帰ってくる空冷スポーツスター
こんにちは、青木タカオです。ボクが編集長を務める『ウィズハーレー』(内外出版社)が6月24日に発売されました。いきなり宣伝から入ってしまい恐縮ですが、今回もまたどうかお付き合いください。
表紙をご覧になればお気づきかと思いますが、クローズアップした巻頭特集は「空冷スポーツスター復活」です。
それが明らかになったのは、今年5月5日(現地時間)。米国ハーレーダビッドソン社が、業績拡大と収益性向上を目指す新たな成長戦略「Back to the Bricks(バック・トゥ・ザ・ブリックス)」を発表し、その中で空冷スポーツスター・シリーズを新型車として復活させる方針を示唆したのです。
XLスポーツスターは、とりわけ日本で絶大な人気を誇ったモデルです。最盛期にはハーレーダビッドソンジャパンの新車販売の約4割を占めたこともありました。
883ccと1200ccのOHV2バルブ・ロングストロークエンジンは、決して最新技術の塊ではありません。しかし、その素直で扱いやすい特性と、鼓動感あふれるフィーリングは、ビギナーからベテランまで幅広いライダーを魅了し続けてきました。
レッドバロンでも在庫を見かけることが多く、「初めてのハーレー」として選ばれることも少なくありません。熱心なファンの中には、「スポーツスターは好きだけれど、ビッグツインには興味がない」という人がいるほど。ハーレー乗りのなかにも、「スポーツスターじゃなくちゃダメ」という、熱心なファンがいるモデルなのです。
だから表紙に選んだ
ボク自身も、かつてエレクトラグライドを所有し、ビッグツインもスポーツスターもどちらも大好きです。
現在所有するハーレーは3台。そのうち2台はXR1200(2009年式)とXLH1000(1974年式)のスポーツスターです。
「どれだけスポーツスターが好きなんだ」と笑われそうですが、年代ごとにスタイリングも走りもまったく違い、それぞれに個性があるから飽きることがありません。
ちなみに、XLH1000は右チェンジで、シフトパターンも逆となっています。
フォーティーエイトやアイアン1200といった高年式モデルは、中古車市場でも価格が高騰し、新車当時の価格を上回るケースも珍しくありません。
だからこそ、今回の空冷スポーツスター復活は、ボクだけでなく、多くのハーレーファン&バイク好きにとって待ち望んでいたニュースだったはずです。
そんな思いから、迷わずボクはウィズハーレーの表紙に採用しました。謎めいたビジュアルにしたことも功を奏し、多くの反響をいただきました。
とはいえ、「また青木タカオが大げさに煽っている」と、言われてしまってはいけません。
そこで、確実な記事として世に送り出すため、ハーレーダビッドソン ジャパン代表取締役・玉木一史さんに直接インタビューを申し込みました。
すると快く引き受けてくださり、ボクの直球の質問にも真正面から答えていただいたのです。
誌面では詳しく紹介していますが、ここだけの話、玉木代表は驚くほど率直で、日本でも販売されることを明言してくださいました。その誠実な姿勢、ご対応のおかげで、自信を持って特集記事をお届けすることができました。この場を借りて、改めて感謝申し上げます。
空冷スポーツスター最後の試乗会
巻頭特集では、この機会に空冷スポーツスター最後のニューモデルとなった『フォーティーエイトスペシャル』と『アイアン1200』の海外試乗記も掲載しました。
ページを作りながら、2018年の出来事を懐かしく思い出していました。
コロナ禍前は、海外試乗会へ足繁く通っていた時代です。アメリカから帰国して、一泊した翌日にヨーロッパへ飛ぶ。そんな過密スケジュールもあったほどでした。
『フォーティーエイトスペシャル』と『アイアン1200』の試乗会は、クロアチア・スプリトで開催されました。紺碧のアドリア海を眺めながら海岸線を流し、カフェで一息つけば、今度はタイトコーナーが続く山岳路へ。
スポーツスター本来の軽快さを味わえるルートで、4カム・エボリューションエンジンの魅力を存分に堪能しました。
この試乗会に日本から参加したジャーナリストはボクひとりでした。イスタンブールだったかフランクフルトだったか、詳しくは覚えていませんが、トランジットしてからクロアチアの首都ザグレブへ。そして、さらに国内線へ乗り継いだところで、荷物が届かない。
いわゆるロストバゲージです。
何度も経験していたので驚きませんでしたが、このときは仕事道具であるヘルメットやライディングウェアまで預けてしまっていたのが痛恨でした。
着替えもないので、まずは街へ出て下着探し。ところが、これがなかなか売っていない。ようやくパンツなど、必要最低限の衣類は手に入りましたが、問題はヘルメットとライディングウェアです。

▲偶然にも純正アパレルとヘルメットが用意されていたおかげで、試乗会は無事に乗り切ることができた。この一件以来、海外試乗ではヘルメットだけは必ず機内持ち込み。ロストバゲージは旅のハプニングで済んでも、仕事道具だけは失うわけにはいかないという教訓になっている。
すると、ハーレーダビッドソンがヘルメットもレザージャケットも用意してくださり、そのままプレゼントしてくださいました。
聞けば、参加ジャーナリスト全員へ、そもそも準備されていたそうです。あのときいただいたレザージャケットと、日本では販売されていない純正ヘルメットは、今でも大切な宝物です。
当時からハーレーダビッドソンの撮影班は動画にも力を入れ始めていて、多くの映像素材も提供してくださいました。
まだ『ウィズハーレー』創刊前だったこともあり、それらは自分のYouTubeチャンネルで紹介することに。編集技術などまったく持っていなかったので、BGMを付けただけの動画ですが、今見返すと、それもまた懐かしい感じがします。
今回の記事を書きながら、そんな思い出が次々とよみがえってきました。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
締めくくりに、クロアチアで撮影した当時の動画を貼っておきます。編集はいま見るとかなり“雑”(お粗末)ですが、それも含めて当時の空気を感じていただけたら嬉しいです。









