「うおっ、クラッチレバーとチェンジペダルが……ないっ!」。いやいやいや本当の話、初めて“DCT”搭載車両へ接したときはビックリ仰天、相当なインパクトを受けました。「こんなんでマトモに走るんかいな?」とドキドキしながら、ギヤを“スイッチ”(!)で入れたあと、スロットルをひねっていくと……驚き、桃の木、山椒の木! ブリキにタヌキに洗濯機!! やって来た来た新時代!!!ってなモンですよ(^0^)
●写真の上に記載している前口上のシメが「ヤットデタマン」由来であることが分かった人は、楽しい人生を送られていますね。そんなことはともかく、欧州のクルマメーカーが中心となって推し進めていた“DCT”がバイクに初搭載された!というインパクトは圧倒的でした。安全性が徹底的に練り込まれていた各種操作方法にも大感動したものです。苦手な人もいたようですが、あの「ガチャ(コン)、ガチャ(コン)」とギヤが切り替わっていく作動音も個人的には大好物! 広報車の引き取り&洗車&ガソリン満タン&返却も率先してやりました〜(^^ゞ
VFR1200FというV4最高到達点【前編】はコチラ!
創業時からクラッチ操作レスを模索してきた世界のホンダ
クルマに乗ってらっしゃる方が自分の運転しているオートマチック車の構造を知らなくとも全く問題がないように、ホンダが世界で初めてバイク用として実用化し、もの凄い勢いで普及していったデュアル・クラッチ・トランスミッション(以下、DCT)だって、メカニズムの詳細など理解していなくったってノープロブレム!
●いまや「自動運転」でさえ、遠い未来の夢物語ではなくなってきたクルマの世界。ブラックボックス化は進むばかりですけれど、愛車のタイヤがどうやって回っているのか……くらいの知識は最低でも知っておきたいもの
……なんですけれどね、生身で車両に跨がるライダーとしては、命を預けるメカニズムについて知っておいて損はありませんし、ホラ、最近になって“Honda E-Clutch”という新機軸まで出てきたではありませんか……。
●何ができるのか? 操作方法は? DCTとは何が違うのか……などなど興味は尽きない「ホンダいいクラッチ」いや、“Honda E-Clutch”。現在分かる範囲での説明は記事の後半にて〜
それらも含めてホンダが常に追い求めてきた、バイクのイージーオペレーション&イージーライディングを実現させる機構についてザザザッ(?)と振り返りつつ、解説をしてみましょう〜。
【自動遠心式クラッチ】 1958年「スーパーカブC100」〜
いやもう、何と言ってもこのメカニズムなしにホンダのイージーオペレーションは語れない……というか、ホンダ自体が現在ある姿ではなかったかもしれない!?という伝説的にして、現在まで連綿と受け継がれているスペシャルな機構が“自動遠心式クラッチ”です。
●図版はHONDA PRESS INFORMATION September 2009「Honda オートマチック二輪車の変遷」より抜粋(以下★マークのあるものは同)。カブの自動遠心クラッチは、もう知れば知るだけ深さと面白さを感じさせてくれるメカニズム……。アナタも沼……いや池にハマってみませんか!?
