ZZ-R1100という頂点【前編】を読む

ZZ-R1100という頂点【中編】を読む

ZZ-R1100という頂点【後編】を読む

ある意味で「バイク史を変えた」とも言えるエポックメイキングな“メガスポーツ”……カワサキZZ-R1100。成り立ち、メカニズムの魅力、試乗インプレなどは本編3部作で述べましたが、どうしても紹介しておきたかったのは、そのZZ-R1100が成し遂げた「国内実測300㎞/h超」という偉業について。すぐ隣で見ることができたのは僥倖でした!

※ZZ-Rの読み方は「ゼットゼットアール」(商標登録上はゼットゼットアアル)というのが正しいとされていますが、「ズィーズィーアール」でも「ダブルジーアール」でも構わないそうです。なお、表記に関しては「ZZ-R」と「ZZR」が混在していましたが、2003年の段階でカワサキから表記統一が公式に発表され「ZZR」に一本化されました。ですが今回のコラムでは筆者の思い入れがある「ZZ-R」で始めさせていただきます

市販車で300㎞/hが出せるのか? その答えが目前に!

1990年にデビューしたカワサキ「ZZ-R1100」。比較的静かに登場したものの隠しおおせない卓越した高性能は、すぐに衆目の知るところとなります。

筆者がアルバイトとして潜り込んでいた八重洲出版モーターサイクリスト編集部も色めき立ったバイク情報誌のひとつ

速攻で最高速の聖地“ヤタベ”の高速周回路を押さえて光電管を使った厳密な計測を行ってみると(1990年9月24日)、ミラーを取り外しただけというほぼストックの状態で実測286.96㎞/hをマークしたではありませんか! 

あと10数㎞/h上乗せするだけで夢の300㎞/h台です。

まだまだ「イケイケドンドン」な時代だった……

ZZ-R1100が押しも押されもしない、市販状態での最高速チャンピオンであることは完全に証明されました。

モーターサイクリスト誌面

●八重洲出版 モーターサイクリスト 1990年8月号記事より。当時の大排気量フラッグシップモデルを勢ぞろいさせて最高速を検証。どれも懐かしいですね。もう32年前なのか……(汗)

 

そして当時はバイク雑誌業界も勢いがあり……「ここまで来たならヤタベで実測300㎞/hを出してしまおうぜ!」と新たなる企画が爆誕

ライダー宮崎敬一郎氏と、車両を担当する須田高正氏率いるモーターサイクルドクター須田と、モーターサイクリスト編集部とがタッグを組み、“OVER300㎞/hチャレンジ”がスタートしたのです。

さっそくドクター須田ではバルブ研磨シリンダーヘッドポーティングで吸排気抵抗を軽減するとともに“面研”で圧縮比も若干アップさせ、さらにクランクシャフトのバランスウエイトコンロッドを軽量化するなど多岐にわたるファインチューニングを実施。

エンジン出力を実にノーマル比より約15馬力(!)も向上させて、1ヵ月後の10月23日に“ヤタベ再挑戦”へ臨むことになりました。

ZZ-R1100テスト車両

●今はモーターサイクルドクター須田の2階フロアにて静かに鎮座している最高速チャレンジマシン(ZZ-R1100・C型)。なお、ヘッドライト下の黒いパーツは挑戦で得られた知見を生かし、ラムエア効率をさらに促進させるべく開発された「ドクターSUDA スーパーダクト」。“スダクト”という通称を考案したのは筆者です(諸説あり)

 

想像以上に高く、ブ厚かった実測300㎞/hの壁

早朝から私を含め、10人以上のスタッフがバタバタと計測の準備や撮影などを行います。

正直言って、「これだけパワーアップしたのだから、300㎞/hなんてあっさり出るさ……」という楽観的な雰囲気が漂っていたことは否めません。

しかし、いざ走りだしてみると光電管のプリンターから吐き出されてくる数値は……293.66㎞/h、295.10㎞/h、295.32㎞/h……と、あと数㎞/hがどうしても縮まらないのです。

首を振りつつ戻ってきては「(高速周回路名物である45度)バンクへ進入するとき、どうしても車体が振られるんだ」と宮崎氏。

坂道イメージ

●45度の坂なんて、もう「壁」です。超強力な遠心力に対抗するため、直線路が終わるたびに毎度そこへと突っ込んでいく度胸とスキル……。もはや想像すらできない世界でした

 

ならば、とピットへ入るたび足周りのセッティングを硬くしつつ、タイヤ空気圧も限界まで高め(リアは実に4.1㎏m/㎠へ!)走り方にも試行錯誤を繰り返します。

そうやってさらに数十回の周回を重ねた末、ヤタベを走ることのできる契約の時間ギリギリになって、ついに実測299.80㎞/hを記録しました! 

