はじめに。冬の北海道ツーリングには大きな危険がともないます。
ほぼすべての路面が凍結し、天気や除雪状況によって大きくコンディションが変わります。
記事中では筆者 高木はるかが実際に使った装備やルートをご紹介しますが、絶対的な正解ではなく、その日その時の状況に合わせて対応する必要があることをご了承ください。
前回の記事はこちら
年越し北海道ツーリングに再挑戦:2 極寒に耐えるライディングウェア&防寒アイテムとは?
再挑戦のきっかけはForR
実を言うと、冬の北海道ツーリングに再挑戦したのはForRがきっかけでした。
私にとっての初めての年越し北海道ツーリングは、2018-2019年の年越しにかけて。
結局宗谷へはたどり着けなかったけど、十分頑張ったのだと満足し、今後挑戦することはないかもしれないとすら思っていました。
しかしその気持ちに変化が起きたのは2021-2022年の年越しにかけて、ForR編集Sさんより「年越し北海道ツーリングについて振り返って記事を書いてほしい」という依頼を受けてから。
完成した記事はこちらから読んでいただけるのですが、執筆のために写真と動画を見直し、ルートを再確認し、記憶がよみがえるうちにフツフツと悔しさが沸き起こってきたのです。
「本当に満足しているの?」
「中途半端なまま終わってもいいの?」
「今ならもっとできることがあるんじゃない?」
考えれば考えるほど「もう一度走るべきじゃないか」と頭の中で悪魔がささやきます。
それは時間が経つごとに増し、ついには我慢ができなくなって再挑戦を決意したのでした。
前回のように中途半端には終わらせない。全身全霊をもって、今の自分にできる最大限の準備をする。
…見てろよ。宗谷岬どころか、もっともっとたくさん走ってみせるんだから!
(具体的な準備の内容は、前回までの記事をぜひチェックしてみてください!)
本記事のルート
2022年12月26日
2022年12月27日
ついに上陸! 冬の北海道
苫小牧港に着いたのは、2022年12月26日 午前11時のこと。
「いよいよ始まるぞ…」
客室から外を眺めているときの気持ちは、やる気満々というよりも緊張と不安。心臓を羽毛でくすぐられているかのようにソワソワします。
ほどなくして車両甲板へ降りるよう放送がかかり、自分の気持ちをごまかすように大股歩きで愛車のもとへと向かいました。
──前回の年越し北海道ツーリングとの大きな違いのひとつが、車両です。
前回は私がクロスカブに乗り夫がレンタカーで伴走したのですが、今回は私用のスーパーカブと夫用のクロスカブ、そしてトランポ用の軽トラックの3台体制にしました。
わざわざ軽トラックを持ってきたのは、悪天候や万が一の事故の際に自力でバイクを引き上げて避難するため。
どんなトラブルが起きるかわからない極限のツーリングだからこそ、身を守るために最大限の努力をした結果でした。
上陸初日である26日は、カブを2台とも軽トラックに積んで名寄まで一気に北上予定。
その後の日程ではカブ2台で走ったり、カブ1台と軽トラックで走ったりと変則的にツーリングをする計画なのです。
路面がドライ!?想定外の暖かさ
走り始めてすぐに、軽トラックに備え付けられた温度計の違和感に気が付きました。気温が想定外に高く、+4度もあるのです。
苫小牧の路面がドライなのは前回と同じなのですが、通常であれば雪が多いはずの砂川市へ入っても、国道12号線の路面が雪に覆われていることはありませんでした。
砂川市に住む友人、さすライダーさんによると
「年末でこの気温は暑すぎますね。除雪が行き届いている国道の路面はドライだけど、1本小さい道に入ったら雪が溶けたり残ったりでガタガタ。路面状態が予測できないし滑るしで、結構怖いですよ」
とのこと。
ドライの国道だけを走るのはもったいない気がしていたのですが、白くて見えにくいガタガタ道や、溶けた雪がシャーベット状になった様子を見て納得しました。
序盤で雪道を走り慣れていないうち、しかもバイクを2台も積載してとなると、気温が高い間は欲張らずにドライの国道を走り続けた方が安全なのでしょう。
いささか冒険心が足りない割り切った選択にも思えましたが、ほぼ国道だけを通って18時には名寄のホテルに無事到着!
早々にカブを2台とも降ろし、翌日からのツーリングに備えることができました。(ただし旭川市街は路面が荒れる傾向にあるため、道道48号線を使って避けました)
朝からトラブルが発生!
翌日、2022年12月27日 午前8時半。
この日はいよいよバイクでの走行がスタートするということで、まずは名寄周辺の短い距離を試走する予定としていました。
気温は+1度。昨日ほどではありませんが相変わらず気温が高く、夜の間に降った雪が溶けかけていました。
朝食を食べたら記念すべき初ツーリングです!ドキドキウキウキと期待で胸が膨らみます。
ところが…。
エンジンをかけ、出発してすぐにトラブルが起きました。
走っている最中、スーパーカブの後輪付近から「ギャリッ」という異音がするのです。
フェリーに乗る前、自宅付近で試走をした時には一切なかった音です。
さらに悪いことには、音の発生源を確認している間にエンジンまでかからなくなってしまったのです。
あんなに念入りに準備をしたのに、まさか50mも走れずにリタイアするの?
…っていうか、気温だけ見ると全然寒くないのに。こんな環境ですらトラブルを起こすなんて、年越し北海道をする資格はあるんだろうか?
