2025年から建て替え工事に入るホンダの青山本社ビルを巡るメディア向けツアーの模様をお届けする後編(前編はコチラ)。

 

▲一般の方が青山ビルに入れるのは3月31日(月)まで。現在、Hondaウェルカムプラザ青山ではホンダと青山ビルの道のりを振り返る展示を実施中。ぜひ訪れてみてほしい


前編に引き続き、建築史家の倉方俊輔さんによる案内のもと、創業者である本田宗一郎さん、副社長としてホンダの経営を支えた藤沢武夫さんの考え方・フィロソフィーが随所に反映された青山ビルのディティールに迫ってみよう。

 

▲建築史家で大阪公立大学工学部教授の倉方俊輔さん(左)。ホンダと青山ビルの歴史に詳しく、当時の様子についてとてもイメージしやすかった

国際的かつ居間のようにくつろげる応接室

▲16階にある応接室も見ることができた

 

4階のバルコニーを散策した後は、一気に地上16階の応接室へ。室内からの眺めは最高のひと言だけど、秋篠宮邸などのある赤坂御用地がしっかり映ってしまうので窓方向の撮影は完全にNG。

国際的であること、奇をてらわず合理的であることを考慮したインテリアとなっており、場所柄、1986年にチャールズ皇太子とダイアナ妃が来日した際にはこの部屋が控室となり、お二人はホンダ社内のコンピューターシステムや展示車両などを見学したのち青山ビルからパレードが始まったという逸話も残っている。

 

▲インテリアの設計を担当したのは著名人の邸宅なども得意としていた建築家の故・椎名政夫さん

 

室内空間は、オフホワイトを基調に段階的にグレーが配色された落ち着いたもので、テーブルやソファといった調度品に至るまで、重厚で重みのあるマホガニー材などはほぼ使用されていない。

本田宗一郎さんは権威的なものが嫌いだったそうで成金趣味的な装飾品などは一切なく、研究所や工場の人たちが支えているんだから、研究所や工場より立派なものにはするな、という指示があったそう。

 

▲通常、大企業の応接室のインテリアには重厚で高級感のあるマホガニー材を多用して茶色や黒っぽい空間(成金趣味的な…)に仕立てることが多いが、ホンダの応接室はシンプルでやわらかい雰囲気。ただし壁紙にもトーンの違うグレーを複数用いるなど配色にはこだわりが見える

 

また、エレベーターホールなどにも見られるが、角ばったものを嫌い、柱の角も丸みを帯びさせるなど、オフィスビルの一室というよりは居間のようなくつろぎの空間を演出した。こうしたインテリアのセンスについては、芸術に造詣が深かった藤沢武夫さんの思い入れが反映されているそうだ。

M・M思想に基づくオフィス空間

▲M・M思想に基づいて設計された軽自動車「N360」(354cc)。1967年に発売されてベストセラーとなりバリエーションモデルも多彩だった。写真は1968年式の「N360S」

 

バルコニーに出た際、オフィスも見ることができたのだが、当然のことながら撮影はNG。ただし特筆すべきことが多いそうで、オフィス空間もホンダのM・M思想に基づいている。

M・M思想とは、Man-Maximum、Mecha-Minimum(マン・マキシマム、メカ・ミニマム)の略で、「人のためのスペースは最大に、メカニズムのためのスペースは最小に」というもの。

大人4人が快適に乗れるというキャビンの設計から始めたという軽自動車「N360」から脈々と受け継がれ、後の「シビック」などにも見られる思想だ。

 

▲1972年式の「シビック 3ドア GL」(1169cc)。トランクレスの台形ハッチバックボディ採用によりムダのないスペース配分がなされ、快適な室内空間により人気となった

 

青山ビルのオフィスには大きな柱で見えているものは1本しかない。他の3本は壁に隠れていて、エレベーターや水回りなどもフロアの隅に集約されているので、フラットで広々としたワンフロアがあり、レイアウトも変更しやすい造りになっている。

