ボルトやナットを回す工具として真っ先に思い浮かぶのがスパナやメガネといったレンチ類ではないでしょうか。頭部(口径部)が開いたスパナはボルトナットにセットするのが容易で、メガネレンチは力がしっかり伝えられる印象ですが、どちらの工具にも作業性を向上させる特徴があります。バイクのメンテではメインがメガネレンチ、スパナをサブとして使い分けるのが一般的なようです。


スパナとメガネレンチ、ボルトを回す目的は同じで何が違うの?

両端が開口部があるスパナや両端が閉じているメガネレンチとともに、汎用レンチとしてよく使われているのがスパナとメガネを併せ持つコンビネーションレンチです。スパナやメガネレンチは両端でサイズが異なるのが一般的ですが(10mm×12mmや14mm×17mmなど)片目片口レンチと言われることもあるコンビレンチは両端のサイズが同一。通常のボルトナットにはメガネ側、メガネが使いづらい場所ではスパナをサッと使い分けできるのが特徴です。

メガネレンチはボルトやナットの6カ所の角に接することでナメづらく、強いトルクを確実に伝達できます。作業中にボルトから外れにくいのも作業者にとって安心材料ととなります。過去のメガネレンチはボルトナットの角と接する線接触タイプでしたが、現在は角から離れた場所でレンチが接触する面接触が主流。これによりピンポイントに加わる応力が分散され、工具とボルトの損傷が軽減できるメリットがあります。


バイクに多用されているボルトやナットの頭部は六角形で、これを回すための工具として存在するのがスパナやメガネレンチです。二面幅を無段階に調整できるモンキーレンチ(アジャスタブルレンチ)に対して、スパナもメガネレンチも二面幅は決まっているため、ボルトナットの頭部サイズが異なればその都度異なるサイズのスパナやメガネを用意しなくてはなりません。
それでもメンテナンスの現場ではモンキーよりスパナやメガネが多用されるのは、ボルトナットに対してサイズがジャストフィットし、頭部がスリムという特徴があるためです。限られたスペースに機能を詰め込んでいるバイクにとっては、工具がかさばることが致命的な弱点となる場合もあり、その点でスパナやメガネレンチの優位性が光るのです。しかしながらスパナとメガネレンチの間にもまた、適材適所の使い分けが存在します。
まず大前提として押さえておきたいのは「優先的に使うのはメガネレンチ。メガネが使えないときはスパナ」という原則です。スパナもメガネもボルトナットを回すという目的は同じですが、力の加わり方は大きく異なります。
メガネレンチとボルトナットの接点は6カ所なのに対して、スパナの接点は2カ所しかありません。これはスパナの開口部の二面幅とボルトナットの隙間をどれだけ小さくしていっても変わりません。平行な二面幅と六角頭は一見すると「面」で接しているようですが、スパナを抜き差しできるクリアランスが設定されている以上、接するのは「点」でしかないのです。
それはメガネレンチでも同様で、メガネ内部の六角部とボルトの六角頭が接触するのは「点」です(現在は面接触が主流ですが、ここでは基礎の基礎として点としておきます)。しかし接点が3倍になることで、同じ力で回した際に接点一カ所あたりに加わる力が1/3になり、ボルトナットの頭が圧倒的にナメづらくなる利点があります。締め付けトルクが大きいボルトナットほど、力が分散されるメガネレンチの強みが発揮されるので、前後ホイールのアクスルナットを回す際はモンキーやスパナではなく、必ずメガネレンチを使うべきでしょう。
メガネレンチにはボルトとの接触点を増やすことでピンポイントに加わる力を減らして、ボルトの頭がなめづらくなるメリットがありますが、メガネレンチ自体も進化し性能が向上しています。それが現在では当たり前になった「面接触」です。これはボルトとメガネの接触部分を六角部の頂点からずれた部分に移動することで一点に加わる力を分散することでボルトのダメージを軽減できるのが特徴です。この仕組みは工具業界を代表するアメリカのスナップオン社がフランクドライブの名称で発明し、その後世界中の工具メーカーが追随してメガネレンチやソケットレンチの標準仕様となっています。


