2019年、三ない運動から“乗せて教える”交通安全教育に転換を図り、保護者同意のうえ学校への届け出制としたことで、高校生の免許取得、乗車が可能となった埼玉県。

転換にあたっては、生涯にわたって交通事故を起こさない、遭わないための交通安全教育を目指し、毎年、県内の全域で原付・自動二輪の安全運転講習会を開催している。

後編では、7期目(7年目)を迎えた埼玉県教育委員会主催による「高校生の自動二輪車等の安全運転講習」の様子と、三ない運動廃止後の県内高校生の事故状況なども見ながら、この取り組みについて考察したい。

なお、安全運転講習は実技(運転・応急救護・静的実技)と座学で構成されているが、後編では埼玉県警本部による座学講習に加え、当日バイクに乗ってこられなかった生徒が受ける静的実技(座学講習)についても紹介する。

【バイクの運転実技や応急救護について紹介した前編はコチラ

座学講習では“すり抜け”の違法・危険性を説明

▲埼玉県警本部による座学講習「二輪車安全運転講習」の様子

 

埼玉県警察本部 交通部交通総務課による座学講習「二輪車安全運転講習 ~交通社会の一員としての自覚~」は生徒全員が受講する。ここで教わる内容は多岐にわたり、県下の交通事故状況に始まり、事故を起こした際に負う3つの責任、バイクの運転特性といった定番の内容に加えて、今期は“すり抜け”の違反性と危険性についてピックアップされた。

▲交通事故を起こしてしまうと3つの責任を負うことを学ぶ。なぜ運転には免許が必要なのかを知る

 

▲すり抜けはどうやっても交通違反となり、すり抜けた先で事故に遭う可能性が高まることを学んだ

 

▲すり抜けは交通事故の要因になる。交差点内での右折車両との右直事故や横断歩道での歩行者との事故などだ

 

図を用いて、あらゆるすり抜けで交通違反になってしまうこと、すり抜けをすることが交差点での右直事故や横断歩行者との事故の要因になることが説明された。

信号機のない横断歩道での歩行者との事故はすり抜け中に起こりやすく、近年の横断歩道における歩行者優先ルールの徹底と合わせ、改めて指導された形だ。

▲近年重点的に取り締まりが行われている横断歩道の歩行者優先ルール。ダイヤマークの道路標示は見逃せない

 

また、すり抜けがいわゆる“あおり運転”となる恐れがあることも付け加えられた。すり抜け行為が周囲のドライバーや交通に危険を生じさせた場合は妨害運転罪(2020年6月30日施行)が適用される可能性もあり、免許取消しなどの重い罰を受けることにもつながってしまう。

▲すり抜けや極端に車間距離をつめた運転などをしていると妨害運転罪となってしまう可能性も。ドライブレコーダーの普及が進むなか、すり抜け等のリスクはますます高まっている

「危険予測の重要性」では手法に改善が見られた

▲講師の選択式質問に挙手で答える生徒。講師の軽妙な話術や講義に積極的に参加させる手法も重要だと感じた

 

交通事故を起こさない、遭わないという点で重要な知識が危険予測だ。昨年度まではインタラクティブな一人称視点の動画を用いた危険予測トレーニング(KYT)が行われていたが、今年度はモニターを見ながらのオーソドックスなスタイルとなった。

今回の手法転換は、限られた時間の中で何を伝えるべきかという講習全体の構成の中で検討されたもので、高校生活中に最大で3回講習を受ける生徒もいるなか、マンネリ化を防ぐという意味もあるとのこと。

▲交差点での横断歩行者との交通事故で最も多いケースを予測して回答するという選択式質問。正解はC(自車の右折時・前方からの横断者)だったが正解者はゼロ。これが頭に入っているだけでも事故が防げるだろう

 

運転のメカニズムと事故原因の中で、認知ミスが最も事故の要因となっていることを伝え、その上でモニターに一瞬映し出される文字の色を声に出して読むという認知トレーニングを行った。

これは高齢者にもよく行われる一種の“脳トレ”で、文字の色とその意味が一致しないことで判断が遅れたり間違えやすくなること(ストループ効果)を活用したものだ。

「あか」という文字が青色で書かれていると、わかってはいるつもりでも、つい「あお」と読んでしまう。ここで1~2秒の判断する余裕があれば安全確認もしっかりでき事故も起きない。

ゆえに判断や安全確認の妨げとなる速度超過はすべきではないし、動静不注意、わき見運転、漫然運転に注意し、安全確認ができる余裕を持った運転をしようということだ。

▲青色の文字で「あか」と書かれた画面。映しだされた瞬間に文字の色を答えるのがルールだ

静的実技では動画も活用して安全運転を指導

▲二推の二輪車安全運転指導員が講師を務めた。少人数ということもあってか和気あいあいとした雰囲気で行われた

 

多くの生徒が運転実技を受けている間(前編を参照)、当日バイクに乗ってこれなかった生徒4名は屋内の教室で静的実技を受講した。講習時間は運転実技と同様に休憩をはさんで2時限(45分×2)もあるが、二推(二輪車安全運転推進委員会)の二輪車安全運転指導員による実践的な話に加え、自工会制作による安全運転啓発動画「梅本まどかと宮城光のセーフティ ライディング!」も活用され、メリハリのある内容となっていた。

▲動画は流しっぱなしではなく、講義に関連する内容を部分的に視聴しながら進められた。講話と動画の相乗効果が期待できそうだ

 

項目としては、出会い頭事故と右直事故の防止、左折巻き込み事故の防止、単独事故の防止、ヘルメットの正しい装着と胸部保護、四輪(ドライバー)視点での対二輪車事故防止となっており、それらをまとめて覚えるためのバイクの安全運転「さしすせそ(さ=察知、し=車間距離、す=すすんでゆずる、せ=整備、そ=装備(安全装具など)」も教わった。

埼玉県の高校年代の二輪車事故発生状況

▲2020~2024年の5年間における埼玉県の高校生の二輪車乗車中の人身事故による死傷者のグラフ

 

前年に三ない運動を廃止し指導要項を新しいものとして、2019年度から始まっている本講習会。埼玉県警が公表する2020年からの高校生の二輪車人身事故の年別推移を見ると、発生件数は減少傾向にあったが、昨年は大幅に増加したことがわかる。

昨年増加したことについては分析が待たれるところだが、三ない運動からの転換後に急激に二輪車人身事故が増えるというわけではなかった。国内市場全体のバイク事故では20代と50代が高い割合を示す傾向が続いており、これは埼玉県内にも当てはまるものだ。

▲埼玉県内の二輪車事故における年齢層別死傷者数。2024年が棒グラフで過去5年の平均が折れ線グラフ。全国と同様に20代と50代の事故が多い

 

免許の取得と乗車を許可し、全県的かつ組織的な交通安全教育に県自らが取り組んでいる地方公共団体はごくわずかだ。埼玉県の取り組みが20代の事故減少につながっていくのかなど今後も中長期的な視点で見ていく必要があるだろう。

ともあれ、免許が取得できるようになり、特定原付といった自走モビリティでの公道走行も可能となる高校年代に“乗せて教える”教育が届けられていることは素晴らしい。

本講習会の社会装置としての役割と価値はかけがえのないものであり、我が国が今後もモビリティ立国を目指していくのならば、ぜひ全国的に広がっていってほしい施策だ。

▲今年もジャパンモビリティショーが開催される(写真は2023年開催時)。モノの進歩とコトの云々の前に、ベースとなる交通安全教育から立て直していかないとモビリティ立国としては難しいのではないか?

 

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