さて、まずは一般的なバイクが走り出すまでの流れをおさらいしておきますと……。
①セルやキックでエンジンを始動させる
②左手で前にあるレバーを握り込むことでクラッチが切れる
③左足でシフトペダルを操作してギヤをニュートラルから1速へ入れる
④エンストしないよう右手でスロットルを微調整しながら握り込んでいた左レバーを徐々に離していく
⑤速度域に応じたギヤへ適切に変速していく……。
特に④のクラッチ操作が慣れる……いや習得するまでベリーディフィカルトなことは、(半ベソをかきながら)バイクMT免許を取得してきた歴戦の勇者たちなら百も承知、二百もガッテンなはず。
失敗すればエンスト、右手の捻り具合によっては急発進やフロントアップ(ヘタすりゃめくれ上がって大転倒!)までしかねないとあっては、敬遠してしまう人が大量に発生しても不思議はありません。
●発進時に“サオ立ち”して派手に転倒をやらかした例を1回だけ遠目に目撃したことがあります。本人にケガはなかったようですが……
かくなる事態を憂いたであろう本田宗一郎氏率いるホンダ開発陣が技術を磨き上げ、「スーパーカブC100」に導入したのが“自動遠心式クラッチ”だったのです。
●1958年8月に発売された「スーパーカブC100」。65年前のバイクだと思えますか? 本当に原点にして究極完成形だったのですね、こちらは。2ストロークエンジンが全盛だった時代に49㏄空冷4ストOHV単気筒2バルブエンジンで市場へと殴り込んで、なおかつ最高出力4.5馬力というスペックは並みいる原付一種2ストライバルたちよりパワフルだった……というオチまでつけたのですからハンパないって! 発売当時価格は5万5000円。数年後には月産6万台(!)ペースがズ〜ッと続くという怪物モデルへと成り上がり、ホンダの大黒柱となったのでした
詳しい構造についてはコチラの記事をご参照いただきたいのですけれど、とにもかくにも、電気や油圧といった大掛かりな後付けシステムを使うことなく、従来からある湿式多板クラッチに極論すれば形状を工夫したパーツとバネとオモリ(ウェイト)を組み合わせただけで、クラッチレバーを操作することなくエンジン始動からギヤを入れてスムーズに発進し、走行中の変速までできてしまう……という、とんでもないメカニズムを実現してしまったのですから驚くしかありません。
●はい、こちらが2023年2月16日に登場した「スーパーカブ C125」の新色、パールカデットグレーでございます。65年以上改良を積み重ねてきた自動遠心クラッチと組み合わされる最新環境諸規制にも対応した123㏄空冷4スト単気筒OHC2バルブエンジンは最高出力9.8馬力/7500回転、最大トルク1.0㎏m/6250回転のパフォーマンスを発揮。60㎞/h定地燃費は70.0㎞/ℓで燃料タンク容量は3.7ℓ。シート高780㎜、車両重量110㎏。アルミキャストホイールやLED灯火類、前輪ABSにスマートキーまで標準装備して消費税10%込み価格は44万円ナリ。なお、国内での年間販売計画台数は3200台となってマース! お近くのレッドバロン各店でも買えますよ〜
【油圧機械式無段変速機】 1962年「ジュノオM80/85〈バダリーニ式〉」 2007年「DN-01〈HFT〉」
スーパーカブの大ヒットを受けて得た潤沢な開発資金をドカスカと投入して(?)、開発されたのがホンダにとってリベンジ……いや、2台目となるスクーター「ジュノオM型(M80/85)」でした。
●写真はなんとボクサーエンジンですよ!の「ジュノオM85」(1962年6月発売)。169㏄強制空冷4スト水平対向2気筒OHV2バルブエンジンは最高出力12馬力/7600回転(124㏄の“M80”は11馬力/9000回転)を生み出し、組み合わされたバダリーニ式油圧無段変速機は157㎏(M80=146㎏)の車体をスムーズに前へと進ませたそうです。左ハンドルのグリップ操作で斜板(後述)の角度を変化させ、無段階の変速が楽しめたのだとか。当時価格は16万9000円(M80=15万9000円)で生産台数は5880台にとどまったとのこと
