前回、“登山に行くなら“+バイク”が超楽しい!! 長野県・上高地~焼岳登山 その①”では、バイクを移動手段に使えば人気で混み合う山でも楽々アプローチ! 登山口では駐輪スペースも確保しやすくて便利! って話をさせていただいたが、今回はその続き。いよいよ目的の焼岳(標高:2455m)を目指すぞ!!

嘉門次小屋から30分ほど歩いた早5時半過ぎ。上高地の小梨平あたりから目的地である焼岳が見えた。天気もまずまずといったところ。

嘉門次小屋から30分ほど歩いた午前5時半過ぎ。上高地の小梨平から目的地である焼岳が見えた。夕方から雨という予報だったので早めに行動することにしたが、空のご機嫌はまずまずといったところ。

およそ40年ぶり!?の焼岳登山

上高地から、明神、徳沢、横尾へと伸びる約10kmの道のり(通称:横尾街道)は、登山というよりハイキングに近いこんな感じの歩きやすい道が続く。嘉門次小屋のある明神あたりまでなら上高地から片道約1時間で、ライディングシューズでも散策可能だ。

上高地から、明神、徳沢、横尾へと伸びる約10kmの道のり(通称:横尾街道)は、登山というよりハイキングに近いこんな感じの歩きやすい道が続く。嘉門次小屋のある明神池あたりまでなら上高地から片道1時間ほどで、ライディングシューズでも散策可能だ。

 

山好きの両親のおかげで小学生の頃から登山をするようになった筆者。まず最初に連れて行ってもらった山がこの北アルプスの焼岳だった。確か小学校高学年だったから、今からざっと40年前、小梨平キャンプ場をベースにそこからピストン登山。当時は噴火の影響で焼岳山頂付近は立ち入り禁止だったようだが、なぜだか北峰の山頂に立つ写真が実家のアルバムに残っている。

たぶん「行けるところまで行ってみようか?」と歩き始めて、結局北峰の山頂まで歩いてしまったのだろう。なんだか足場がザレており、ひどく歩きにくかったのを覚えているが、ちょっとググってみれば1962年から立ち入り禁止だったらしいから山頂付近の登山道が荒れていたのも当たり前だ。

上高地の河童橋から穂高連峰を見上げる。流石に朝6時前だと昼間は大勢の観光客で賑わう河童橋あたりも人出が少ない。

上高地の河童橋から穂高連峰を見上げる。昼間は大勢の観光客で賑わうこのあたりも、さすがに朝6時前なら人出が少ない。

 

ただ40年前の焼岳登山で鮮明に覚えているのは、そんな山頂の記憶より復路で見舞われた豪雨だ。下山しているとスコールのような雨が降り出し、レインウエアを着るも頭からつま先までずぶ濡れに…。

それだけならよくあることだが、渡らないと麓におりられない枯れ沢が濁流化。丸太で組まれた橋はすっかりなくなっており、茶色い奔流の中からドゴンッ、ガコンッ!と大きな岩がぶつかり合う音が聞こえる。どう考えても人が渡れる状態ではなく、僕らと同じように足止めをくらった登山者が呆然と立ち尽くしていた。

40年前、濁流と化していた枯れ沢。平時はなんてことなく、クマ注意の看板の方がよっぽど怖い。

40年前、濁流と化した枯れ沢。あらためて訪れてみるとなんてことない小さな沢で、“熊に注意”の看板の方がよっぽど気になる。ただ焼岳は頻繁に土石流を起こすらしく、その崩れた土砂で大正池ができたくらいなのだ。

 

ここで全身びしょ濡れのまま一夜を明かすか? それとも急登を登り返して安全な焼岳小屋まで戻るか? そんな決断が現実味を帯びてきた頃、雨が弱まったせいか濁流の水量が減ってきた。まだ膝下くらいまでの水量はありそうだが、少なくとも水の中で岩が転がる音はしなくなっている。

“雨が弱まっている間になんとかしよう”と居合わせた登山者で話し合ったのだろう、まずは大人が数人で肩を組み渡河を試みることになった。…と、そうこうするうちに水量もさらに減り、その場に居合わせた全員が対岸へ渡ることができたのだ。

筆者を登山に連れ出した両親は、「初登山でえらい目に遭わせてしまった。これでコイツは“もうこりごり”と、山嫌いになるに違いない…」と思ったらしい。でも逆だったんだよね。“危ない橋を渡る”どころか“橋が流されても渡る”術を覚えてしまった僕は、登山はもちろんバイクに乗ってフラフラと一人で出かけるようになってしまう。

焼岳の登山道の鎖場。なんかもうちょっと焼岳ってラクな山の印象があったのだが…。

焼岳の登山道の鎖場。なんかもうちょっと焼岳ってラクな山の印象を持っていたのだが…。

 

