前編に続いて、124()に東京大学で開催された「大学キャンパス出張授業2025」より、本田技研工業株式会社 取締役代表執行役社長 兼CEOの三部敏宏(みべ としひろ)さんによる講演の模様をお伝えします。

エンジニア視点で語られる「ホンダとはこういう会社」

▲「高い目標と挑戦心」「世のため、人のためという思想」が価値創造の源泉でした

 

ホンダはどんな会社なのでしょうか。エンジニア出身である三部さんが将来ある若者に語りました。

「本田宗一郎さんから来ているところが多いですが、『まずは夢を個々の頭の中に描こう』と。その夢をベースに高い目標を掲げる。できようができまいが関係ないです。『これができたらすごい』と思う目標を掲げて、あとはそれが『世のため人のためになるのか』という、そういう発想で開発していました」

こういう開発思想を持って、レース活動で最高峰への挑戦を続けながら、北米でバイクの概念(悪いイメージ)を変えたスーパーカブ、アメリカのマスキー法をクリアした低公害なCVCCエンジン、ナビゲーションシステム(世界初)のホンダ・エレクトロ・ジャイロケータ、二輪車用エアバッグ(世界初)、夜間走行時の赤外線カメラによる歩行者検知システム(世界初)のインテリジェント・ナイトビジョンシステム、操舵角連動機構の4WS(世界初)などを他社に先駆けて開発してきました。

▲ホンダの開発者として求められたのは、差ではなく違いを生み出すことでした

 

「世界一か、世界初か、世界最速か。提出資料にどれかが入っていないとなかなか評価されませんでした。綺麗にいうと“夢の力”って言い方もありますけど、やってるエンジニアは大変ですよ。世界をリードするっていうのはなかなか簡単ではない」

会社全体としてそういう考え方が当たり前だったそうです。エンジニアとしてホンダで働いてきた三部さんの正直な思いなんだろうと感じました。また、独創性へのこだわりも求められたそうです。

「若い頃によく言われましたが、『差ではなく違いを生み出せ』と。同じ技術でもチューニングすると少し性能が上がったりするけど、それじゃ差だからダメだ。『違いをつくるのがプロの仕事である』と」

こうした例として、可変バルブタイミング・リフト機構を持ったVTEC(ブイテック)エンジンが挙げられました。ホンダの四輪車のほか、CB400SFにも長年搭載されていた機構であり、とてもわかりやすい事例でした。

社長としてスローガンを再定義「How we move you.」

▲2021年に社長に就任して、社内の取り組みを見直しました

 

社長になってからの三部さんはどうだったのでしょうか。それ以前の経営を「あまり儲かっていなかった」と率直に語り、聴講しているZ世代(90年代半ば~10年代序盤生まれ)からは「軽自動車のメーカーというイメージをもたれているかもしれない」と少し自嘲気味に前置きしたうえで、ホンダは決してそういう会社ではないとして、グローバルブランドスローガンを再定義するという決断をされました。

それが「How we move you.」です。

▲ホンダが目指す方向性を示したスローガン「How we move you.」

 

TRANSCEND(時間と空間から人を解放)とAUGMENT(人のあらゆる可能性の拡張)をベースにCREATE(夢を実現する想像力)するというもので、従業員の心の中に夢を描こうという狙いです。社員20万人のうち、日本が3万人、海外が17万人ということで英語を交えて考えられました。

「作ってから3年、だいぶ変わってきたかな」と三部さん。

70年代にもあった!? モビリティ業界はVUCA時代

▲モビリティ業界は100年に1度の大変革期にあります

 

そして、モビリティ革命とホンダという話になります。「Honda第二の創業期」と捉えての活動となりますが、現代社会はVUCA時代(※)で、戦争、政権交代、脱炭素といった不安定要素により、エネルギー事情やEV市場を見通すことはとても難しい状況にあります。

※VUCA(ブーカ)時代:Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)により先が予測できない不確実性の高い時代

三部さんはこれを「同じような状況が70年代にもありました」と説明しました。環境問題、オイルショック、ベトナム戦争、世界経済の鈍化、米国内の深刻な分断といった不安要素です。

▲2021年11月の日本経済新聞から引用されたスライド。70年代と20年代の類似点を示しています

 

そして70年代のホンダが置かれた状況について話してから、創業者である本田宗一郎さんが社員に向けて話した肉声テープ(Lifeシリーズ誕生ラインオフ式典での祝辞)が流されました。

