冬の北海道へバイクで行くということは、決して人にオススメできることではありません。
-10℃前後の雪の中という厳しい環境の中を生身の人間がバイクで走るという行為は、日常では考えられないぐらい身近に「死」があります。
今回のレポート内での装備やルートが絶対的な正解ではなく、常に状況は変化します。どれだけ準備をしてもし足りないほどです。
それだけではなく、ロードサービスやレスキュー車もすぐに来てくれるとは限りません。
その旨をご理解いただいた上でお読みいただけますようお願いいたします。

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1月3日のルート


2019年1月3日 09:00 最終日はのんびり


年越し北海道ツーリング、最終日の朝。

札幌のビルの上にはうっすらと雪が積もっていた。昨晩は雪が降らなかったようで、これまで走ってきた富良野や旭川など、豪雪地帯である内陸側との気候差を感じた。

のんびりと朝ごはんを食べて駐車場へ向かうと、暖房付きの地下駐車場に停めてあるクロスカブはすっかり乾き、パニアや車体を手で触るとほんのり暖かかった。
今日は苫小牧東港へ向かい、23時に出航する船に乗るだけ。距離にして80kmほどだ。
直行すれば昼過ぎには到着してしまうため、寄り道をして支笏湖へ行ってみることにした。

国道453号線をまっすぐ南へ向かって走る。中心街では除雪をされてアスファルトが露出をしていた道も、南区まで来るとすっかり雪道になった。
たぶん、この区間が最後の雪道走行。旅のゴールである苫小牧はほとんど雪が積もらない地域なのだ。

千歳市。恵庭岳の裾に差し掛かり、道は徐々に高度を上げていく。

このあたりは夏になると札幌からアクセスしやすい観光地として人気なので、付近を散策するためなのかところどころに駐車スペースがある。時間にかなり余裕があるため、そのうちのひとつに入った。
デコボコ道を走ったり、ガタガタの雪を踏んでみたりと最後の雪を満喫した。雪の山にタイヤが刺さり、スタンド無しでもクロスカブが直立した時はお腹を抱えて笑ってしまった。

ここでも宗谷帰りのライダーに出会った。同年代ぐらいのジェベル乗りの男性だった。
眼鏡が曇らないための仕切りをヘルメット内に作っていたり、寒い中ではアイシング対策が必要なキャブ車に乗っていたりと雪中ツーリングは慣れていそうな様子だ。ソロツーリングであるにも関わらず表情にも余裕があり、自分もこうなりたいと思いながら颯爽と去る後姿を見送った。正直すごくかっこよかった。
もしもまた冬の北海道へ来ることがあれば、彼ぐらい…いや、できれば彼以上の準備をした上で来ようと心に誓った。

2019年1月3日 11:30 支笏湖での出会い

ターコイズブルーの支笏湖は、風に吹かれてユラユラと湖面を揺らしていた。
澄んだ水は真冬でも凍ることがなく、日本最北の不凍湖と言われているのだという。その理由は湖の深さにあり、深部に暖かい水が残ることで湖全体が冷えにくいのだそうだ。

支笏湖には『ポロピナイ園地』という公園があるのだが、園内にある飲食店やアクティビティは11~3月の間は冬季休業していてほとんど人がいなかった。ということで、まっさらな雪の上に初めての足跡をドーンとつけさせてもらう。
新雪はフカフカ!めちゃくちゃフカフカなのだ!!転んでも痛くない!!!

とにかく空気が澄んでいて、呼吸するだけでも気持ち良かった。

支笏湖から国道453号線を登ってすぐのところには、恵庭岳ポロピナイコース駐車場がある。そこからは支笏湖を囲む山々を見渡すことができ、10台ほどの車が来ていた。
景色を眺めながら休憩をしていたところ、女性に話しかけられた。

サングラスをかけた女性は、喋っている言葉や服装の雰囲気的に中国の方のようだ。
話している内容はわからなかったのだが「雪の中でバイクなんて、すごいやん!」と言っているように見える。同行者の男性が私にカメラを向けたのでポーズをとると、パシャリと撮ってふたりで喜んでいるようだった。

なんだか悪い気はしなかったので、

「乗りなよ!」

日本語で言ったのだが、雰囲気で通じたようだ。彼女はおそるおそるクロスカブにまたがり、その様子を男性が楽しそうに写真を撮っている。
彼らにとって、日本での良い思い出のひとつになっていたらいいな。


今度はそんな様子を近くで見ていたらしい男性2人に話しかけられた。
こちらも写真の撮影かと思えば、どうも違うらしい。なになに?

