はじめに。冬の北海道ツーリングには大きな危険がともないます。
ほぼすべての路面が凍結し、天気や除雪状況によって大きくコンディションが変わります。

記事中では筆者 高木はるかが実際に使った装備やルートをご紹介しますが、絶対的な正解ではなく、その日その時の状況に合わせて対応する必要があることをご了承ください。


前回の記事はこちら

年越し北海道ツーリングに再挑戦:5 ひっくり返った雪景色

本記事のルート

2023年1月1日


2023年1月2日


2023年1月3日


2023年1月4日


2023年1月5日

激痛のお正月

2023年1月1日 午前5時。
カーテンの外は、まだ夜と言っても良いぐらいに真っ暗です。

「イテテテ…」

目を覚ました瞬間、右腕やお尻から筋肉をギリギリ締め付けられるような痛みを感じました。

「なんでこんなに痛いんだ?」

寝ぼけた頭がゆっくりと動き始めてようやく思い出しました。
あぁ、そういえば昨日スーパーカブで思い切りコケたんだった。

同時に、こんなにも早起きした理由を思い出しました。

「そうか、初日の出…!」

ベッドから起きあがって改めて身体を触ってみると、大きな腫れや痺れはありません。ホッと一安心です。
とはいえ右腕は肩の高さまでしか上がらないし、太ももにはこぶし大の青痣ができています。おまけに体中どこもかしこも動かすたびにギシシシ…と軋むような痛みがあり、まるで筋肉や関節、皮膚までもが錆びて固まってしまったようでした。

この日の筆者は客観的に見てバイクに乗れる状況ではなかったのですが、かといって初日の出を諦めて寝て過ごすのも悔しく、悩んだ結果「初日の出だけは見に行って、そのあとは寝て過ごす」という案で決まりました。

普段なら出かける前にメイクをするのですが、帰ったらすぐ布団に入れるようにスッピンで外に出ました。保湿下地すら塗っていない生身の頬っぺたに-7度の風がビュウと突き刺さります。

目指すは、日の出の名所として有名な能取(のとろ)岬。宿泊しているホテルからは約11km、通常バイクで約20分の場所なのですが、道中は写真を撮影する余裕もないほどに過酷なものとなりました。


スーパーカブを始動するにも体が痛くてキックの勢いが足りず、ヨタヨタと道道76号線を走り始めたのが午前5時半のこと。
除雪が行きとどいた市街地はゆっくりながらも順調に走ることができたのですが、問題は二ツ岩海岸のあたりで山道に入ってからでした。

路面に5cmほどの雪が積もっていて、昨日の転倒の影響で腕に力が入らない状態では、タイヤがとられても成す術がありません。
おまけに真っ暗で路面の状況が見えないため、傷心の筆者はアクセルを回す勇気がなくなってしまいました。

ついには運転することを諦めてスーパーカブを押し歩くことにしたのですが、木々の向こうからだんだん明るい光が差し始めるのが見えました。
網走に朝が訪れようとしているのです。「日の出には間に合わないかもしれない…」と悲観して、ホテルに帰りたい気持ちが湧きおこりました。

それでも諦めなかったのは、何台もの車が筆者を追い抜いていったから。

「あの車の人たちも初日の出を見に行く途中に違いない。つまり、今はまだ太陽が昇っていないんだ。諦めるには早いはずだよ!」

自分に強く言い聞かせて歩き続けたのでした。

「能取岬→」という標識が見えたのは、押し歩き始めて50分ほどが経過した6時半のこと。

周辺はすっかり明るくなり、誰がどう見ても「朝」という様子になっていました。
「例え間に合わなくとも、せめて景色だけでも見て帰ろう」そう思いながら最後の気力を振り絞ってアクセルを回し、海沿いへ向けて雪が少なくなった道を再び走り出しました。

