「今やインパルスと言えばお笑いコンビのことですよね~」と書こうとして、ふとウィキペディアで調べてみると「コンビ名の由来は、結成当初に堤下が乗っていたオートバイ(スズキ・GSX400インパルスの名前から」とあって驚愕! ちっとも知りませんでした……。かくいう芸能界に疎いオッサンがつづる意外と有名なスズキの……いや名ブランド回顧録、ニヤニヤ笑いつつ読み進んでいただければ幸い!

1995年インパルスカタログ

●1995年型スズキ「GSX400インパルス/タイプS」カタログより。おそらくは大多数の読者さんにとって「インパルス」と言ったら、こちら平成版になるのではないか……とは重々分かっておりますが、ある意味偉大な(?)昭和時代の「インパルス」についても今回のコラムで興味を持っていただければ、昭和40年代生まれのオッサンとしては嬉しい限りなのであります(^^)

 

 

CB750という地味めなシビ子【後編】はコチラ!

 

インパルスという繰り返す衝撃【中編】はコチラ!

 

まさかあの有名なネーミングにスズキバイクが関連していたとは!

 

もうちょい引っ張りますお笑いコンビ「インパルス」のこと(笑)。

 

 

あまり熱心にバラエティ番組を観てこなかった筆者でも板倉俊之さん堤下 敦さんの名前は知っておりますし、よく練り込まれたコントのネタには何度となく爆笑させられてきました。

お笑いコンビ

「インパルス」は吉本興業に所属されているお笑いコンビ(イラストはイメージ)。フジテレビ『はねるのトびら』での大ブレイクは記憶に新しく、現在も中堅どころとしてしっかりとご活躍されております

 

 

嗚呼それなのに、まさかそのコンビ名がバイク名……よりにもよって(?)スズキの「GSX400インパルス」から来ているものだったとは~ッ、不覚!

 

 

コンビ結成が1998年12月とのことなので、堤下さんの愛車は1994年以降の3代目インパルスだったのでしょうかね!? 

インパルスタイプS

●ざっと調べてみたのですが、具体的な車名と年式は分からず……。ただ、某サイトの小さいサムネで「タイプS」がチラリと見えたので1996年型「GSX400インパルス タイプS」を貼っておきます

 

 

ともあれ、親近感が爆上がりしました。

お笑いイメージ

●インパルスのお二方、くれぐれもお体には気をつけて、楽しいお笑いをお茶の間(死語?)へ届けてくださいませ〜

 

 

これから益々のご活躍を陰ながら祈念しております。

 

 

……と、前フリ与太話にさりげなく挿入しましたが、スズキの“インパルス”は紆余曲折と迷走を我々に見せつけながら1982年の初登場から2008年の生産終了に至るまで複数回、代替わりを行ってきた400㏄限定のブランドでして、出自や流れが少々分かりづらいところも含めて、ゆっくり解説していきましょう。

 

最初のモデルは“ヨシムラ魂”と特別感が全身に漲っていた!

 

さて、初代となります“インパルス”が登場したのは1982年のこと。

初代インパルス

1982年6月、当時価格49万3000円で発売がスタートした「インパルス GSX400FS」TSCC(Twin Swirl Combustion Chamber=2渦流燃焼室……シリンダーヘッドに2つのドームを設け、それぞれに吸気・排気バルブを配置。吸入された混合気が燃焼室内で2つの渦流を生じるため燃焼効率を高められ、またスパークプラグを燃焼室の中央かつピストンに近づけることができるため燃焼時間も短縮され高回転化に対応できた)採用の399㏄空冷4スト並列4気筒DOHC4バルブエンジンは、細部改良+ヨシムラ集合管も得て最高出力48馬力/1万500回転、最大トルク3.5㎏m/8500回転のパフォーマンスを発揮。燃料タンク容量は15ℓ、シート高780㎜、乾燥重量171㎏

 

 

そこへ至るまでの流れを、少し前の時点から振り返ってみますと……。

 

もう何度となく本欄でも述べてきたとおり、ヤマハ「RZ250」が登場した1980年以降、本格的に盛り上がっていく空前絶後☆バイクブームの勃興期……日進月歩どころか秒進分歩の勢いでメカニズムが進化していった最中とも言えるころですね。

