京都といえば、祇園や清水寺、金閣寺などを思い浮かべる人が多いだろう。かつての平安京、現在の京都市中心部にあるこういう史跡は、誰もが認める日本有数の観光スポットだ。が、快適に走れるとはいえない狭い街区にあるため、残念ながらライダー向きではない。そのせいか関西在住のライダーが京都へ行くときには、平安京の周辺にあたる丹波、丹後、山城といった地域をめざすことが多い。「美山かやぶきの里」は、そのなかでも屈指の人気を誇る丹波地方・南丹町の美しい集落だ。
京都の北をめざす

国道162号、栂ノ尾(とがのお)付近。山中とはいえ、古都・京都の風情が色濃く感じられる周山街道の入り口だ。
地元では「周山(しゅうざん)街道」の通称で親しまれる国道162号は、1980年代バイクブームの頃には、フルフェアリングのレーサーレプリカと革ツナギで身を固めたライダーたちで賑わい、「走りの聖地」とされていたルートだ。京都市街から始まり、北へのびる周山街道は、ワインディングといくつものロングストレートをつなぎ、約100km先の福井県小浜市で若狭湾に行き当たる。

街道を進むほどに、少しずつ山の緑が深まっていく。
道の駅で一息

親しみをこめて「赤橋」と呼ばれる平屋大橋。
美山の象徴ともなっている赤橋をくぐると「道の駅 美山ふれあい広場」はすぐそこだ。京都市街から約1時間、頃合いの休憩ポイントとして、ここで一息いれるライダーが多い。

道の駅 美山ふれあい広場は、地元の産品を扱う「ふらっと美山」や京都丹波高原国定公園ビジターセンターなどを併設していて楽しめる。

道の駅では、野菜など地元の産品が豊かに揃うが、積載能力の低いバイクの旅なら、こんな小さめのおみやげも悪くない。パン工房SHEPAND が作るふわんと甘いさくさくクッキー。(300円/税込)

周山街道が府道38号と交わる安掛交差点。広河原方面へ進めば、美山かやぶきの里まで約10分だ。
九鬼ケ坂

九鬼ケ坂は山中のワインディングロード。小気味よくリズミカルなターンが続く。
安掛交差点から美山かやぶきの里に直行してもいいが、周山街道をそのまま少し北へ進めば、かつて街道レーサー気取りのライダーがよく集まっていた九鬼ケ坂の峠がある。バイク少年だった昔を懐かしみ、ひさびさの峠へ足をのばしてみた。少年たちが走りまわっていた峠も、時を経た今では、すっかり静かな山道へと姿を変えていた。

若葉の色が目にしみる。

九鬼ケ坂の路面は美しく整備されている。深山の雰囲気につつまれ、気持ちよくライディングを楽しめた。
美山かやぶきの里

かやぶき民家が数多く残る美山町北地区。
いよいよ美山かやぶきの里へ。美山町北地区の集落にある50戸のうち39棟がかやぶき屋根の建物で、1993年には国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された。現在では年間70万人以上の人が訪れる人気の観光スポットとなっている。

美山かやぶきの里の入り口には、昔懐かしい丸形郵便ポスト(郵便差出箱1号丸形)が立つ。映えスポットとしても広く知られ、記念撮影の定番となっている。
美山かやぶきの里内は、関係者の車両以外は立ち入りが許されていない。バイクは「知井の里 情報発信館 ゆらり」脇の駐車場に停めて散策を楽しもう。ざっくり歩いて回るだけなら30分ほど、写真を撮りながらゆるゆる行くなら1時間半ほど見ておくといい。

花咲く道をぶらぶらとゆく。

日本の農村の原風景を現代に伝えるこの地域は、外国人観光客にも人気だ。

紋様透かし入りの板張り妻面(三角の部分)が印象的なかやぶき屋根。民家の妻面にはさまざまな形式があるが、それぞれ趣が異なり、眺め歩くだけでも楽しめる。

苔むした屋根が山村の長い歴史を感じさせる。

「カミツレ」のホットサンド

路傍の小さな看板に目がとまる。
京ことばでは、空腹をいやすためのちょっとした食事を「虫養(むしやしない)」と呼ぶ。「ぐうぐう鳴る腹の虫をなだめるための軽食」といった意味だろう。歩き回って腹がすいてきたところで、虫養におあつらえ向きの看板を見つけた。ホットサンドの店「カミツレ」のメニューボードだ。

カミツレはおいしいホットサンドが楽しめる店。庭先の窓口からオーダーをうけて作ってくれる。[美山かやぶきの里内/営業:9時頃~夕方(売り切れまで)/不定休]

おすすめは、京風だしまきのホットサンド(900円)。冷たいアイスコーヒー(350円)もおいしい。(価格は税込)