すぐに見えてくる能取岬。待っていたのは、赤紫色に染まったオホーツク海と空。そこには…

「太陽が出てない!!日の出、まだだよ!!!!」


海の向こうに見える知床半島がくっきりとオレンジ色で縁取られています。
太陽は顔を出す直前。興奮から「ウオォ」と叫んで右手を突き上げると痛みが走りましたが、まったく気にならないほど気持ちが昂っていました。

あぁ、神様っているのかもしれない。ヘルメットを脱いで小脇に抱え、真っ白な息を吐きながらその時を待ちました。

徐々に姿を現した初日の出はウルウルと滲み、金色に輝いて見えました。なんて美しいんだろう!!

対してこちらは満身創痍で体はボロボロ、顔は疲れ切ったスッピンで寝ぐせもボサボサ。稀に見るひどいコンディションです。

「…でも、これでいいのだ。今の自分でいいのだ」

バカボンのパパみたいだけど、口に出してみると確信が持てました。うん、なんだか最高の2023年が始まる予感がしてきた!


──ただし、これでハッピーエンドとはいかないのが現実。陽が昇ったあとは、苦労して走った(というか歩いた)11kmを再び悲鳴をあげながら引き返したのでした。
明るくなって路面状況が見えるようになった分、行きより安心して走れるようになったことだけはハッピーでしたが…。

ウズウズの足寄峠

2023年1月2日

年越し北海道ツーリングも残すところあと5日となり、そろそろ帰路のことを視野に入れなければいけません。
天候不良などで移動できなくなる可能性も考慮し、残りの日程は苫小牧西港へ1日で行ける街で3連泊をする方針に。向かったのは、帯広市でした。

残念ながら筆者は昨日に引き続き体の痛みが激しく、とてもバイクに乗れる状態ではありません。したがって200kmほどの道中は夫がクロスカブを、筆者が軽トラックを運転することになりました。

国道240、241号線の足寄(あしょろ)峠を越えるルートを選んだということもあって、気温は-16度まで冷え込みました。
極寒の中を走る夫とクロスカブに対して、暖房が効いた軽トラックの中は快適な環境のはずなのですが、バイクに乗れない自分にもどかしさを感じるばかり。

よかった点を挙げるならば、アスファルトと雪のコントラストが美しかったことでしょうか。
クロスカブが起こす風に乗ってパウダースノーがサラサラと舞い、まるで龍のたてがみが風になびくように、めまぐるしく形を変えながら繊細なラインを描いていました。

峠越えの間の路面はアイスバーンが続き、スパイクタイヤにとっては快走路そのもの。夫からは「今日までのルートの中で一番気持ちよく走れた」という感想が聞けました。
ここまで溶けかけの悪路ばかりを走っていた夫にとっては、すべてを挽回できるような最高の時間だったのだそうです。


ご褒美タイムは峠道で終わりです。標高が下がるにつれて雪が減り、足寄の町まで降りるころにはほとんどドライになっていました。

ただし、ドライ路面でも脇道や駐車場に注意。暖かい日に溶けて流れ出た水が再び凍り、大きな凹凸を伴う部分的なアイスバーンになっていることがあるのです。

なにも知らずに全速力で突っ込むと、段差にタイヤをとられてクラッシュする可能性もあります。
たとえドライ路面の地域であっても「段差があるかもしれない」「氷の塊が落ちているかもしれない」といった、通常時以上の「かもしれない」運転が大切なのですね。

峠3本を一気にご紹介!

