ブレーキのアレってオイルじゃないの?
まだバイクの“バ”の字も知らなかったころ、「ブレーキオイルが……」と言った瞬間、苦手だった先輩から「オガワァ、油圧ブレーキの中に入っている液体はオイルじゃないんだ。フルードって言うんだよォ」と上から目線のダメ出しをされ、「じゃぁどうして油圧式ブレーキって言うんですか?」という反論さえできなかったことが、ちょっとトラウマになっている筆者です(涙)。

●大学時代にお世話になった先輩。悪い人ではなかったのですが、バイク関連を中心に、ちょっとした言い間違えや勘違いを鋭く指摘してくるところがちょいと苦手でした。とはいえ、その悔しさをバネに学んだことも数多いので、恩人だとも言えますね
確かに現在、液体を利用したブレーキで一般的に使われているものは、グリコール系というアルコールの一種。
しかし、過去の自動車黎明期には実際に鉱物油……つまりオイルが使用されていたり、街でよく見るパワーショベルやクレーン車などはいまだ鉱物油系の作動油が一般的だったりいたしますので、それらのイメージも相まって「油圧ブレーキ」という言葉が広く使われているようです。

●オトコのコ(?)の憧れでもある油圧ショベルほかの重機たち。信じられないような力をパスカルの原理を活用して生み出して、大地の姿すら変えていけるのです
第一、「液圧ブレーキ」だと何だか言いづらいし頼りない雰囲気もありますよね!?

●バイクだって「液例」よりは「油冷」のほうがカッコいいですよね! ねっ!(個人の見解です)
高温、高圧に耐え続ける縁の下の力持ち!
さて、そのような表記のブレはともかく、現在世に出回っているバイクの多くは、車輪とともに回転する金属製の円盤をブレーキパッドで強力に挟み込むことによって制動を行う油(液)圧式ディスクブレーキを採用しています。
こちらのシステムに使われているのが「ブレーキフルード」というわけですね。

●スズキ純正「エクスター」ブレーキフルード 2020年のモトGPを制したチームが掲げているブランドだと考えると3割り増しほどカッコよく感じますね(笑)
考えてみれば凄いと思いませんか?
車種や条件さえ許せば300km/h近く出るライダー込み約300kg(以上)の物体が、レバーを握り込んだりペダルを踏むだけで、みるみる減速していくのですから。

●右手右足の操作によって意のままの減速を実現。単に止まるだけでなく、フロントブレーキでコーナリングのきっかけを作ったり、リヤブレーキを軽く掛けることで旋回中の安定感を増したりと制動はバイクの繊細な操縦にも深く関わってきます。不具合がないか、常に気を配ってチェックしておきましょう!
もし仮に超高速走行時にニュートラル固定となり前後ブレーキとも消失したら、両足を地面に押しつけるくらいしか打つ手はありません。いったい何百m空走してしまうことでしょう……。靴底もアッという間に抜けてしまいますね。
かくいう莫大な運動エネルギーが、ブレーキパッドをブレーキローターへ押しつけることで発生する摩擦力によって熱エネルギーへと変換され、大気中へ放出されていくのです。

●ブレーキの進化は熱との戦い。耐熱性や放熱性を上げるためにローターの素材を変えたり導風板を取り付けたり径を大きくしたり枚数を増やしたり孔を開けたり外周りを波型にしたり溝を掘ったり……。様々な試行錯誤の結果、現在のカタチに落ち着いてきたのです
場合によってはブレーキローターが摩擦熱によって赤く光る(800~1000℃!)ほどにパッドを押しつける強大な力を生み出せるのは、油圧ブレーキ内に仕込まれている“パスカルの原理”を活用した機構のおかげ。
不思議な物理法則がアナタのバイクを止める!
アナタもきっと中学生時代に教わったはずなのですが,覚えてらっしゃいますか?
『密閉容器中の液体は、その容器の形に関係なく、ある一点に受けた単位面積当たりの圧力そのままの強さを流体の他のすべての部分に伝える』というアレです。
仮に、押す側(マスターシリンダー側)のピストン面積が2で、押される側(キャリパー側)のピストン総面積が10なら、5倍の力が得られることに……。