「僕たち、これから滝が凍って氷柱になっているところを見に行くんですけどね。よかったら一緒に行きませんか?」

「ん?……え? …どういうことですか?」

この人たちはいきなり何を言い出すんだろう?突然の誘いに警戒心を隠し切れない。
それが表情に出てしまっていたのだろうか。男性は「怪しい勧誘じゃないですよ」と笑いながら前置きし、言葉を続けた。

「ここから車で20分ぐらいのところに七条大滝っていう滝があって、冬になるとそれが凍ってすごくきれいなんですよ。今から行くのですが、一緒にどうですか?」

純粋に誘ってくれているだけなのはわかったが、駐車場で見かけた初対面の人間を誘うとはアクティブが過ぎる。心の底からビックリした。
グーグルマップを開いてみると七条大滝はちょうど苫小牧へ向かう道中。本当に絶景ポイントのようだったので、せっかくだから行ってみることにした。

2019年1月3日 13:00 七条大滝には神様がいる?


七条大滝入口駐車場は、ポロピナイコース駐車場からたしかに20分ぐらい走ったところにあった。
この先は一般車通行禁止のため、バイクを停めて男性2人と夫と私の4人で歩いて進む。入り口のゲート付近には「熊注意」の看板があり、ピリッと緊張した。…大丈夫。たぶん熊は冬眠しているはず。

道はおそらく未舗装路なのだが、15cmほど積もった雪に覆われて路面はまったく見えない。雪の上には滝を目指したと思われる人々の足跡や、管理者であろう車のタイヤ痕、両側に広がる国有林にはウサギやキツネと思われる小さな足跡が無数に残っていた。

「僕は札幌住みで。彼が大阪から遊びに来てくれてね、二人で滝を見に行こうってことになったんだよね」

「私たちは奈良からです。宗谷岬を目指したけど、断念したんです」

喋りながら進む。
だんだん暑くなってきた。なんといったって、バイクで走っても寒さを感じないほどの防寒装備だ。運動すれば暑くなるに決まっている。
上着のフロントチャックを開けたがそれでも暑い。更にウルトラライトダウンのチャックも開けて冷たい空気を取り込むと、ようやく汗は引いてくれた。

しかし、なかなか滝らしいものは見えてこない。20分ぐらいは歩いたんじゃないだろうか。

「この道であってるよね?」

「わかれ道なんてありましたっけ?」

「いや、たぶんずっと1本道だったと思うけど……」



ようやく「七条大滝⇒」という看板を見つけた時は全員がホッと顔を見合わせた。

「二人を誘ってよかったよ。僕らだけじゃこの道、心細かったと思う」

男性のうち一人が言った。
いやいや、こちらこそ。誘ってもらわなければ、こんな雪道を歩く経験なんて絶対にあり得なかっただろう。

ところが安心するのはまだ早く、先にはツルツルとよく滑る雪の下り道が続いていた。本来は階段が整備されているようなのだが、雪で埋まってただの滑り台と化していたのだ。

ブーツにキャプテンスタッグの簡易アイゼン『滑らんぞー』を装着していたが、ちょっとでも気を抜けば下まで一気に落ちてしまいそうだ。
手すりやロープに全員が一気に体重をかけると壊れそうだったため、1人ずつ間隔をあけてゆっくりと下った。

そうしてたどり着いた場所は、3畳分ぐらいの広さの足場。
見上げれば……
「うわぁ」「きれい……」

そこから先は言葉が出てこなかった。

目の前には15mほどの高さがある大きな滝と、それを取り囲むように鋭くとがった氷柱が広がっていた。
あたりからは滝から水が落ちる轟音が、お腹の底が震えるぐらいに響き渡っていた。

