ホンダが電動二輪事業を強化し、24年から世界市場へと本格参入する。二輪車世界シェアナンバーワンのホンダが考える本気度マシマシの戦略とは?

日本と世界、脱炭素化モビリティの潮流

「2050年までにカーボンニュートラルを実現する」という政府目標(2020年10月・菅内閣総理大臣)がある。多くの自治体や企業もそこに向けて、2030年や2035年といったタイミングに中間目標を設定して脱炭素への取組みを推進している。
モビリティの脱炭素化に向けては、日本自動車工業会の方針のもとマルチパスウェイ(あらゆる手段)で取り組む企業が多く、BEV(Battery Electric Vehicle)推進で一致していた欧州連合(EU)の各国や企業もここに来て、合成燃料(e-fuel)採用による内燃機関(ICE)の開発も考慮した取り組みに方針転換を見せている。

コミューターとファンモデルの脱炭素化とは?

バイクに関してはどうかと言えば、現段階では「コミューターはBEVでの普及」を目指し「ファンモデルはマルチパスウェイで開発」をしていくという状況にある。

コミューターで言えば、国内4メーカーによる交換式バッテリーコンソーシアムで仕様統一されたホンダモバイルパワーパック(MPP・上写真)を採用したビジネスバイクが郵便配達などの事業者から普及が進んでいる状況。

23年8月には個人向けのMPP採用原付一種スクーターであるホンダ「EM1 e:」(イーエムワンイー・下写真)が発売され、24年には原付二種の登場も予定されている。
ただしホンダは、個人向けのBEVについては、プラグイン充電による固定式バッテリー採用車の普及を考えているようだ。2030年以降に登場するだろう全固体電池による充電時間の短縮、航続距離の延長を見越してのものだと思うが、一般ユーザーの利用実態に則せば、交換式でなくても十分であり、その分車体のコストも下げられるということだろう。

ファンモデルについては、マルチパスウェイによるバイオ燃料・合成燃料・水素燃料といった内燃機関技術を継承できるパワーユニットを検討しつつBEV化もひとつの大きな道すじとして示されている。ホンダは、25年までには固定式バッテリーを採用した650cc相当のファンEVを3機種投入すると明言している。
国内標準の急速充電規格であるCHAdeMO(チャデモ)、普通充電規格であるJ1772に車両側(コネクタ)が対応することのほか、最も重要な点はロードサイドのカーディーラーやスーパー、時間貸し駐車場などの既存の急速充電器で、バイクでも気軽に充電できるという施設・事業者側の対応だろう(現在はかなり難しい状況)。

電動化が進むアジアの巨大な二輪車市場

ところで、世界の電動二輪車市場は現在かなりいびつな状況にある。22年の市場規模は5500万台とされるが、その大半(約87%)は中国市場だ。しかも都市部で爆発的に普及しているのはEB(Electric Bicycle:最高時速25km/h以下)という自走可能な電動自転車で、日本で言う原付一種クラスのEM(Electric Moped:最高時速26km/h以上~50km/h以下)やEV(Electric Vehicle:最高時速51km/h以上)の普及はそれほどでもない。

このEBというカテゴリーは、日本で言えば電動アシスト自転車や特定原付に近い免許のいらない自走モビリティだが、中国のEBには法律でペダルの装着が定められている(走行時はペダルを使わない。電欠時の非常用)ので、ペダル機構が禁止されている日本の特定原付とは似て非なるものであり、ホンダも中国市場に3モデル(下写真)を投入しているが、今後グローバルで普及していくものとは考えていないようだ。

▲ホンダが中国市場に投入するEB。左からHonda Cub e:、Dax e:、ZOOMER e:


一方で、原付一種・二種相当のEV普及が進んでいるのはインドやASEAN(アセアン)といった市場で、今後も右肩上がりの成長が見込まれている。

ヒーロー・モトコープ(世界二輪シェア2位)やバジャージ・オート(世界二輪シェア5位)などの大手メーカーを抱え、いまや二輪車生産大国となったインドではEVに特化した地場のベンチャー企業のほか大手メーカーも電動二輪車市場に参入し、22年には前年比303%アップの約63万台が販売されるなど急成長の兆しを見せている。インドでは安価な中国製電動二輪車による火災事故などが問題となり、関連部品の国産化、安全基準の整備が進められている。

▲ジャパンモビリティショー2023のホンダブースにはインドで運用されているMPP採用の電動オート三輪「リキシャ」も展示されていた(写真中央)


また、四輪のBEV販売台数が前年比8.6倍(約3万台)と急成長を遂げているASEANでは、バッテリーの原材料となるニッケルやコバルトの産出国であるインドネシアが国の成長戦略としてBEVの一大生産拠点となることを目指している。2025年までに電動二輪車の国内販売200万台という政府方針を掲げ、国営企業を立ち上げて中国・韓国企業との技術提携を進め、リチウムイオンバッテリーの国産化を目指している。