●「スーパーカブC100」より4年も前、1954年1月に発売されたホンダ初のスクーター「ジュノオK型」(画像はKA型)。セルスターター付きの189㏄強制空冷4スト単気筒OHV2バルブエンジンは最高出力7.5馬力/4800回転(220㏄の“KA型・KB型”は9馬力/5500回転)を発揮。ボディには強化プラスチック(FRP)を採用し、アクリル樹脂製の大型ウインドシールドや雨よけルーフを装備するなど、斬新にすぎる新機構がテンコ盛りのマシマシ! ゆえに車重はK型で170㎏、KA型が195㎏、軽量化に尽力したKB型は160㎏。当時販売価格は18万5000円。累計販売台数は5856台。この2台のスクーター「ジュノオ」シリーズの失敗がホンダ存亡の危機を招いたとの説も広く流布されていますね……。ともあれ“M85”が生産中止された1963年以降、1980年の「タクト」登場までホンダが“スクーター”という言葉をかたくなに使わなかったのは事実です
その「ジュノオM80/85」が当時、イタリアのバダリーニ社が基本パテント(特許)を有していた“バダリーニ式無段変速機”を採用してリリースされたことは大きなニュースになったと聞いております。
●油圧を活用して駆動力を可変させていくという「バダリーニ式無段変速機」の図版(★)。いやぁ、どのような思考回路を持っていれば、このような“からくり”が思いつくのでしょうか……。あと、1960年代を感じさせるイラストタッチと文字周りの雰囲気がたまりませんね〜
その構造はナカナカに複雑怪奇で理解しにくいのですけれど、リリース(★)を引用させていただくと……、
「バダリーニ式無段変速機は、動力の伝達を油圧トルクと機械トルクに分割し、油圧伝達部の分担を減らし、高い伝達効率を得ています。基本構造は、出力軸上に油圧ポンプを取り付け、入力軸と出力軸の回転差で油圧ポンプを回し、その吐出される油の圧力で出力軸に取り付けた油圧モーターを回すというもので、油圧モーター容量を可変にすることで、全体の変速比を効率よく変えることができる無段変速機です」……とのこと。
上図の右側にある斜板が傾くほどにローギヤと同じく出力軸へ大きなトルクが伝達され、傾きのなくなった状態がトップギヤ(変速比1.0)になる仕組みですね。
●せっかくなので「ジュノオM80」の写真もアップしておきます。原付二種(ピンクナンバー)なのに水平対向2気筒エンジンとは……!
「ジュノオM80/85」ではライダー自身が変速のため、斜板の傾きをいちいち左手グリップ部で操作しなくてはならず「めんどいわ!」と総スカンを食らってしまい、モデル自体は早々に販売終了の憂き目に遭ってしまったのですけれど、この油圧機械式無段変速機は水面下で着々と研究開発が進められていきました。
斜板を電子制御する機構を得て1990年、突如として全日本モトクロスシーンへ登場したオートマチックモトクロッサー「RC250MA」は苛酷なバトルのなかで大活躍を見せ、なんと翌年にはチャンピオンを獲得!
2000年には同様の機構が北米向けのATV(全地形走行車)に導入されて技術が深く煮詰められていき、そして2008年にリリースされた「DN-01」では“HFT(Human-Friendly Transmission)”という新たな名称を与えられつつ搭載されました。
●仮面ライダーディケイドに出てきた「マシンディケイダー」にもよく似ている (^^ゞ、ホンダの誇るATスポーツバイクが「DN-01」です。車名のDNは「Discovery of a New Concept」の略で、2008年3月7日から日本向けの販売がスタートいたしました。61馬力/6.5㎏mを発揮する680㏄水冷4ストV型2気筒OHC4バルブエンジンにバダリーニ式油圧変速機の概念を活用した“HFT”が組み合わされ、クラッチ操作に煩わされることなく大型スポーツクルーザー的な走りを満喫できたものです。シート高690㎜、車両重量269㎏、燃料タンク容量15ℓ、60㎞/h定地走行燃費は25㎞/ℓ……。当時の消費税5%込み価格は123万9000円でした
●HFT外観。「従来のマニュアルミッションタイプとほぼ同等のサイズ」、「高効率な伝達特性」「シンプルな変速機構と高い制御性」という特長により車体デザインの自由度が高まり、かつスクーターの無段変速機(Vマチック)よりダイレクト感に優れたスロットルレスポンスやスムーズなエンジンブレーキ性能が得られました
●HFTの働き……「DN-01」向けのHFTは油圧機械式無段変速機として世界初のロックアップ機構を備えたものでした。電子制御を駆使して多彩な変速モードが設定されたのも特徴で「Dモード」、「Sモード」、「6速マニュアルモード」を用意。それらの開発で得た知見が“DCT”に生かされたことは間違いありません!
