250スーパースポーツという新時代の新たな金脈を掘り当てたカワサキ ニンジャ250R。パイオニアゆえの利得として長らく独占状態を続けましたが、ライバルたちも迎撃態勢を整えて同ジャンルへとなだれ込んできました。ホンダはCBR、スズキはGSRという兄貴分と同じ著名なブランドを冠しての登場です。勢力図はどう変わっていったのか……!?

ニンジャ250Rというゲームチェンジャー【中編】はコチラ

ニンジャ250Rカタログ_2009

●ツインターボ(←ウマ娘)のようにゲートがオープンするやライバルを突き放してベストセラー街道をただひたすらに疾走していったニンジャ250R。まぁ、そもそも数年間は直接的なライバル自体がいなかったわけですが(汗)。モデル末期に差し掛かってもスタミナ切れでヘロヘロになることなく、次期ニンジャへしっかりとバトンを手渡しました……

 

250クラスで3年間も続いたニンジャR一強時代!

2008年4月に税込み49万8000円という衝撃的な価格設定で鮮烈デビューをはたしたカワサキ ニンジャ250R

前編、中編で述べてきたとおり、250㏄クラス(もっと言えば400㏄クラスも含め)当時唯一のフルフェアリングロードスポーツとして脚光を浴び、ばく大なバックオーダーを抱えるほどの大ヒットモデルに成り上がっていきました。

2010年モデル_ニンジャ250R

●2010年型STDのメタリックアイランドブルー。この年式からマフラーのサイレンサー部分がブラック仕上げに……。また、翌年型からメーターパネルがホワイトに変更されました

 

デビュー以降、毎年きっちりカラーチェンジを行うたびに高人気を受けて価格をつり上げ……いや失礼

●製造コストを1円でも安くするため人件費の安い国で生産を行なう。一見いいことずくめのようにも思えますが為替変動、政情の変化、関税アップ、海難事故、肝心の人件費が高騰する場合も……など考慮すべきリスクもまた多いのです

 

海の向こう、タイ王国生産ゆえの為替変動調整適正な価格への改定を繰り返し、ド定番かつシンプルな単色勝負のSTD、デザイナーの遊び心を存分に具現化したSE(スペシャルエディション。STDよりさらに1.5万~2万円くらい高い)という販売戦略もバッチリ決まり、街はニンジャ250Rで埋め尽くされていきます。

ニンジャ250Rスペシャルエディション_ホワイト

●パールホワイト×エボニーのツートーンカラーに印象的なグラフィックが施された2011年型のスペシャルエディション。清楚かつ精悍な“白忍”は今でも人気が高いですね〜(^_^)

ライバルメーカーは何故すぐ対応できなかったのか

当時、ホンダ、ヤマハ、スズキの企画担当者は歯ぎしりをして悔しがっていたはず……。

「だったら1980年代バイクブームのときのように、速攻で似たような車両を開発して追撃すればいいじゃん」と無責任な外野はお気楽に考えてしまいがちですが、2000年代後半の時代背景は30余年前の“二輪車黄金期”とは全く異なってしまっており、対抗車種の即時擁立は簡単な話ではなくなっていたのです。

モーサイWEBサイト

●モーターサイクリスト誌でおなじみ八重洲出版のバイクウェブサイト「モーサイ」より。ライバルがいいモデルを造れば、ヘタすると半年後にはさらに性能向上させた対抗車種を用意していた1980年代……。熱かった〜

 

端的に言ってしまえば「日本市場だけを考えたモデルなんて、もう造れない!」ということ。

ノーヘル合法でフツーの主婦さんたちも日々の買い物用に原付スクーターを買い漁り、高校生や大学生だってひと夏バイトを頑張れば最高性能のマシンが購入できたバイクブームの初期は、まさしく毎日が奇跡の無制限確変☆大フィーバー状態。

ノーヘル_スクーター

●1986年まで原付一種……つまり排気量50㏄以下のバイクにヘルメットの着用義務はありませんでした。現在の「パワーアシスト自転車」的な普及ぶりと使われ方をしていたのです

 

特に1982年には実に日本国内だけでバイクが約328万5000台も販売されたのですよ(1日当たり9000台が売れていたという計算に)! 

