ウェイン・レイニーがYZR500を駆って世界GP500㏄クラスのチャンピオンとなり、Mr.Childrenがメジャーデビューを果たし、クレヨンしんちゃん幽☆遊☆白書美少女戦士セーラームーンがアニメ化された1992年(平成4年)。ゼファーの巻き起こしたネイキッド大旋風がバイク業界を席巻している中、スペイン語で“星”を意味する名前のレトロ可愛い単気筒バイクがひっそりと生まれたのです……。

エストレヤカタログ1992

●1992年型「エストレヤ」カタログより(以下同)。「何もかもが新しいけれど、その姿は古っぽい」という絶妙な立ち位置で登場したカワサキの新星。まさか鞍型(サドル)シートの新車を平成の世に見ることができるとは想像もしておりませんでした。関係ない話ですがデビューから約1年後、ツーリング先でこの前後シートの透き間に子猫がすっぽり収まって昼寝をしている姿を目撃したことがありまして、寿命が3年延びました。本当に関係ない話でしたね、すみません

 

YZF-R25という有頂天バイク【後編】はコチラ!

エストレア? エストレヤ? どっちなんヤ!?

ESTRELLA……? オガワくん、今度出るカワサキの新車、なんてカタカナ表記するんだっけ、エストレラでいいのかな?」とはモーターサイクリスト(MC)誌に異動してきたばかりの編集部員。

「いや、そんなキンチョールのCMみたいな名前じゃなかったッスよ」とは数年のMCアルバイト生活を経てそこそこの経験を積み、小生意気モードに入りつつあった筆者。

●「トンデレラ、シンデレラ……」。1977(昭和52)年、研ナオコさんが出演されていたキンチョーのテレビCMは昭和40年代オトコの筆者の脳細胞へしっかりと染み込んでおります。ナウなヤングは動画検索してみてね♡

 

「ええ~っと、エストレヤとかエストレアだとか言ってたような……。そうだ、つづりがESTRELLAなんだからエストレアでしょ!」。

ブッブーッ、不正解!!

筆者が時間と空間を超越するひょうきんな神様だとしたら、当時の自分を懺悔室に放り込んで大量の水を浴びせてやるところです。知ったかぶりはダメ、ゼッタイ。

懺悔室

●これまた昔のテレビネタで申し訳ございません。中高生という多感な時期に出会ってしまった“オレたちひょうきん族”の懺悔室コーナーが三度のメシより好きだったもので。ナウなヤ(以下略)

 

というわけで1992年5月に誕生したカワサキのブランニューモデル「ESTRELLA」「エストレヤ」とカタカナ表記するのが正解でした。

今では信じられないほど多くの車種が存在していた時代

レーサーレプリカがけん引した1980年代バイクブームは全体として沈静化へ向かっていたものの、新たにネイキッドや逆輸入のメガスポーツやリッタースーパースポーツなどのジャンルが人気を博しはじめるなど、まだ十分に“ブームの余熱”が残っていたのが1992年という年です。

NR

●そうです、楕円ピストンを採用し1気筒あたり8バルブを持つ市販車、ホンダ「NR」(上透視図)が当時としてはアンビリーバブルな520万円という衝撃の価格を引っさげて発売を開始したのも1992年。雑誌屋バイトにも慣れてチョーシこいていた筆者が、その「NR」を転倒させた年でもあります。他にもCB1000/400SF、CBR900RR、TDM850、ゼファー1100、SW-1などバブリシャスな名車が続々登場したヴィンテージイヤー……すでにバブル崩壊による景気減退は始まっていたのですけれどね

 

当時のカワサキ250㏄モデルを列記しても、残念ながら2ストレプリカ「KR-1S/R」こそ在庫一掃セール状態だったのですが、4スト並列4気筒レーサーレプリカ「ZXR250/R」も、そのエンジンを活用したスポーツネイキッド「バリオス」も、伝統のパラレルツインを搭載するコンパクトツアラー「ZZ-R250」とドラッグクルーザー「エリミネーター250シリーズ」も元気イッパイ!

さらにオフロード方面へ目を向ければ2ストエンデューロマシンレプリカ「KDX250SR」に、ロングセラー4ストデュアルパーパス「KLR250」まで存在していた、無いのはスクーターとトライアル車だけ?という超強力ラインアップ

KDX250SR

●1991年、エンデューロレーサーKDX250Rの公道バージョンとして登場した「KDX250SR」。当初39馬力/3.9㎏mだった水冷2スト単気筒エンジンは、翌1992年のモデルチェンジで40馬力/4.2㎏mとなりさらにパワフル&トルクフルへ! シート高895㎜というフルサイズボディは少々手強かったものの、とにかく走りが痛快で面白かった記憶があります

 

そこへさらなる新星として誕生したのが、非常にノスタルジックな外観のボディに扱いやすい249㏄空冷4スト単気筒OHC2バルブエンジンを包み込んだネオレトロシングル「エストレヤ」だったのです。

