冬の北海道へバイクで行くということは、決して人にオススメできることではありません。
-10℃前後の雪の中という厳しい環境の中を生身の人間がバイクで走るという行為は、日常では考えられないぐらい身近に「死」があります。
今回のレポート内での装備やルートが絶対的な正解ではなく、常に状況は変化します。どれだけ準備をしてもし足りないほどです。
それだけではなく、ロードサービスやレスキュー車もすぐに来てくれるとは限りません。
その旨をご理解いただいた上でお読みいただけますようお願いいたします。

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2018年12月31日 07:00 空から降る雪印

富良野の朝は相変わらず雪が多い。まだ薄暗い中、出発の用意をした。
昨日決めた通り宗谷岬で年越しをすることを諦め、今日は新しい目的地である紋別を目指して190kmほどを走行する予定だ。

気温はー4度。半日かけてたっぷりと冷やされた朝の路面は凍っているようだが、2日目ということもあって少しは慣れたのか、順調に走り出すことができた。雪の上を走るのは意外と良い運動になるのか、それとも防寒がちゃんとできているのか、寒さはまったく感じない。

本日は大晦日ということで、道の駅は年末年始の休みに入ってしまった。ということでお世話になるのは北海道ではお馴染みのご当地コンビニ、セイコーマートだ。
札幌に本社があり、コンビニ大手3社を押しのけて道内でのシェアは堂々の第1位。スーパーがないような山奥や海辺、離島の街にもセイコーマートだけは出店していることも多く、また2018年9月に起きた胆振東部地震による全道停電中も多くの店舗が緊急の電源を確保して営業を続けるなど、「試される大地」北海道のインフラ的な役割を果たしていると言っても過言ではない。

もちろんそれだけではなく、商品も魅力的だ。
店内調理の暖かいお弁当・おにぎり・お惣菜を取り揃える「ホットシェフ」や、北海道の豊かな資源を存分に活かしたお菓子やアイス、ラーメンなど多数のオリジナル商品が販売されている。さらにはジンギスカン用ラムが売られているのを見た時は、溢れ出る北海道らしさに思わず感動してしまったほどだ。

まずは旭川市にある セイコーマート千代ヶ岡店 にて休憩をとっていると、フワフワと雪が降りてきた。

クロスカブのパニアの上に降り積もる雪をよく見てみると、ひとつひとつが結晶の形を保っているではないか。
私がこれまで見てきた雪は、地上に降りるまでの間に砂粒ぐらいのサイズに小さくなっていたり、地面に落ちた瞬間に溶けて消えてしまうものばかり。ここまできれいに残るというのは寒い地域ならではだ。
雪印のロゴマークって本当にちゃんと雪印だったんだな。妙なことで感心してしまった。

2018年12月31日 09:00 旭川での転倒


再び走り出し、旭川中心街から東側にはずれた位置を通る 道道140号線 を進んだ。
宗谷岬に行くのであれば昨日のうちにこの辺りまで進まなければいけないはずだったのだが、危険を冒して無理やり走らなければたどり着けなかっただろう。計画を変更して正解だったと改めて思った。

この辺りは田舎道とは言え、街が近いということもあり車通りが多いらしい。タイヤ痕が凸凹に残ったまま凍っていて、ハンドルをとられるわ 滑るわで完全に初見殺しである。
案の定「あっ!」と思った時にはもう遅く……ツルっと滑って転倒してしまった。

※後方からの車がないことを確認した上で撮影しています


ゆっくり走っているところでの転倒のため、車体にも身体にも問題はない。しかしこれ以上このガタガタツルツルな悪路を走るのは恐ろしい。
地図を確認すると、近くを国道39号線が通っていることがわかったので移動した。さすがは国道、除雪がしっかりされていて走りやすかった。


さて、ご機嫌で旭川市を抜けて愛別町に入ったが、寒い中で戦わなければいけないのは路面だけではなかった。いったん田舎道に入ってしまえば店ひとつ存在しない北海道では、自分の体の働き……そう、尿意ですら敵となるのだ。
「トイレに行きたい」と思ったってすぐに入れる場所はない。我慢に我慢を重ねてやっとの思いで見つけたのは、やはりセイコーマート。
「ヤバい!ヤバい!」後輪を滑らせながらもセイコーマート愛別店に入店した。

用を足したらお昼ごはんにマルちゃんワンタンスープカレーと筋子おにぎりをいただく。いちいち商品に北海道らしさがあって美味しそうなので、買わずにはいられないのだ。

2018年12月31日 12:00 国道273号線の雪景色

道は国道333号線、273号線の山越えコースへと続く。気は進まないのだが、オホーツク海沿いへ出るためにはどの道を通るにしても山を越える必要がある。
果たして路面は大丈夫なのだろうか?先ほどの旭川での転倒が頭をよぎり、不安になる。

しかし考えていたって仕方がない。走らなければいつまでたってもゴールできないのだ。
えぇい……ままよ!


案の定進むにつれて雪が増えてきた。路肩には除雪された雪が身長よりも高く積み上げられているし、視界に入るすべてのものが白に塗りつぶされている。
一瞬「やってしまった」と真っ青になったのだが、すぐに気が付いた。程よい圧雪、交通量が少なくがたつきの無い路面……この道かなり走りやすい!

急に走るのが楽しくなってきた。よく見てみれば景色も最高じゃないか。
そうだ。こういう道を走ってみたくて冬の北海道に来たんだ!