RZ250カタログ

●1980年8月デビュー。まさしくこの痺れまくるカッコよさが横溢しているカタログ表紙のように、史上空前熱血熱狂1980年代バイクブームの扉を開き、突き抜けていったヤマハ「RZ250」。当時はまだ水冷エンジンですら珍しかったのですよ……

 

 

スズキも加熱するばかりの400㏄市場へ1981年4月、並列4気筒エンジン、そこへクラス初となるDOHC4バルブヘッドを導入した「GSX400F」をリリースいたします。

1981_GSX400F

●「400㏄の並列4気筒、50㎜そこいら(GSXは53㎜)のボアに4バルブを配置するのは難しい」と考えられていた当時の風潮に風穴を開け、前述したTSCCまで一気に導入してきた398㏄エンジンを積むモデルが「GSX400F」でした。当時価格は43万円最高出力45馬力/1万回転、最大トルク3.5㎏m/8500回転の実力で燃料タンク容量は15ℓ、シート高775㎜、乾燥重量175㎏。妙にゴリッパで圧の強いシート形状のせいで、軽快感が損なわれている雰囲気がいたしますね……。あ、スズキの良心「ギヤポジションインジケーター」も標準装備されております

 

超強力なライバルを前に苦戦が続いた「GSX400F」シリーズ

 

 

駄菓子菓子! 

 

 

1気筒あたり2バルブながら並列4気筒でDOHCヘッドを持つカワサキ「Z400FX」(43馬力)が、1979年に登場しており大ヒット中!

Z400FX

●1974年に登場し、OHC2バルブながらクラス唯一の並列4気筒エンジン搭載車として人気を集めていたホンダ「ドリームCB400フォア」が1977年に姿を消したあと、1979年4月に登場したのが写真のカワサキ「Z400FX」でした。399㏄空冷4スト並列4気筒DOHC2バルブエンジンは最高出力43馬力/9500回転、最大トルク3.5m/7500回転を発揮。燃料タンク容量は15ℓ、シート高805㎜、乾燥重量192㎏。登場時の価格は38万5000円。1982年に後述する「Z400GP」へバトンタッチを果たした……はずが人気は衰えず、同年12月に再生産版が売られる事態にまでなった伝説の名車なのです。私と悪友たちは「フェックス」と呼んでましたねぇ

 

 

そこへヤマハも当時のクラス最高馬力となる45馬力を引っさげて「XJ400」を1980年6月に発売を開始していました。

 

 

こういった状況下では年をまたいだ春に、「こっちは4バルブですよ~」とスズキが言ったところで、「ん? でも去年出た2バルブのペケジェイと同じ45馬力じゃんか」と返す刀で一刀両断されてしまいます。

1980_XJ400

●「フェックス」から遅れること1年2ヵ月、1980年6月にヤマハ初の400㏄並列4気筒モデルとして登場したのが“ペケジェイ”こと「XJ400」でした。398㏄空冷4スト並列4気筒DOHC2バルブエンジンは電子進角フルトランジスタ点火や背面ジェネレーターを採用するなどで、最高出力45馬力/1万回転、最大トルク3.5m/8000回転を発揮! 燃料タンク容量は16ℓ、シート高785㎜、乾燥重量176㎏、当時価格は41万円。翌1981年5月には4本出しマフラーも特徴的な豪華版「XJ400D」が当時価格45万2000円でリリースされております

 

 

当時はカタログスペック至上主義が横行しておりましたので……。

 

 

そうこうするうち1981年11月、ようやく本気になったホンダのスーパーウエポン「CBX400F」が並列4気筒DOHC4バルブエンジンで48馬力を絞り出して颯爽デビューを果たし、一気に大人気を博すことになりました!

1981年CBX400F

●今なお高い人気を誇っている「CBX400F」。完全新設計された399㏄空冷4スト並列4気筒DOHC4バルブエンジンは最高出力48馬力/1万1000回転、最大トルク3.4㎏m/9000回転のパフォーマンスと60㎞/h定地燃費で40.0㎞/ℓという好燃費を両立。とにかく車体が革新的で、世界初のブレーキトルクセンサー型アンチダイブ機構(TRAC)、インボードベンチレーテッドディスクブレーキを採用しただけでなく、リヤサスペンションにプロリンク、前後ホイールに軽量なブーメラン型スポーツコムスター型を装備。ジュラルミン鍛造のセパレートハンドル、ブレーキ&チェンジペダルなどなど当時のホンダが持っている技術を全注入! 燃料タンク容量は17ℓ、シート高775㎜、乾燥重量173㎏、当時価格は48万5000円(単色は47万円)ながら、当然のごとくの大ホームラン!