残念ながら「DN-01」も短命で、2009年のカラーリングチェンジ版が最終型となって翌2010年には生産を終了……。
しかし、バダリーニ式無段変速機の原理は2021年にホンダがパテント申請した二輪駆動と回生ブレーキシステム(エンジン車と電動車、両方に活用可能)に見いだすこともできるなど、まだまだ大きな可能性を秘めているのです!
●上図はHFTの概念図ですが、こちらにも使われた油圧を活用するバダリーニ油圧無段変速機の末裔は近未来のEVモデルで大人気になるのかも……しれません。そのあたりを筆者の尊敬するライター宮﨑健太郎氏がしっかり書かれておりますので、コチラも是非ご一読くださいませ
【トルクコンバーター式 Hondaマチック】 1977年「EARA(エアラ)」
ホンダって本当に凄いなぁ……と改めて思わせられるのは、1970年代後半にはすでに大型スポーツバイクのオートマチックモデルを実現&市販しているところ。
●1977年……ジョギング大好きジミー・カーター氏が米大統領に就任し、日本の首相は福田赳夫氏で、巨人の王貞治選手が通算756号のホームラン世界記録を作り、石川さゆりさんの津軽海峡冬景色が大ヒットした年ですよ。現在55歳のオッサンである筆者がまだ9歳のお子ちゃまだった46年前に、ホンダは大型スポーツモデルへオートマチック機構を導入したのです!
記念すべき第一弾は1977年4月発売のナナハンモデル「EARA」で、この車名は英語のERA(時代)とAutomaticのAを組み合わせでもあり、Expands the Automatic Riding Age(オートマチックの時代を開く)という意味合いも込められていたのだとか。
●“ジャメリカン”な雰囲気も醸し出していた「EARA」。その公式リリースでは「二輪車で初のホンダマチックを備えたロングツーリングバイクです。CIVICやACCORDで実績ある☆(スター)レンジ式の変速機を採用。今までの750㏄車が持つ動的な面とは対照的に、物静かな雰囲気を備えた高級感あるモデルです」との文面が謳われていました。う〜む、懐かしやスターレンジ……。と、遠い目をしているヒマはないですね (^^ゞ。負けず嫌いのホンダマンたちが奮闘した「ホンダマチック」開発秘話はコチラ!
その機構はクルマのオートマチック車で一般的なトルクコンバーターをバイク用に小型軽量化して搭載し、2段リターンの変速機と組み合わせたものでした。
●1977年型「EARA」カタログより抜粋。「CB750FOUR」ベースのエンジンへ超小型(と言ってもいい)トルクコンバーターが押し込まれているではありませんか……! なお、同タイミングで発表された「CB750FOUR-Ⅱ」と比較してみると、736㏄空冷4スト並列4気筒OHC2バルブエンジンは同じながら「EARA」は47馬力/5.0㎏mに出力が抑えられ(Ⅱは65馬力/5.9㎏m)、潤滑油容量は5.5ℓ(Ⅱ=3.5ℓ)、車両重量は262㎏と250㎏であるⅡより12㎏重たかったのです。なお、「EARA」の当時価格は53万8000円で、“Ⅱ”は49万8000円でした
翌1978年1月には同様の機構を400㏄バイクに盛り込んだ「ホークCB400T」も発売を開始……したものの、
●ホンダマチック搭載によりスターレンジ無段変速の滑らかな走行が楽しめたという「ホークCB400T」(より強いトルクやエンジンブレーキが必要なときのためにローレンジも装備)。395㏄空冷4スト並列2気筒OHC3バルブエンジンは30馬力/2.8㎏mを発揮。車両重量は187㎏。当時価格は34万9000円……おっとりしたスタイリングにアルミコムスターホイールがイケてます!
