冬の北海道へバイクで行くということは、決して人にオススメできることではありません。
-10℃前後の雪の中という厳しい環境の中を生身の人間がバイクで走るという行為は、日常では考えられないぐらい身近に「死」があります。
今回のレポート内での装備やルートが絶対的な正解ではなく、常に状況は変化します。どれだけ準備をしてもし足りないほどです。
それだけではなく、ロードサービスやレスキュー車もすぐに来てくれるとは限りません。
その旨をご理解いただいた上でお読みいただけますようお願いいたします。
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Contents
2018年12月30日 09:00 雪に包まれた国道274号線
雪深い千歳からのスタート。
年越し宗谷岬のルートとして、大きくわけると2つのルートが存在している。
ひとつ目は小樽港からスタートし、オロロンラインなど西側の海岸を走るルート。走行距離が短くて積雪は少ないが、寒波に当たった場合は海からの風がとんでもなく強い上、天気が読みにくい。
もともとは私もこのルートを通るはずだったが、悪天候により直前で船・ルートともに変更した。
ふたつ目は上記の理由から急遽走行することとなった、苫小牧東港からスタートして富良野や旭川などの内陸を走るルート。雪が多くて気温も低いが、海沿いと比較すると風は弱い。
その内陸ルートの中でも私は、まずは1日目のうちに旭川市を目指して国道274、237号線を中心に北上していく計画だ。(後からわかったことだが、この年はやはり内陸ルートを選択するライダーが多かったようである。)
ということでモフモフとたっぷり積雪した道を走り抜ける。これがまた、とにかくキレイな景色なのだ。
木々に積もった雪がまるで白い花びらみたいにふわっと風に吹かれて飛ぶのが見える。真っ白な道路はまるで絨毯のよう。それがどこまでも続く今、ようやくこの北海道に歓迎されている気がしてきた……なんて自分に酔っていると、一瞬で雪にハンドルを取られた。
朝、千歳で寄ったガソリンスタンドのおじさんが教えてくれたのだが、少なくとも国道と道道(北海道外でいう県道・府道・都道)は雪が降った日の夜中に除雪車が整備してくれているのだそうだ。
しかしあくまで車が走行できる程度なので、路面はタイヤ痕でデコボコ。オフロードみたいな状態なのだが、難しいのは路面の様子が掴みにくいという点。というのも地面も道路脇も全部雪で真っ白なため、立体感がないのだ。
気を抜くと道路脇の雪の壁に接触しそうになるため、背の高いポールに取り付けられている矢印標識を頼りに走り続けた。小学生の頃に社会の教科書で見たことがあったけど、ちゃんと役に立つんだな。
徹底したのは、後ろに車が来た時は道を譲ること。意地を張らずなるべく早めに譲る。なんと言ってもこんな道であるにも関わらず時速80kmほど出す車も珍しくないのだから!
2018年12月30日 13:00 道の駅夕張メロードに到着
こちらの道の駅は観光地としてだけではなく地元のスーパーとしても機能しているようで、老若男女問わずたくさんのお客さんが訪れ、年末の賑わいを見せていた。
「メロード」という名前の通り、夕張の名物はメロン。ゆるキャラ好きの私は「メロン熊」という一風変わったキャラクターの存在でこの地域を認識していた。
リアルな熊の顔にメロンがくっついているだけというゆるキャラの概念をぶち壊すような見た目のこのメロン熊は、登場した当時ゆるキャラ界を大いにざわつかせたものである。
残念ながらメロンの季節ではなかったため、購入したのはメロンパン。なんと2つのメロンパンを貼り合わせて球にしているという力技な逸品だ。見た目は可愛いが、もちろんカロリーは可愛くない。
食べ終わってクロスカブに跨ったところ、地元の方っぽい男性に呼び止められた。
「バイクでここまで来たんですか!?」
「ははは…そうですね。」
「えっ!女性!?」
着込んでいるせいで小さいおじさんに見えるものね。わかるよ。
2018年12月30日 14:00 占冠を通過 勇気ある撤退とは
夕張を通り過ぎたあたりから急激に道がきれいになってきた。除雪車で整備された路面は平らで氷の塊もなく、残されたわずかな雪も踏み固められて圧雪状態になっている。こういった道を走るとタイヤのスパイクひとつひとつがグリップしている感じがしてとても気持ちいい。
