「このバイクのスロットルを開け続けたら、いったい何㎞/h出るんだろう?」。いつの時代もライダーの心を捉えて放さない“最高速”への誘惑。量産バイクで世界初の200㎞/h超えを果たしたのが1969年に登場したホンダドリームCB750FOURと言われていますから、それから20余年が経過した1990年に、ようやく実測300㎞/hが見えてきたのです!
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総合的な性能向上がなければ到達不可能な世界
1987年10月26日、“ヤタベ”こと日本自動車研究所の高速周回路で実測291.49㎞/hという当時としては画期的な最高速が記録されました。
そのマシンはヨシムラがスズキGSX-R1100に対してチューニングの限りを尽くした「トルネード1200ボンネビル」。当時価格500万円で3台造られたのみのコンプリートモデルとはいえ、ベースは市販車です。
空冷を脱却して大排気量&高出力化していったエンジン、そのハイパワーに負けないシャシー技術の確立、さらにはバイアス→ラジアルといったタイヤの改良などが1980年代後半にかけて同時並行的に進んでいき、ついに公道向けのバイクが実測300㎞/hという前人未踏の領域へ最接近いたしました。その急先鋒が1990年に登場したカワサキZZ-R1100だったのです。
300㎞/hへの夢を託すことができた圧倒的な実力
ただ……、結果だけ先に書いてしまうと、ZZ-R1100は1990年に登場した初代、いわゆる「C型」も1993年にリリースされた「D型」も市販そのままの状態では実測300㎞/hに届きませんでした。
とはいえ、“ヤタベ”の高速周回路を舞台にしたモーターサイクリスト誌での計測では、ミラーを取り外しただけのほぼストック状態で290.50㎞/hを記録(C型)。
その後、条件が大きく異なる状況下でも安定して実測280㎞/h台をたたき出しておりましたから、押しも押されもせぬ「市販車最速王」の座は長きにわたり間違いなくZZ-R1100のものでした。
ちなみに、どうしても実測300㎞/hを“ヤタベ”で出そうと燃えたライダー宮崎敬一郎氏と名伯楽・須田高正氏率いるショップ、モーターサイクルドクター須田とMC編集部は、試行錯誤の結果、ファインチューニングを施したZZ-R1100(C型)で驚愕の301.70㎞/hをマーク! そちらのドラマにあふれる裏話は、また別の機会にお届けしましょう。
技術的進化がよく分かるカワサキフラッグシップの変遷
さて、自転車に簡便なエンジンを付けただけ……といった構成からスタートした“モーターサイクル”ですが、より高次元な走行性能を求めて進化を遂げていきます。
特に1980年代は、世界が舞台となるロードレースやモトクロス、トライアルといった頂点の戦いで様々な試行錯誤が行われ、新機構や新素材、新しい設計思想までが次々と生まれてきました。その中で各バイクジャンルごとの“最適解”が構築されていったのも、まさしく1980年代後半から1990年代初頭にかけての出来事。
圧倒的な“速さ”を求めるその進化ぶりは、前回紹介したカワサキ・フラップシップ群が教えてくれます。簡単に述べていきますと……。
①[1984〜]GPZ900R~大排気量空冷エンジン+ダブルクレードルフレームからの脱却~
②[1986〜]GPZ1000RX~俊敏なハンドリング性能を求めて前後タイヤを16インチ化~
③[1988〜]ZX-10~現在に続く定番、アルミツインチューブフレームと偏平ラジアルタイヤ装備~
そして1990年に生まれたZZ-R1100(C型)は、ZX-10から基本構成を踏襲しつつもスタイリング、フレーム、足周りなど全てを洗練&熟成させたモデルだと言えます。タイヤも前後17インチとなり、現代に通じるシャシーの“最適解”が確立しました。
さらに1052㏄まで排気量アップされたエンジンと、そこに組み合わされた「ラムエアシステム」こそが、ZZ-R1100を長きにわたり最速王の座に君臨させた魔法的デバイスでした。
新鮮な空気を冷えたまま大量にエンジンへ送り込む!
ラム圧(Ram pressure=動圧)とは車両が走行しているとき、外装部に加わる風圧などのことで、走行速度に比例して強まるとされています。
その走行風をアッパーカウル前面に設けられた吸入ダクトからエアクリーナーボックスへ直接導くことにより、車速が増すほどに密度の高い新鮮な空気をエンジンへと送り込むことができるという仕組みが「ラムエアシステム」なのです。
さながらターボチャージャー的過給器を取り付けたような効果が得られるため、イマドキのスーパースポーツモデルなどには押し並べて採用済み。
ただし、当時の燃料供給装置はフューエルインジェクションではなくキャブレター。新気の流入圧だけが高まりすぎるとガソリンがうまく吹かれなくなってしまいます。
そのためキャブレターのフロート室にもラム圧をかけてガソリン噴出量を最適化し、過渡特性を安定させる“ツインラムエアシステム”がZZ-R1100には採用されました。
電気仕掛けを使わない創意工夫で高出力を実現
吸入ダクトをのぞき込むと網目の奥に見える細い筒(正式名称はエアーベントパイプ)が見えます。こちらの先っちょから入り込んだ走行風が、複雑な取り回しを経てキャブレターへと導かれるのです。
吸入ダクトからエアクリーナーボックスやキャブレターへ至るまでの形状や容量(当然のごとく雨水やゴミの侵入対策も施さなければなりません)は、膨大な実験結果から導き出されたノウハウの塊。
ラムエアシステムを設定することにより、トップスピード近辺では5%程度のパワーアップ効果があったというのですから、1990年代の中盤まで最高速バトルでライバルを寄せ付けない圧倒的な優位性を保ち続けたのも納得ですね。
次回は、筆者が身をもって感じたZZ-R1100の奥深さについてご紹介してまいりましょう!