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モトツーリング誌ディレクターのとある裏話

▲心霊写真じゃないよ(笑) シャッタースピードは1/160もあったんだけどね… これが三脚撮影の難しさ
う~んと、現在日本唯一のツーリング専門誌だと思うけど、かの「モトツーリング」誌(内外出版社)の制作に編集ディレクターとして携わっている。毎号(隔月刊なので2か月に1回)、あっちゃこっちゃとテーマに即したツーリング取材を行ってツーリング紀行文のようなものを寄稿している。
この取材、ひとりで行く。編集・取材・写真・文、すべて自分である。選手兼監督どころではない。ピッチャーとキャッチャーと内・外野手を兼ねているような状態。そこで中々に大変なのが、やっぱり現地で撮影するという段である。
カメラマンがカメラを構えてくれるなら何のことはない。構図や被写体(オレ)の動きなんかを打ち合わせして、クルマが来ていないことを確認してからすい~っと走ってこれば、パシャパシャパシャとあっという間にメインカットが出来上がる。
んがっ、ひとりである。正真正銘の真性ぼっちなのだ。こうなると大変。まずは三脚をどこに立てるかということから始まり、タイマーやワイヤレスリモコンといった道具をカメラやバイクに装着して、走っている被写体が自分自身を撮る。なんとも静かな戦いである。
こんなことをやっているのだから、実は苦労が多い(結局これが言いたい)。そんな苦労話をツーリングサービスのリーダー企業であるレッドバロンさんの公式メディア「ForR」で愚痴って(失礼)、もとい裏話として披露しようと思う。もしかしたら、多くのソロライダーの役に立つかもしれないなんてことを願って。
モトツーリング79号 「足柄・裏箱根 南北縦走行」の場合

▲ヘアピンカーブの中に駐車スペースがあるという珍しい造り。おかげで安心して三脚がセットできる
さて、タイトルの企画は、秋の紅葉ツーリングにおすすめのバイク旅、おすすめロードって感じの内容だ。その中で紹介したルートに「金太郎富士見ライン」がある。足柄峠と御殿場市街を結ぶ約7kmのワインディングロードで、静岡県道の78号線と365号線で構成されている。アップダウンが多く稜線からは御殿場市街や愛鷹山、そして富士山の絶景が一望できる。

▲まだ太陽が低いので、道路上には木々の影がべったりと落ちていた
酷暑となった8月下旬、早朝の4時に事務所を出発して現地に到着したのは6時くらい。定番の撮影スポットとなっているヘアピンにはべったりと影が落ちているが、とりま、この間に三脚をセットすることから始まる。
富士山があっという間に隠れ… “抑え”るしかない!

▲手前の雲が邪魔すぎる… まぁこんなもんだけどね
眼下の御殿場市街はよく見えている。が、肝心要の富士山の雲行きが怪しい。夏場の富士山は大気の湿度も相まって、早朝からでもあっという間に雲が立ち昇る。7時前には7合目から下に太い帯状の雲が滞留してしまい、これが待てど暮らせど動かない。ちょっと詰んだ(笑)

▲「あ~、こりゃダメだ~」と富士山を遠望
とは言え、頂上付近がわずかでも見えているうちにと、ここで撮影を行うことに。何度か道路を往復してワイヤレスリモコンでシャッターを切る。途中、カメラに戻って写りを確認し露出の設定を変更しながら撮影を続ける。これがいわゆる“抑え”で撮るというやつ。
もちろん理想の絵ではないが、ここでシャッターを切っておかないと、より一層状況が悪化する恐れがあるため、とりあえず“抑え”ておくのだ。ダダ下がるモチベーションを奮い立たせ、心を鬼にして切る。