この時の気持ちは、焦りと情けなさ、そして事前にトラブルを防げなかった自分へ怒りが入り混じったしょっぱいもの。
我が家のスーパーカブにはセルスイッチがなく、キックのみでの始動です。パニックになりながらもひたすらキックペダルを踏み下ろすのですが、エンジンがかかる気配はありません。
防寒装備のジャケットの中で、体中が汗だくになっていくばかりでした。
「もうだめだ。今の自分じゃ冷静に考えられない」
近所にある個人経営のバイク屋さんに電話すると、一度見せてほしいということ。
徒歩で10分ほどの距離にあるため、軽トラックに載せるよりも押して歩いた方が早そうです。
スパイクを履いたスーパーカブは、抵抗が強いためかいつもよりも重く感じます。踏ん張るたびに息が切れ、油断をすると涙も出そうになります。
さっきまであんなにウキウキしていたのに…。気持ちの落差を消化し切れず、唇をかみながら歩くしかありませんでした。
厳しくも優しいバイク屋さん
──20分後。白髪交じりの頭にニット帽をかぶったバイク屋のご主人は、手慣れた手つきでスーパーカブをチェックしたあと言いました。
「プラグがかぶってるっぽいけど、他になにもおかしいところはないね。調子いいよ」
念のためということで交換してもらったプラグの先は、出発前に交換したばかりの新品なのに真っ黒に汚れていました。
それを手に取りながら、ご主人は優しい口調で、しかし厳しくもこう言いました。
「チョークの引き方が間違ってるね。エンジンが温まったあともチョーク引いて何度もキックしたら、プラグはかぶるわ。宗谷まで行くんでしょ、そんなんで大丈夫?」
…顔から火が出そうでした。これまでチョークの正しい使い方なんて考えないままに、なんとなく引いてなんとなくキックをしていたのです。
ご主人はさらに続けます。
「キックの仕方も、もっと勢いよく踏み抜くようにしなきゃ。そんなバランス悪い状態でヘニャっと蹴ってもエンジンはかからんよ」
「あと、異音はスパイクピンがフェンダーに擦れてる音だね。フェンダーは削れちゃうけど、故障にはつながらんよ。そのうち接触してる場所が削れきったら音も出なくなるわ」
ご主人に言われた通りにセンタースタンドを立て、体重も使いながらペダルをキックしてみると…「ブルン!」
さっきまでの苦労が嘘のように、一発でエンジンがかかるスーパーカブ。
オーナーでありながら正しく扱っていなかった恥ずかしさもありましたが、なによりスーパーカブに不備がなかったことが嬉しく、ホッとしたら再び涙が出そうになりました。
結果から言うと、この時に教えてもらったおかげでスーパーカブはずっと好調そのものでした。
ご主人、あの時はありがとうございました。
スーパーカブで雪道を走る!
勘違いによるスーパーカブのトラブルでスタートが遅れましたが、当初の予定通り、道道688号線で朱鞠内湖の方向へショートツーリングに向かいます。
名寄の街から出てすぐは、暖かな気温の影響もあって路面はドライ。
標高が上がるにつれて路面を雪が覆うようになりましたが、気温の高さから溶けかけのシャーベット状の雪ばかりでした。
シャーベット状の雪はタイヤが乗るとぐしゃっとつぶれて滑るため、かなり不安定。油断したらすぐにでも転倒してしまいそうでした。
おまけにタイヤがスリップするたび、前回の年越し北海道ツーリングでリタイアした記憶がよぎるのです。せっかく走れたのに、ほとんど気分が晴れませんでした。
しかし旅はまだ始まったばかり、ここで諦めて帰るのはいくらなんでも早すぎます。
ネガティブな気持ちに無理やり蓋をして、とにかく走りに集中しようと歯を食いしばってアクセルをゆっくりと回しました。
路面の様子が変わったのは、標高200mを超えた頃でしょうか。気温はそこまで下がらず0度ほどではありましたが、ようやく安定した圧雪路までたどり着くことができたのです。
スパイクタイヤは、圧雪路とアイスバーンで強力な効果を発揮します。
今回履いているスパイクタイヤは、前回使った市販タイヤよりも3倍ほどの数のスパイクピンが入っています。
まったく滑らないということはないのですが、スパイクピン1本1本が路面の雪に食い込むような感覚があり、グイグイと前へと進んでいくのです。
「嘘でしょ…!雪道走れちゃってるよ!!」
本来であれば、バイクはスリップして走れるはずがない道なのです。まるで夢か魔法、現実に起きていることが信じられないような気持ちがしばらく続きました。
やがて目と体が慣れてくると、今度は腹の底から喜びが沸き起こりました。
「やっほぉぉぉーーう!走れてる!!もう1回挑戦する意味はあったんだぁーーーっ!!」
ヘルメットの中で大きな歓声をあげ、道道688号線を何往復もしてタイヤの感覚を確かめました。
フルでピンが打ってあるスパイクタイヤは、圧雪上ではフラットダートよりも安定感のある走りができることがわかりました。多少車体を傾けて走ったとしても、路面をグリップし続けてくれるのです。
そして、多少のデコボコがあって滑ったりギャップにタイヤがとられたりしても、すぐにリカバリーがきくため慌てることはありません。
お腹に軽く力を入れ、ステップから足の裏へ伝わってくる路面状態を意識し、進行方向を遠目に見る。
走る場所こそ非日常的ですが、求められるライディングスキルは日常の延長線上にあるように感じられました。
この日走ったのは100kmにも満たない短い距離。
普通に走れば2~3時間ほどで走り切れちゃうほどの区間ですが、私にとっては大きな1歩を踏み出した思い出となったのでした。
【続く】
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