宗一郎さんは公害問題で揺れる自動車業界を“戦国時代”と評し、米国大手自動車メーカーが技術的に断念したことを挙げ、お金ではなく一番大事なことはアイデアだと力説します。

ゆえに「こんないいチャンスに恵まれて手をこまねいているなんて、あほんだらしいことはない」と断言し、続けて20数年前に後発メーカーとして二輪製造を始め、その後、国内外の大手メーカーを軒並み追い抜いて世界一になったという話をします。

「だから君たちは安心してくれ。ひとつそれは、やるかやらんかというだけでこれだけになれる。資本ではないんだ。この頭なんだ。この腕なんだ。この勤勉さなんだ。一致団結したものだ」

▲本田技研工業株式会社の創業者、本田宗一郎さん(右)

 

この映像を見せたあと、三部さんは「我々も非常に難しい状況にあるわけですけども、たまにこの映像を見ながらですね、必ず道は開けるということで、皆さんも何か感じるものがあればと思って持ってきました」とこの狙いを説明しました。

何をやるにしても環境と安全がベースになる

▲ホンダが2050年までに実現すると示した環境と安全への目標

 

ここからは、ホンダの現在とこれからの取り組みについての話になります。「何をやるにしても、環境と安全は必ずベースにないと何をやってもダメ」ということで、2050年へ次の2つが新たな目標とされました。

<環境>
ホンダの全製品、企業活動を通じたカーボンニュートラル
<安全>
ホンダの二輪・四輪が関与する交通事故死者ゼロ

その上で、モビリティ、パワーユニット、エネルギー、ロボティクスの4つに注力していくわけですが、電動化については先に挙げた不安要素がさっそく影響を及ぼしているようで、「トランプ政権の誕生で感覚的には5.6年後ろにずれたかな」ということで、EV投資を抑えてハイブリッドを増やしていくという方針を語られました。

それでも「2050年カーボンニュートラル達成のためには最終的にはEVが最適解」という考え方は変わらないこと。ただし技術的なイノベーションがないとガソリン車と同等にはならないので、その開発を急ぐということでした。

また、OTA(※)を活用したSDV(※)などクルマの進化、知能化については「今後ソフトウェアの価値が非常に増していく。これまでのクルマの延長線上にないので、ゼロから考えようということで『ゼロシリーズ』というキーワードでEV開発を進めている」ということでした(※本記事執筆の3月22日時点ではゼロシリーズの開発・発売中止が発表されていますが、ものづくりの考え方として掲載いたします)。

※OTA:Over The Airの略。無線通信技術によりデバイスのソフトウェアやファームウェアを遠隔更新する仕組み

※SDV:Software Defined Vehicleの略。OTAによるソフトウェアのアップデートで、購入後も機能や性能を向上させられる車両


ここからはホンダの取り組みにおける先進技術の話が続きますが、モビリティ、パワーユニット、エネルギー、ロボティクス、EVTOLからロケットまでと、かなり専門的、技術的な内容となっているので割愛します。

▲「手としては間違いなく世界トップレベル」だという多肢ハンド開発。1.6mmのネジをネジ穴に入れる映像も。今年から工場に導入される予定とのこと

 

「自動車会社ってまだまだ面白いですよ」

▲「挑戦しないことがリスクである」と伝えられました

 

三部さんから聴講生にメッセージを送るという段になりました。

「いまさら自動車会社なんて、ということでもなくて、いまAIブームで新しい技術も進んでいますが、ハードがないとAIも活躍の場が制限されます。自動車会社はいろんな技術の複合体でできているので、理系の学生の皆さんにとってまだまだ非常に面白い会社です」

そして、社員に言っていることだとして、

「面白い仕事というのは、やりがいがあると同時に非常に厳しいんです。新しい価値に到達できてこそ達成感、満足感が生まれる。そこにチャレンジするということです」

「挑戦しないことのほうがリスクなんだと。世界をリードできるような高い目標を掲げて、自らが野心的にやっていくことが大事」

ということを伝えました。

集団で乗り越えた! 2015年F1日本GPでの屈辱と挫折

▲有名な「GP2エンジン!GP2エンジン!」のシーン。ホンダの屈辱と挫折を聴講生に見せました

 

これで終わりかなと思ったら、ここからが本番でした。ホンダは2026年のF1からまたワークス参戦をしています。レギュレーションが変わり、電動化技術が勝敗を分けるようになったため、ホンダの優位性を示すという目的での参戦です。