エストレヤ7:3

●タンデムシートを取り外せば、さらに“イイ雰囲気”へ変貌させることもできた「エストレヤ」。存在感が圧倒的な新開発エンジンはメカノイズを低減させるためサイレントカムチェーンや従来より高精度な研磨ギヤを採用。さらにカムチェーン&クランクケース各カバーの肉厚を5㎜と厚く設定し、かつ内側にラバー製の内張りを装備するというこだわりっぷり……

 

そのデザインはまさしく懐古主義が全開で、カワサキとゆかりが深いメグロ(目黒製作所)が1950年にリリースした日本初の250㏄バイク「メグロジュニア」のシリーズをモチーフとしたことは一目瞭然でした。

メグロジュニアS8

●この写真は八重洲出版のウェブサイト「モーサイ」〜【メグロ戦後ヒストリア】大ヒット250「ジュニア」や高性能車「スタミナ」「セニア」を送り出すも、なぜ60年代カワサキ傘下となってしまったのか?〜より転載。写真は1963年に登場したジュニアS型の最終モデル、メグロ・ジュニアS8。248㏄空冷単気筒OHV2バルブエンジンは最高出力は12.5馬力を発揮。リンク先ではメグロがカワサキに吸収統合されるに至った経緯を貴重な写真とともに紹介しておりますので、ぜひご一読を!

 

平成を駆け抜ける性能を昭和な外装に包み込み

カワサキ広報から届いたポジフィルムルーペでのぞき込んだときは驚いたものです。

「くっ……鞍型シートにキャブトンマフラーだとっ!」。古き良き1950〜60年代テイストをメーカーが純正で踏襲してくるとは……。

エストレヤオプション

●タンデムシートを取り外した場所にオプションで用意されていたリヤキャリヤを装着すれば、これまたイイ雰囲気……。なお、サイドカバー内に安置されていた専用工具セットは計10点、すべてにクロームメッキを施した高級仕様で、物撮り(ぶつどり)のため路上に広げて並べたときは「ここまでやるのか!」と感動したものです

 

しかも、シリンダーが直立したシングルエンジンは完全新設計モノではありませんか!! 

このコラムでも何度か述べていますけれど、新規エンジンの開発&生産には莫大な費用がかかります。

大金

●コンセプト作りから始まって設計、試作、実験、チェックを何十回、何百回となく繰り返し、求める性能と耐久性、各種規制への対応も考慮しながら仕様決定後も、車体へのマッチング、転倒時のダメージ具合などありとあらゆるテストを繰り返していくエンジンの開発。それを量産させるための機械設備への投資も不可欠でトータルすれば“億”単位の費用は必須です

 

ゆえにどのメーカーも一度作ったパワーユニットはトコトンしゃぶりつくし……いや、時代変化に即した適切な改良を施し使い回し……いや、コンセプトが合致する他のモデルへ流用するなどして“数”を確保せねば掛けたコストの回収すらおぼつかなくなります。

バイクブームの余熱が残っていたとはいえ、ほぼほぼ国内専用となる250㏄ブランニューエンジンを単一車種(当時)のために開発してくるとは……恐るべしカワサキ

1992エストレヤカタログリヤビュー

●249㏄エンジンのピストン部はボア66.0㎜×ストローク73.0㎜のロングストローク仕様として、単気筒特有の心地よい振動と排気音を演出。また、ラチェット式のカムチェーンテンショナーを内蔵式としたり、1軸の1次慣性力釣り合いバランサーをクランクシャフト前下部に設置してクランクケースの上部をフラットにするなどした綿密な設計により、快適な鼓動感だけでなく美しい外観まで獲得したパワーユニットが仕上がったのです

 

ゼファーシリーズZZ-Rシリーズなど長い歴史を持つ原動機をベースにして活用したモデル群の大ヒットにより得た余力があったればこその話かもしれませんが、潤沢な原資を注入して開発されたであろうエストレヤのエンジンは、中身はもちろん外観にも力が入っていました。

「神は細部に宿る」を実践したボディワーク

広報写真からもビンビンに伝わってくるように、アルミ製のクランクケースは美しく磨き上げられて陰影をクッキリと映し出し、何よりキャブトンタイプのマフラー(さらに言えば車体各部に配されたパーツ群)が放つクロームメッキパーツの輝きよ! 

それらがとても念入りに最高級バフ研磨仕上げされていることが、後日モーターサイクリスト編集部に届いた広報車でも確認できました。

実車を目の前にすると、まぁなんとお洒落なことか。

エストレヤカタログ 車体

●セミダブルクレードル式のメインフレームも完全新設計で、ホイールベースは1400㎜と長めに取って400㏄クラスに迫る車格を実現。なお、初期型のリヤショックユニットはリザーバータンク付きだったのですが、1995年型からシンプルなタイプに変更されています

 

所有するだけで、“私はゆったり、気負わず、単車のある生活を楽しんでます”というバイクライフを主張できるようなオーラが満ち満ちていました。

鞍型……サドルシートも想像以上に座り心地が良く、シート高も770㎜に抑えられており足着き性も良好

積極的にお尻をズラして元気いっぱい峠道やサーキットを駆け抜ける、といったライディングには向いていませんでしたが、そういうことがしたいなら適したバイクは他に山ほどあるわけですから問題ナシ! 