 

 

スズキは1982年3月にテコ入れとしてANDFとホーンをダブル化しつつ、美しいツートーンカラーをまとった「GSX400F-Ⅱ」を登場させますが、

1982_GSX400F-2

●当時価格44万8000円でリリースされた「GSX400F-Ⅱ」(白黒写真で御免)。ちなみにANDF(Anti Nose Dive Fork=アンチ・ノーズ・ダイブ機構式フロントフォーク)とは、制動時の前沈み現象を防止することで車体姿勢や操縦安定性を向上するシステムを装着したユニットのこと。1980年代前半にとても流行した機構ですが、作動時の違和感や故障の多さ、さらにはサスペンション自体の性能向上によって次第に姿を消していきました

 

 

ちょうど同じ1982年3月にカワサキが2バルブのままながら48馬力を絞り出してきた「Z400GP」(バリバリ伝説、沖田比呂くんの愛車ですよね)を世に放ったため、スズキGSX勢は再び水面下へ沈降……。

z400gp

「Z400GP」……「Z400FX」のエンジンをベースに圧縮比を9.5から9.7へアップし、キャブレターもφ21㎜からφ26㎜へ大径化され最高出力は43馬力から48馬力へジャンプアップ! さらに車体側も気合いが入っており、カワサキ量産車初採用となるユニ・トラックリヤサスペンションや(つまりリンク式モノショック)、イコライザーチューブを備えたエア/スプリング併用式のフロントフォーク、液晶表示も追加されたメーター部など先進性を感じさせました。燃料タンク容量は18ℓ、シート高780㎜、乾燥重量179㎏(FX比でマイナス13㎏!)、当時価格は47万8000円

 

 

このような危機的状況の中で起死回生を目指し、1982年6月に発売されたのが……大変お待たせしました「インパルス GSX400FS」だったのです

 

メーカー純正フルチューンカスタムのお代は4万5000円ナリ!?

 

扱いとしては、あくまで「GSX400F-Ⅱ」の特別仕様車……なのですけれど、その内容はまさに衝撃的でした。

 

 

何と言っても最大の特徴は、ヨシムラと共同開発されたエキゾーストシステム「サイクロンタイプ4into1マフラー」を標準で装備してきた点(それでいてセンタースタンドもアリ!)。

インパルスカタログ

●せっかくなので上広告にフィーチャーされている“東海の暴れん坊”こと水谷 勝(国際A級スズキ契約ライダー)氏のコメントを抜き出すと、「メカも、走りも、スタイルも、“インパルス”にはGS1000Rと同じ、すごい迫力がある。『レースのスズキ』らしいフィードバックだ」とのこと。なお「GS1000R」とは当時の耐久レースを席巻していたTTフォーミュラレーサー

 

 

ベースとなった「GSX400F-II」より3馬力アップしてライバルと同じ48馬力を発揮するとともに、足まわりを強化&改良しつつ乾燥車重は4㎏軽減させた171㎏を実現(ちなみに「CBX400F」は173㎏)!

インパルス走り

なんとストロークを45.2→45.3㎜に変更して排気量を398ccから399ccへ拡大し、圧縮比も10.5から10.7に。加えて高効率マフラーを採用した相乗効果によって出力を45馬力から48馬力へアップしたインパルス。ただし、なぜかリヤブレーキは“F-Ⅱ”のディスク式からドラム式へ変更されていました。軽量化、もしくはコストを抑えるため? あ、世界初の減衰力左右同時リモコン調整装置付のリヤサスなども装備され、スポーツ性能は格段にグレードアップしていたとか

 

 

さらにさらに通称ヨシムラカラーとも呼ばれる黒×赤のグラフィックと、シングルシート風の新型シートブラック塗装仕上げとなったエンジン(マフラーも当然)、オイルクーラーセパレートハンドルアルミ製スイングアーム金色にペイントされた星形の切削リムホイール……などなど驚くしかないフルチューンドカスタム仕様で登場してきたではあ~りませんか。