時代は狂乱の1980年代バイクブームに向けてイケイケドンドンな姿勢を強めていたころで、残念ながら2台とも幅広い支持を得ることはできず(涙)。
しかし、大排気量スポーツモデルのイージーオペレーションを追求していくホンダのブレない姿勢を示す、大きな一里塚となりました。
●「ホークCB400T」の右側真横写真。「EARA」よりも格段と小さくなっているトルクコンバーターにはビックリするしかありません。そうか、キックスターターも標準装備だったのですね、この頃は……
【ベルト式無段変速機 Vマチック】 1979年「カレン」〜
いやもうスクーターの無段変速機と言ったらコレでしょ!の“ゴムベルト式自動変速機”(ホンダは「Vマチック」と呼称)。
●「Vマチック」の基本構造はドライブ(エンジン側)/ドリブン(後輪側)2組のプーリーとV字(台形)断面のベルトにより構成されており、それぞれのプーリーは“フェイス”と呼ばれる向かい合わせの2枚の傘型部品により作られているのです。低速時にはドライブのフェイス間隔は広く、ベルトは中央に寄っており、このためドライブ側のプーリー径は小さくなります。これに対しドリブンフェイスは間隔が狭く、ベルトが外径方向に位置するためプーリー系が大きくなっている……というワケですね(図版とも★)。ドゥ〜ユゥ〜アンダスタン?
2つの可変径プーリーとベルトとを組み合わせることで無段階に変速を行わせる機構で、スロットル操作や走行状況で変わる負荷の条件に応じて自動的にレシオが増減するという優れモノ。
動力の伝達経路としては、エンジンのクランクシャフトが回転するとドライブ(エンジン側)プーリーが回転し、ベルトを介してドリブン(後輪側)プーリーに回転力が伝わり、プーリーと一体になっているクラッチが遠心力でクラッチアウターに接続し、クラッチアウターからドライブシャフト→後輪へ駆動力が伝達されていくという仕組みなのです。
●これが低速時。ドライブプーリーの軸中心方向へベルトが落ち込んでいる状態とも言えますね(図版とも★)
●エンジン回転数が高くなると遠心力でウエイトローラーが外周方向へ移動することにより、ドライブ側のフェイスが押され、フェイス間隔が狭くなります。結果、ベルトが外周方向へ移動し、プーリー径が大きくなっていきます。対してドリブン側ではプーリーの軸間とベルト超が一定であるため、ベルトは内側へ移動し、プーリー径が小さくなっていく……(図版とも★)。いやはや、見事なメカニズムです
プーリーに取り付けられているウエイトローラーを重くしたり軽くしたりすることによって、最高速や加速力を自分好みに変えることもできるため、お手軽スクーターチューニングを楽しんだ人も多いのではないでしょうか?
ゴムベルトの耐久性ほか様々な問題もあり、当初は小排気量スクーターのみに使われていたこのベルト式無段変速機は、
●え〜、ホンダVマチックを初採用したモデルは1979年8月に発売が開始された「カレン NX50」だったんですね……今回執筆のために調べていて初めて知りました(1980年デビューの「タクト」からかと……)。もちろんスクーターとは呼びません、ファミリーバイクです! 車名はお察しのとおり「可憐」から。当時価格は8万9000円で、セル付きのNX50Mが9万8000円でした〜
心線にポリエステルやケブラーを採用するなどの改良によって飛躍的にベルトの性能が向上したこともあり、250㏄クラスはもとより、
●ベルト式無段変速機を使う250㏄ビッグスクーターの先駆けとなった1984年7月登場の「スペイシー250フリーウェイ」。搭載されていた244㏄水冷4ストシングルエンジンは20馬力の実力で、高速道路さえ余裕をもって走れるスクーターとして話題に……。個人的には同じスペイシーブランドで1983年に出ていた「スペイシー125ストライカー」のように、リトラクタブル式ヘッドライトを採用していてくれたらなぁ〜というオタク的な思いがありました。当時価格は33万8000円ナリ
600㏄エンジン搭載のビッグスクーターまで登場することを可能にしたのです。
●2001年3月、当時の世界最大排気量スクーターとして登場した「シルバーウイング」は、49馬力/5.4㎏mを発生する堂々の582㏄水冷4スト並列2気筒DOHC4バルブエンジンを搭載しており、その大出力を受け止めるまでにVマチックは進化したのか……と、ギョーカイでは密やかに話題となっていました(約1年後に登場したスズキの「スカイウェイブ650」はベルトではなくギヤを5連装した電子制御式SECVTで駆動力を伝達!)。速攻でオトナなバイクユーザーに広く愛され、街中や観光地でもよく見かけたものです。税抜き当時価格は74万9000円(消費税5%込み価格は78万6450円)
【有段式自動変速機】 2010年「VFR1200F DCT」〜
