2025年10月30日(木)から11月9日(日)に、東京ビッグサイトで開催されたジャパンモビリティショー2025を筆者の視点で振り返ります。

▲楽器のヤマハとのコラボレーションが行われたヤマハ発動機のステージイベント
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国内自動車業界で開発が進められる水素エンジン

▲2023年5月、メディア向けに行われたHySEの説明会にて
第2回は、第1回(スズキ・カワサキ編)に引き続き、水素バイクの現在地について、ヤマハの取り組みのほか二輪業界共通の課題について紹介します。
2050年カーボンニュートラルの実現(政府目標)に向けて、日本自動車工業会(自工会)は様々なエネルギー源と原動機の開発を同時に進めるというマルチパスウェイでの取り組みを方針としています。
水素エンジンについては、国内4メーカーとトヨタ、デンソーなどからなる技術研究組合「HySE(ハイス):技術研究組合 水素小型モビリティ・エンジン研究組合」が組織され、基礎研究や法規制の改正に向けて自動車業界をあげて活動しています。
水素は様々なエネルギー源のなかでも最も普及が遠いものとされていますが、宇宙開発にまでつながる将来性の高い技術であり、自動車業界においては現在はトヨタが世界をリードしています。
ヤマハ「H2 Buddy Porter Concept」(コンセプトモデル)

▲ヤマハの水素エンジン搭載ビジネスバイク「H2 Buddy Porter Concept」(コンセプトモデル)
さて、ヤマハは前回ショーに続いて水素エンジンを搭載したスクーターを展示しました。実はこのモデル、スズキやカワサキの水素車両とは根本的に違うところがあります。それは、水素エンジンのリーダー企業であるトヨタとの共同開発が行われていることです。
H2 Buddy Porter Concept(以降、H2)の車体開発はHySEからのフィードバックではなく、ヤマハとトヨタの2社間で行われています。そして、その最たる部分が燃料タンクです。今回、トヨタはバイクへの搭載に適した小型の高圧水素タンク(認可取得済み)を新規開発しました。ですが、実はこのタンク、現在はまだ法令違反です。

▲高圧水素の燃料タンクはトヨタが担当して開発。トヨタは気体水素に続いて液体水素の開発にも取り組んでいる水素モビリティのリーダー企業
なぜなら法令上、ガスで燃えないように金属ライナーで覆わなければいけない燃料タンクを樹脂ライナーとしているからです。金属ライナーの燃料タンクはあまりに重く、バイクの運動性を大きく阻害してしまいます。樹脂ライナー製の燃料タンクでも衝突試験はクリアしていますが、鉄製のフレームでタンク本体を横と上から囲んでいるため、これでもかなりのリヤ荷重になっているそうです(車重非公開)。
すでに実走行テストを重ねていて、水素満タン時(約23L)の航続距離は約100km以上、NOx(窒素酸化物)を含むEuro5の排ガス規制にも対応済みです。国土交通省や経済産業省には「技術的には公道を走っても問題ないレベル」とのお墨付きを頂いたとのことですが、公道を走るためには法令の改正が必要になります。
ヤマハのH2、この後どうすれば市販できる?
ヤマハとトヨタが既存の法令に準じない樹脂ライナー製の水素燃料タンクを開発しているのは、バイクに水素燃料タンクを搭載する場合、金属ライナー製のままというのは現実的ではないという判断なのでしょう。
積載スペースの少ないバイクに水素エンジンを採用することのネックは燃料タンクにあり、前述したようにタンクそのものの重さによる運動性の低下はもちろんのこと、転倒や衝突事故を想定した衝突試験も四輪車よりも厳しいとされています。

