スポーティな走行に大切な、素早くショックの無いシフトチェンジを可能にする「クイックシフター」。標準装備できるバイクやオプション設定車も増えているけれど、街乗りやツーリングなら必要ない気もする……。飛ばさなくても、何かメリットあるんですか?
●文:伊藤康司[ミリオーレ] ●写真:ホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキ
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ギアチェンジにかける時間を短縮したい!
ギアチェンジはスロットル、クラッチレバー、シフトペダルの3カ所を、正確なタイミングで操作する必要がある。普段乗りでもそうだが、これがスポーツ走行やレースなら、より短い時間での操作が求められる。シフトアップ時は加速や後輪が路面を蹴るトラクションが途切れないようにしたいし、シフトダウンもスムーズに行わないとコーナーの進入で思い通りに曲がり始めることができないからだ。
そんな素早くスムーズなギアチェンジを可能にするのが「クイックシフター」。スロットルとクラッチ操作が不要で、シフトペダルだけでギアチェンジができるのだ。最近は国内外のスーパースポーツはもちろん、スポーツ度の高いネイキッドやツアラーなど続々と装備車種が拡大している。
シフトアップ側のクイックシフターは、けっこう昔から存在する
シフトアップ操作はスロットルを戻してクラッチを切って行うが、これはトランスミッションのギアを切り替えるために、加速方向にギア同士がガッチリと噛み合った力を「抜く」ためだ。一瞬でも駆動力を弱めれば良いので、スキルの高いライダーはスロットルを全閉まで戻さないし、クラッチもホンのわずかしか切らない。
この状態をさらに突き詰め、スロットルを開けたままシフトペダルを操作する一瞬だけエンジンの点火をカットして駆動力を抜く(だからギアが切り替えられる)のが、シフトアップ側のクイックシフターの大まかな仕組み。シフトペダルのロッドに設けたセンサースイッチでペダル操作を感知して、エンジンの点火をカットすればいいので、(精度や使い勝手を別にすれば)構造は比較的簡単だ。
目的はレースでトラクションを途切れさせないため
そもそもクイックシフターは、レースから派生してきた技術。ハイパワーなレーサーは加速の際にクラッチを切ってシフトアップすると、その駆動が途切れた一瞬をきっかけにして車体が暴れかねない。そうなるとタイムロスに繋がる。
そこでクラッチを触らずスロットル全開のままシフトアップするために、ステップのロッドに感圧式のセンサーをつけ、踏み込むと(レーサーは逆チェンジのため)点火カットするクイックシフターが生まれた。
また、昔のレーシングマシンの中には、押している間だけ点火をカットできるスイッチを左ハンドルに設け、スロットル全開ままスイッチとペダル操作を同時に行う「セミクイックシフター」ともいうべきものもあった。操作はコツや慣れが必要だが、タイム短縮には有効な手段。
ちなみに先代のホンダのCBR600RRのレースベース車は、純正のハンドルスイッチのパッシングスイッチに、点火カット機能を持たせていた。
エンジンの駆動力を抜くには、キャブレター車は点火カットで行うが、フューエルインジェクション車は燃料の噴射カットで行う場合もある。
ヤマハYZF-R7にオプションで用意されるクイックシフトキット(シフトアップ側)。シフトペダルのロッドにセンサースイッチを設け、ペダル操作の信号をECU(エンジンコントロールユニット)に送る。写真のような汎用スイッチを左ハンドルに設け(または純正のパッシングスイッチやホーンスイッチを流用し)、スイッチを押す間は点火カット(または燃料噴射カット)して、ペダル操作のみでシフトアップする方法はかなり昔から存在した。
ライド・バイ・ワイヤで、バイクが勝手に空ブカシ!?
ギアチェンジを行う場合、どちらかというと「シフトアップよりシフトダウンが苦手」というライダーが多いのではないだろうか? ギアを落としてクラッチを繋いだ瞬間にガクッと強いエンジンブレーキが効いたり、キュッと後輪がロックしそうなったり……。
そんなシフトダウンのショックを防ぐのに有効なテクニックが、スロットルをあおって空ブカシする「エンジンの回転合わせ」……ということは知っているが、これがけっこう難しい。それはバイクにとっても同じで、以前のバイクは基本的にシフトダウン側のクイックシフターを装備することができなかった(レース用のアフターパーツは存在したが)。
しかしスロットルを制御モーターで開閉するライド・バイ・ワイヤ(フライ・バイ・ワイヤというメーカーもある)機構や、電子制御技術の進化によって、バイク自身がシフトダウン時に最適な空ブカシで回転を合わせるオートブリッパー機能が登場。これにより2010年代中頃からスーパースポーツを皮切りに、シフトダウンにも対応する「双方向クイックシフター」の装備が始まったのだ。
▲ライド・バイ・ワイヤによる制御モーターでスロットルを開閉することで「回転合わせ(オートブリッパー)」を行い、ペダル操作のみでのシフトダウン側のクイックシフトが可能になった(写真はスズキのハヤブサのスロットルグリップとスロットルボディ)。
操作フィーリングを選べるタイプも
現在のクイックシフターは、前述した「ペダル操作している間は点火カット」のような初期のタイプとは異なり、非常に制御が緻密。ペダル操作を始めてから点火や燃料噴射をカットし始めるタイミングやカットしている時間も、何速から何速へギアチェンジするのか、車速やタイヤの回転速度など多くの情報を元にコントロールしている。シフトペダルの操作フィーリングはライダーによって好みも異なるため、操作感を選択できる車両もある。
▲ホンダのCBR1000RR-R SPのクイックシフターは、シフトペダルの重さ(操作感)を3段階に調整可能。
▲スズキのハヤブサのクイックシフターは、シャープなシフト感の「スポーツモード(QS1)」と、ソフトなシフト感の「街乗りモード(QS2)」を選択でき、メーターのLCDパネルに表示。
じつは街乗りやツーリングでも便利! 誰もが感じられる電子制御
クイックシフターは、スポーツ走行やレースでのパフォーマンスを高めるために生まれた機構なだけに、以前は一定以上の回転数や速度でないと作動しないタイプ(車種)もあり、低回転でシフト操作をするとかえってギクシャクするなど、いかにも「スポーツ走行用の専用装備」といったモノも多かった。
しかし現在はネイキッドやスポーツツアラー、アドベンチャー等への装備も増え、クラッチ操作を減らして快適性をアップする「便利機能」としても確実に進化している。これは制御の緻密化や、製品化までの膨大なテストやセッティングの効果が出ているのだと思う。
ライダーに走り出した瞬間から恩恵がある、もっとも体感しやすい電子制御と言えるので、(コストの問題もあるが)今後はより多くのバイクがクイックシフターを装備するはず。
また、ホンダの様々な機種に搭載されるDCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)やヤマハの電子制御式クラッチYCC-S(ヤマハ・チップ・コントロールド・シフト)を搭載したFJR1300ASなども基本は同じ目的。
MotoGPマシンは同じ目的でシームレスミッションを搭載している。
ギアチェンジの際に、トラクションが途切れないよう各カテゴリーで様々なR&Dが行われているのだ。
▲カワサキのNinja H2 SXが装備するクイックシフター(KQS)は、2022年モデルでKQSが作動するエンジン回転数を1600rpmに下げ、ストリートライディングでの利便性を向上させている。
※本記事は“ミリオーレ”から寄稿されたものであり、著作上の権利および文責は寄稿元に属します。なお、掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。 ※特別な記載がないかぎり、価格情報は消費税込です。
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