▲7合目から下は分厚い雲に覆われていた。それでも“抑え”ておかなくちゃ
ちなみに、こんなことができるのもデジタルカメラ時代の恩恵。フィルムカメラの時代だと1本の取材で使えるフィルムの本数(撮影コストに直結)が決まっていたから、こういう“抑え”の撮影は躊躇してしまい、“晴れ待ち”(天候が変わるまで待つ)を選択するということも多かった。
急いで移動しようと思ったら… バイク談義(笑)
とりあえず抑えたということで自身を納得させ、三脚を畳んでバイクにまたがる。後ろ髪を引かれながらの出発だが、先を急がなければハードな予定がこなせないのだ。と、そんな時に限って、目の前に1台の軽自動車が止まった。
一眼レフを構えたり三脚を立てていると、もう“観光客ホイホイ”となる。次から次にクルマが止まり、スマホによる撮影大会が始まってしまう。こういうドライバーは人のカメラの射線なんて気にしないから、撮影が中断する。これは本当に勘弁してほしいことだが、日本全国どこにいても起こるからもう慣れた。
「ああ、富士山撮りたいのかぁ。ちょっと雲に隠れてるけどね~」なんて思ってたら、「GSいいですよね~。僕も乗ってたんですよ~」と、仕事の途中でバイク談義をしたくなっちゃったおじさんだった(オレもおじさんだけど)。

▲撮影車両として借りていたのは「BMW R12 G/S」。空油冷ボクサーエンジンを採用し、低重心で扱いやすいビッグオフだ
「借り物なんですけどね、軽いし楽しいですよ~。ビッグオフって感じです」と軽くアピールしておく。「僕も足がつけばなぁ~。ほしいなぁ~。いいなぁ~」なんてニコニコしながら車体各部に目をやって… 本当にGSが好きそう。焦る気持ちを抑えつつしばし歓談となった。
「いけね、会社戻らなくちゃ!」と最後までニコニコ顔のおじさんを見送りつつ、気を取り直して次の撮影地へ。少し山を上ってやってきたのは「誓いの丘公園」。恋人たちが永遠の愛を誓い合うという、おじさんがひとりで来ちゃいけないスポットナンバーワンの聖地だ。
恋人たちの聖地に顕現した足柄山の奇跡

▲鐘の先には雲が去りつつある富士山の姿。正直迷ったがやるしかない
触れたらオレが消し飛んでしまいそうなほどの美しい鐘と富士山という定番の画角をつくるべく崖のほうに歩いていくと、なんと富士山の見え具合が少しよくなっていた。雲は南風に乗ったのか、なかなかの勢いで南から北に流れている。これはもしや(状況が)回復するのでは… というポジティブな思考が脳裏をよぎった。
しかし時間はすでに8時を過ぎている。行くべきか行かざるべきか、はとどのつまり、再撮影をするか否かの判断である。再撮影をすればもっとマシな富士山が撮れるだろう。だがしかし、この後の撮影スポットをいくつかキャンセルすることになる。目をつむり有料トイレの中で葛藤しつつ、やがてすっきり… これも悟りか。

▲東屋と有料トイレ(右端)は隈研吾建築都市設計事務所によるもの
「しゃーねーなー」とヘルメットの中でひとり悪態をつきながら、山道を下って舞い戻ってきたヘアピンカーブ。太陽の動きで光の状態が多少変わっていたが、富士山にかかる雲はだいぶ引いていた。足柄山地の片隅で見に見えないものの力を感じたり…。
そそくさと三脚をセットして、ひとりぼっちのテイクツー開始。ライン取りやシャッターを押すタイミング、シャッター速度などは確認済み。光に合わせて何度か絞りを変えながら往復する。バイクを止めてカメラに戻り、写りを確認。この瞬間、心の中のもやもやがやっと晴れた。
スケジュールは狂ってしまったが、他を飛ばして余りあるものが撮れただろうという自負。こうして、酷暑のなかの一日が始まったのだった。

▲たなびく雲が良い雰囲気に。目に見えないものの力を感じる瞬間だ(メインカット採用写真)
<こぼれ話>ひっくり返ったモグラを救助

道中、足柄峠の道路にひっくり返ったモグラを見つけた。口から泡を吹いて辛そうにしていたので、水をかけて日陰に運んでやったら動けるようになった。急いでいても目の前の命は見捨てられない。取材先ではいろんなことが起こる。本当に。
