その店を知ったのは、私が住む埼玉のグルメスポットを探していた時のことだ。
世にも珍しい、そば&うどんの自動販売機(?)があるという。店のたたずまいにも心惹かれた。一言で言えば「昭和」。昔ながらのゲームセンターとドライブインが合体したような店舗で、40年以上も時が止まったかのようだ。どこか、くすぐったいような懐かしさを昭和46年生まれの私は感じた。
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その名もオートパーラー、40年前へイザ!
スッキリ晴れたある日の朝。気になっていたアソコに行く絶好のタイミングではないか……。私はバイクにまたがって「オートパーラー上尾」に向けて出発した。
一気にタイムスリップ、商談にも使える不思議スポット!
埼玉県上尾市までは、幹線道路の県道1号や国道17号をほぼ真っ直ぐ北上する単純なルート。途中、印象的な景色を撮影しながら小1時間でオートパーラー上尾に到着した!
田舎にポツンと建っているイメージだったが、かなりの都会だ。道路向かいには巨大なケーズ電気がある。
ネットで調べたところ「24時間営業」のハズなのに、店内は暗い。「またやっちゃったか?」と一人呟く。というのも、自分は“引き”が弱く、開いているハズの店に行っても「臨時休業」の札が架かっている、なんてケースが多い。
恐る恐る入ってみると、薄暗いが、何台かのゲーム機が光と音を放っている。どうやら営業中のようだ。薄暗いのは、奥の方だけまばらに蛍光灯が点いているのが理由だった。
ウロウロすると、左奧に自販機とテーブルのあるスペースを発見。おや、先客がいらっしゃる! ビジネスマンらしき方が向かい合って、何やら商談している雰囲気だ。
貸し切りだろうと思っていたのだが意外や意外(取材日は平日)。地元ではビジネスの社交場として認知されているのか? 凄いぞオートパーラー!
「電気代がかかるんです!」 偶然、店の方に遭遇
私がイスに座って数分もすると商談は終了。若いスーツ姿の男は店を後にする。残ったのは70歳ぐらいと見受けられる白髪の男性だ。
もしや? と思い、「お店の方ですか?」と声をかけると、「そうです」との返答。
あまりの幸運に気が動転してしまったが、少しお話を聞くことができた。
現在は24時間営業ではなく、人がいれば午前4時ぐらいまでやることもあるが、いなければ午前0時ごろ閉めてしまうという(判断は従業員に任せているようだ)。
「電気代がかかるからね」とのこと。
ゲーム機のほとんどは電源が入っていないが、動くのかどうか伺ったところ、「言ってくれればできるものはできる」との御回答。これも「電気代がバカにならない」のが理由だそうで、トースト自販機の隣におかしの自販機もあったが、これも「売れないし、電気代がかかるから今は止めてる」とのことだった。
もっとお話を聞きたかったが、ここで店の方は奥へ。
さて、ようやくメシだ。自販機では、そばとうどんが選べるが、埼玉名物の一つが「うどん」らしいので、うどん一択だ。
おカネを投入しようとしたら、「500円玉は使えません」との張り紙が。まさか500円玉が登場する前のマシーンなのか……? ならば、1982年(昭和57年)以前に製造されたことになる。
って、あいにく500円玉しかないヨ! 横にあるジュースの自販機を見ると、コッチは500円玉が使えるので一安心。アレ? 瓶コーラがあると聞いていたのだが、缶しかない。代わりにHI-Cの瓶があったので購入。コレまた懐かしいな! まだ売ってるんだ、と感動。
無事両替できたので、ようやくうどんを購入だ。料金を投入し、待つこと約25秒。取り出し口を開けると……おお、カップに入ったうどんが!
うずらの玉子もコンニチワ、想像以上にウマい
よくかきまぜてからパクリ。麺はソフトだけど、コシが残っていてなかなかイケる。スープはハッキリ言って濃い、濃ゆい。甘みもあって塩辛くはないが、オッサンの私が飲み干すのはちょっとキビシイ。
天ぷらは冷め切ってシナシナだったけど、スープを染み込ませてクタクタにすれば悪くない。食べ進むと、カップの底からわかめとウズラの玉子が登場し、思わずリッチな気分に。これはニクい仕掛けだ。いや、想像していたよりずっと美味い。
調子に乗って、トースト自販機にもチャレンジしてみた。これもレトロだなぁ。しかしコンビーフは珍しい。一説では、全国で唯一とか。
オカネを入れて1分程度すると、ガコンと大きな音がして、アルミホイルに包まれたトーストが出てくる。
カリカリで、中にコンビーフがみっちり。マーガリンと若干からしの風味があって、これもウマイ。
それにしても……店内は暑い。エアコンはあるけど、稼動していないのだ。やはり電気代が問題なのだろう。
食器置き場に、食べ終えたカップなどを片づける。先客が2人いたようで、なんとスープを完食(飲)していた。オートパーラーの上級者、黒帯に違いない。
消えゆく時代の子守唄、ちょっぴり切ない
ビジネスマンが帰った後はずっと貸し切り状態だった。腹が満たされ、ボーッと座っていると、薄暗い空間に遠くからゲーム機の電子音がこだまする。何とも落ち着く空間だが、気温が上がって暑いので長居する気になれず、帰路についた。
もし昭和時代に私が地元のツッパリ君だったら、入り浸っていただろうなぁ。うらぶれていはいるけど、それほど自由で開放的な空間だ。しかし、昭和から平成、令和へと時代は移り変わった。時を止めた店の弱い灯火は時代の風にさらされ、消え入りそうなところをぎりぎり踏み止まっている気配があった。現に、同じく埼玉県の行田市にあったオートレストラン「鉄剣タロー」が前年に閉店したという。
商売は厳しいと思うが、少しでも長く続けて欲しいと願うばかりだ。
帰りに、国道17号沿いにある大宮市場の横を通った際、「旨辛肉汁うどん」なるカンバンが目に入った。自販機のうどんより間違いなく美味に違いない。だが、あの何とも言えない雰囲気込みの味はオートパーラーにしか存在しないよな、と思った。