前編に引き続き、三ない運動から交通安全教育に転換した埼玉県が毎年実施している「高校生の自動二輪車等の交通安全講習」の模様を紹介する。

後編では、8月7日に開催された秩父地域第2回目(※)のカリキュラムから、講習会の当日、何らかの理由でバイクに乗ってこれなかった生徒らが参加する座学「静的実技」をピックアップしたい。

※中山間地でバイク通学が許可されている秩父地域では年間3回の講習会が行われる。各回とも基本的な講習内容は変わらない

実践的な座学「静的実技」とは?

▲バイクに乗ってこなかった生徒が受けた座学「静的実技」の様子。


本講習会での座学は3つ(※正確には2.5)ある。埼玉県警察本部が行う「二輪車安全運転講習」と埼玉県交通安全協会が行う「静的実技」、さらには会場となる教習所の指導員が行う「救急救命法」だ。

※救急救命法については、座学のほか、人形を使っての心臓マッサージといった実技も行うので0.5とした

▲救急救命法の講義では動画視聴、心配マッサージ体験、AEDの使用法説明・体験などが行われる。


埼玉県警の交通総務課が行う講義「二輪車安全運転講習」では、免許を持って公道を走ることの社会的責任、交通事故の現状と事故を起こした場合の措置や責任、車両区分「特定原付」についての説明のほか、動画を使ったインタラクティブな危険予測トレーニング(KYT)が行われている。

▲埼玉県警による座学「二輪車安全運転講習」では、事故発生状況や法的な責任の話など交通社会人育成のための内容が多い。


一方の静的実技では、埼玉県交通安全協会の二輪車安全運転推進委員会(通称、二推(にすい))に所属する二輪車安全運転指導員が講義を行っている。指導員はバイクの知識に詳しいベテランライダーであり、運転操作・テクニックについて他者に教えることのプロでもある。この2つの座学が、とても良いバランスを保っているのだ。

自工会制作の動画を安全運転教材に活用

▲静的実技では、自工会が自己分析データを基に制作した動画「梅本まどかと宮城光のセーフティライディング!」が教材となっている。


今年から、静的実技の座学に使われる動画教材がリニューアルした。これまでも動画視聴による講義が行われてきたが、その内容が一新されたのだ。

使われているのは、日本自動車工業会(自工会)が制作した「梅本まどかと宮城光のセーフティライディング!」という動画で、以下の5つの重点項目について、分析データや検証動画も交えながらバイクの安全運転・事故防止に必要な視点や気づき、装備などを教えてくれるものだ。

▲ヘルメットのあご紐締結や胸部プロテクターがなぜ重要なのか、動画と指導員の説明により学ぶ。


この動画は、自工会のYouTubeチャンネルにもアップされているので、それぞれにリンクを貼っておく。見れば必ず役に立つ内容になっているので、ぜひご覧いただきたい。

①出会い頭事故と右直事故防止
②左折巻き込み事故防止
③単独事故防止
④ヘルメットの正しい装着と胸部保護
⑤四輪視点での対二輪車事故防止

これら5つの項目は、二輪車死亡重傷事故の分析データを基にピックアップされた内容で、特に注目すべきは四輪ドライバー視点での事故防止という項目だ。事故発生のメカニズムを検証し、ドライバーが起こす目の錯覚、見落としなどにより出会い頭や右直といった重大事故が発生しているというもの。

これら四輪ドライバーの視点を知ることで、徐行や一時停止、左右確認といった対策や回避するために必要な心がけを教えることができる。重大事故に遭わないために「かもしれない」運転がなぜ必要なのかを理論立てて教えてくれるのだ。

▲バイクとクルマの右直事故の大きな要因とされる「目の錯覚」についてクルマのドライバー視点で学ぶ。小さなバイクは“遠くに遅く”見える。

二輪車安全運転指導員による公道でのノウハウ

静的実技はバイクに乗らない座学だが、講義の内容は動画を視聴して終わりではない。先の5つの項目に従って指導員から質問が投げかけられ、生徒は自分の経験を基に考えを答えるといったやり取りが行われる。こうした中で、べテランライダー・指導員から公道走行上のリアルな認知・判断・操作についても教わることができるのだ。

公けには言いづらいような「すり抜け」についても、なぜすり抜けが危ないのか、すり抜けをすることでどのような危険が考えられるのかについて説明がなされた。

▲すり抜けがなぜ危ないのか? 第1通行帯での危険、第1・第2通行帯の間での危険について具体的に説明する。


「すり抜けは危ないからやるな!」と頭ごなしに伝えるのではなく、ベテランライダーとしての経験を踏まえた説得力のある説明により、生徒はすり抜けに潜む危険をより身近なものに感じられる。

本講習会では、運転実技に関しても、習得以上に体験・体感の場ということを重視している。定速旋回によるコーナリングでの限界速度やUターンといったカリキュラムも、わずか90分の中でマスターしろというのではなく、講習会の場で体験することで、カーブ手前での減速の重要性や小回りの難しさを生徒に知ってもらうことが必要であると考えている。

▲運転実技では、習得よりも体験に重きが置かれている。写真はカーブの限界速度を体験する定速旋回。


経験の少ない若年層が事故を防ぐためには、危険を安全に体験する、何が危険なのかを知ること、そういった場がとても大切なのだ。

バイクに乗ってこられなかった理由とは?

最後に、静的実技を受講した3人がバイクに乗ってこられなかった理由について記しておく。当日は秩父エリアの9校・66人が参加していたが、彼ら3人の理由はこんな感じだった。

・腕の骨折
・今はバイクに乗っていない(また乗りたい)
・本庄市(秩父から約30km)からで遠かった
 ※他地域からの参加

静的実技の内容は座学ではあるものの、頭に入れておくだけで公道走行の危険を予測でき、認知・判断に十分役立つものだ。

埼玉県教育委員会では「今後、免許を取得したい」と考えている生徒にも参加を促したいと考えている。

▲講習会の受付をする埼玉県教育委員会ほかの方々。


免許取得を考えている生徒が運転実技の見学や座学を受講することは、とても良いことだと思う。「かっこいい」「便利」というバイクの魅力と同時に、公道上の危険や操作の難しさも知ってもらい、バイクをより身近に感じてもらった上で検討してもらえれば、免許取得の入口としても最適な場になるはずだ。

▲安全運転や車両点検を啓発するためのグッズ等も受講生に配布される。


引き続き、今後の埼玉県に期待したい!

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