僕に変な放浪グセが付いてしまったのは、この小さな枯れ沢が原点ってわけだが、そんなことを考えながら歩みを進めているとハシゴと鎖場に出くわした。土石流のインパクトが強すぎたのか、単に昔すぎて覚えてないのか、“焼岳にこんな難所があったっけ?”という感じ。

その一方で汗だくになってたどり着いた焼岳小屋は昔の記憶そのまんま。ここから尾根道に入ると森林限界を超えて展望が一気に開けるのだ。

その一方で逆に汗だくになってたどり着いた焼岳小屋は昔の記憶そのまんまだ。ここを過ぎると森林限界を超えて展望が一気に開けるのだ。

焼岳小屋。標高は2080mで尾根の鞍部、森林限界ギリギリのところになんとか建っている。

山頂へ向かうから登山道を振り返る。正面奥は穂高連峰。谷間で雲がかかっているあたりが、3時間ほど前に焼岳を見上げた上高地あたり。

焼岳小屋から山頂へ向かう急登で登山道を振り返る。奥に見えるのが穂高連峰の吊尾根。谷間で雲がかかっているあたりが、3時間ほど前にこの焼岳を見上げた上高地だ。

というワケで9時半過ぎに山頂(北峰:2444m)へ到着。天気は下り坂で山頂はすでにガスがかかり始めていた。

というワケで9時半過ぎに焼岳山頂(北峰:2455m)へ到着。天気は台風の影響を受けて下り坂で、まだ午前だというのに山頂はすでにガスがかかり始めていた。雨が降り出す前に降りるべし!

無事下山したご褒美は絶景ツーリング

バイクを預けた沢渡バスターミナルからビーナスラインの和田峠までは、中央道・岡谷IC経由で約1時間半。時計の針はすでに3時を回っているが、幸いまだ陽は高い。

バイクを預けた沢渡(さわんど)バスターミナルからビーナスラインの和田峠までは、長野自動車道・岡谷IC経由で約1時間半。時計の針はすでに3時を回っているが、幸いまだ陽は高い。

 

焼岳登頂後は、無理して家路を急がず嘉門次小屋に戻ってもう1泊。登山では何があるかわからないので山行に予備日をもうけていたわけだが、山行が順調に進んだおかげで行程に余裕ができた。

日頃の運動不足の影響で早々と…というか焼岳頂上から下り始めた瞬間からこむら返りとひどい筋肉痛に悩まされているが、まぁ痛いだけである。問題はないと判断して、最終日は帰りがけにビーナスラインまで足を伸ばしてみることにした。

それに連休の中央道上り車線は、笹子トンネルあたりで大渋滞が起きるのは目に見えている。ならば急がず、ツーリングがてら遠回りして夕刻から夜にかけての渋滞のタイミングを外してやろうと考えたわけだ。

ビーナスラインのコアゾーンである霧ヶ峰あたりから八ヶ岳方面を望む。諏訪湖から一気に標高1700mまで駆け上がれば、メーターの外気温計は10度近く下がる。

ビーナスラインのコアゾーンである霧ヶ峰あたりから八ヶ岳方面を望む。諏訪湖から一気に標高1700mまで駆け上がれば、メーターの外気温計が10℃近く下がった。

 

この遠回りは大正解。遅めの午後ということもあって連休にも関わらずビーナスラインの交通量は少なめ。みんなが帰り始める時間帯を狙えば、ワインディングを気持ちよく流すことができるというわけ。

バイクに乗り始めて30数年。多くのライダーが憧れるビーナスラインはもう正確な数は覚えてないほど走っているが、この霧ヶ峰から白樺湖までの約10kmの区間は何度走っても飽きることがない。“これぞスカイライン!”と言いたくなるようなパノラマビューが続くのだ。

青い空と緑の山肌、絵に描いたようなスカイラインを堪能できるビーナスライン。しかも、実際にあの空と山との境界線をバイクで走り抜けられるのだ。

青い空と緑の稜線が作り出す絵に描いたようなスカイラインが堪能できるビーナスライン。しかも、あの空と山との境界線を実際にバイクで駆け抜けられる。

 

…というワケで登山に“+バイク”をしてみれば、山登りにプラスして、ツーリングまでプラスαで楽しめてしまう。しかも目的である登山に関しても、駐車場争奪戦に参加しなくて済んだり、公共交通機関とは違って好きな時間に歩き出せる、…といったバイクならではの利点が多いのもポイントだ。

そんな“+バイク”の登山を成功させるコツは、とにかく山行をメインとして余裕ある日程を組むこと。もともと登山では、+1日くらいの余裕を設けるのが定石だけど、順調に帰ってこられたならそのマージンを無駄にしてしまうのはもったいない。ならば、天候に恵まれて余力が残っているなら、ちょっと遠回りしてツーリングも楽しんでしまおうというのが、“+バイク”ってワケなのだ。

百名山 焼岳(標高:2455m)

焼岳(標高:2455m)

 

 

 

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