▲水素エンジンバイクに関する国内法規の枠組みを表にしたもの。赤枠内がヤマハのH2に関わる部分。樹脂ライナー製の燃料タンクが基準化されれば、水素バイクの開発が加速されるかもしれません
現在、H2を市販するためは大きく2つの課題があります。
【①法令】樹脂ライナー製水素燃料タンクの基準(タイプ4)をつくり採用がOKになること ➡ヤマハとトヨタで活動中
【②充填環境】充填プロトコルが二輪車に対応すること ➡HySEで活動中
①については樹脂ライナー製タンクの基準化への動きです。ただし後述するように燃料タンクに関しては課題が多く、法令改正についてはHySEで取り組んでいます。
②については、前編のスズキ「水素エンジンバーグマン(二輪技術展示車)」でも触れましたが、実は現在、街中にある水素ステーションでは二輪車への充填ができません。

▲ヤマハH2の水素充填部はシートの左下に設置されています。写真:ヤマハ発動機
現在の法令だと、水素二輪車の燃料タンクの容量上限は23Lまでと定められており、四輪車(普通車サイズで約120~140L)に比べてとても小さいサイズです。しかし現在の水素ステーションでは50L以上のタンクでないと充填できないプロトコルが採用されているのです。
現在の充填ツールで23Lのタンクに充填しようとすると、充填した瞬間にタンクの温度がバンッと急激に上昇して温度上限(85℃)を超えてしまうため、温度を上げずに小さなタンクに充填するためのシステム(充填プロトコル)の開発・追加が必要とされています。

▲水素ステーションのディスペンサー。写真は燃料電池車(FCV)用のもの
液体のガソリンと違い、気体の圧縮水素(70MPa)の充填速度はとても速く、温度と圧力がすぐに上がってしまうので安全装置が作動してしまい充填ができないのです。
こうした課題を克服するためには、まずは技術的な部分(85℃以上の高温にも耐えられるシール材の開発など)をクリアし、そのデータを踏まえて法令の改正(例えば120℃でもOKにするなど)に動く必要があります。この動きについては、協調領域としての研究組織であるHySEが担います。
水素エンジンバイクの考え方と普及への道すじ
さてさて、ヤマハの担当者にH2開発の背景について伺いました。ヤマハはマルチパスウェイについて全てが電動でいけるとは思っておらず、また他国から水素やe-fuel(合成燃料)などを運んできて、それをまた電気に変えて使うという手間やコストのかかる車体技術ではなく、「水素のまま使う」ということの可能性を探っているとのことでした。
ただし、ヤマハの中で水素エンジンの比率が突出して高いというわけではないそうで、それは同社が展示したBEV、HEV、PHEVからも伝わってきました。

▲ステージ横に並べて展示されていた「PROTO PHEV」「PROTO HEV」「PROTO BEV」(右から)
なお、H2のカテゴリーと普及領域をビジネス、いわゆる働くバイクとしたのは、航続距離と水素ステーションの普及速度から小口配送など限られた範囲での利用を想定しているからです。こうした考え方は、郵便や新聞配達などから普及を進めている電動ビジネスバイクと同じですね。
水素エンジンバイクに関してのまとめ

▲トヨタ紡績が展示していた水素自転車。こちらは水素をエネルギーに電気を生み出す燃料電池を搭載した水素アシスト自転車
現在の技術と法令で水素エンジンバイクをつくろうとすると、エンジン関係だけでなく、燃料タンクの材質や容量、衝突時の安全性、さらには水素スタンドでの充填プロトコルなど問題が山積みであることがわかります。
私感ですが、様々なモビリティの技術者が来場するモビリティショーではこうした問題を知ってもらうような展示をHySEや個社に取り上げてほしいですね。シール材などは宇宙開発の分野ならすでに技術や部材があるのではないか、そうした改善手段とのタッチポイントになるのではないかと考えるからです。
「水素ステーションが増えればよい」という単純なお話ではない、水素エンジンバイクの現在地についてお話ししました。数十年後の未来に向けて水素は最も期待すべきエネルギーであると筆者は考えています。皆さんもぜひ注目してみてください。
