前の予測などに非常に有用で、 市販車でもシビックタイプRのリミテッドエディション開発で活用された。この際はプロドライバーが実際に鈴鹿を走ったタイムと、DILで記録したタイムにコンマ数秒のズレしかなかったという。DIL内には世界各国のサーキットのデータが収められている(路面をスキャニングし、路面の凹凸などを忠実に再現)。余談だが、仮想のマシンを机上でいくらでも試せるため、人材の育成にも役立つそうだ。
風洞
マシン下部のムービングベルト、そして風速ともに200km/hの状態を再現できるHRC Sakuraの風洞。マシンのダウンフォースやドラッグ(抵抗)を計測するもので、可動式の壁と天井(アダプティブウォールシステム)を併用することで288km/hまでのテストが可能となっている。マシンは送風に対し左右10度ずつ角度を付けて横風状態を再現することも可能。風を起こすファンの直径は8m。Sakuraの風洞は対流式と呼ばれるもので、ロの字型の通路内にこのファンが設置されており、2つの角を曲がってマシンに風を当てる仕組み。
RV(Real Vehicle)ベンチ
実車やエンジン単体での性能テストを行うのがRVベンチ。性能や耐久性を検証する「レース前の最後の砦」だ。ここでもサーキットのデータを元に、実際にコースを走っている状態を再現してのテストが可能。300km/hまでの風速や、気温、湿度、気圧なども現地に沿った環境を再現できる。
ヘリテイジ部門
HRC Sakuraでは、‘60年代の第一期、’80年代の第二期のF1マシンの動態保存も担当しており、工業用CTスキャナーを用いて部品の老朽度合いを検証し、使用限界を超えたパーツのリプロダクトなどを行っている。このリプロダクトも当時と全く同じものを作るのではなく、動態保存という最大の目的を踏まえて、コストや目的、今後の耐用年数、残すべき製法や素材なのかなど、総合的な検証を経て製法や素材を決めていくという。その例として展示されていたRA272用サスアームは、オリジナル(上)は板材を溶接で組み立てているが、それ自体は特筆すべき製法ではないうえ、さらに耐用年数も短いため、リプロ品(下)はあえてNCによる削り出し製法を採用している。
取材当日は(左から)取締役 二輪レース部部長・若林慎也氏、代表取締役社長・渡辺康治氏、常務取締役 四輪レース開発部部長・浅木泰昭氏、取締役 企画管理部 部長・長井昌也氏という、HRCのトップ4名が取材陣をアテンドしてくれた。HRC Sakuraは栃木県さくら市にあり、敷地面積は230ヘクタール(東京ドーム50個分)。ホンダの栃木プルービンググランドも隣接している。
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