コンピューター関係のケーブル類は全て床下に収納できるほか、天井がフラットになるように照明器具や空調を埋め込んだシステム天井により、天地の視界もすっきり広々とさせている。

ホンダ本社ビル伝統の大部屋役員室

▲藤沢武夫さんの経営思想が如実に表れているのがホンダの役員室のあり方。重役が課題を共通認識することで会社としての判断レベル・スピードが飛躍的に高まった

 

なお、藤沢武夫さんの「集団経営体制が重要」という考え方から個別の社長・役員室は作られなかった。社長と役員が大部屋に机を並べて座るという役員室は、ホンダのオフィスではよく知られた特徴だ。

この大部屋思想については藤澤さんの著書「経営に終わりはない」(1986年・ネスコ社刊)にも書かれている。重役からの不満も多かったが「とにかく、みんなで大部屋に入って、毎日ムダ話をしていてほしい、といっているうちに、いろいろなことが出てきます。それは重役の共通の話題です」(原文ママ)と説得し、ほどなく共通の広場ができて情報共有が進み、各部署の実情や状況を知ることで集団思考による判断レベルが高まったと述べている。

筆者は、本田宗一郎さん、藤沢武夫さん、西田通弘さん(元ホンダ副社長で、本田さん、藤沢さんに安全教育の必要性を説き安全運転普及本部をつくられた方)の著書を愛読しているので、役員室の大部屋(10階)はぜひとも覗いてみたかったが、さすがにNGということで残念…。写真はホンダから提供頂いたものだ。

広々とした大会議室の壁に現代アートが馴染む

▲コの字型に作られた会議机と椅子の配置。40年間、メンテナンスをしながら使用されている

 

最後に向かったのは16階にある役員らが使う大会議室。当時の最先端設備が導入され、通訳を介して、海外オフィスともリモート会議ができる体制が取られていた。インテリアは当時のままだが、機器は更新されて常に最新の設備が使われている。

壁面に掛けられた真っ白な現代アート(抽象画)は、目を凝らしてよくよく見ると微妙に描かれたラインが浮かび上がってくるというもの。

 

▲はた目には真っ白に見えるが、近づいて目を凝らすとうっすら凹凸によりカーブラインが描かれている

 

ホンダ青山ビルは、このアートと同じように外観や内観に白色が多く使われていて特徴となっている。特に外観は当時まだ日本では使われていなかったフッ素樹脂焼き付けアルミパネルでつくられており、汚れても拭けばすぐに白色を取り戻せるよう、メンテナンスも考えて選択されている。

▲外観の白いパネルにはメンテナンスまで考えたフッ素樹脂焼き付けアルミパネルが使われている

 

ホンダ青山ビルの中には応接室の周りなどに抽象彫刻などの現代アートが置かれているが、その選定には引退後は風流人として生きた藤沢武夫さんの趣味が色濃く反映されているそうだ。

倉方さんはこうした点について「高尚な文化性と、ある種の大衆性が矛盾することなく共存している。わかりやすくも奥深く、人間が主役で、人間を引き立たせているのがホンダらしさ」と説明してくれた。

一般来訪は3月31日まで! ぜひホンダ青山ビルへ

▲Hondaウェルカムプラザ青山にはカフェや展示スペースがあって気軽に立ち寄れる

 

前・後編(前編はコチラ)の2回にわたり、メディア向けプレツアーの模様を通して、ホンダ青山ビルについて紹介した。創業者・本田宗一郎さんと名参謀・藤沢武夫さんによる“人間尊重”の想いが体現されているスポットの数々に魅了された。

一般向けのツアーはすでに終了しているが、Hondaウェルカムプラザ青山に立ち寄るだけでもホンダと青山ビルの魅力に触れることができる。3月31日(月)までにぜひ一度訪れてみてほしい。

 

▲ショップでカレーうどんを買ってくるのを忘れたので、もう一度行こうと思う(ホンダ社食のカレーうどんの素 青山ビル味:税込360円)

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