初代インパルス

●下写真と比較しやすくするため、今一度1982年型初代「インパルス GSX400FS」の写真をここに……。なお、一般的には「GSX400FS インパルス」と言われていたりしますが、今回こちらではスズキ公式サイト内「SUZUKI DIGITAL LIBRARY」最新版での表記に則らせていただきます

2008_インパルスSE

●2008年1月、最終型として発売された4代目「インパルス400 スペシャルエディション」。詳細は【後編】にて紹介する予定ですので、まずは単純にその深〜いリスペクトぶりを「ふ〜ん」と眺めておいてください。あらゆる部分に四半世紀以上という流れた時の重さを感じさせますねぇ〜

 

 

まぁ、価格も“F-Ⅱ”比で4万5000円アップ(49万3000円)したのですけれど、それ以上の価値が認められる仕上がりだったため大きな注目を集めました。

 

あまりも急すぎる技術の進化に翻弄された初代インパルス

 

とはいえ、前述したとおりメカニズムの進化が“秒進分歩”の勢いだった時代です。

 

 

翌1983年3月にはエンジンが水冷化された「GSX400FW」が登場し、いつしか「インパルス GSX400FS 」はラインアップからフェードアウト……。

1983_GSX400FW

50馬力/3.6㎏mを発揮する398㏄水冷4スト並列4気筒DOHC4バルブエンジンをスチール角パイプ製ダブルクレードルフレームに搭載した「GSX400FW」フロントの16インチタイヤが時代(当時の流行)を感じさせますね。レーサーレプリカ旋風が吹き荒れる中、このような通好みのおとなしめなデザインは、なかなか注目を集められなかったのです。燃料タンク容量は17ℓ、シート高780㎜、乾燥重量177㎏(ハーフフェアリングは178㎏)、当時価格は写真のハーフフェアリング仕様が55万9000円、ミニフェアリング仕様は53万9000円でした

 

 

令和6年の現在……振り返ってみると1980年代前半の空冷で大人気だったあのバイクやそのバイクも放置プレイ(←性能向上はナシ)でいいから、じわじわ長~く作り続けてタマ数……つまり、中古車の絶対数を増やしておいていただけていたならなぁ……なんて痛烈に勝手なことを考えてしまいますね。

1984_CBX400F

●1983年12月にREV(回転数応答型バルブ休止機構)を採用した58馬力/3.6㎏mを発揮する空冷DOHC4バルブエンジンを搭載した「CBR400F」が登場し、あとは消えるだけ……だったはずの「CBX400F」。ところが人気が全く衰えなかったため、マイナーチェンジのテイで1984年10月に再発売(写真)! グラフィックがカクカクッとしたものとなったほか、ホイールも黒く塗られておりました〜。同様に「CB750F」や「インパルス GSX400FS」なども再発売してくれていたら……(遠い目)

 

 

なお、厳しい状況が続いていたスズキ400㏄クラスの戦いは1984年2月、何もかもがフッ切れた「GSX-R」の降臨で一気にゲームチェンジを果たし、時代のトップランナーへと躍り出ました

スズキGSX-R

●1983年世界選手権耐久レースのチャンピオンマシン「GS1000R」レプリカとして登場した「GSX-R」。398㏄水冷4スト並列4気筒DOHC4バルブエンジンは、クラス(自主規制)上限値である最高出力59馬力/1万1000回転、最大トルク4.0㎏m/9000回転のパフォーマンス。さらには新形状のアルミ製MR(マルチリブ)-ALBOXフレームを採用したほか徹底した軽量化によって乾燥重量152kg(!)を実現。当時価格は62万9000円……それまでのクラス水準から一気に10万円近く値上がったのですが、そんなことはお構いなしにバカ売れしたため、各メーカーも堰を切ったように“突き抜けた性能を実現すればテッペン取れるんじゃあゴルァ!”祭りとなってしまい、レーサーレプリカーブームが超加速をはじめていったのです

 

セカンドインパクト……いや、2代目インパルスは想像以上だった!