●小汚い筆者の手書きイラストでごめんなさい。液体の詰まった容器の一部に圧力が加わると、その圧力がそのままの数値で液体内の全てに伝わる……ゆえに可動するピストンの面積を大きくすれば反対側ピストンの生み出す小さな力で強い力を生み出せるという理屈。不思議なものですが「人間は考える葦である」などの名文句を残したフランス人・ブレーズ・パスカルさんが発見した原理が今、我々ライダーにとって多大なる恩恵となっているのです
つまり、ブレーキレバーあるいはブレーキペダルによる小さな入力であっても、ブレーキホースを介してキャリパーピストンには大きな力がかかり、ブレーキパッドを力強くディスクに圧着させることができるというわけです。
たとえ握力が10数㎏程度しかないライダーでもビッグバイクさえ意のままに制動できるのは、トータルでも数百㏄程度が機構内に封入されているブレーキフルードのおかげ。

●新品のブレーキフルードは透き通っており、淡い黄色が美しい……。匂いはきつくないものの鼻を近づけると揮発性の香りが漂ってきます。もちろん飲用不可で、目に入ると重篤な損傷もありえる……とパッケージには記載済み。引火性もあるので取り扱いにはくれぐれも要注意のほどを
当然、液体ならば何でもいい、というわけではありません。
水なんて入れようものなら、ちょっと強力にブレーキをかけただけで高温になるローターと向き合うキャリパー内の温度が沸点に達して気泡だらけとなり、システムが使い物にならなくなります。

●水は沸騰して水蒸気になると体積が1700倍にもなります。ブレーキシステム自体が水蒸気爆発してしまうかも……!?
そこでブレーキフルードに求められる性質は、①沸点が200℃以上(新品時) ②流動性が高く極低温(-50℃)でも凝固しない ③高圧がかかっても体積変化が少ない ④シール類を傷めない……となり、現状コスト面も勘案して最もバランスがいい=広く使われているのが前述のとおり、グリコール系(ポリエチレングリコールモノエーテル)というアルコールの一種に劣化を遅らせる改質を行い、防錆剤や酸化防止剤などを加えたものなのです。
バイク用品店などで売られている製品は、どれも日本工業規格(JIS)や米国自動車安全基準(FMVSS)を当然クリアしており品質に問題はありません。

●交換時には数々の規格をしっかりクリアした確かな製品を選びたいものです!
DOT(ドット)を甘く考えると危険ドッと増し
あと気になるのは「DOT」という規格ですよね。
こちらはアメリカ合衆国運輸省(United States Department of Transportation)が定めたもので、成分や沸点、粘度、ph値などから基準を分類しており、主な項目を抜き出してみれば
【DOT3……ドライ沸点205℃以上、ウエット沸点140℃以上、粘度(100℃)1.5cSt(動粘性係数)以上、粘度(-40℃)1500cSt以下、pH値7.0-11.5】
【DOT4……ドライ沸点230℃以上、ウエット沸点155℃以上、粘度(100℃)1.5cSt以上、粘度(-40℃)1800cSt以下、pH値7.0-11.5】
【DOT5.1……ドライ沸点260℃以上、ウエット沸点180℃以上、粘度(100℃)1.5cSt以上、粘度(-40℃)900cSt以下、pH値7.0-11.5】

●マスターシリンダー直上にあるブレーキフルードタンクのフタには推奨DOTの数値が分かりやすく書かれているはずです。交換時は基本的にはこちらを守るようにいたしましょう。なお、油(液)圧式クラッチのバイクも作動油にはブレーキフルードを使います。共用できるので同時に交換するのも賢いひとつの手です
なお、2000年代中盤くらいまでのハーレーダビッドソンは“DOT5”というブレーキフルードを使用していたのですが、こちらの主成分はシリコン系。現在主流のグルコール系(上記のDOT3、4、5.1はすべてそう)と混ぜることはタブーですのでご注意のほどを……。
では次回、定期的に交換しなかったらどうなるのか、取扱時の注意点などを深く紹介してまいりましょう!