20代の一時期は土木で飯を食っていたこともあって、漁港や港湾地区のガテンな“匂い“のする食堂にどうも目がない。どぎつい昭和臭を隠さない外観。作業着が板についたおっちゃんやトラックドライバー。タバコの匂いがしみついたビニールクロスにメラミンの湯呑み。ギシギシと立て付けの悪い椅子に座っていると、今にも昔の仲間が「やっ!? あんたナニしてるわけ?」と入ってきそうでどうにも懐かしくなる…。おかげで用もないのに、そんな市場食堂や港湾の食堂を見かけると今だに足が向いてしまう。なんだかよそ者にはちょっと入りにくい雰囲気があることもあるが、そんな空気を押しのけるようにして暖簾をくぐる瞬間が好きなのだ。

なんでこんな話を唐突にしだしたか? 妙な時間に目が覚めてしまったからだ。時計をみれば5時少し前。外はすでに明るく、鳥達が雨が降っていないことを教えてくれる。せっかくだから走りに行くか? 梅雨の合間の貴重な晴れを無駄にすることはないのだ。

朝5時半、朝日を浴びて走り出す。いつもは大混雑で使う気にならない三桁国道も、この時間帯ならほぼノンストップ。ミラーの中の朝日が眩しいぜ。さて本日、僕が向かっているのは家から片道10kmの千葉県船橋市にある“船橋市地方卸売市場”。入ったことはないのだが、鮮魚や青果を扱う市場があるのは子どもの頃から知っている。そこに朝っぱらから市場で働く人のために朝早くからやってる食堂があり、市場で鮮魚も扱うだけに、海産に拘った食堂もあるらしい。ここでうまい朝飯、“市場めし”にありつこうという魂胆だ。

船橋市地方卸売市場正門。多くの人が忙しく行き交っている仕事場は、なんだか入りにくい雰囲気があるものだ。だが“市場めしを食う”。そんな大義名分があるだけでずいぶんと結界がゆるんで入りやすくなる。

市場めしを求めて船橋市地方卸売場へ突入

“船橋市地方卸売市場”の敷地には駐車場とが別に駐輪場があり、バイクも気兼ねなく置ける。屋根の錆具合がなんだか渋い。

 

どこへバイクを止めようか? そもそも走って入場してしまっていいのだろうか? 場内の様子をうかがっていると、交通整理をしている警備員さんが、「奥に駐輪場があるよ。バイクはそこ」と教えてくれる。もののついでに「ご飯も食べられるって聞いたんですが?」と言えば、「それも奥だね」と親切に教えてくれた。この“船橋市地方卸売市場”に限ったことではないが、どうも他人のお仕事の場所ってのは“邪魔になっちゃイカン”って気持ちが先立って入りづらいもんだ。郷に入れば…じゃないが、仕事場には車の置き場所一つとってもルールがあるもの。フォークリフトにターレットがせわしなく行き交うような仕事場なら尚更である。部外者は、動きの読めないターレットの動きを観察しながら、“場内制限速度8km/h”を頑なに守って奥へと進むのみ。この勝手のわからない状況でバイクを走らせる緊張感は、タイかベトナムあたりの喧騒の中を走るのと似ている。その場所独自の交通ルールやマナーに順応するのには少しだけ時間がかかるのだ。

場内の施設案内板を発見。目指すうまい朝飯は、駐輪場のすぐそば。“関連事業者店舗棟”のようだ。

市場の中で、荷物を運ぶ動力付きの台車・ターレットは、立って操縦する不思議な乗り物。最近は電気が主流と聞いていたが、ここではまだまだエンジン付きが頑張っている。音からして単気筒っぽいなと思っていたが、今回初めてそのエンジンを拝見できた。それにしてもでっかくて重そうなフライホイールである。高回転までは回らなそうだが、そのぶん低速トルクがものすごそう。

目指す朝飯の前に、市場内を見学。時間はまだ6時を過ぎたばかりなのだが、すでにセリは終わってしまったようで、水産物卸売場は閑散としている。それどころか仲卸店舗もあらかた商売が終わったような雰囲気で、みなさんもはや片付けモード。やはり市場の朝は早い。活気ある市場の様子をが見たいなら、もっと早く来場する必要がありそうだ。

水産物卸売場。朝の6時過ぎではすっかり人気がない。競りは次の楽しみに取っておこう。

いよいよ、うまい朝飯を求めて“関連事業者店舗棟”へ。ここには市場へ仕入れに来た店舗向けに什器や乾物、調理道具などを販売する場所。早朝からやってるプロ向けのホームセンターみたいな位置付けか。食堂店舗もいくつかあり、出入りの業者が早朝から腹ごしらえできるようになっているというワケである。

関連事業者店舗棟

昭和かおる場内食堂

上野アメ横のような雑居な雰囲気には、昭和というか、戦後の闇市というか、アジアのマーケットにも通じる独特の“匂い”がある。これが僕にはたまらない。そんな路地裏を進んだところにあるのがお目当ての福田家食堂。実は来場後、いの一番にお店を訪ねたのだが、カウンター席はひとつ飛ばしにお客さんで埋まる賑わい。「空いた頃にまたきま〜す!」と先に場内見学することにしたのだ。

福田家食堂。いかにも場内の食堂といった佇まいがいいカンジ。おすすめはマグロの中落ち定食で、当然市場で仕入れたものである。
●御食事処 福田家食堂
●場所:千葉県船橋市場内
●電話:047-423-2482
●営業時間:午前5時~午後1時
●定休日:市場が休みとなる日曜、月2回の水曜、不定休
※コロナ禍の影響で営業時間、定休日は変動

 

マグロの中落ち定食:750円ともつ煮:350円。しめて1100円也。


お目当てのマグロの中落ち定食と、おすすめらしい、もつ煮を注文したのだが、これがうまい。醤油に付ければ、ついっと油が広がるほどこってりめ中落ちは、白飯がいくらあっても足りないくらい。よく煮込まれたもつ煮との相性も抜群。早起きは三文の徳というが、ちょっと時間をずらすだけで、身の回りにもまだまだ知らない世界が広がっている。

うまい朝飯にすっかり満足して家路についたのだが、まだ7時30分である。世の中では通勤ラッシュが始まり、学生たちが学校へ向かう時間。もはやひと仕事終えた気分だが、うまい朝飯のおかげで、頭もスッキリ。さぁ今日も1日がんばるぞ!

時間にして2時間ちょっと、距離はわずが20数km。少し早起きするだけで十分ツーリングが楽しめる。目が覚めたからと寝床でスマホをいじるか? それともヘルメットをかぶるか? 同じ2時間だとしてもその差は随分違う。我らバイク乗りは走らにゃ損だろ!

 

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