「あとたった0.2㎞/h!」というところで無念の一時撤退

ピットから遠く離れた計測地点より無線で届けられた数値色めき立つスタッフ。

現場のリーダーであるMC編集担当者は高額なコース延長違約金ペナルティが課されかねないことも覚悟の上で「よし、あと1回、あと1回だけチャレンジしてみよう!」と決断

戻っていた車両を再度周回路へ送り出そうと須田社長自らが押し歩きを始めたとき……。

「あーっ! もうダメ、リアタイヤがバースト(ゴムが剥離)してる!!」

と車両の後方にいた宮崎氏が大声をあげました

すぐに駆け寄ってみると、なんと想定を超える負荷に耐えかねてリアタイヤ“左側”のトレッド面ゴムが飛び散っているではありませんか! 

ドレッド面が剥離したタイヤ

●あまりにも特殊な条件下での強い負荷が加えられたため、表面のゴムが剥がれた挑戦車両のリアタイヤ……といってもパンクやバーストは起こしておらず、空気圧が抜けることなく、この状態のままピットまで戻ってきていました

 

もし気付かないまま周回していたら、大惨事さえありえたかもしれません……。

今にして思えば「無謀」に過ぎたチャレンジ……

実のところ“ヤタベ”こと日本自動車研究所の旧高速周回路、その曲線部は設計速度が180㎞/hとなっており、かくいうコースで300㎞/hを出すなんてことは(しかもバイクで!)想定のナナメ上状態だったのです。

ばく大な遠心力に立ち向かうため45度バンクの頂点、ガードレールギリギリのルートを通っても強力な“G”のせいで前後サスペンションがフルボトムし、アンダーカウルが路面と接触

そんな状態で谷側へ車体を深くバンクさせてバランスを取っていた(ゆえにリアタイヤの正中線ではなく“左側の”トレッド面が異常過熱→剥離)というのですから想像を絶します。

バンク写真

●八重洲出版 モーターサイクリスト 1993年3月号記事より(すでにマシンはZZ-R1100のD型に代替わり)。車両が“谷側へ傾いている”ことがお分かりだろうか……。筆者も後日、谷田部の高速周回路を何回か走る機会を得たのですけれど、180㎞/hで走行できて初めてハンドルを直進状態にしたまま安定しつつ黄色い線のところを駆け抜けることが可能ということに驚きました。ビビって速度を落としてしまうと車体がズルズルと谷底へ落ちてゆく、その恐怖たるや! 200㎞/h以上になると、その真逆となる恐ろしさとも戦っていかなければならないわけで……

 

さらには直線部、300㎞/h近い走行風圧でレバー部が押し込まれ“フロントブレーキが勝手に掛かる”という事態まで発生。以降は作用点のところへグルグルと輪ゴムを巻いてブレーキレバーが風圧で動かないようにする……という方策まで行うことになりました。

粘りに粘って301㎞/hオーバーを達成! そして……

1990年の暮れも押し迫った12月28日に“ヤタベ”3度目の挑戦。

前回までの失敗から学んだ知見をすべて反映させた車両は、なんと初回計測時にあっさり300.95㎞/hを記録して、全関係者がホッと胸をなで下ろしました。

しかしやはり、その先がどうしても伸びません

前後サスの減衰力とバネレートを綿密に調整し、45度バンク出入りの安定性してもイマイチ

最終的には外装やタンクをピットで全バラしてキャブレターを取り出し、メインジェットを現地で交換(175→180)したことが功を奏し、ついに実測301.70㎞/hをマークしたのです!! 

バンク写真

●八重洲出版 モーターサイクリスト 1991年3月号のメイン企画は「真説・男、カワサキ」。その中でヤタベにてZZ-R1100を限界走行させる宮崎氏の勇姿と打ち立てた快挙は紹介されましたが、ゼファー750のペーパークラフトが大写しになっている黄色い表紙には“世界初/市販車300㎞/hオーバー”との小さな見出しがあるのみ。関わったメンバー全員の苦労ぶりを肌で感じていた身としては、ちょっと残念な気分になった記憶がございます

 

……今思い返してみても、ヤタベでZZ-R1100最高速チャレンジが遂行され、かつ無事に終わったことは奇跡としか言い様がありません。

最高速DVD

●ヤタベでのZZ-R1100最高速チャレンジのすべてを収録した「OVER 300㎞/h」は、ユーロピクチャーズから発売中!

 

ZZ-R1100ボンネビル車両

●ZZ-R1100による最高速チャレンジは日本を飛び出し、舞台を米国ユタ州で開催される「ボンネビル・スピード・トライアル」へ。C型で培ったノウハウをD型に注入した上で、さらなる改良が施されシルエットも大幅に変更。度重なる不運やアクシデントに襲われたものの、1995年の大会でみごと平均速度310.35㎞/hを達成し、MPS/Gクラスの記録を更新!

最高速の証

●世界的にも名高いロブ・マジーのチームにも勝利して獲得した最速の証。今も輝きはそのままま、ドク須田の店内にて飾られております

 

いまだ街でよく見かけ、中古車市場でも人気が高いZZ-R1100に、そんな誇らしげなエピソードがあったことを覚えておいていただければ幸いです。

 

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