1月3~5日

この期間は帯広市内のホテルに連泊して、周辺のスポットへ日帰りツーリングをしながら過ごしました。
その中でもメインは三国(みくに)峠、狩勝(かりかち)峠、日勝(にっしょう)峠の3本。夏のライダー御用達の峠道です。

1月3日 三国峠

国道273号線 三国峠は、北海道内の国道では最も標高が高い(1139m)道です。

もしかしたら旅中の最低気温に出会えるかもしれないとドキドキ。
走行中にペットボトルの水が凍るか実験をしてみたり、防寒着の性能テストの準備をしてみたりと、厳しい寒さに備えつつも満喫する計画でした。

ところが意外なことに、一番苦しめられたのは帯広から上士幌町にかけて50kmほど続く国道241号線のドライ路面。アスファルトに大きな轍やひび割れができ、路面が荒れていたのです。

夏であればなんてことない道なのですが、スパイクタイヤにとっては地獄のよう。
どの場所を走っても傾いたりガタガタだったりと安定せず、常にハンドルが左右に振られ続けます。

なんとかギリギリ耐えられましたが、あんなにも強く「アイスバーンを走りたい」と願うことは、後にも先にもきっとないと思います。

上士幌町までたどり着けば、ようやく念願の雪道&アイスバーンです。
先ほどまでの道とのギャップに、ただの平坦な国道でも「楽しい!走りやすい!」と大はしゃぎ。バイクに乗り始めたばかりの頃の無邪気さを取り戻したかのようでした。


峠道に入ってからは、期待通り(?)の厳しい環境が待ち受けていました。標高1000m、気温-16度に達してから風も強まり、時には前が見えないほどに雪が吹き付けてきます。
左右から風を受けてヨロヨロと走って最高地点の展望台に到達し、道中セイコーマートで購入したパンをトップケースから取り出し、お昼ご飯に食べようとしたところ…

「シャリシャリする」

パンの中の水分が凍ってしまっていたのです。

ちなみに写真奥に見えるトンネル(三国峠覆道)の中は、深い縦溝が続く極悪路面。ハンドルがブルブルと震えてベテランライダーすらも「めちゃくちゃ怖かった」と言うほど走りにくいスポットなので、ビギナーの方は避けた方が無難です。


筆者が食べているのはチーズ蒸しパン。昔、裏ワザとして「冷凍庫で凍らせるとチーズケーキみたいで美味しい」と聞いたことがあったのですが、それは暖房の効いた暖かい部屋で食べるに限ると思い知りました。

ちなみに…体は厚着をしても、すべてが吹き飛びそうな暴風の中では顔と手が冷えてしまいます。ジャケットのフード、電熱グローブ、暖かいお茶を入れた保温ボトルは防風・体温保持の面で非常に役立ちました。



ここまで読んだ方は「三国峠はただ過酷な道なんだな」と思うかもしれませんが、それは違います。
筆者の持論ではありますが、冬の北海道では環境が過酷であればあるほど、現実離れした幻想的な風景が広がっています。
展望台から見えるのは、松見大橋。

高さ30m、全長330mの松見大橋は夏も雄大な眺めで人気なのですが、冬の景色はさらに幻想的。
橋の上にはうっすらと雪が積もっていて、展望台から見ると真っ白な1本のラインが山の上に浮かびあがって見えるのです。

身体をまっすぐ保てないほどに激しい吹雪の中でも、そこだけ時が止まっているかのように凛とまっすぐに続く白い道。この世のものとは思えないような迫力を感じて、なんだかゾワッとしちゃいました。

1月4日 狩勝峠

国道38号線 狩勝峠は、道央~道東間をつなぐ峠道です。

帯広市街地からの距離は60kmほどで、清水町の市街地を抜けるまではほとんど雪がありません。
三国峠へ行った時と違うのは、路面の轍やアスファルトのひび割れがほとんどない点。スパイクピンの消耗が激しかったことを除いては、ストレスなく抜けることができます。

狩勝峠の頂上を訪れた時は、天気が良かったこともあって路面も景色もベストコンディション!夏と同じぐらいのペースで、まるでスノースポーツを楽しむような感覚で走ることができました。

なにより全体的に片側1~2車線と峠にしては道幅が広く、カーブも緩いため、不安なく走れるのがよいところ。上りで車に追いつかれたとしても余裕をもって道を譲れるため、パワーがない原付ライダーにとっては気負わず走れる快適ルートなのです。