もちろん景色も素晴らしい。巨大で力強い山がまるごと雪で真っ白に染まり、ビュウと吹いた風で舞った小さな結晶が太陽の光に照らされてキラキラと光っている。
こういう道が走りたくてここまで来たんだ。素直にそう思えた。
実を言うと道の駅夕張メロードにいる間に、サポートカーとしてレンタカーで後ろを走ってくれていた夫と相談して決めたことがある。それは、宗谷岬を目指すのを諦めるということだ。
いやいや、旅の一番の目的じゃないか。宗谷岬を諦めたらなんのために走っているっていうんだ。そう思う方もいらっしゃるだろう。ごもっともな話である。
しかし14時になろうとしているのに、今日走ることになっていた約230kmのうち まだ100km程度しか走ることができていないという事実。冬の北海道の夕暮れは16時という事情。現実的に考えて、旭川市までたどり着けないだろうという結論に至ったのだ。
もちろん無理を通せば日没以降も走り続けることはできるのかもしれないが、気温が急激に下がること、そして北海道に生息するエゾシカに出くわすリスクも上がることを考えると、絶対にやめた方がいい。記事の冒頭でもお伝えしている通り、ロードサービスやレスキュー車もすぐに来てくれるとは限らないのだから。
無理な時は引くのも勇気。そう、これは勇気ある撤退なのだ。……本当は悔しくて仕方がなかったけど、そう自分に言い聞かせた。
ちなみにエゾシカは国内に生息する中では最大の鹿で、本州の鹿よりもふた回りほども大きい。バイクどころか乗用車でぶつかっても負けるかもしれない。
とにかく宗谷岬は諦めることになったのだが、走るのを止めるのはあまりにも悔しい。「道の駅 自然体感しむかっぷ」に入り、やまぶき味噌漬けおにぎりを食べながら話し合った。
「紋別で年越すのもいいんじゃない?オホーツク海も見えるよ」
落ち込んでいる私を気遣ってくれたのだろう、明るい調子で夫が提案してくれた。ここからの距離は240km。残り1日と2時間ちょっと、頑張ればギリギリたどり着けるぐらいの距離感だ。
「うん……。そうだね。行こう、紋別に。オホーツク海の初日の出、見たいよね!」
今晩は旭川ではなく富良野に泊まることになった。驚くべきことに既に日は傾きつつあったけど、残り50km。暗くなっていく空に追われるように走った。
2018年12月30日 16:30 富良野に到着
富良野市街にさしかかったあたりから路面が悪くなり始めた。いくつか街を経て気が付いたのは、田舎道よりも街中の方が路面が荒れているということ。たぶん車通りが多いのが原因なのだろう。
それだけではなく陽が沈むことで気温が下がり、路面も硬くなってきた。
富良野で宿泊すると決めてから、小さいことではあるが楽しみもできた。ご当地グルメをいただける「フラノマルシェ」というお店に寄ることだ。
実は2018年9月に北海道をツーリングした際も寄ろうしたのだが、ちょうど胆振東部地震による停電が起きたため断念していたのだ。年末にも関わらず営業しているということですっかり機嫌も直り、ウキウキしながら走る。
しかし事件はフラノマルシェ直前の交差点で起きた。
道に落ちていた大きな雪の塊を踏んでしまったのだ。
前輪がビヨっと浮いて車体が躍り、着地後もスリップしてコントロールが効かなくなった。もうダメだと思ったのだが、とっさについた左足に装着していた簡易アイゼンが雪を噛み、なんとか持ちこたえることができた。
アイゼン、大事だ。バクバクして口から飛び出してきそうな心臓をなんとか飲み込み、フラノマルシェに到着です!
フラノマルシェでは和牛かつバーガーとおにぎりをいただき、ホテルで食べるためにサッポロクラシックと鮭とばとチーズカタラーナ(プリンのようなスイーツ)を買い込んだ。疲れている時はお腹が空くのだ。これぐらい食べたって罰は当たらないでしょう!
2018年12月30日 18:00 ホテルサンフラトンで宿泊
夕方にも関わらずあたりは真っ暗で、人ひとりいなくなっていた。冬の北海道の夜は早い。
フラノマルシェもまもなく閉まるということだったので大人しく給油し、ホテルにチェックインをして先ほどの買い込んだ食べ物を広げた。
宗谷岬へ行くという夢は破れたのだけど、1日走り切ったあとの気持ちは不思議と爽やかで、サッポロクラシックのホップの香りによく合う気がした。今の自分にできるベストを尽くしているっていうことなのかもしれない。
明日は紋別に向け、190km近くを走ることになる。今日以上に厳しい1日になるかもしれないけど、最後まで走ってみようと思う。
12月30日の走行ルート
【続く】