冬の北海道へバイクで行くということは、決して人にオススメできることではありません。
-10℃前後の雪の中という厳しい環境の中を生身の人間がバイクで走るという行為は、日常では考えられないぐらい身近に「死」があります。
今回のレポート内での装備やルートが絶対的な正解ではなく、常に状況は変化します。どれだけ準備をしてもし足りないほどです。
それだけではなく、ロードサービスやレスキュー車もすぐに来てくれるとは限りません。
その旨をご理解いただいた上でお読みいただけますようお願いいたします。
前回の記事はこちら
Contents
2018年12月29日 13:30 新日本海フェリーにて起床
大きな揺れで目が覚めた。
今年最大級といわれる寒波はさすがに強くて、17,400トンとそれなりに大きいはずのこのフェリーも小舟のように揺れまくっている。
3秒に1回左右どちらかの床が沈み込むようなテンポで揺れるので、これを震度などで表現するのは難しい。巨大なゆりかごの中で立っているような状況を想像していただけたら近いイメージになるだろう。
あまりの揺れに机の上に置いていた私物はほとんど床に落ちていたし、ベッドから出てみればまともに立つことすらできない。本当に冗談抜きで揺れが酷い。
船は20時間ほどかけて日本海を通り抜け、苫小牧を目指す。
その間スマホの電波が届かないため、乗客の暇つぶし目的に船内ではクイズラリーやビンゴ大会などの行事が行われている。もちろん景品もある。
この揺れの中では誰もが寝てるか吐いてるかだろう。参加すれば必ず景品がもらえるはず!
……妙な欲を出して参加をしてみたものの、揺れには勝てずにすぐに気分が悪くなった。やはり大人しく酔い止めを飲み、寝ておくしかないのである。
2018年12月29日 17:00 船内食堂での会話
──再び目を覚ますと夕方になっていた。
いかんいかん。出航からなにも食べずに寝ていたものだから、すっかりお腹が空いている。
フェリーには食堂がある。事前のチェックによると、食堂の営業開始は18時。少し早いがメニューだけでも見に行ってみることにした。
なるほど、メインはジンギスカンセット、ビーフシチュー、トンカツなどから選べるようだ。ここはやはりジンギスカンを食べるべきか……悩んでいたところ、無慈悲な放送がかかったのである。
曰く 揺れが非常に強いため食堂の営業を中止し、代わりにお弁当を販売するとのこと。
ご飯がなくなるわけではないが、食堂で食べるかお弁当で食べるかは大きく違う。もちろん食堂で食べたかった。
「えぇっ……!」
悲しみの声をあげたところ、隣でメニューを眺めていた男性も同じように悲鳴をあげ、思わず目が合ってしまった。
身長156cmの私では見上げるほどに背が高く体格の良い方だったが、眼鏡の奥に見える眼が優しそうに笑っていて、直感的に悪い人ではないと感じた。
「君はバイクで来たんだよね?」
「……? ハイ、そうです」
なんで知っているんだろうか?
