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劇的なエネルギー交換を実現するヤバい液体
たとえ非力なライダーであっても、高速移動する数百㎏の物体を意のままに減速させることができる油(液)圧式ディスクブレーキ。
そのシステム内にはレバーもしくはペダルに加えた力を何倍ものパワーに変えてパッドをローターへと押しつける“パスカルの原理”が活用されており、ポイントとなる「容器内へ閉じ込められる液体」こそがブレーキフルードなのです。
大ざっぱに言うとブレーキとは、摩擦を利用して運動エネルギーを熱エネルギーへと変換する装置ですので、ローターとパッドはもちろん、それらを挟み込んで押し付ける役割を持つキャリパー(ピストン)も数百℃単位の高熱へ日常的にさらされて当然のツワモノ。その内部に注入されているフルードが簡単に沸騰してしまうようなシロモノでは話になりません。
DOTのダウングレードは絶対にやっちゃダメです
前回ご紹介したとおり、沸点や低温時の粘度そして主成分の違いによってDOT規格は3、4、5.1、5などと区別されており、基本的には車両が指定しているDOT番手のフルードをちゃんと守って定期的に交換していくことがベターな方法です。
「オラッチはサーキットをよく走るから耐熱性能を上げておきたい」というなら3→4や、4→5.1(5はシリコン系なのでグリコール系の3、4、5と混ぜるのは絶対に禁止)といった上位互換はアリなようですけれど、そのときは古いフルードをキッチリと抜かなければ効果が薄くなるとか。
そして間違っても5.1→4や4→3といった下位互換は行わないように気をつけましょう。
許容される沸点が下がることはもちろんですが、問題は低温時の粘度が変化してしまうこと。
特に最近の車両にどんどん標準装備されているABSは、車両指定のDOT番手でメーカーが想定する苛酷な条件下(特に極低温時)において正しく作動することを確認しています。
寒冷時こそしっかり満足に働いてほしいABSが、温度低下で粘度を増すフルードを入れたばっかりに不具合を生じては目も当てられません。
あと、レース用と称してDOT規格をパスしていない製品は、沸点に関しては高性能なものの低温での流動性やpH値などの面では割り切って作られている場合もあり、劣化が早かったりゴムや金属に害を与えたりする場合もあるので要注意です。
劣化していくほどに沸点が下がっていく宿命……
なお前回、DOT規格に関する説明のくだりで「ドライ沸点」と「ウエット沸点」についてスルーしてしまったので、ここで改めて……。
ドライ沸点とはブレーキフルードが新品状態での性能で吸湿率0%時での沸点。対してウエット沸点というのは吸湿率が3.7%になってしまったときの沸点で、この吸湿率3.7%というのは1~2年間フルードを交換せず使用し続けたらこのくらいになる……という目安とされています。
そう、ブレーキフルードは成分の特性上、水分を吸い込みやすく、なおかつマスターシリンダーのリザーバータンクは構造的に空気の通り道が設けられているため、フルードの吸湿や酸化はどうしても避けられないのです。
100㎖のブレーキフルードに3.7㎖の水分が混ざると沸点が75℃も低下してしまう(DOT4の場合)とは……、非常に由々しき事態ですね。
止まりたくても止まれない最大級の恐怖!
ちなみに交換を怠り、劣化の進んだブレーキフルードのまま走り続けると“ベーパーロック現象”が起きやすくなります。
じつは筆者も一度体験したのですが、恐ろしいなんてものではありませんでした。
ちょいとバカな試みをして高速道路走行中、ずっとフロントブレーキを軽くかけ続けておりましたら突然右手の感じていた抵抗が消失し、スコン!とレバーの端がスロットルに衝突。
「????!」
あわててレバーをストロークさせてみましたが、スッカスカのスカで制動がまったく効きません。
そのときは長期間フルードを交換しておらず、相当に吸湿していたのでしょう。
キャリパーピストンから伝わった熱でフルード内の水分が沸騰し、気泡(蒸気)が生じたようです。
ブレーキラインにエアが少量混入してタッチが“スポンジー”になる状況も知ってはいたもののレベルが違いすぎて比較することすらできません。
たまたまガラガラな高速を直進しているときで良かったものの、もし峠道をコーナリング中にかくいう現象が発生していたら……。背筋が凍りつきました。
しばらくフロントブレーキをかけないようにして冷やしていたら、手ごたえが戻りホッといたしましたが、帰宅後速攻でブレーキフルード交換と相成りました。
命にかかわる液体なので、甘く考えることのなきよう、よろしくお願いいたします。と、いうわけで一般的な原則としてブレーキフルードは2年に1度は交換いたしましょう。
ビッグバイクなら最低でも車検ごとの交換を
ガンガン距離を積み重ねたり、ハードな走行が多い人なら2年を待たず、1万㎞……多くても2万㎞走行するごとに入れ替えておけば安心です。
多くの車種ではフルードタンクが半透明だったり、点検用の窓が付いていたりしますので、新品時に透明もしくは淡い黄色だったフルードが濃い黄色→茶色→黒褐色へ変化していく様を見過ごすことなく、早め早めの交換を心掛けましょう。
なお、運動エネルギーを熱エネルギーへ変換するべくローターへグイグイ押しつけられるブレーキパッドが摩耗していくたび、リザーバータンク内のブレーキフルードも減っていきます。
こちら、安易に補充していくと古く酸化&吸湿したフルードが薄まるだけですし、ブレーキパッド交換時にキャリパーピストンを押し込むとあふれ出してしまうことも……。
ちなみに、ブレーキフルードがバイクの塗装面に付着すると劣化を加速させてしまうので要注意です。
リザーバータンク周りをタオルなどで覆って準備しておくことは当たり前ですが、それでも飛び散ってしまったときは,水ですぐに洗い流しておきましょう。体に付着したときも同様です。
……とまぁ、ブレーキフルードは扱いに注意が必要で、自分で交換するにしてもそれなりの工具とアイテムを用意しなければならず、抜き取ったフルードをどう処理するかも手間がかかります(下水道に垂れ流すのは絶対にダメですよ!)。
繰り返しますがブレーキは命にかかわる部分ですので、少しでも不安に感じるようなら交換はプロにお願いしたほうがいいでしょう。
グッドフィーリングのまま、しっかり自在に効くブレーキのため、ブレーキオイル……いやブレーキ“フルード”に注目して適宜メンテナンスを!