 

しつこいようですが、1980年代バイクブーム全盛期の1年1年は超濃密です。

 

 

空冷並列4気筒DOHC2バルブで43~45馬力が出た出たスゲースゲー!と大騒ぎしていた時代はアッという間に過ぎ去り、水冷でDOHC4バルブだったり59馬力は“当たり前”のこと

 

アルミフレームにフルカウルをまとったレーサーレプリカ軍団が年間1万台オーバーのレベルで飛ぶように売れるという異様な世界が日常になっていました。

vfr400r

●例えば1987年3月に発売されたホンダ「VFR400R(NC24)」。メーカー自ら「エンジンは全日本ロードレース選手権T・T・フォーミュラ3の国際Aクラスで圧倒的な強さを誇っているレースマシン『RVF400』と同型の量産仕様。カムシャフトをギヤ(歯車)で駆動するホンダ独創の水冷・4サイクル・DOHC・90度V型4気筒エンジンの吸・排気効率を徹底追求し、400ccクラス最高の最大トルク4.0㎏m/1万rpmを実現している」と高らかに公言。もちろん最高出力は59馬力(/1万2500回転)、フレームは当然のアルミ製でスイングアームにはプロアーム(片持ち式リヤフォーク)も採用。こんなモデルが当時67万9000円で発売されちゃってて、国内だけで1年間の販売計画が1万5000台だとリリースに明記されておりました……

 

 

そんな1986年の3月に2代目となる“インパルス”……「GSX-400X インパルス」がバイクファンの目前へ突如降臨したのです。

GSX-400Xインパルス

●スズキ公式いわく「まったく新しいスポーツモデルを目指すというコンセプトのもと、斬新なスタイリングと先進のメカニズムを採用したロードスポーツ」として開発された「GSX-400X インパルス」。モーターサイクリスト誌のニューモデル紹介ページを見た瞬間、動悸が速くなったことを鮮烈に覚えております。個人的にはスズキ「GS650G(KATANA)」以上のインパクトを感じましたね〜。進学した大学でできたバイク仲間たちも酷評しておりましたが、実を言うとそのころには「……いや、意外とカッコよくね?」と感じていたのですけれど、山口から埼玉へ上京したばかりのいなかっぺは都会モンの同調圧力には抗いきれませんでした

 

 

その姿はまさにimpulse(衝撃)!

 

 

ひと目見たバイクファンはおそらく例外なく『太陽にほえろ!』の松田優作さん演じるジーパン刑事よろしく「なんじゃぁ、こりゃぁ!」となっていたはず。

刑事ドラマ

●♬ジャンジャンジャジャ〜ン、ジャンジャンジャジャ〜ン、パラッパラッパラッパラッパッパ、パラッパ(以下略)という『太陽にほえろ!』のメインテーマが流れた瞬間、数々の名シーン脳裏に浮かび上がります。なお、2代目インパルスが出た1986年の11月14日に最終回を迎えました(1972年7月21日から全718回放送!)

 

 

少なくとも筆者の半径10㎞圏内にいたバイク好きは全員そうでした。

 

 

カタログには「日本の若者のライフスタイルをイメージしたという斬新なデザインは、あのハンス・ムート氏の手によるもの」と記載されており、稀代の傑作「GSX1100S KATANA」を作り上げたデザイナーの作品ならさもありなん……という雰囲気が一瞬でも漂ったのは事実です

東京タワー

「剥き出しの感性を刺激するもの。それが単に、“高性能”という言葉に集約されるのを本意とせず。」というメインコピーもイカしているじゃぁ、あ〜りませんか! あと右下にちょこんとバイクが置いてありますが、こちらは「GSX-400XS インパルス」というハーフカウル仕様。ちなみに当時価格はオリジナルの「GSX-400X インパルス」が56万9000円、スズキ社内デザイン部が腕をふるった「GSX-400XS インパルス」が59万5000円でした

 

 

が、やはり業界全体がレーサーレプリカに夢中だった時代……。

 

 

2代目“インパルス”は大衆ウケせず販売的には低調に推移してしまい、早々にカタログ落ち

 

特徴的なフレームの塗色やヘッドライト&オイルクーラーステーの形状から“東京タワー”と揶揄されるようになった(実際には六本木がイメージだったそうですが(^^ゞ)という悲しい過去は、若い人でもよくご存じなのではないでしょうか。

東京タワー

東京タワーは1958年12月23日に開業し、2023年に65周年を迎えました。まだ行ったことがない方はぜひ! 筆者は展望台まで階段で上ったことがあります

 

 

漫画やYouTubeなどのネタとしても、よく取り上げられていますしね。

 

 

ただ、この2代目“インパルス”、実は凄いバイクだったのですよ~。

 

 

