“内地”という言葉はあまり聞きなれない単語だと思う。北海道民(沖縄県民も)からすると本州、四国、九州を含め全て“内地”と呼ぶのだ。私の内地は大阪府。

大阪でオートバイを個人宅から個人宅まで運ぶ、バイク専門の輸送会社を経営していた。

2002年初夏、「マイバイクを運んで北海道ツーリング」と言う企画の社会実験。

初めての北海道ツーリングを経験してから夏は北海道で、冬は大阪で仕事をするようになった。仕事では北海道にいることの方が多くなるように、知恵をしぼって何とか北海道に半移住生活が出来るようになった。

仕事の合間を縫って北海道全域をツーリングした。中でも道東には海外を思わせる絶景が私を歓迎してくれた気がする。

初めての北海道ツーリング。20年前のことになる。

北海道ツーリングGPZ900R

初めて北海道ツーリングをした2002年の初夏。

 

こんな生活が5年ほど続き、絶景とそこに住む人と地元ライダーの愛情に誘われ、道東の小さな街、弟子屈町の川湯温泉に通うことになる。当時勤務していた千歳市から片道350kmの距離。ツーリングの目的は絶景を見るよりも、大切な人に会いに行くためと変化した。

定宿を決め、「おかえり!」「ただいま!」と言う挨拶ができる第二の故郷が出来た気がした。

20105月にこの小さな街、川湯温泉にライダーが集まれる場所を作ることになる。そこから私の道東移住生活が始まるのである。

初めて北海道を訪れた日、そして弟子屈町川湯温泉に来た時の新鮮な気持ちは今でも忘れていない。忘れないように常に意識している。

 しかし、なぜ? 弟子屈町川湯温泉を選んだのか?

 

弟子屈町の900草原とヤマハXJR1300は2011年のこと。

 

2012年夏。ガチで道道をメインにツーリング。道道102号線で絶景を発見。

 

KTMSDRサロベツ

2015年秋のサロベツ原野。

 

 

と言うことで、話を戻す。

北海道を大きく4つに割って道東圏と呼ばれる地域がツーリングするには一番心地が良かったと言うこと。そして、5年ほど現在住んでいる弟子屈町川湯温泉に根付いたのは、まさに「道東の十字路」に位置する場所。

宗谷岬、知床峠、網走、釧路、ちょっと足を延ばせば、十勝にも日帰りツーリングが出来る。

弟子屈町の面積は約775キロ平方メートル。人口は8000人を下回る過疎化が進む町。

その65%が阿寒摩周国立公園と言う数奇稀な地形に富んだ風光明媚な場所である。

そして今なお地球の息吹を感じる硫黄山。私たちの知らない時代に出来たと言う、屈斜路湖、摩周湖。さらに不思議な地形が作り出す木々や花々が四季を確実に感じることが出来る。

また、温泉の種類は大きく分けて10種類と言われるが、この弟子屈町内だけでも8種類の温泉が湧き出ている。特に川湯温泉は強酸性の温泉で多くの成分が入り混じっている名湯であることが、ここを選んだ大きな理由。今も噴煙が上がる硫黄山の火山活動で摩周湖の伏流水が熱せられ川湯温泉街に川となって流れている。

 

噴煙が上がる硫黄山。地球の息吹を感じる。

 

 

ただし、厄介なのが温泉成分に含まれる、亜硫酸ガスや硫化水素。これらの成分が空気中にも溶け込み、機械にとっては最悪の状況になる。

メッキや銅に対してはかなり厳しく、23カ月でバイクや車のメッキが硫化した錆となり、真っ黒に変色していく。少しでもこの症状が出たら磨いてワックスをかける。

家電製品に至ってはテレビや冷蔵庫、エアコンは34年でダメになる。私たちがよく使う言葉、「川湯病」が発生する。

夏は地元ニュースでも取り上げられるほど35度を超える日もある。そうかと思えば、真冬にはマイナス30度を下回る日もしばしば。

それでも、この場所が大好きなのは好立地と美味しいもの。大切な人々との繋がり。

そして、春夏秋冬がはっきり感じられる時間の流れも移住を決意した理由でもある。

晴れの摩周湖

仲間と行った晴れた夏の摩周湖

 

 

紅葉の北海道ツーリング

10月初旬の弟子屈町を仲間たちとツーリング。これで今季走り納めと言う感じ。

 

弟子屈町マイナス30度の朝

極寒の朝の樹氷は目を見張るものがある。

しかしここからバイクに乗れない長い冬を過ごすのです。

 

北海道が大好きで内地から道東の弟子屈町に移住したライダー。これからも北海道ライフを楽しみます!

 

 

 

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