タイヤが雪を掴んで蹴る感覚がしっかりと感じられ、このままずっと走り続けられるような気がした。まるでエゾシカにでもなったような気分。スピードもそこそこに出し、鼻歌交じりに軽快に走った。


……そう思いながら1時間ほど走ったのだが、やはり戦うべくは自分の身体。またアイツが、尿意がやってきやがったのだ。
なんといっても気温がマイナスの世界。いくら暖かい恰好をしていたとしても近くなるものは近くなるってものだ。

更にマズいことには、雪の上を走るというのはオフロードを走る感覚に近い。つまり振動がある。最悪だ。
これ以上身体を冷やして尿意が増すことのないよう、そして振動が伝わりにくいよう身体を丸めてスクリーンに隠れるような体勢をとってみたが、まるで意味を成さない。それどころか時間と共に悪化をするばかりだ。

もちろん根本的な解決方法はひとつだけ。
そんなことわかっているのだ。しかしこんな場所にトイレなんて、コンビニなんてあるわけない!このままではズボンの中をビショビショに濡らしてしまう…!



もはや楽しさよりも焦りの力に突き動かされ始めた私の前に現れたのは、やはりセイコーマートであった。本当に、セイコーマートには助けられてばかりである。


ついでにお団子もいただく。この旅の中でひとつ大きく学んだのは、糖質を摂取すればダイレクトに体温の保持に繋がるということ。理屈としてだけではなく身体で実感をすることができ、その後の旅中の食生活にも活きている知識のうちひとつだ。

もちろん、単純におやつを食べたかったっていうのもあるけどね。

2018年12月31日 15:00 紋別まであと25km

いつの間にか時刻は15時を過ぎ、既に日が傾きつつある。一度太陽が沈んでしまえば一気に気温が下がるため、急に気が焦りながらも走り続けた。


あたりは徐々に暗くなり、吐き出す息の白さはもはや煙のようにモクモクしている。
ふと未体験の寒さを感じたと思ったら気のせいではなかった。道路脇に掲示されている温度計を見てみればー10℃の表示。日光がなくなったことも加わって身体が体温を維持しにくくなってきているのがわかる。さっき食べたお団子、頼むからもうちょっとだけオラに熱を分けてくれ……!

目の前では遥か彼方まで広がる雪野原にサーモンピンクの夕陽がしっとりと降り注ぎ、それはもうキレイな景色が広がっていたのだが、そんなことはどうでもいい。寒い。急激に寒いのだ。

更に悪いことにはクロスカブのガソリン残量が半分を切っているにも関わらず、通りすがりに見かけるガソリンスタンドがすべて閉まっている。
念のため携行缶を持ってはいたが、それを含めても最悪の場合あと150km走れるかどうかという感じだ。

これでは明日走るガソリンが足りないじゃないか。慌てて手当たり次第に紋別のガソリンスタンドに電話をかけ、なんとか一軒だけ営業中の店を見つけた。
大晦日は営業しているスタンドが少ないだけではない、いつもよりも早く閉める店舗も多いかったのだ。このあたりをまったく考慮できていなかったのは反省点である。


給油をしていたら奥で店員さんが「冬にバイクなんて乗るもんじゃない」なんて話しているのが聞こえたが、ぐうの音も出なかった。

ガス欠の心配がなくなりホッとして気が抜けたのか、ますます寒くなって歯がガチガチと震えはじめた。断言しても良いが、これまでの人生で一番寒い。普通に凍死する気温だ。
あまりの寒さに猛烈に腹が立ってきた。

「寒い!死ぬ!意味わかんない!!」

大声で怒鳴らないと正気を失いそうなぐらいに寒い。つまり、私の防寒装備は夜間を過ごすには不足していたということ。かなり慎重に装備を選んだとは言え、間違いなく自分の準備の甘さが出てしまった瞬間であった。
しかしあと少し、ホテルはもうすぐ目の前……!

2018年12月31日 17:00 紋別プリンスホテルに到着


紋別プリンスホテル、今日のゴール地点にたどり着きました!
感慨深いだとか達成感だとかをしんみり味わうよりも先に、思わず「やったー!」と声をあげてピョンピョン飛び跳ねた。今の自分にできるベストを尽くした。迷いなくそう断言できるほどに全力で走り切って大興奮。
すると、今度は不思議と身体が温まってくるような気がするのだ。

フロントへ向かうと、受付の方がヘルメットを見てニッコリ笑いながら言った。
「お疲れさまでした!本当にバイクで来られたんですね。予約が入った時はみんなザワついたんですから」

ホテルは年越し客でいっぱいで、残念ながら館内での夕食は既に満員で締めきられていた。しかしガソリンスタンドでもわかった通り、大晦日は休業しているお店が多い。ということでホテルの方に 年末でも営業している飲食店に印をつけてある地図 をいただき、さっそく繁華街「はまなす通り」へと繰り出したのだが……

すべての店が閉まっているではないか。もう、笑っちゃうぐらいに全部の看板が真っ暗なのだ。

営業するつもりだったけどやっぱり取りやめたのか、それとも元々休業する予定だったのか、とにかく「はまなす通り」と掲げたネオンだけが明るく光り、電源を切り忘れてしまったのかスピーカーからは音の割れた歌謡曲が寂しく鳴り響いている。店が開いていないのだから当然他に客はおらず、吹き抜ける冷たい風に背中を押されながら繁華街をあとにした。
お腹は空いたが、これはこれで年末っぽさなんだろう。不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

結局10分ぐらい散策し、少し離れたところで唯一営業していた白木屋を発見。混ぜそばにオムそば、タルタルチキンやフライドポテトなど、2018年最後の食事はつい食べ過ぎてしまった。
帰り道で雪道のなか走るキツネの後姿を見かけ、その後は部屋で紅白歌合戦を観るといういつも通りの年越し。

非日常は日中に十分味わい尽くしたので、夜はこんなもんでいいかな。そう思ったのだ。

12月31日の走行ルート



つづく

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