来年の夏こそ、バイクで北海道へ行きたい。そう思っている方は、今のうちにカレンダー印をつけるのはどうだろう? 何事も準備が大事。お盆休みに有休を二日くっつけたら、どこまで行けるだろう。もう一日くっつけたらどうだろう。こういう算段は、早いほうがいいに決まっている。
今回話を聞いたのは、27歳のときに会社を辞め、北関東から北海道まで50ccのスーパーカブで旅をしたT君。道内を走ったのは約2週間。持って出たお金は10万円だった。
──北海道に行きたくて、会社を辞めたんですか?
「順番は逆ですね。辞めてから、どこか遠くへ行きたいなって。とにかくバイクに乗りたかったんですよ」
最後の挨拶は「じゃあな」
大学を出て初めて勤めた会社だった。朝、目が覚めると、まず時計を見て、あと何分寝られるか考える。結局ぎりぎりまで布団にいて、起きたらしぶしぶ着替えて会社へ向かった。
休みが少なく、辞めたいと思ったことは何度もある。先に辞めた同僚から、ヨソに行って給料が上がった、休みが増えたと聞けば、自分だって、と思う。ただ、よくしてくれた先輩たちと離れるのは寂しかったが、新しい何かを手にしたい気持ちもあり、退職届を提出した。
「最後は『お疲れさまでした。失礼します』って言ったら、『じゃあな』って言われたんです。ああ、こんなものか、意外とあっさりしてるなと思いましたね。そして、アパートに戻って吸ったタバコが、めっちゃうまかったのは覚えてます」
北関東の地元に帰った。ガレージにはナナハンも、中型のオフロードバイクもあった。北海道行きに選んだのは、しばらく動かしていなかったスーパーカブだ。角目のヘッドライトに、セル付きの4速ミッション。おじいちゃんが地域の防犯パトロールに使っていたカブで、車体は鮮やかな蛍光グリーンだ。
──ナナハンなら、もっと楽に行けそうですが。
「そうですよね。でも、急いで行かなきゃいけない場所も、理由もなかったんで。だったらカブでゆっくり、どこを走ってもいいんじゃないかなって」
見せてもらった写真に、カブのカウルの内側を写した一枚がある。赤い鳥居に交通安全の文字。出発前、お母さんが地元の神社でお守りステッカーを授かってきて、自分の手でそこに貼ってくれたのだそうだ。
10万円を握りしめて、北へ
さて、出発前のカブのメンテナンスである。タイヤやオイル、プラグ、エアクリーナー、ワイヤー類をひと通り交換した。風よけのスクリーンを取り付け、荷台にはホームセンターで買った大きな箱。箱の中には、スマホを充電できるようにUSB電源も仕込んだ。
旅費には退職金のうち10万円を充てた。「この10万円がなくなったら帰ってくるから」と親に告げて家を出た。青森の大間までカブでおよそ2日。そこからフェリーで北海道へ渡った。

──北海道まで来たなあ、と実感したのはどんなときでしたか?
「最初の頃、海沿いを走ってて。『マジで北海道って道がまっすぐなんだな』って思いましたね」
平らな道は気持ちよくても、荷物を満載した50ccである。上り坂ではアクセルを開けてもなかなか進まない。そのかわり、道を間違えたってひょいと向きを変えられる。その気軽さはカブならではだったという。
──北海道ツーリングのルートは、どこまで決めていたんですか?
「地図を見て、ここを通って、このキャンプ場に行こう、くらいですね。細かい行程は考えてなかったです」
──旅の途中で、今もよく覚えているのは、どんな時間ですか?
「2日目だったか3日目だったか、テントを片付けて、さあ、どこへ行こうっていうとき。どこへ行ってもいいんだな、って。そういう朝が、あったんですよ。『ああ、俺は今日も自由なんだ』って」

