ブレーキのアレってオイルじゃないの?
まだバイクの“バ”の字も知らなかったころ、「ブレーキオイルが……」と言った瞬間、苦手だった先輩から「オガワァ、油圧ブレーキの中に入っている液体はオイルじゃないんだ。フルードって言うんだよォ」と上から目線のダメ出しをされ、「じゃぁどうして油圧式ブレーキって言うんですか?」という反論さえできなかったことが、ちょっとトラウマになっている筆者です(涙)。
確かに現在、液体を利用したブレーキで一般的に使われているものは、グリコール系というアルコールの一種。
しかし、過去の自動車黎明期には実際に鉱物油……つまりオイルが使用されていたり、街でよく見るパワーショベルやクレーン車などはいまだ鉱物油系の作動油が一般的だったりいたしますので、それらのイメージも相まって「油圧ブレーキ」という言葉が広く使われているようです。
第一、「液圧ブレーキ」だと何だか言いづらいし頼りない雰囲気もありますよね!?
高温、高圧に耐え続ける縁の下の力持ち!
さて、そのような表記のブレはともかく、現在世に出回っているバイクの多くは、車輪とともに回転する金属製の円盤をブレーキパッドで強力に挟み込むことによって制動を行う油(液)圧式ディスクブレーキを採用しています。
こちらのシステムに使われているのが「ブレーキフルード」というわけですね。
考えてみれば凄いと思いませんか?
車種や条件さえ許せば300km/h近く出るライダー込み約300kg(以上)の物体が、レバーを握り込んだりペダルを踏むだけで、みるみる減速していくのですから。
もし仮に超高速走行時にニュートラル固定となり前後ブレーキとも消失したら、両足を地面に押しつけるくらいしか打つ手はありません。いったい何百m空走してしまうことでしょう……。靴底もアッという間に抜けてしまいますね。
かくいう莫大な運動エネルギーが、ブレーキパッドをブレーキローターへ押しつけることで発生する摩擦力によって熱エネルギーへと変換され、大気中へ放出されていくのです。
場合によってはブレーキローターが摩擦熱によって赤く光る(800~1000℃!)ほどにパッドを押しつける強大な力を生み出せるのは、油圧ブレーキ内に仕込まれている“パスカルの原理”を活用した機構のおかげ。
不思議な物理法則がアナタのバイクを止める!
アナタもきっと中学生時代に教わったはずなのですが,覚えてらっしゃいますか?
『密閉容器中の液体は、その容器の形に関係なく、ある一点に受けた単位面積当たりの圧力そのままの強さを流体の他のすべての部分に伝える』というアレです。
仮に、押す側(マスターシリンダー側)のピストン面積が2で、押される側(キャリパー側)のピストン総面積が10なら、5倍の力が得られることに……。
つまり、ブレーキレバーあるいはブレーキペダルによる小さな入力であっても、ブレーキホースを介してキャリパーピストンには大きな力がかかり、ブレーキパッドを力強くディスクに圧着させることができるというわけです。
たとえ握力が10数㎏程度しかないライダーでもビッグバイクさえ意のままに制動できるのは、トータルでも数百㏄程度が機構内に封入されているブレーキフルードのおかげ。
当然、液体ならば何でもいい、というわけではありません。
水なんて入れようものなら、ちょっと強力にブレーキをかけただけで高温になるローターと向き合うキャリパー内の温度が沸点に達して気泡だらけとなり、システムが使い物にならなくなります。
そこでブレーキフルードに求められる性質は、①沸点が200℃以上(新品時) ②流動性が高く極低温(-50℃)でも凝固しない ③高圧がかかっても体積変化が少ない ④シール類を傷めない……となり、現状コスト面も勘案して最もバランスがいい=広く使われているのが前述のとおり、グリコール系(ポリエチレングリコールモノエーテル)というアルコールの一種に劣化を遅らせる改質を行い、防錆剤や酸化防止剤などを加えたものなのです。
バイク用品店などで売られている製品は、どれも日本工業規格(JIS)や米国自動車安全基準(FMVSS)を当然クリアしており品質に問題はありません。
DOT(ドット)を甘く考えると危険ドッと増し
あと気になるのは「DOT」という規格ですよね。
こちらはアメリカ合衆国運輸省(United States Department of Transportation)が定めたもので、成分や沸点、粘度、ph値などから基準を分類しており、主な項目を抜き出してみれば
【DOT3……ドライ沸点205℃以上、ウエット沸点140℃以上、粘度(100℃)1.5cSt(動粘性係数)以上、粘度(-40℃)1500cSt以下、pH値7.0-11.5】
【DOT4……ドライ沸点230℃以上、ウエット沸点155℃以上、粘度(100℃)1.5cSt以上、粘度(-40℃)1800cSt以下、pH値7.0-11.5】
【DOT5.1……ドライ沸点260℃以上、ウエット沸点180℃以上、粘度(100℃)1.5cSt以上、粘度(-40℃)900cSt以下、pH値7.0-11.5】
なお、2000年代中盤くらいまでのハーレーダビッドソンは“DOT5”というブレーキフルードを使用していたのですが、こちらの主成分はシリコン系。現在主流のグルコール系(上記のDOT3、4、5.1はすべてそう)と混ぜることはタブーですのでご注意のほどを……。
では次回、定期的に交換しなかったらどうなるのか、取扱時の注意点などを深く紹介してまいりましょう!