そうして回収できた圧倒的な原資を元手に、また魅力的なモデルを速攻で開発していく……という理想的な拡大再生産のサイクルは、原付バイクのヘルメット義務化と環境諸規制の強化を受けたレーサーレプリカブームの沈静化などにより1990年代でほぼ終了となり、その後の国内販売台数は一貫して減少を続けて2008年は52万2000台強に(2019年にはピークの約10分の1となる36万2000台強まで)下がってしまいます、嗚呼

太っ腹イラスト

●お金がガンガン世の中を回る好景気なら魅力的な後継機がドンドン出てきます。でも、こう景気が悪くなると心構えまで後傾気味に……

 

二輪界を動かすインド、中国、そしてASEANの力!

逆にインドネシア、ベトナム、タイ、インド、中国ほかのアジア地域では2000年代に入ってハイパーなバイクブームが巻き起こり、日本とは文字通り“ケタ”が数個違う規模でセールスが推移していったのですから、国内4メーカーも販売戦略の軸足元気な市場へ移さざるを得ません

●今や世界最大のバイク生産&販売王国となったインド。毎年2000万台以上の車両が売れて売れて売れまくっているのですから、一般市民もマハラジャも踊りまくりです!?

 

現地には次々と最新鋭の工場が建てられ、そこで生産した“国際戦略車”を地元だけでなく欧州や北米にもザクザク送り込むといった図式が確立してしまい、ジャパニーズメーカーといえども日本の小さな小さなマーケットだけを考えた車種をサクッと造ってサクッと販売することなど、もはやほぼ不可能になってしまったのです。

最新工場イメージ

●需要が見込まれる現地で生産すれば輸送コストや関税ほかが大幅カット可。今やKTMもBMWもインド生産モデルがあり、トライアンフやドゥカティはタイ王国にも工場が。日本メーカーだって負けじと海外へ投資をしております!

 

カワサキはタイ王国で2003年からZZ-R250を生産してきた実績があり、その流れをうまく使ってニンジャ250Rをリリースできたのですが、他の3メーカーは膨大なコストと長い期間のかかる、厳しい環境諸規制に対応した(対応し続けることのできる)エンジンを新規開発するところから始めなくてはなりません。

2012年ニンジャ250R

●ニンジャ250Rの最終型となる2012年モデルでは、長年のご愛顧大感謝☆売り尽くしセール……のような追加カラーも登場。メタリックスパークブラックのボディに幾何学的なグラフィックを配した仕様(ホイールにピンストライプがないからSEではない)は300台限定で登場し、速攻で市場へ吸い込まれていきました

 

交通法規や保険や税制の縛りによりガラパゴス化している日本の250㏄市場も(少し)考えつつ、全世界的には圧倒的にメジャーな300㏄前後のマーケットで勝ち抜くためのパワーユニットと車体まわりを新たに構築しなくてはならないのですから、そりゃぁ時間もかかります……。

最後のスペシャルエディション

●で、こちらが2012年型最後のスペシャルエディション。キャンディバーントオレンジとブラック&シルバーの配色がカッコよし! 税込み当時価格は55万3000円でありました。登場から最終型までの5年間で、性能および諸元の変更やABS仕様の追加などはまったくなし。外観も不変で色と価格だけがコロコロと変わっていったのです

 

「昔の名前で出ています」が話題となったホンダ対抗馬

と、いうわけで実質的なニンジャ250R追撃モデルが登場したのは2011年のこと。

同年3月18日、ホンダから「CBR250R(MC41型)」が国内デビューを果たしました。

CBR250R

●日本に導入されたのはタイ王国で生産されたモデル。新規開発されたパワーユニットは249㏄水冷4ストローク単気筒DOHC4バルブエンジンで最高出力27馬力/8500回転、最大トルク2.3kgm/7000回転。燃費消費率は49.2㎞/ℓ(60㎞/h定地走行テスト値)と同40㎞/ℓだったニンジャ250Rを大きく上回ってきました。とはいえ燃料タンク容量が13ℓだったので計算上の満タン航続距離は639.6㎞で、タンク容量17ℓのニンジャ(同680㎞)には惜敗……

 

前年から「ホンダが対忍者車両を開発中!?」といったスクープが数多くのバイク雑誌に取り上げられ、製造国であるタイ王国やインドで先行発売された車両を現地へ飛んだスタッフが綿密に取材した記事にも熱い視線が集まったもの。