……と、いうわけでいつもの悪いクセが出て前フリ(?)が長くなりすぎてしまいましたけれど、ここから今回の主役「VFR1200F DCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)」の登場です。
●上図版はHONDA PRESS INFORMATION July 2010「VFR1200F Dual Clutch Transmission」より抜粋(以下▲マークのあるものは同)。「VFR1200F」の開発キーワードが「ランチは300㎞先の高原ホテルで」であることは前回述べさせていただきましたが、DCT版にも独立したキーワードがあり、それが「誰もがスポーツライディングを最大限に楽しめる」というものでした。果たしてそちらは実現されていたのか……。筆者の灰色の脳細胞、奥深くに残っている記憶を掘り起こしつつご紹介してまいりましょう
ちょうど“HFT”を搭載していた「DN-01」のフェードアウトと呼応するかのごとく、2009年に技術資料が先行して発表され、2010年7月29日に発売開始された「VFR1200F Dual Clutch Transmission」にて、いよいよDCTの実車による走行チェックが可能となりました。
●あえてSTDとの外観上の違いを徹底して抑え込んだかに見えるDCT版……。スペック上においても111馬力/11.3㎏mを生み出す1236㏄の水冷4ストV型4気筒OHC(ユニカム)4バルブエンジンは同一、ミッションの1〜6速はDCT版が若干ワイドレシオに変更されていました。車両重量はDCTが278㎏のSTDが268㎏。大きく違うのは燃費でSTDが20.5㎞/ℓなのに対してDCTは22.0㎞/ℓ(ともに60㎞/h定地走行燃費)! 伝達効率に優れた機構であることが窺えます。そしてデビュー当時の税抜き価格は150万円のSTDより10万円しか高くない160万円(消費税5%込み価格は168万円)! 「こりゃぁ大バーゲン価格ではないかい?」。情報が解禁された瞬間、編集部で誰かがつぶやきました(笑)
モーターサイクリスト編集部としても、さっそくSTDとDCTの広報車2台を借り出して、その出来映えを確認開始です。
パッと見で、外観上の違いは本当にわずか。
車体の右側は、やや張り出しを増したクラッチカバーとその周囲のパーツがシルバーに塗られているくらい。
●「VFR1200F DCT」は色もSTDと全く同じ「キャンディープロミネンスレッド」と「パールサンビームホワイト」の2色展開でしたからね。だからこそ、DCT化によるソレノイドバルブ、油圧経路をカバーする車体右側のパーツを銀色にペイント……という小技が引き立ったとも言えます
「ふ~ん」と思いつつ車体の左側に回って眺めてみると、銀色に塗られているパーツ類すらなくSTDと大差ない……のですが、何やら違和感を感じてゾワゾワ。
そうなのです、クラッチレバーもチェンジペダルも見当たりません。
●「そりゃそうだよなぁ」と頭では理解していたつもりなのですが、リッター超えのスポーツモデル然とした威風堂々たるスタイルなのに突然“棒”だけがボディから生えているというシュールさが衝撃的で脳がバグりました(写真は▲)
グリップのみドーン! ステップだけバーン! と車体から突き出ているので児童公園に置いてある“スプリング遊具”っぽさが全開(笑)。
●ライダーなら(ならずとも)ガキ……いやお子様のころ夢中になって遊んだ記憶があるはずのスプリング遊具(こんな名前だということは今回初めて知りました)。今考えてみると我先にあらそってビヨンビヨンしながらライディングに不可欠な「ロール・ピッチ・ヨー」の三次元感覚を養成し、研ぎ澄ましていたのだなぁと……(多分違う)
「んんんっ? ということは、少し傾斜の付いている場所へ車両を止めるときに必ず使う、ギヤをローに入れて動かないようにするテクニックが使えないのか?」と少し狼狽しましたけれど、そこはそれ「DN-01」は当然、「EARA」でもパーキングブレーキを用意していたホンダです。
ハンドル左手側のレバーを引くと後輪がロックする機構がちゃんと存在していました(ホッ)。
●左写真の中央にあるパーキングレバーを運転手側へググッと引くと、カチカチカチッというノッチ音とともにリヤタイヤへ制動力がかかるという結構アナログな仕組み。解除はレバーを軽く引きながらレバー根本のボタンを押しつつパーキングレバーを戻すだけで、慣れてしまえば無意識のうちに使っちゃってます(写真とも▲)
優秀な裏方(黒子?)が勝手に変速動作をしてくれているような
いざエンジンをかけると聞き惚れる「V4ビート」のアイドリング音が耳に飛び込んでくるので陶然としながらスタンドを上げ、右手側にある“N(ニュートラル)-D(ドライブ)スイッチ”を、いよいよプッシュ!
