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青春ノイローゼ炸裂してよし!
はじめまして、バイクライターの青木タカオです。
中二病をこじらせ、もはやオジサンと呼ばれる年齢になっても「片岡義男だとかMOTOトレイン、ジャパンスーパークロスを再び」などと熱く語るボクですが、見るに見かねてでしょう「ココで好き放題に買いてよし!」と、お許しをいただきましたので、青春ノイローゼを全開にさらけ出してしまおうと考えております。
まずはボクがどんなふうにしてバイクが好きになり、いまの仕事に就いていくのかを当時のバイクシーンを振り返りつつ、書き綴っていきたいと思います。全4回、もしご興味あればお付き合いください。
バイクが好きになる“キッカケ”って!?
みなさんがオートバイを好きになったキッカケって、何でしょうか。いろいろとあると思いますが、ボクは中学生の頃に、片岡義男のオートバイ小説に出逢ったことがひとつにあります。
兄が毎週購読している「週刊プレイボーイ」(集英社)のグラビアを見るため、いつものように部屋に忍び込むと、本棚にズラリ並んでいる赤い背表紙の片岡義男・角川文庫がその日は気になり、なんとなしに「彼のオートバイ、彼女の島」(1977年)を手に。
そこには、鳥肌が立つほどにイカしたオートバイのある日常が描かれ、14歳の自分は稲妻に打たれたような強い衝撃を受けたのでした。
「スローなブギにしてくれ」(1976年)、「人生は野菜スープ」(1977年)、「俺のハートがNOと言う」(1981年)、「湾岸道路」(1981年)、「缶ビールのロマンス」(1984年)、大好きなグラビアを眺めつつも、次から次へと読破していく日々が続きます。
高校生がバイクに乗っていても違和感のない時代だった
男ばかり三兄弟の末っ子で、ふたりの兄がバイクに乗っていたボク。東京の下町で育ったボクは、河川敷で少年野球に夢中となる平凡な少年でしたが、免許がとれる16歳になったら、自分もバイクに乗るのが当たり前のように感じていました。
それは誰に強要されたわけでもなく、また自分で強い意志を持っていたわけでもなく、ただボンヤリとそんなふうに思っていました。 やはり、バイクが身近にあるという環境がそうさせたのでしょう。兄やその友人たちとモトクロスをしたり、たまにリヤシートに乗せてもらったり、エンジンの仕組みや北海道ツーリングの素晴らしさを語られたりで、なんとなく「オマエも16歳になったらな」っていう空気を感じていました。
バイクブーム真っ只中の80年代、高校生がバイクに乗ることは珍しくありませんでした。「あいつとララバイ」(週刊少年マガジン1981〜89年、楠みちはる)のようなバイク漫画はもちろんのこと、「タッチ」(週刊少年サンデー1981〜86年、あだち充)のような青春野球漫画でさえ、登場する高校生がバイクに乗っていて、それに違和感すら抱かない時代です。
上野のバイク街で兄がバイクを買ってきた!
ただし、父親がバイク好きだったわけではないので、7歳上の長男が16歳でバイクに乗り出した時は親を説得するのがタイヘンだったと記憶しています。「バイク=不良」とも言われ、その頃は暴走族が社会問題化。テレビドラマ「積木くずし」(1983年、TBS)をお茶の間で見て、それなりの衝撃を受けたであろう平凡なサラリーマンの父が、息子のバイク購入に反対するのもいま思えば無理もありません。
9歳だったボクには、当時のことを詳しく思い出せませんが、上野のバイク街で中古のヤマハRZ50を無断で買ってきた息子をとりあえず叱っておかなければと、きっと思ったのでしょう。そんな父ですが、ボクが大学生になって週末の度にモトクロスレースへ出掛ける頃には、応援しに何度かくっついてきたりしていたので、そもそもバイクが嫌いというわけではないはず。
バイクに乗っていても、必ずしも暴走族にはならないということが少しずつわかったのでしょう。2番目の兄やボクがバイクに乗り出す頃には反対もしませんでした。大手タイヤメーカーに勤めていたことから、モーターショーやバイク競技を父と見に行ったことも思い出します。
バイクが急にカッコよく思えた!!
兄の部屋で読み漁った片岡義男小説は、ボクがそれまで抱いていたオートバイのイメージとは異なるものでした。主人公が乗るのは、兄たちが乗るレーサーレプリカではなく、カワサキのバーチカルツイン「W1」や「W3」であったり、ホンダ「CB450」といった旧い機種たち。 ファッションもフルフェイスに革ツナギを着ていた兄たちとは違い、昔ながらのライダースファッション。
片岡ワールドでは単にスピードを競うのではなく、オートバイのある暮らしそのものが魅力的に描かれていて、虜となっていくのでした。登場する女性たちにも憧れ焦がれ、きっとバイクに乗っていたら自分もそういう女性たちに出逢えると信じて疑いません。
16歳になったら、オートバイを買う!
片岡義男のオートバイ小説は、ボクがそう決意する大きなきっかけとなったのです。あれから30年以上が経ちますが、今でもボクは「朝になったら、タッチミー」に登場する「W1SA」(1971年式)に乗り続けています。
そして片岡小説に出逢うキッカケとなった「週刊プレイボーイ」では、バイクの記事を定期的に寄稿させていただいているから、これまたなにかしらの“縁”を感じます。
そしてさらにこの「ForR」では、ともに記事を執筆させていただいている河西啓介さんともご縁が。MOTO NAVIにて、片岡義男さんの特集号を出すときには、記事を執筆させていただいたり、たいへんお世話になりました。そうした話はまた今度そのうちに。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
バイク購入から編集長になるまで【2/4】 ガタゴト揺られて北の大地へ。「MOTOトレイン」はボクの青春!!