ただ、当初は数多くのライダーからネガティブな意見が聞かれたことも事実です。

「車名がCBR250R? なんで直4エンジンを積んだ名車と同じなの? しかも今回のは単コロ(気筒)なのに」

CBR250R

●バイクブーム時代を知るオッサンからするとCBR250Rと聞けば、どうしてもこの1988年5月に登場した「CBR250R(MC19)」を思い出してしまうのですよ。カムギアトレーン並列4気筒エンジン(45馬力/2.6kgm)をアルミツインチューブフレームに搭載したバリバリのレーサーレプリカでした。かたや平成の新生CBR250Rは単気筒に鉄フレーム……

cbr250r元祖

●ちなみにこちらが1987年3月に登場した元祖「CBR250R(MC17)」。公式リリースの上では前年デビューした「CBR250FOUR(MC14)」のタイプ追加という触れ込みでしたが、実質はフルモデルチェンジの後継機。当時ホンダが直4スポーツに与えていた“ハリケーン”というペットネームも印象的でした。上で紹介しているMC19のタンデムシート下、黒い塗装部分にも小さくそのロゴが残っています

 

「CBRといったら精悍な2眼ヘッドライトでしょ、これじゃVFRの顔じゃん」

CBR250R

●写真はCBR250R〈ABS〉。鮮やかなキャンディルビーレッドや折り重なるようなカウルの面構成も前年(2010年)に登場したVFR1200Fを想起させるものだったため、“CBR”というブランドにこだわりを持つライダーの頭には「?」という疑問符が何個も浮かんだようです

 

後出しジャンケンにも関わらずニンジャ250R(31馬力)よりパワーが少ない(27馬力)ってどういうこと?」etc……。

あえて単気筒にして、ニンジャとのガチンコ勝負を避けたかのような印象まで!?

CRF250L

●幅広いジャンルに転用できることを目的に開発されたホンダの新生250単気筒。2012年5月にはオン・オフモデル「CRF250L」に搭載され(写真)、2017年にはクルーザーモデル「レブル250」、2018年にはネイキッドの「CB250R」と採用車両が続々と登場。目論見どおりの大活躍をみせております。が、2011年にCBR250Rの心臓としてデビューしたときには、2気筒のニンジャが先行していたため、何となく“物足りない感”が業界に漂い……。まぁ、いつもの無い物ねだりですけどね

 

“ライバルの登場=市場が活性化”は永遠の定理!

ですが、いざ実車が発売されてマジマジと眺めたり小気味よく走らせてみたならば、さすがのホンダクオリティに脱帽! 

複雑な面構成を持つカウリングデザインや液晶表示部を持つインストルメントパネルは所有感を満たし、単気筒ならではの小気味良いエンジンフィーリングが生み出す奥の深いライティングプレジャーは新生CBR250R独自の世界観を構築していたのです。

メーター部

●視認性に優れるアナログ式タコメーターの下にある液晶部には速度計、オド&トリップメーター、水温計、燃料計はもちろん時計まで装備していたCBR250Rのインストルメントパネル。なお、レッドゾーンの1万500回転まで軽々と回る新生シングルは、バイク用DOHCエンジンとしては世界初となる“ローラーロッカーアーム”を採用してフリクションを大幅に低減。その他にも新機軸を多数採用し、エンジンをガンガン回しても好燃費……という定評まで勝ち取りました

 

そして、やはりこうきたか……の低価格戦略

250㏄クラスのロードスポーツモデルとしては世界初となるコンバインドABS装着車でさえ“税込み50万円切り”を果たした49万9800円という驚愕のプライスタグを引っさげて日本へ上陸してきたのです。

ABSなしのSTDなら45万円すら切ってきた44万9400円! 

同年式のニンジャ250RがSTDで53万3000円、グラフィックのみが異なるSEは55万3000円となっていましたから、競争力はバッチリチリのチリコンカーン(?)です。

チリコンカーン

●チリコンカーンとは牛挽肉や細かくカットした玉ネギを炒めて、インゲン豆の水煮やトマト、ピーマン、チリパウダーなどを加えて煮込んだメキシコ風アメリカ料理……って、勢いで書いてしまったギャグの説明をすることほど空しいことはありませんね。嫌いではないですが(笑)

 

ホンダ、スズキ、そしてヤマハも。4メーカー集結へ

果たしてCBR250Rも一躍人気車となりましたが、ニンジャのシェアを大きく食いつぶしたというわけではなく、250クラスの市場規模がCBR分そのまま大きくなったという雰囲気でしたね。

翌年2012年の11月にCBR250Rはマイナーチェンジを行い、足着き性向上のためシート形状を変更するとともに“レプソル”と“モリワキ”のイメージカラーをまとった〈ABS〉スペシャルエディション51万300円。同時に色変更を受けたSTDとABS仕様車の価格は変わらず←エライ!)を投入。