「ちょっとこれは…凄すぎますね」

冷たい空気は凛と透き通っていて、まるでパワースポットのような雰囲気だ。まるで神様が住んでいるみたい。

そういえば年が明けて3日目。ずっとバイクに乗っていて初詣に行けていないことを思い出した。
代わりにここでお祈りをしよう。手を合わせて強く思った。

「残り40km。無事に走り切れますように!」
「あっ!それから、今年1年アクティブに暮らせますように!」

神様からの返事はもちろん返ってこなかったが、たぶんちゃんと聞いてくれていたと信じている。



皆それぞれカメラを取り出して撮影をした。
今でも十分に迫力満点な氷柱なのだが、実はまだ成長途中。2月になると土の壁がほとんど見えないほどに大きくなるのだそうだ。
それを加味しても神々しい景色で、口々に

「来て良かったです」「きれいすぎますね」

と言い合った。

2019年1月3日 15:30 苫小牧に引き止められて

4人で駐車場に戻ると、最後に握手をした。本当に良いものを見させていただいた。寂しいけれど、これでお別れだ。

「それじゃあ、さようなら!」

手を振って見送ってくれる2人の姿がミラーから消え、いよいよ旅の終わりを実感した。



──いつの間にか陽が傾き始めていた。
オレンジがかった光に横顔が照らされる。思えばこの年越し北海道ツーリングの旅路、毎日夕暮れに追われていたな。
…思い出してちょっと苦笑する。

道道781号線を通って苫小牧市街地を抜けた。
港まであと10分というところまで来ると住宅や店がなくなり、道の両側には茶色く枯れた野原だけが広がっていた。遠くにポツポツと見えるのは、苫小牧東港の明かりだ。

ふいに雪が降り始め、冷えた道路の上を綿のように舞った。
雪は始めは弱かったのだが、暗くなるにつれて増え、うっすらと積もり始めた。まるで船に乗るな、帰るなと引き止められているようだった。




──ふと思った。この旅って、失敗だったのだろうか?


無謀とも思えた、素人が冬の北海道を縦断する旅。
もともとは宗谷岬を目指すつもりだった。

初心者には難易度が高いとも言える内陸、雪が多いルートを選択した結果、1日目で宗谷岬を諦めた。
諦めた時は正直「終わった」「失敗した」と思った。
それでも走ることだけは諦めたくなかった。走れる限りは走ろうと思った。

思い出す。
生まれて初めて見た真っ白な道。
ー10℃の世界を、1台のバイクと一緒に走り続けた。


困った時のセイコーマート

旭川で見た雪の結晶

オホーツク海の初日の出

高台のホテルでの猛者との再会

六花亭で食べたチーズケーキ

七条大滝の氷柱……。


なにかひとつでもタイミングがでズレるだけで、同じ旅にはならなかっただろう。
完璧か?と聞かれたら、全然ダメだ。危ないシーンが多すぎたし、日没後は普通に寒かった。

でも。……たぶん、失敗ではなかった。
なにより、旅に成功とか失敗とか、そんなものはないんだ。そのことにようやく気が付いた。


それに。

今年は宗谷岬へは行けなかった。

でも、北海道はずっとここにある。来年も再来年もここにある。
私がまた、来るだけだ。

2019年1月3日 17:00 苫小牧東港に到着

港に着くころには、積もりかけた雪で道路がまだら模様になっていた。
クロスカブのスパイクタイヤが路面を蹴るプチプチとした感覚も、これで最後なんだと思うと名残惜しい。

「ありがとうね、ここまで一緒に走ってくれて」

相棒に言った。
もちろん返事はないが、大丈夫。ここまでの道のりは脳裏に深く焼き付いている。
他のどのバイクでもない、このクロスカブと一緒に雪に覆われた北海道の地を縦断したのだという、確かな記憶だ。

冒険は今日で終わり。明日からはまた日常に戻る。
ちょっと信じられないが、それでいい。
もう少しだけ、この非日常の記憶の中を漂っていたかった。



23時。船は出航した。
小さくなっていく港が見えなくなるまで外を眺めた。

愛しい北海道。
厳しい北海道。

さようなら、また来ます。

【おわり】

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