16歳で出会った、“赤い背表紙”

この4月でオートバイ雑誌『MOTO NAVI』が創刊20周年を迎えた。思えば2001年3月26日、僕が「MOTO NAVI」を創刊したときには、20年も続く雑誌になるなど夢にも思わなかった。

そのMOTO NAVI創刊号で、最も思い出深い企画のひとつは作家・片岡義男さんに描き下ろしていただいた短編小説だ。

僕のバイクライフの原点となる体験には、片岡義男さんの小説が関わっている。1983年、原付バイクに乗り始めた16歳の夏、僕は夏休みに訪れた親戚の家で、年上の従姉妹の部屋の本棚に『彼のオートバイ、彼女の島』というタイトルが書かれた文庫本を見つけたのだ。

彼のオートバイ、彼女の島

原付に乗りはじめ、オートバイに興味津々だった僕は、「オートバイ」という文字に惹かれて小説のページをめくった。そこには高校1年生の僕にはちょっと難解な(?)大人のラブストーリーが描かれていたが、「カワサキ」「W3」といったオートバイの名前が出てくること、オートバイが登場するシーンの描写のリアルさ、それらに惹かれて夢中になって読んでしまった。そしてそれ以来、僕は片岡小説の世界にはまっていった。『幸せは白いTシャツ』『ボビーに首ったけ』『湾岸道路』『スローなブギにしてくれ』……。僕の書棚には赤い背表紙が並んでいった。

片岡義男さんの文庫本

書き下ろしてもらった一遍のストーリー

だから僕が自動車雑誌『NAVI』のスピンオフ企画として「MOTO NAVI」の企画を考えているとき、“片岡さんに小説を書き下ろしてもらいたい”というのは、真っ先に思いついたことなのだが、とはいえ「そんなこと無理だよな」「書いてもらえる訳ないよな」……と思っていたというのが正直なところだった。片岡さんはときおり「NAVI」に寄稿してくれていたので、連絡先の電話番号はわかっていた。

僕は思い切って連絡をしてみることにした。「MOTO NAVI」というオートバイの雑誌をつくること。その雑誌で片岡さんに短編小説を書き下ろしてほしいということ。片岡さんが小説で描いたカワサキ「W3」の現代版と言える、「W650」が登場するストーリーにしてほしいということ。

 「わかりました。書きましょう」このリクエストに対して、片岡さんは意外にもあっさりOKをくれた。本当に、飛び上がりたいほど嬉しかった。僕の依頼で、片岡さんがストーリーを書いてくれる!そして片岡さんのバイク小説が一遍、生まれるのだ。

片岡義男さんの描き下ろしバイク小説

片岡義男さんの特集記事を組む

1ヶ月ほど後、片岡さんからファックスで送られてきた原稿は「左、300R、逆光」というタイトルの、美しい女性とカワサキW650を主人公としたストーリーだった。その小説を、僕が世界で最初に読むのだ、そう思うと胸が震えた。その短編には、まさに僕が待ち望んでいた片岡ワールドが凝縮されていた。編集者として、ひとりの読者として、それを味わうように読んだこと、いまも覚えている。

その後、片岡さんにはなんどかエッセイやショートストーリーを寄稿してもらった。いつも快く引き受けてくれた。そして2013年夏、僕はMOTO NAVIで片岡義男のバイク小説の特集を企画した。だがそれを電話で伝えると、片岡さんは「いや、特集はもういいでしょう」と仰った。僕は必死に説得した。いや、懇願した。片岡小説の特集を、きっと多くの読者が喜んでくれるはずだと。

そして「片岡義男とオートバイの旅」という特集号が生まれた。特集には、かつて赤い背表紙の文庫本のカバーや中面に使われた写真を大きく使った。モデルを務めた三好礼子さんが保管していた写真を使わせてもらったのだ。撮影者である大谷勲さんに使用の許可をもらおうとあちこちに連絡したが、許可をもらうことは叶わなかった。残念ながら、大谷さんはすでに亡くなっていたのだ。

MOTO NAVIの片岡義男さん特集号MOTO NAVI片岡義男特集MOTO NAVI片岡義男特集

片岡さんに会えた日のこと

この特集の中で、ひとつの奇跡が起きた。じつは片岡さんと10年以上、作家と編集者としてお付き合いいただくなかで、じつは一度も「会った」ことがなかったのだ。僕が「ご挨拶に伺いたい」と言っても、片岡さんは「いや、別にいいですよ」と仰り、いつもいなされてしまい、お会いすることは叶わなかった。

だがこの特集には、どうしても片岡さん自身に登場してもらいたい、という想いがあった。とはいえ単独のインタビューをお願いしても断られてしまうだろう、という気がしていた。そこで、片岡さんと三好礼子さんの対談にしてはどうか、と考えた。礼子さんとの対談ならば、片岡さんも出てくれるのではないか、そう思った。果たして、その思いは通じた。2013年の8月某日、代官山蔦屋のカフェで、片岡さんと三好礼子さんの対談が実現した。そしてその日、僕は初めて片岡さんに直接お目にかかることができたのだ。

片岡義男さんと三好礼子さん

10代の頃から大きな影響を受け、憧れの存在であった片岡さんは、果たして作品のイメージそのままの、知的でクールで、カッコよくてシャイな、素敵な方だった。あまりに緊張した僕は、会ったら伺いたいと思っていたことの10分の1も話せなかったが……。僕はこの日のことを一生忘れないだろう。

片岡義男さん三好礼子さん河西啓介

「片岡義男とオートバイの旅」特集は、多きな反響があった。たくさんの読者から「どうもありがとう」と感謝さえされた。できあがった雑誌を片岡さんにお届けすると、とても喜んでくださった。そのことが何よりうれしかった。

そして2年後の2015年、その特集の続編たる「片岡義男とオートバイの夏」を発売し、その企画として「彼のオートバイ、彼女の島」の舞台である瀬戸内の“白石島”での読者ミーティングも実現した。MOTO NAVIに掲載した片岡さんの小説やエッセイ、そして片岡さんの特集号は、僕にとって大事な大事な思い出であり、宝物だ。

白石島での彼女の島ミーティング

 

 

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