CBR250Rマイチェン後

●ホイールやマフラーカバーをブラックアウトし、配色を変更することでVFRっぽさが一気に消えたマイチェン後のCBR250R〈ABS〉。それでもまだ「このヘッドライトは〜」と文句を言ってくる人が多かったせいなのか2014年には……おっと、そちらの話は次回にて(汗)

 

CBR250Rモリワキ

●これが垂涎のCBR250R〈ABS〉スペシャルエディションのモリワキカラー。モリワキと言えば1980年代からホンダ車をチューニングして数々のレースで栄光を勝ち取ってきた伝説のコンストラクター。ワイン・ガードナー選手や八代俊二選手、宮城光選手など一流ライダーを輩出してきたことでも有名ですよね。筆者の知り合いがまさにこのモデルを所有していまして、眺めるたび惚れ惚れとしてしまったものです

 

スズキもネイキッドモデルではありましたが、世界戦略車として中国で生産されるブランニューモデルGSR250を2012年7月から日本へ導入し、43万8900円という低価格もあって、これまたスマッシュヒットを記録……と、魅力的なニューモデルが出るたびに250クラスの“パイ”が広がっていくという好循環が回っていきます。

スズキGSR250

●あの「B-KING」イメージを受け継いだという「GSR250」。クセつよカッコイイ姿カタチにニンジャと同じ水冷2気筒だ……と思ったら、DOHCではなくOHCの2バルブで、単気筒のCBRよりさらに低い最高出力は24馬力/8500回転(最大トルク2.2kgm/6500回転)という圧倒的な割り切りぶり。ところが走らせてみると低中回転域から力強いトルクが沸き上がり、峠道でも爽快そのものではありませんか! 筆者のスペック至上主義を完全に崩壊させた一台。このエンジンはV-ストローム250にも受け継がれ、幸せなライダーを増やし続けています。GSR250のバリエーションモデル、そして後継機についても次回にて……

そしてゲームチェンジャーは次のステージへ!

どの車種も①グローバル展開、アジア圏生産、最新規制対応型エンジン、性能に不足なくコスト面も優れる鉄製パイプフレーム、所有感を満たす質感&スタイリング、そして各国のユーザーが納得する走行性能とお値打ちプライス……というニンジャ250Rが先鞭をつけた新時代250マシンのひな形(テンプレート)を忠実になぞってきての登場です。

ニンジャ250Rエンジン

●エンジン部分をフルカバーするカウリングの中で性能最優先のカーブを描くニンジャ250Rのエキゾーストパイプ。外周がギザギザなウェーブタイプのブレーキローターも新鮮でした〜

 

そんなライバルモデルがチラホラと現れ始めた2012年の8月、カワサキは必死で追従してきた彼らを置き去りにするかのような圧倒的ステップアップを遂げた2013年型ニューモデルを発表し、またまたバイク業界をザワつかせます

その名も「ニンジャ250」! 

ニンジャ250

●写真は2013年型の「ニンジャ250 スペシャルエディション」。ABS付きとは異なる色とグラフィックで登場するというこだわりぶり。新型はエンジンのスペック数値以外は全てが一新されたと言っていい内容で、モーターサイクリスト編集部にて徹夜の入稿作業中、カワサキ開発陣が「どや、ハンパないやろ!」と高笑いしているような技術解説書を一読して感動で震えました

 

“R”が外れてスタイリングも兄貴分であるニンジャZX-10Rや6Rと同様のイメージを獲得しつつ、カワサキ250モデルとしては初となるABS仕様車も設定してCBR250R対策も万全なものに。

翌年(2013年)2月1日に正式発売されるや、3日で日本向けの年間販売計画台数6000台が売り切れてしまうという、とんでもない事態となりました。

具体的なその進化の内容や、ヤマハからの強力な刺客「YZF-R25」の詳細ほかについては、次回にて~。

YZF-R25

●ロッシをドーンと前面に出した広告戦略が記憶に残っている人も多いかと。このYZF-R25こそパワー競争を再燃させた張本人です(笑)

 

あ、というわけで2011年以降に登場してきたCBR250RやGSR250、そしてもちろん同時期のニンジャ250Rも、いまだ中古車の台数は豊富で老若男女を問わず気軽なバイクライフの相棒としてずっと選ばれ続けております。レッドバロンで購入したなら国内直営300店舗オーバーのアフターサービス網をフル活用できるので、ロングツーリング先でアクシデントが起こっても安心! 詳しい内容はぜひお近くの店舗で聞いてみてくださいね!

(つづく)

ニンジャ250という巨魁【前編】はコチラ

SHARE IT!

この記事の執筆者

この記事に関連する記事