このように、中国・インド・ASEANの二輪車市場はICE搭載車両(主にコミューター)の成長・成熟市場を経て、BEV車両の開発競争地域となりつつある。ホンダを含めた既存の二輪メーカーは、こうした国策による支援を受けたライバル企業に立ち向かっていかねばならない。

電動二輪車市場すう勢の鍵を握るホンダ

▲22年9月の電動二輪事業説明会の様子。「二輪車は電動で行く」ことが明言されていたが、1年後でもブレていなかった


バイク、特にコミューターの電動化について最も重要な存在となるのがホンダだ。23年11月29日、ホンダは株主向けの電動二輪事業説明会を開催したが、そこで示されたのは前年の二輪事業説明会(上写真)で示された目標数値を大きく引き上げた、強気と本気の姿勢だった(下図)。

▲前年に示した電動二輪車の販売目標台数を50万台も引き上げてきた


ホンダは、23年4月に電動事業開発本部を新設し体制強化を図ってきた。そうしたなか、ICEで培ってきたホンダならではの強みを活かせばグローバルでの販売目標に関して上方修正が可能であり、二輪の電動化をここでさらに加速させるべきだという結論に至った。

▲執行役専務電動事業開発本部長の井上勝史 氏


【二輪電動化におけるホンダの強み】
① 商品のフルラインナップ展開
② ICEで培った開発・生産・調達能力
③ ICEで培った車両の基本性能とコネクティビティの実装
④ 3万店の販売網とオン・オフラインの顧客接点

販売目標を上方修正できた理由はホンダならではの強みにある。2030年には累計約30モデルとし、コミューターからリッタークラスのスーパースポーツまで電動バイクのフルラインナップを整えて既存のICE搭載車両ユーザーにも満足してもらえる車両を提供する予定だが、この計画を支えていくのは、ICEで培ってきた開発・生産・調達能力、「走る、曲がる、止まる」といった基本性能の高さ、コネクテッド技術を活用した購入後のソフトウェア・アップデート、全世界約3万店もの販売ネットワークを活用したオンラインとオフラインによる顧客接点といったポジティブファクターだ。
そのための投資も惜しまない。一時的な収益悪化は想定されるものの高収益なICE搭載車両の利益でカバーし、約5000億円規模で投資を行う。電動車専用工場やバッテリー工場の新設も行い、品質・供給の安定化が求められるバッテリーについては内製化の割合も増やしていく。

世界情勢に影響されやすく、製造業の懸念とされる先端半導体の確保についても世界最大級のTSMC(台湾積体電路製造)といったメーカーと提携を進めることで開発から調達までの安定化を目指す。

▲電動事業開発本部二輪・パワープロダクツ電動事業開発統括部統括部長の三原大樹 氏


また、電動車は価格が高いという問題を改善するため、バッテリー内製化のほか車体のコストダウンにも取り組む。車体構造にモジュール設計を採用し構成部品のプラットフォーム化を行うことで、世界のあらゆる地域でユーザーの細かなニーズに答えられる車両を提供すると共に、2030年までに約50%の車体コスト削減を目指す。
こうした積極的な取り組み・投資により、電動二輪事業において2030年までに営業利益率で5%以上、2030年代には10%以上を見込んでいるという。
世界シェアナンバーワンのホンダによるこうした戦略がうまくいくのかいかないのかで、今後の電動二輪車市場のすう勢は大きく影響を受けるだろう。

2024年から電動二輪車市場へ本格参入

▲24年の発売が期待される原付二種クラスのMPP採用車両。ジャパンモビリティショー2023では「SC e: Concept」(エスシーイーコンセプト)という車名で展示


これまで流通していた電動バイク(ほとんどがコミューター)の多くは、ベンチャー企業が中国製の汎用パーツを寄せ集めて組み立てるようなものが多かった。国際情勢が不安定ないま、部品の調達や組み立て、船便による輸入、販売網と購入補助金、購入後のアフターサービスに至るまで、ロットの少ないベンチャー企業は安定したビジネスを展開することが難しく、既存の二輪車市場で地位を確立することができなかった。

ホンダは2024年を「ホンダの電動二輪車にとってのグローバル展開元年」と位置付け、加速体制を取っている。世界ナンバーワンシェアのバイクメーカーが満を持して電動二輪車市場に参入することで、ユーザーの認知や理解、所有・シェア等に関するマインドフローも大きく変化を見せるだろう。これまでネガティブに語られることの多かった電動バイク(特にコミューター)に関するマーケティングも地固めが進んでいき、市場のすそ野は広がっていくと思われる。ホンダの本気に期待したい。






 

 

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