サドルシート

●サドルシート直下にはキー付きのカバーが存在しており、その下部にあるバッテリーを雨・風・ホコリから保護しておりました。そこにちょこんと真っ黒な子猫がスヤスヤと寝ている姿を目撃してしまいまして拙者はもう萌えく(以下略)

 

そもそもエンジン自体が最高出力20馬力/7500回転、最大トルク2.1㎏m/6000回転と、パワーバトルからは完全に身を退いたロースペックなので勘違いしようもございません。

走る・曲がる・止まるはキッチリ平成基準!

……とはいえ、セル一発で目覚めたエンジンはキャブトンタイプマフラーから快活な排気音を吐き出し、ロングストローク型の発動機らしい低回転域から生み出される太いトルクによって乾燥重量で142㎏という決して軽くはない車体をクラッチミートの瞬間から力強く前進させてくれます

いやぁ、何というトコトコ感! 

またまた取材前の広報車ガソリン満タン係を仰せつかった筆者は、これ幸いと竣工間際のレインボーブリッジがよく見える東京湾岸・13号埋め立て地の近辺へとエストレヤを走らせて、えも言われぬ鼓動感に浸り続けました。

当時、250レトロ風シングルというジャンルでくくればライバルとなるホンダ「GB250クラブマン」(スズキ「SW-1」は……どうなんだろう〈笑〉)とは全く異なる走り味。

SW-1

●1992年2月に発売されたスズキ「SW-1」。エンジンは250cc空冷4スト単気筒OHC4バルブエンジン(20馬力/2.1㎏m)で、5段ミッションは、N→1→2→3→4→5と並べられたシーソー式(かつ、ベルトドライブ!)。レッグシールド付きのフルカバードボディはレトロな雰囲気たっぷりだったのですが、68万8000円という価格設定も仇となったのか短命に終わりました

 

直接的なライバルはDOHCヘッドの30馬力仕様!

GB250クラブマンはエストレヤと同じ空冷ながらショートストロークかつRFVC機構を採用したDOHC4バルブエンジンで、最高出力30馬力/9000回転、最大トルク2.5㎏m/7500回転という高回転域でのパワフルさを前面に押し出したパワーユニットを搭載しており、トラディショナルな外観に似つかわしくない(?)ハードな走りさえ余裕で許容するというキャラクターの持ち主だったのです。

GB250クラブマン1992年式

●1983年12月に登場して以来、大幅なスタイリング変更も施されつつ堂々のロングセラーモデルとなっていたホンダ「GB250クラブマン」。写真は1992年1月に追加されたスペシャル・カラーリングモデルで税抜き当時価格は40万9000円。外装部品からフレームに至るまで鮮やかなモンツァレッドに塗られており、街中でも非常に目立つ存在でした

 

片やエストレヤは動き出した瞬間から「これでいいヤ~」と肩の力が抜けまくる優しい乗り味

もちろん、後日の取材でワインディング高速道路なども駆け抜けて、どんなシチュエーションでも最新250スポーツモデルとして過不足のない性能を有していることは確認できました。

エストレヤメーター

●初期型エストレヤのメーターまわりは各種インジケーターと140㎞/hまで目盛られたスピードメーターのみがライトカバー上にある、とてもシンプルな構成。写真では見あたらないメインスイッチはタンクの左下に設定されおり、慣れないうちは「アレレレレ? 鍵穴はどこだ?」となることもしばしば……

 

ですが、常にライダーがエンジンに対して「頑張れヤ~」とエールを送っているような状態になりますので、結果的に乗り手のほうが自然と独特なパルス感の心地よい低~中回転域を多用する“疾走”ではなく“快走”モードに切り替わってしまい、どこまでも「楽しいヤ~」と走っていきたくなる中毒性まで有していることが判明いたしました(笑)。

かくして1992年5月11日、税抜き45万円というキリのいい価格で発売が開始されたエストレヤ

まさかそこから25年という長い期間、栄枯盛衰の激しいラインアップで輝き続けるスターモデルになろうとは、月野うさぎ……いや月刊誌の編集者でさえ想像もつきませんでした。

次回はバリエーションの変遷、そして現れては消えていったライバルたちについてお伝えする予定です。

あ、というわけでエストレヤの中古車は低年式から高年式まで、程度もカラーもカスタム具合も、まさに星の数ほどバラエティに富んでおります。しかし、レッドバロンの良質な中古車なら、フレームが安全基幹部品に異常がなく違法改造箇所が存在しないこともお墨付き。巨大な部品倉庫(本社工場)も備えているので補修用のパーツが手に入らないという心配も不要なのです。ぜひお近くのレッドバロンにて小粋な相棒を探してみてください!

エストレヤというスーパースター【中編】へ続く!

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