●キルスイッチとセルスターターボタンの中間にある、目立つグレーのボタンが「N-Dスイッチ」です。 そちらを親指でスッと車体中央側へと押し込めば走行可能状態に……(写真は▲)。もちろん、車両がどういう状態かは、目の前にあるインストゥルメントパネルが分かりやすく教えてくれるので安心安心
「ガチャコン」と音がしてギヤが1速に入った……はずなのですけれど、車体は微動だにしません。
ドキドキしながらスロットルを捻っていくとエンジン回転の上昇とともにスススススゥ……とSTDより10㎏重い278㎏の車体(+体重100㎏[装備重量])がスムーズに動き始めたではないですか!
スーパーカブ……いや、スクーターを含む自動遠心クラッチを組み込まれた車両のような滑らかな発進ぶりに感動する間もなく、ATモードのままでしたので「ガチャコン、ガチャコン」とギヤが勝手に切り替わっていきます(任意のギヤが選べるMTモードもあり)。
●ミッションのメインシャフトを二重化し、システムのコンパクト化を実現した「VFR1200F DCT」。二重軸の内側インナーメインシャフトは奇数段のギヤ1-3-5速と、これを受け持つクラッチ①につながっています。外側のアウターメインシャフトは偶数段の2-4-6速と、これを受け持つクラッチ②につながっており(クラッチが2つだからデュアルクラッチ……なんですね)、互いが次のギヤを準備しつつ、変速の指令が来た瞬間に切り替えていくので駆動力が途切れず、ショックのない変速ができるというワケ(図版とも▲)。興味を持たれたならぜひコチラもご覧ください!
ナゼかは分かりませんが、順調に増速しながらシフトアップしてくれる分には「まぁ、こんなもんか」感を覚えるのですけれど、赤信号に近づいて減速していくとき「ガチャッ…………、ガチャッ……、ガチャッ、ガチャッ」とシフトダウンしてくれると、毎回心が震えてしまいます (^^ゞ。
なお、ATモードは燃費走行にも効く標準的なシフトアップ&ダウンを行ってくれる「Dモード」と、より高回転をキープするスポーツ走行に特化したシフトスケジュールを持つ「Sモード」とが選べるため、気分や走行条件に応じて異なる「ガチャガチャ」ぶりを味わえるのですから最高です。
●STD……つまりMT車との車体互換性のために油圧計路専用のオイルフィルター、油圧を制御するリニアソレノイドバルブの取り付けも含め、油圧経路はエンジンの右側カバーに集約されています。これにより、各部品間を結ぶ油圧経路が最短になるので、軽量・コンパクトな構造となりました(写真とも▲)
人間とは恐ろしいもので、走りだして10数分もすればDCTの悦楽ぶりが9割方、体のすみずみへと染みわたり「左手、左足の煩雑なルーティン操作から解放されるのは、こんなに楽なことなんだ~!」と大声を出して(ヘルメットの中で)叫んでしまうほど。
まぁ、今思い返してみれば「VFR1200F DCT」はホンダDCTの初号機であったため、ワインディング走行時のATシフトパターンが自分の感性とはかけ離れていたものだったり、極低速Uターン時にちょいとギクシャクしたり(MT車ならクラッチ操作でごまかせる)、ワイヤー式のパーキングブレーキがすぐ“甘く”なってしまったり……といったところが気にもなったのですけれど、ギヤが合ってないなと思ったなら任意でMTモードへ移行すればいい話ですし、ちゃんとメンテナンスを行えば後輪はしっかりロックされますし、慣れとメンテで済む話ばかり。
●シフトアップ/ダウンスイッチは左手側のハンドルに集約されており、MTモード走行時はもちろん、AT(D/S)モードで走行中でも、シフトアップ/ダウンスイッチを押すことでMTモードへの移行が可能。例えば、よりエンジンブレーキを必要とする場合などでも非常に有効でした(写真とも▲)。オプションで用意された「チェンジペダルキット」を装着すれば左手だけでなく、左足でもシフトアップ/ダウンができるようになるため利便性アップ!