外れやすいスパナを外れないように使うには頭の向きに気を遣う

ボルトやナットの横から差し込めるのがスパナの利点ですが、接点が2カ所しかないため回転トルクが集中してしまいます。またアゴの奥まで差し込まない、ボルトに対して斜めの状態でも回せてしまうなど、作業者の不注意によってボルトをなめたり外れやすくなるのも注意が必要なポイントです。ただしバックミラーステーの調整ナットのように、スパナでなければ回せない部分もあるので、無くてはならない工具のひとつではあります。

回転方向の動きに加えて、ボルトナットにメガネ部分を着脱する際に上下に動かす必要があるメガネレンチに対して、スパナは回転、着脱とも平面的な動きだけで使えます。そのため工具を差し込む隙間が狭い場所での作業にはスパナの方が適していることもあります。ただ、ボルトの周辺にスペースがある場合はメガネレンチの方がオススメです。


伝達できるトルクもボルトナットのナメづらさもメガネレンチに軍配が上がるものの、スパナにはボルトナットに着脱しやすい長所があります。ボルトを回す時に工具の振り角を確保しづらい場所では、横からスッと差し込めるスパナの使い勝手の良さを実感できます。
ただ、差し込みやすさは抜けやすさと表裏一体であり、さらに斜めがけ(ボルトナットの二面幅とスパナの二面幅が斜めに接触する状態)になりやすいため、ボルトナットの角を傷めやすいと同時に力を加えた際に外れると作業者がケガを負いやすいリスクもあります。このため、スパナはメガネレンチが使えない、または使いづらい場所や場面で用いることとして、それ以外はメガネレンチを使うことを習慣づけたいものです。
メガネレンチに比べて抜けやすいスパナですが、使い方に気をつけることで構造的な弱点を補うことができます。多くのスパナは柄に対して頭部がわずかに(15°が標準)傾けてあり、頭部の二面幅が下向きになる向きで力を加えることで、ボルトやナットからすっぽ抜けるリスクを軽減できるのです。
さらにボルトを締める際も緩める際も、スパナを手前に近づけるように入力することも重要です。スパナに限らずメガネレンチでも同様ですが、強く締まったボルトを緩める際に工具が手前に来るように力を入れれば、突然緩んだ際にも工具は自分に近づくだけです。しかし奥に押し込むように力を加えて突然緩むと、勢いで前に倒れ込む危険性があります。
これはアクスルナットのように工具が鉛直面で動く場合も同じです。締める際も緩める際も力を上から下に加えるように工具を持つことで、回す力が抜けたり工具が外れても地面に向かうだけで済みます。しかし下から上に引き上げるように大きな力を加えると、工具が外れたときに自分に向かって飛んでくることになるためとても危険です。
アクスルナットを回す動作を想像してみると、緩める際も締める際も工具を押し下げて回せば車体が安定しますが、引き上げるように回すと車体を浮かせようとする力が加わるため安定感が損なわれます。締め付けトルクが強いアクスルシャフトやナットを回す場合、そもそも抜けやすいスパナを使うこと自体が間違いですが、メガネレンチであっても回転方向を意識することは重要です。
スパナやメガネレンチはハンドツールの中でも最もポピュラーな存在ですが、適切に使い分けることでボルトナットを傷めることなく、なおかつ安全に作業できる勘所があることを意識しておくと良いでしょう。

頭部の形状や角度、軸部の長さの違いなど、スパナやメガネレンチやコンビネーションレンチのバリエーションは豊富です。セット工具には汎用性の高いサイズや長さのレンチが入っていますが、それ以外にも作業内容や自分の好みによって工具を増やしていくことで、できる作業の種類や同じ作業でも効率をアップすることができます。

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