青空と緑の山々を眺めて味わうぜいたくなランチ。
カミツレの軒先で、美山平飼い卵をたっぷり使っただし巻きで作るふわふわのホットサンドをいただいた。日本人なら誰もが胸に抱く、昔ながらのごはんのあたたかい思い出がよみがえる甘やかな滋味だ。ちょっとした虫養のつもりだったが、意外にもボリューム満点。舌に嬉しいだけでなく、美山のきらきらした風景が、心にも嬉しいごちそうとなった。
夏来にけらし、この里に

集落のはずれをゆく小路は、古きよき日本の農村そのもの。草いきれに満ちた空気が心地いい。
思えばこれまでずいぶんバイクであちこち走り回ってきたものだ。北は北海道から南は沖縄まで、物珍しさに誘われ、ときには海外を走ることもあった。でも、ほっと心が落ち着く風景は、幼い頃から見慣れた……いや、実際に見慣れていたわけじゃなくても「これが昔ながらの日本だよ」と大人たちに教えられて育ち、記憶の底に刻まれたこんな山里にある。駐車場へ帰る道すがらにも、たびたび足をとめて懐かしいかやぶき屋根の風景に見入った。とくに山里で育ったわけでもないのに、それでもなぜかむしょうに懐かしくなる、こんな風景に。

いつもの年より早くやってきた夏めく一日。日陰の涼にほっとする。

長年にわたって人々の手で守られてきたかやぶき屋根の整然とした家並み。

まだ見ぬ上流へ

XR250のエンジンを目覚めさせ、美山かやぶきの里を後にする。
美山町内には、東西を横切るように由良川が流れている。京都・滋賀・福井の三府県境にまたがる標高959mの三国岳山麓域を源流とし、日本海へそそぐ一級河川だ。気の向くままに由良川上流へと、府道38号・鞍馬街道をたどってみることにした。

路傍に萌え立ちはじめた夏草の輝きが目を射る。

由良川には、山里の暮らしを支える小さな橋がいくつもかかっていた。

川辺は深い緑に覆われ、早くも夏を謳歌しているようだ。


この地域には、いまなお多くのダートロードが残っている。
美山あたりには、いまや都市周辺ではなかなか見られなくなった未舗装路がそこかしこに残っている。未舗装といっても地元の人たちが日々の暮らしに使う道だから、ロードバイクでも走れるフラットダートがほとんど。それでもオフロードバイクだと、こんなときちょっと気分が上がるものだ。

ハルジオンの白い花にハナアブがまとわりつく。小さな命の息遣いが感じられた。
堂ケ谷の滝

エンジンを止めると、鳥の声とせせらぎの音が、かまびすしいばかりに押し寄せてくる。
名所だから見たかったわけではない。人知れず山中に流れる小さな滝があると聞いて好奇心をそそられ、ワインディングをたどった。まもなく、それらしい看板ひとつ掲げるでもなく、人目を避けるように道路わきにたたずむ小さな滝に出くわした。美山かやぶきの里では何不自由なく使えていた筆者のスマホも、街道を進み、山深く分け入ったこのあたりでは圏外になっていた。

堂ケ谷の滝は落差約8mの分岐瀑だ。
名も無き滝というわけではなく、名前はいちおうあるらしい。が、有名かといえばそうでもない「いわゆる無名」の滝だ。実際に訪れても、全国に名をとどろかす壮麗な名瀑たちとは比較にならないささやかさ。それでも、滝に落ちる清涼な流れが運んでくるひんやりした風の心地よさは、まぎれもなく本物だ。自分だけの秘密の名瀑の風情を胸いっぱいに味わい、すっかり満足して、美山のショートトリップを終えることにした。

黄金色にそまる西日を浴びて再び赤橋を渡り、平安京の街への帰途につく。
ホンダ XR250

ホンダ XR250(1998年式/MD30) 4ストロークSOHC空冷単気筒249cc/最高出力28PS/車両重量129kg/全長2140mm/全幅820mm
『[京都]美山かやぶきの里ツーリング』に登場したバイクは1998年式のホンダ XR250。1995年に初期型が登場した正統派デュアルパーパスマシンだ。軽量で扱いやすい車体に、整備性にすぐれたタフな空冷エンジンを搭載し、タウンユースからオフロードランまで幅広くこなせる万能バイクとして一世を風靡。多くのライダーに愛され、2007年にモデルライフを終えるまで長らく製造・販売された。とりわけオフロードでの素直な操縦性は秀逸で、バイク任せにゆるっと走っても高いパフォーマンスを発揮する。現在でも中古市場で高い人気を誇る名車のひとつだ。[ライダー:Atsuhiro Hayashi]
美山かやぶきの里 周辺MAP

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