最初から高い完成度を誇ったホンダDCTは進化し続けている!
世界初のメカニズムを初手からここまでまとめ上げたホンダ開発陣には頭が下がる思いでした。
まぁ、止まるたびに“幻のクラッチレバー”を探して左手の指が「スカッ」と空振りをするのには笑ってしまいましたけれど(コレだけは一日二日程度の試乗ではリセットされませんでしたネ)。
なお、DCTは以降も小改良、大改良、新たな機能追加などを積み重ねつつ現在だってバリバリの現役選手として君臨中。
●「VFR1200F DCT」のときでこれだけの外部情報をECUが統合・演算・判断し、電子制御していたのですけれど、今やダート走行を想定したモードや7速化、6軸IMUとの融合などにも対応し、各モデルに応じた最適な進化を遂げているのがホンダDCTなのです(登場から13年。あらゆることが、めっちゃくちゃ複雑化していると思うのですけれどね……スゴイ)!
現行ラインアップだけでも「ゴールドウイング」、「CRF1100Lアフリカツイン」シリーズ、「NT1100」、「レブル1100」、「NC750X」、「X-ADV」で選ぶことができます。
電子制御で操作フリーな「いいクラッチ」までホンダから!?
そして、ホンダの飽くなきイージーオペレーション&イージーライディングへの思いは、新たに“Honda E-Clutch”の実用化にもつながりました。
●“Honda E-Clutch”を大ざっぱに言ってしまえば、「電子制御がライダーの代わりにクラッチ操作を行ってくれる」というシステム! DCTとは違って勝手にシフトアップ/ダウンはしてくれないため、左足による操作は必要ですが、逆に考えるとそれ以外……左手のクラッチ操作は全て電子制御クンに任せることができるのです。従来のMTトランスミッションの構造を大幅に変えることなく上写真のような「クラッチアクチュエーター」を追加するだけで済むため、コスト的にも有利なことは明確ですよね!
MTクラッチ車同等の痛快なスポーツ走行体験はもちろん、ダラ~ンと右手フリーでリラックスしながらも走れ、コストパフォーマンスにも優れそうな新機軸からは目が離せませんね!
●しかも“Honda E-Clutch”は通常のMT車と同様、クラッチレバーを備えているところがミソで、走行中はいつだって気が向いたときにクラッチレバーを握ってもヨシ。その瞬間にECUがライダーによるレバー操作を感知してモーターアシストを取りやめるためフツーのマニュアル車に戻るというわけです。面白い! 早く体験してみたいものです……
次回は「VFR1200F/DCT」の派生車やDCTの現在へ至る改良の数々などについて語っていくといたしましょう!
●フフフのフ……こんなバイクもありましたよねぇ。♪覚えてい〜ます〜か?
あ、というわけで「VFR1200F」から始まった“DCT”の進化発展は、バイクライフの幅を大きく広げてくれました! 特に700㏄のNCシリーズ(NC700X、NC700S、インテグラ、CTX700/N)はトータルでみると中古車数が豊富でバラエティにあふれるラインアップ。レッドバロンの上質な中古車なら、パーツやアフターサービスまで心配ご無用ですよ! まずはお近くの店舗で足を運んでみてくださいませ~。
VFR1200FというV4最高到達点【後編】はコチラ!
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