過去には失敗もしていますが、その最たるものとして紹介されたのが、2015年F1日本グランプリです。母国グランプリである鈴鹿サーキットのストレートで次々に他車に抜かれてしまい、ドライバーのフェルナンド・アロンソ(マクラーレン・ホンダ)が「これはGP2エンジンだ!」と連呼している映像です。

GP2とはF1の下位カテゴリーで、現在のF2にあたります。つまり、エンジンパワーがF1のものではないと怒っているわけです。この屈辱と挫折をあえて聴講生に見せたのでした。

後年、レッドブル・ホンダ(2021~2025年)においてホンダエンジンは見事に復活を遂げるわけですが、2015年当時、研究所の副所長だった三部さんは、ジェットエンジンや燃料のエキスパートら、いろいろな領域のトップエンジニアを社内中から集め、最先端の技術や設備を投入することで、徐々に成績を上向かせたのでした。

この失敗と成功の話を踏まえて「今日一番言いたかったこと」として三部さんは次のように話しました。

「ひとりの天才がいればイノベーションを生み出すこともできますが、天才がいなくてもイノベーションは生み出すことができます」

そのためのホンダの手法が“ワイガヤ”です。「何としても俺はこうすべきだ」という強い意見を持った個人を集めて、高い目標を達成するためにどうすればいいのかを3日間くらい喧々諤々(けんけんがくがく)でやりあいます。そうすると最終的に「じゃあこうしたらどうだ。これなら何とかいけるんじゃないか」と話がまとまってくるんだそうです。

▲“強い個人”が共鳴しイノベーションを生み出す。これがホンダのものづくりの基礎でした

 

「ホンダの開発というのはだいたいワイガヤがベースになっています。会社にあまり天才的なエンジニアがいないものですから、こういう形で新しい技術を作っているんです。集団でも新しい技術をどんどん進化させることはできますよという事例です」

「我々は何百回も同じようなことをやって、必ず目標に届いています。あきらめてしまえばその時点でもう終わりです。いったん競合にやられても、じゃあもう1回どうすればまたひっくりかえせるかということが非常に重要だと思います。皆さんも社会人になって負けることもあると思いますが、『あの時、三部がこんなこと言っていたな』と思い出して頂ければ少しは役に立つのかなと思います」

以上で、三部さんによる講義が終わりました。

質疑応答「心を原動力に開発することに不安」への回答とは?

▲壇上で質問者の話に耳を傾ける三部さん。「なんでも聞いてください」ということで多くの聴講生が質問をし助言を得ていました

 

聴講生からの質疑応答には40分ほどの時間をかけて、様々な質問に答えられていましたが、なかでも三部さんが「いい質問ですよね」と話したやり取りについてまとめます。

質問者「前にいた学校では部活でロボコン(ロボットコンテスト)をやっていました。勝ちたいとやっていてもチームの中でモチベーションや目標にばらつきがあり、同じ夢や目標を持っても方向性の違いで結果が出ませんでした。心を原動力に何かを開発していくことに恐怖心や不安を感じることが多いのですが、ホンダではどのようにチーム全体の調和を保っているのですか?」

三部さん「100人の技術者がいれば考え方も100通りです。目標設定がずれるとやっぱりうまくいかないので、『本当にその目標でいいのか』について、最初に相当議論する、そこにたくさんの時間を使うことが1番大事です。個々の考えが違うんだからしょうがないよねって言ってしまうとチームの力を最大限引き出すことはもうできない。

ホンダでは喧々諤々の議論(ワイガヤ)と言いましたが、そこに時間を使って、皆が納得するまではプロジェクトをスタートさせないくらいでいい。これに向かってみんなでやるんだという、その共通点を見いだしてからスタートしてください。昼間でもいいし、酒を飲みながらでもいいんです。とことん議論することが1番大事だと思います」

 


以上、「大学キャンパス出張授業2025」におけるホンダ・三部社長の講義についてお伝えしました。エンジニア出身だからこその視点で語られるお話しは、多くの学生の心に響いたことでしょう。

これは私感ですが、スライドにもあったように、本田宗一郎さんのイズムは三部さんのお話の随所に感じられました。「ホンダがエンジンをやめる、EVに全振りする」なんて話は事業の表面上の話であって本質ではなく、ものづくりの精神や手法、特に、失敗を恐れず高みを目指してチャレンジし続ける企業姿勢にとても感銘を受けました。ぜひまた伺わせて頂きたいですね。

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