頂上付近には広めのパーキングがあり、休憩に便利…と思ったら、残念ながらドライブインは閉業、展望台とトイレは冬季閉鎖されていました。

パーキングの端に積もった雪は見事なパウダースノー。風に吹かれて形が変化し、ヨーグルトのような不思議なフォルムに仕上がっていました。


道内ではこのように冬季閉鎖する施設が珍しくないため、トイレや給油、食事などは余裕をもって済ませておくと安心です。


また、帰り道の清水町付近で夕陽を見ることができたのも、この日のラッキーポイントでした。

1月5日 日勝峠

帯広市を出発し、苫小牧市へ向かう際に通ったのが国道274号線 日勝峠です。

狩勝峠と同様に道央~道東間の移動に使われる峠道で、場所によっては道幅が狭かったりカーブが急だったりと、いわゆる「峠越え」っぽい雰囲気が味わえるルートです。
ただし、トラックなどの物流系の車が多い点については注意が必要です。

筆者が訪れた日は天候が崩れて雪がコンコンと降り、50m先が見えないほどの視界不良が続いていました。

叩くように吹き付ける雪と風に逆らい、次々とカーブをクリアしていく手ごたえはまさにアドベンチャー。こういう環境では、大きなスクリーンが盾のように身体を守ってくれます。

筆者にとって、日勝峠は半年ほど前に走ったばかりの道。
その時は「自然がいっぱいで、ほどよいカーブをマイペースに流せるいい道だな」と思いながら走ったのですが、吹雪の中では同じ道とは思えないほどテクニカルに感じました。

日勝峠は、年越し北海道ツーリングで培った雪上走行テクニックを全部ぶつけて走る、いわば最終テストのような場面だったのかもしれません。

最後の街 苫小牧市

太平洋沿いの国道235号線まで出ると、雪はすっかりなくなりました。

10日ぶりに苫小牧の街へ帰ってきたわけですが、道の両側に原っぱが広がる景色が妙に懐かしく感じます。
旅中はあまりにもたくさんの出来事があり、1か月近く走り続けていたんじゃないかと錯覚するほどの体感時間でした。


──最終局面で思い出すのは、やはり前回の年越し北海道ツーリングです。
準備不足でやり残したことがたくさんありながらも、冒険が終わって胸がいっぱいになった記憶があります。そういえば、あの時すでに「いつか再び冬の北海道へ来る」と誓っていたのでした。

まさか、たったの4年後に再挑戦することになるとは。おまけに宗谷岬まで行くだけでなく、3本の峠道にまで挑むことになるとは。

今回も、相変わらず完ぺきとはほど遠い未熟な雪中ツーリングでした。
初日にスーパーカブのエンジンがかからなかったり、大晦日に転倒してリタイヤ(軽トラックに積載)したり、思い出すと苦笑いが浮かびます。

それでも自信をもって断言できるのは「今の自分にできる精いっぱいの準備をして、体力の限り北の大地を走り回った」ということ。
どうしてでしょう、終わってみれば苦しかったことすらもかけがえのない記憶になっているのです。


スーパーカブを走らせる筆者の胸には、マラソンを完走したような達成感と爽快感がありました。
カブに乗るまでは、北海道に行くまでは、全力でなにかに挑戦する情熱を自分が持ち合わせているとは夢にも思っていませんでした。

「あぁ、やっぱり好きだなぁ、北海道」

ヘルメットの中で思わずつぶやきました。



──19時、船は苫小牧西港を出港しました。

だんだん遠くなっていく苫小牧西港が名残惜しくて、豆粒みたいに小さくなってもなお窓から離れることができませんでした。
今はもう満足。お腹いっぱいな気持ちですが、いつかきっと、冒険を求めて再び走りに来るのでしょう。


その日まで、さようなら。


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