「今回は車で来たんだけど、僕も昔、バイクで年越し宗谷岬をしてたんだよ」
男性は40代ぐらいに見える。「昔」と言うといつかはわからないけれど、少なくとも今と同じような感覚で大量、しかもリアルタイムの情報を得られる時代ではないはずだ。
普通に受け答えをしながらも頭の中では密かに「猛者!猛者が現れたぞ!!」と大騒ぎをしていた。
そんな思いを知ってか知らずか、猛者は多くを語るでもなく、
「気を付けて。楽しんできなよ」
と言って別れた。猛者、やっぱりいい人だったな。
結局夕ご飯はジンギスカン弁当を購入したところ、羊ではなく豚肉だった…。食堂のメニューをよくよく見てみると、確かに「ホエー豚」との記載だ。
ということで、羊は北海道へ上陸するまでお預けなのである。
2018年12月30日 04:00 下船の時
「はるかちゃん、起きてってば!」
夫に叩き起こされた。
寝ている間に船は津軽海峡を越えて太平洋に入った。驚くべきことに、あれだけ酷かった揺れはもうほとんどない。
身支度を済ませて5時半、苫小牧東港に到着した。
フェリーに乗ったことがある方には伝わるかもしれないが、下船時、ライダーたちは熱気に包まれる。
下船の準備が忙しかったり旅への期待が高まったりとそれぞれ理由はあるのだろうが、なんといっても今回に限ってはほぼ全員が雪の中、宗谷岬を目指そうという強い意志を持ってやってきている。
いつもにも増して駐輪場のボルテージは高く、ほとんど会話もない中、目だけがギラギラしているという異様な雰囲気の中、押し流されるように下船をした。
しかし、念願の北海道!と喜ぶ間もない。暗すぎて方向がさっぱりわからないのだ。
路肩では霜がキラキラと光っているが、雪はない。
てっきり北海道と言えばどこもかしこも雪国なのだとばかり思っていたところ、苫小牧のように太平洋側の地域では雪があまり降らないらしい。
それでも気温はー4度と十分に低いのだが、今回のために用意をした装備がうまく機能しているようで寒さを感じないのは有難かった。
これからまず向かうのは千歳市にある南千歳駅だ。というのは夫にレンタカーを借りてもらうため。
その夫はと言えば、乗船時と同様に徒歩にて下船。その後バスで移動して南千歳駅にて合流することになっている。
ナビを頼りに千歳が近づくにつれて雪が増えてくるように感じた。
走りながら思い浮かんだのは、毎年大雪が降るとニュースになる千歳空港での飛行機の欠航だ。千歳空港と言うぐらいだから千歳市のどこかにあるのだろうし、きっとよく雪が降る場所なのであろう。
とは言え現時点の雪はパラついている程度で路面もほとんど露出している。
「正直、敦賀への道の方がよっぽど苦しかったな」
いくらか拍子抜けしてしまった。それぐらいに日本海沿岸の天気が荒れていたということでもあるし、まだまだ北海道のツーリングの恐ろしさを知らなかったということでもある。
午前6時、真っ暗な中到着した南千歳駅はシンと静まり返っていた。
レンタカー屋さんがオープンする午前8時までは駅の構内で待たせていただくことにした。
もうすぐ始発が出ようとしている南千歳駅の構内は温かく、駅員さんが改札内で忙しそうに働かれている。少ないながらもこの時間から電車に乗る方もいるようで、その誰もが大きいスーツケースをゴロゴロと転がす様子に年末を感じた。
2018年12月30日 08:00 千歳の朝
気が付けばウトウトしていたようだ。いつの間にか辺りはすっかり明るくなり、そして……
「めっちゃ雪積もっとる!!!」
2時間の間に雪は強くなり、辺り一面を真っ白に覆っていた。
これが千歳の雪。これが北海道の日常。今日の飛行機は欠航するのかもしれない。
「とりあえず車借りるか」
もはやどこが車道かはわからないのだが、駐輪場からクロスカブを出して跨った。エンジンをかけて軽くアクセルを回し、進む。
「レンタカーは、左っ…っと……っとあぁぁあ!!!!」
何が起きたのかよくわからなかった。
落ち着いてよく観察してみると、新しく降り積もった雪の下にゴツゴツとした透明の石のようなものがたくさんあり、それを踏んで滑ったようだ。そしてそれらは前日までに溶けた雪が再び凍った、氷の塊に見えた。
「こんなのわかんないよ。罠以外のなんでもないでしょ……。」
プロテクターのおかげで怪我はなく 直後こそ笑っていたのだが、初めの1歩目で転倒した形である。この状態で宗谷岬までを走らなければいけないのかと思うと急に大きな不安に襲われた。
本当に、最後まで無事に走り切れるのか?
しかし北海道まで来た。車も借りた。あとは自分が走るだけなのである。
「行くしかないよな…」
バイクを起こし、再びエンジンをかけたのであった。
【つづく】