同タイミングで全面改良を受けてデビューした角目一灯「GSX-R」と同じくSATCS(Suzuki Advanced Three Way Cooling System=シリンダーヘッドは水冷、シリンダーブロックはフィンによる空冷、ピストン内はオイルジェットによる油冷とすることで冷却効率の大幅な向上を図った機構。

GSX-R

●耐久レーサーを模した丸目2灯ヘッドライトの先鞭を付けたスズキでしたのに、2代目“インパルス”と同じ1986年3月に登場した写真の2代目「GSX-R」は、まさかの一つ(角)目小僧……。そのスキ(?)にホンダCBRとヤマハFZ/FZRが丸目2灯で大ヒットを連発し、元祖たるスズキも1988年3月登場の「GSX-R400」で丸型デュアルヘッドライト軍団に返り咲きましたが……。こちら、アドベンチャーモデルの“クチバシ”も元祖はスズキだったにもかかわらず、うっかり継続し忘れたスキにBMWほかのメーカーがイイところを持っていった……という図式にも通じるところがあったりなかったり……

 

 

また、オイルクーラーによって油温を低下させることでエンジン耐久性も向上)を採用した並列4気筒DOHC4バルブエンジンは、当時の自主規制値上限の最高出力59馬力(/1万2000回転。なお、最大トルクは3.8㎏m/1万500回転)を楽勝で発揮し、スチール製角パイプフレームを採用しているにもかかわらず、アルミフレームの「GSX-R」と同じ乾燥重量153㎏を実現!

インパルス説明ページ

●1986年型「GSX-400X/XS インパルス」カタログより。気が向いたら上画像を拡大して、SATCSの説明文と図版などを読み込んでみてくださいね(半裸のお兄ちゃんも大きくなる点はご了承ください)。この機構、残念ながら1988年の「GSX-R400」では採用されなかったのですけれど(一般的な水冷に戻った)、技術的な紆余曲折が多数あったからこそ、今のバイクに通じる高性能への方程式が急速に確立されていったのですヨ!

 

 

リヤには最適化されたE-フローターサスペンションやDPBS(Deca Piston Brake System=フロントブレーキに8ポッド、リヤ2ポッド、計10(Deca)個のピストンで強力な制動力を発揮)ほかの採用により、卓越した走りも実現していたのです。

 

 

これまた令和6年の目でスタイリングを眺めてみると「ぜんっぜんアリ!」どころか積極的に「カッコいい!」となってしまうのですけれど(個人の感想です)、当時の拒絶反応ぶり……いや、“ガンスルー”と言ったほうがよろしいでしょうか。

カタログ半分

●せっかくなので上で紹介した1986年型「GSX-400X/XS インパルス」カタログの続き部分も掲載しておきましょう。小さいですがメーター部分も上が“X”、下が“XS”でデザインは全く異なっていることまで分かりますよね。なお、バイク好き人生40年以上の筆者ですが、“XS”インパルスの実車を見た記憶はございません……(“東京タワー”は何度もあり)

 

 

ネイキッドブームの「ネ」の字すらない時期に突然現れた特異点を理解するのに、当時のバイクファンは若すぎたのかもしれません。

 

 

スズキはいつだって10数年早い……(汗)。

 

 

というわけで、鮮烈な記憶は残しつつも優秀な販売記録を残せなかった2代目「GSX-400X インパルス」も初代同様、早々にフェードアウト

 

 

さすがに3度目はないだろうと考えていたら、いつだって想像の斜め上5万フィートを行くのがスズキの真骨頂

ブルーインパルス

●想像の斜め上……はるか上空を眺めてみたら「ブルーインパルス」が飛んでいた、という思いつきを具現化してみたのですが特に面白くないですね、ハイ

 

 

1994年には3代目の“インパルス”が登場いたします。

1994_インパルスカタログ

保守本流中道ギッチギチの正統派ネイキッドモデルとして登場した3台目……。3度目の正直で大ヒット!?

 

 

次回は平成の世に出たサードインパクト……いやサード“インパルス”から、語ることといたしましょう。

 

 

あ、というわけで平成の世に出た3代目以降の“インパルス”(や同時期のライバルたち)は、レッドバロンの膨大な在庫のなかに『5つ星品質』の中古車があれば、パーツの心配は不要でアフターサービスも万全! まずは店舗でスタッフに車両検索をしてもらい、衝撃的な胸熱バイクライフをスタートさせましょう!

 

 

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